第16話つるぎ

「何?一つだけ無いだと?」


 昼間の清涼殿せいりょうでんにて脇息きょうそくにもたれかかっていた貞宗さだむねが眉をよせた。


「はい、何度数え直しても一つだけ足りないんです」

「太刀が一振、探しましたが…」


 困ったように顔を見合わせるのは、八咫烏やたがらすの二人の式神しきがみである。

 柔らかそうな 白い髪に若草色の瞳に女の子のような見た目の少年は千菊丸せんぎくまる

 黒髪をゆるく結わえ、くすんだ紅の瞳がとろりとしている少年。蘇芳丸すおうまるだ。


 そもそもの事の始まりは、貞宗が宮中にある宝物殿ほうもつでんの品を確かめるようにと命じたことだった。


「で?無い品とは、太刀と言ったな?」

「はい、ですが、記された記録帳にも太刀としか記されておらず」

 蘇芳丸も困ったように言う。



「それは、翡翠御太刀ひすいのおんたちだね」

 ふわりとその場に降り立ったのは剣丸だった。

「なんだそれは」

 貞宗は首をかしげる。



「だから、早くしろと言ったんだ!!」

「別にいいじゃないですか、遅れた所で誰かに怒られる訳でもないですし」

「まぁな、けど剣丸様まで待たせるのはいただけないな」



 清涼殿に揃ってやってきたのは白狐びゃっこ朱月あかつき龍王丸たつおうまるだ。


「「「お呼びでしょうか?剣丸様」」」

 三人は問うと同時にひざまずく。

先程さきほど、天の御柱あめのみはしらが全員召集された」

 剣丸の一言で白狐の顔がサッと驚きを隠せない表情に変わる。

「まことですか?」

「…八百万の神の中でも三貴神さんきしん直属配下の者が召喚とあっては、事態はさぞ面白いとみえる」

 朱月はにやりと笑う。

「こーら、馬鹿言ってる場合じゃないぞ。御柱評定みはしらひょうじょうが開かれたんだ。これから忙しくなることは間違いない」


「さすが、話が早くて助かるよ。今回は異論もなく全員一致で翡翠御太刀の破壊を決定した」

 剣丸は当たり前のように言ってのける。

 その空気を破ったのは鋭い貞宗の声だ。

「待て、剣丸。俺の所有物を勝手に壊すとはどういうつもりだ?」

「あれは人の手には余りあるものだよ、貞宗」

「その人の手に余りあるものをながらく人に預けてきたのはどこの誰だか」

 剣丸は笑って誤魔化す。



「…剣丸様、しかし急ではありませんか?」

 白狐は不思議そうに問う。

「確かに、御柱評定は最近はあまり開かれていなかったですよね」

 朱月は切れ長の目をさらに鋭くする。

「あぁ、そういう事か。剣を盗んだ奴が問題なんですね」

 朱月はにっこり笑う。

『まったく、この子は賢すぎて困りものだね』

 剣丸は内心そんなことを考えていた。







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