第14話蕐

「ごらんになって、朱月様よ…」

「…あれは?あれは誰ですの?」

「龍王丸様よ、お美しいわ」

「そういえばお聞きになりまして?朱月様と龍王丸様、見事あやかしを倒されたとか」

「まぁ、さすがみかど自慢の御二方はなさることが違いますわ」

「あの容姿に優雅な立ち振る舞い、宮中の女どもが放っておきませんわね」


朱月あかつき龍王丸たつおうまる後宮こうきゅうを歩いていた。女官のため息やら、褒め言葉やらが聞こえる。


後宮こうきゅう。それは、天皇の后や女官達の住まう場所である。

住まうは才色兼備の大輪の華。

平安の世は、恋こそ優美と考えられていた時代だ。

貴族達はここで恋の駆け引きを楽しむのが常だった。


「…まったく、あの雷獣の件は隠密じゃなかったのか?」

「さぁ?」

「何が『さぁ?』だ。」


龍王丸は呆れ返った表情で朱月を見やる。


朱月の女好きはとどまるところを知らない。


龍王丸自身も美麗な顔立ちにたよ甲斐がいのある性格からか、宮中に何人か逢瀬を重ねる女官はいるが、朱月はその倍以上の恋人をもつ。


「お前、まさか朝霧あさぎりの尚侍ないしのかみに逢いに来たんじゃないだろうな」

「違いますよ、だったら、龍王丸は連れてこないでしょう」

「どうだか、お前のことだからやりかねない」



「これはこれはようこそのお運びですわ」


よく響く美しい声。


朱月と龍王丸が後ろを振り向くと、そこには扇で顔を隠した女官がいた。隣には二人の女官を従えている。


目元だけ扇から見えているが、その瞳は知的で艶っぽい。


「噂をすればじゃねーか」

「龍王丸が言ったんでしょう?」


わたくしは、お邪魔だったかしら?」

女官は少し残念そうに尋ねる。


「邪魔などとんでもございませんよ、朝霧尚侍」


朝霧尚侍あさぎりのないしのかみ。宮中の女房つまり宮中に住み込みで働く女官には様々な位がある。

その頂点に立つのが尚侍ないしのかみである。

主な役目は天皇の身の回りの世話や取り次ぎである。


「かのあやかしを退治なされたとか。後宮でも今か今かとお待ちしておりましたのよ」

「それは、嬉しい限りです」

朱月は微笑んだ。

「しかし、尚侍自ら歓迎とは思いませんでしたよ」

龍王丸は頭をかきながら言う。

「まぁでも今宵は女房達の部屋で一夜明かすつもりでしたし」

「それでは、私は邪魔でしょう?お暇させていただきますわ」

朝霧はそう言うと裳をひるがえし行ってしまった。


「あれ、絶対怒らせたぞ」

「まさか、大丈夫ですよ、俺の恋人はそんなに弱くない」


朱月はそう呟くと薄紅の唇が妖しげな弧を描いた。

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