凶風のスカイファング・ナハトエンド
※注意!
本短編は『黄昏の空を切り裂いて』をこの題名の意味が理解出来る方向けに改稿した作品になります。既に未公開の作品を前提とした名詞、描写が付加されており初見の読者様を完全に置いてきぼりにする仕様である事を理解した上でお読みいただければ幸いです。
「なぁ、後悔しているか?」
「後悔してませんよ先輩。何をしても、結果は変わりませんでしたから」
彼女は俺の背中に向け、いつもの声で返事を返す。少なくとも今は薬物に頼ってはいないらしい。セティーが死んでからずっとそれに頼っていない時間の方が短かったはずなのに。一瞬だけまだ幼さが残る彼女が生き残っていればどうなったのかと考えて無意味な事だと思考から切り離す。
たとえ彼女が生きていたとして、一体何が変わったというのだろうか?
「誰が何をしても、この結末は変わらなかったと思うか?」
「はい、誰も悪くなくて。ただ敵が来たのが不運だっただけです」
突如として現れ、人類の絶滅を決定づけた存在。カオスティア、異形…… 彼らを表現する言葉は無数に存在する。しかしその『敵』に対し、人はあらゆる英知を結集し、巨大ロボットなどという荒唐無稽な存在まで用意しながら、それでも無様に敗北したのだ。
この世界を守ろうと集まった
それでもなお、俺は、いや人類は悪あがきを止めることが出来ない。無意味と分かっていても、敗北を贖うことが出来ないと知っていても――
そして今、人類最後の戦力が粛々と組み上げられていく。本来数十人で制御する、全長200mの飛空戦艦。それをアサルトランサー『天槍』を中枢として統括する巨大兵器『天城改特攻仕様』。
そもそも既に、同型の飛空戦艦を数十隻投入した反抗作戦が失敗した後。これは数千、数万の敵に吶喊し、可能な限り殲滅を行い、撃破される為の、人類の意地を見せる事実上の
ふと一瞬、このリソースを生きることに注げば、どこまで行けるのだろうかと夢想して、その過程に対する意味の無さに自嘲する。どれだけ生きる為のリソースが残っていても、世界そのものが消えてしまうのなら無意味。
計算によって導かれた世界の残り時間は、この戦いに使った物資の余りだけでお釣りが来ると、無理やり責任者に祭り上げられた秋葉がぼやいていたのを思い出したのだ。
電算機の
◇
夕焼けの中、翼を持たぬ巨影が突き進む。巨体に無数の対空砲座を据え付け、通常の倍近い主砲を詰め込み、装甲の代わりにミサイルサイロで覆われ、四本の
もう何もかもを失った赤茶けた大地と赤い空の狭間に広がる黄昏の空へ、無塗装の白と銀で飾られて、生き残った100人に満たない人々に帰って来ることを望まれずに放たれた
この空に敵は無しとばかりに白銀と呼ぶには薄汚れた艦が突き進むが、次の瞬間異次元から無数の影が現れる。
「先輩、レーダに反応。百、二百―― 千を超えました!」
「数に構うなっ! 薄いルートを選定。突き進む!」
彼女の叫びに怒鳴り声で返しつつトリガーを引き絞り、数十発の
いや、発射の直前彼女が示した薄いルートを狙って放った結果。突き進むべき道筋が敵陣に刻まれて――
「
「自動迎撃に任せろっ!」
ただいつ果てるとも分からない地獄への片道に俺達は飛び込んだ。崩壊した基地から決死の思いで兵士達がかき集めたミサイルが、ボロボロの工廠で生き残った民間人が命を賭けて削り出した主砲の残弾が、死にゆく人々の安息を奪って蓄積されたエネルギーの残量を、それらと共に俺達に託された怒りを込めて黒い影にぶちまける。
舞い散る音速の金属片が、乗用車に匹敵する質量を持った砲弾が、一瞬で人体を消滅させるだけの爆発的な熱量が。敵影を切り裂き、押しつぶし、焼き尽くす。
しかし魂を削って世界中からかき集められた武器は、無限に等しい敵に対し余りにも無意味。積み重ねられた
