第15話兆し

新月しんげつは、後宮を歩いていた。

お目当ては、女房達を口説くためである。


『まぁ、でもどうせ朱月あかつきもいるんだろうけど』


そんなことを内心思っていると、足元にきらきらと光の粒が舞う。


「おやおや、これはお呼び出しかな?」

新月はそう呟くと、吸い込まれる感覚に身をゆだねた。



…ポチャン……

静かな水音が聞こえる。

新月はゆっくりと目を開く。

鳥居の上に立っていた。

目の前にひろがる光景は現しうつしよのものでは無い。

無数にある鳥居は高さの半分ほどまで水に浸かっている。


新月は別の鳥居に軽々と飛び移る。

五つほど飛び移ると新月は口を開く。


「…お久しぶりです。俺を呼び出すとはいかなる理由でしょうか?俺もそんなに暇じゃないんですよ、天一神様なかがみさま





新月は振り返った。


鳥居には不思議な青年が座っていた。


白銀の髪。黒く美しい瞳。頭には玉を飾った金冠をのせていた。


「…久しいな、新月」


天一神と呼ばれた青年の唇が妖しく弧を描く。


「…我が呼び出したのは他でもない。新月」

「はい」


新月は真剣な視線で天一神をとらえる。


「烏共に伝えよ、とな」

「…どういう意味です?」

「伝えればよい、それにお前をこの件に巻き込みたくないのでな」


天一神がわずかに優しく微笑んだ。


「…俺は何もかも諦めて泣いていたガキじゃないですよ」

「あぁそうだな、こんなクソガキに育ちおって」

「…死ねばいいんだ」

「人の世は早いものよ、まだ子供のままだと思ってしまう」

「この状況下で俺のこと子供扱いするのズルくないですか?」

「ずるくなければ神などやっていられんわ」



新月の足元にまた光の粒が舞う。


「さてクソガキはもう帰れ」


天一神はそう言うと立ち上がって袖をサッとひるがえす。


「……なぁ、新月、たとえお前だけは忘れてくれるなよ、閉じ込められた哀れな神の名を」


そう呟いた天一神の声が新月の耳にかすかに聞こえた。



新月はそっと目を開く。


「忘れるわけないでしょう、…何弱気になってんすか」


新月はまた歩き出した。





「お美しい、まるで野に人知れず咲く百合のよう…」

「…お戯れを…おやめくださいませ、朱月様あかつきさま



「どーも」

新月は、口説きまくっている朱月に声をかける。


「おや、邪魔が入りましたねぇ」


朱月は少し残念そうに笑うと、御簾ごしにいる女房に声をかける。

「…また、貴女あなたを惑わしに行きますよ」


「で?ご要件は?なにかおありなのでしょう?」

朱月はにこりと笑う。

「あ、新月」

龍王丸が御簾から出てきた。

「大胆だな、お前は」

新月は苦笑いをする。

「いいんだよ。で?用事ってなんだよ」


新月は切れ長の目をさらに鋭くして言った。


天一神様なかがみさまから『烏共に伝えよ』と」


新月はすうっと息を吸い、口を開いた。


「…忌まわしき剣が目を覚ました、と」


朱月と龍王丸が目を見開く。






剣丸つるぎまるが目を見開いた。

「…っ、まさかあの剣が目を覚ましたのか…!?」

剣丸は己の手にじわりと汗に濡れていたのを感じていた。

『…だから、あの剣は破壊しておくべきだったんだ』




暗闇の中。

カタリ…と音が鳴る。

漆のような闇の中には一振の太刀が置いてある。

男は太刀をそっと手にとる。

「やっと…時は来たれり」

男の口がいびつにゆがんだ。



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