第7話射干玉

「まったく…新月しんげつのせいで行きたかった 逢瀬に行き損ねました」

朱月あかつきが唇を尖らせてつぶやく。

「なんだ、行きたい女でもいたのか」

「えぇ、まぁ」

ここは平安京の西、右京うきょう。東の左京さきょうは寺社や上流貴族の屋敷が多いのに対し、右京身分の低い者が多く住み、夜はあやかし住処すみかと化す。

漆でも溶かしたような闇がどこまでも続いている。あいにく、今宵の月は雲に隠れている。

「というか、この仕事って陰陽寮おんみょうりょうの管轄じゃないのか」

龍王丸たつおうまるが隣にいた白狐びゃっこに尋ねる。

「知らん」

朱月は不機嫌そうに言い始めた。

「これは、あくまで俺の推測ですが、この雷獣らいじゅうの件で陰陽寮でも何人か死者が出ていたのでは?だから、これ以上死人が出るのは避けたい。帝の威光に関わりますから」

「なるほどな、それであのクソ野郎は帝に頼んだ訳か。陰陽寮ではどうにも出来そうにないです、と」

白狐も納得のいかなそうな顔で頷く。


三人は散歩でもするような足取りで夜の京を進んでいく。

龍王丸の手には扇がひとつ握られている。

漆塗りの青い扇。水晶の紐飾りが僅かな光でも反射させる。ただの扇ではない。『水の扇』。水を操る龍王の宝物である。

三人の間に生ぬるい風が吹き抜けた。

「おやおや、お出ましのようですよ」

朱月の唇が妖しく弧を描く。

深い闇の中から現れた獣。大きさは虎よりもはるかに大きい。銀の体に金色の瞳。

「この大きさ、百年に一度いるかいないか」

龍王丸は扇を雷獣に向ける。

白狐はかまえると同時に一気に神経を研ぎ澄ます。

「行くぞ!!」

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