それでも敵の数は減らず、むしろ増えているとすら感じられる。既にレーダー上に示される敵影はシステムが感知可能な限界を超え、人が作り上げた最高峰のコンピューターはただ危険を示すアラームを吐き出すだけの代物に成り下がっていた。
けれどまだ一つだけ、俺達には切り札が残っている。それがどれほど危険であっても、既に守るべき場所も時間も失って、心と矜持を削りながら戦う俺達にとって――使わないという選択肢を選べる余裕など、ずっと昔に消えている。
「熱核空間圧縮砲の射程範囲内にどれだけ収められた!?」
「理論上最高数値。効果範囲内が全て敵で埋まっています!」
その言葉で俺は核の爆縮を利用して、空間を爆砕する最終兵器の封印を解除する。人類の生存域を守る為、最後まで封印されていた禁断の一手。
だがもう守るべき人はどこにも存在しない。この場所が東京と呼ばれた街であっても、発射ボタンを押し込む指を躊躇う理由など一かけらすら残されていない。
「カウント、3―― 2―― 1――っ!」
200mを超える巨影が震える、本来仕様に存在しない大型の火砲を強引にフレームへ据え付けた結果。この1撃を放てば、それだけでこの機体は歪み、捻じれ行動不能になる可能性すら存在している。
けれど砲もミサイルも使い果たし、迎撃に活用され続けた四本の
恐らくこれが、俺達が放つ最後の一撃になる。
「バレルオープン、フルバースト!」
次の瞬間、視界が白で染め上げられる。『天城改特攻仕様』の中央を貫くメインバレルが解放され、核熱によって圧縮された空間断層が解き放たれたのだ。
先程まで鼓膜を貫かんと響き渡っていた轟音が消え去って、光と重力が歪み、時間が逆走し、千を超え、万に迫る敵が切り刻まれた。それと同時にかつて百万の人々が暮らしていた街に、核の灰が降り注ぎ、癒えることのない空間への断絶が刻まれる。
この先永遠にここで人が生きることはない。その事実が俺の心に残っていた最後の良心をへし折った。
しばらくの無音、レーダー上にただノイズだけが広がって、それがゆっくりと収まっていく。1分にも満たない無言の後、俺はどうにか彼女に対して言葉を紡ぎ出す。
「ナハト、残敵確認を頼む……」
「は、はい。レーダに反応は、ありません! そ、そんな、今の一撃で、全滅!?」
彼女の言葉に耳を疑った。レーダー上に敵が存在しないという事実。最終兵器である熱核空間圧縮砲であっても、これまでの経験からカオスティアを全滅させることは不可能で。
片道切符だった筈の道筋に、急に帰り道を示されて何もおもうことが出来ない。だがそんな意識の空白は、敵の再出現を知らせるアラームによって砕かれる。
「じ、次元転移反応! か、数は1! けれど先輩、これは――」
ノイズの走る画面の向こう側に。全てが粉々になった東京の上空に。ただ一体の龍が舞い降りた。数百を遥かに千mに迫る巨体、赤い瞳が俺達を見下ろしている。
「何なんだよ、あれは……」
「質量、エネルギー量、共に規格外。あれは、もしかすると――」
カオスティアを統括する存在である可能性。倒せば悲劇を終わらせられるかもしれない希望。そんなものを俺達は、全てを失い何も残っていない今に、無造作に投げつけられた。
「なぁ、俺達はまだ戦えるか?」
「中枢ユニットである天槍は戦闘可能です。先輩」
そうか、と口の中で呟き。操縦席に増設されたスイッチを叩き割る。炸裂ボルトが稼働し、戦艦のブリッジ部分に固定されていた人型機動兵器が立ち上がった。
青に染められた流線型のボディ、腕と呼ぶにはやや本体に対して貧弱なマニュピレーター。ジェネレーターを積み込み、辛うじて足として認識できる脚部スラスターユニット。
人型とも、戦闘機とも呼べないアサルトランサー『天槍』、かつては万を超え量産された最後の1機。人類の希望であった鋼鉄の巨人が翼を広げる。
全長18mのアサルトランサーと比べれば、目の前の敵は強大を超え絶望的で、たとえドンキホーテであったとしてもこの場から逃げることを選択するだろう。けれどどうやら俺は喜劇の主人公よりも愚かだったようで、ランスエッジと60㎜突撃連装砲を構えさせ、操縦桿を握りしめた。
「ナハト、最後まで―― 付き合ってくれ」
「はい、先輩。最初から…… そのつもりです」
最後に名前を、上手く呟けたか分からない。けれど彼女は恋する乙女の声色で応えて。そして俺はフットベダルを押し込み、黄昏を過ぎた空の下、最後の牙を突き立てる。
闇に染まる世界の中で、俺と彼女はただ
◇
その戦いの結果が、どうなったのか分からない。ただ確かなのはボロボロになったこの街に、俺達は殆ど残骸になった『天槍』と共に堕ちている事実だけだ。
後ろを振り向けば、額から血を流す彼女の姿が見えて。慌てて脈を取ると弱々しくも鼓動を感じる。改めてヘルメットの気密を確認し、俺は壊れたモニターの向こう側のハッチを開いた。
「生き残った、のか……」
「ダメです、先輩。どう頑張っても、もう――」
改めて外に目を向ければ死の灰が降り注ぐ街並みと、歪んだ空が広がっている。ここでもう生きる事は出来ない。その事を目を覚ました彼女の声で思い出し、淡い希望を心の奥にしまい込んだ。
「なぁ、俺達はさ。何かを変えられたのかな?」
「分かりません、けど結果が何であっても。私は先輩と一緒なら、それで十分です」
ああ、そうかと。俺は狭い操縦席で彼女に向き直り、意識が失われる最後の瞬間までその熱を感じようと、力の限り抱きしめて――
◇
ふと気づけば青い、青い空を見上げていた。ぼぉっとした頭で周囲を見渡せばどこかの屋上。いや、どこかではなく俺が通っている学校の、いつもの屋上であることに気が付いた。
「……何か、夢を見ていた気がする」
それがどんなものであったのか、もう思い出せない。けれどただ空を飛んでいた事だけは覚えていて、ほんの少しだけ勿体ないと感じてしまう。
(そんな、良い夢でもなかった気はするんだけどな)
あくびと共に涙がこぼれた事に気が付いて、雑に袖口で拭う。それが夢で見た悲しみなのか、生理現象なのかもう誰にも分からない。
「先輩―― おはようございます」
「もう、昼だぞ。授業まであと何分?」
隣にはいつも通りの笑顔を浮かべる後輩の姿。未だに名前を聞いたこともないが、そんな間柄でもない。昼休みに、屋上で、何となく同じベンチに座って語り合うだけで、友人でもなければ、恋人でもない。けれど他人と呼ぶには近い、やはり後輩と呼ぶのが一番自然なのだろう。
「もう始まってますよ、お寝坊です」
「じゃあ、うん。いつも通りにサボるか」
「ええ、そうしましょう。今日は暖かくてサボタージュ日和ですから」
そうだな、と半ば口の中で応えた次の瞬間、ふと意識を失いそうになる。昼休みから1時間位は眠ったはずなのに、まだ眠り足りないのかと自分に襲い掛かって来る睡魔の強さに少しだけ呆れる。
「まだ眠いですか、先輩?」
「ああ、もうちょっとだけ――」
「それじゃ、こうしましょう」
すっと自然に、後輩は俺を柔らかな太腿の上に引き倒した。即ち膝枕の形である。まるで恋人そのものな行動に、本当なら鼓動が早くなる筈なのに。何故かそんなことよりも妙な安心感の方が大きくて、そのまま意識が解けていく。
「おやすみ、■■■――」
何故か呟けた、知らない筈の彼女の名前と共に。俺と彼女のほんの僅かなモラトリアムは過ぎ去り、次に目を覚ますことがあるならばこの夢の続きを、それが叶わない願いと分かった上で。
「おやすみなさい、先輩」
彼女の笑顔を最期に、何もかもが幸せな眠りに沈んで終って消えた。
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