第5話桜雨

 八咫烏やたがらすには原則として三つの掟が存在する。

 一、八咫烏は八百万やおよろずの神の御使みつかい。これすなわち清く、けがれなきものとせよ。

 二、天皇のめいは絶対。抗うことなかれ。

 三、八咫烏は、人の子にあらず。ましてや妖となるも禁ず。

 この掟は、破ることを絶対禁忌としている。これ以外にも細かく掟はあるが、巫女姫にもひとつ掟がある。それは、神々の姫であることを忘れてはならないこと。

 春明はるあきら伽羅きゃらに迂闊に近づけないのはそのためだ。


 春の穏やかな日差しは、いつの間にやらしとやかな雨に変わっていた。

「よう、はる

 自分のことを、みやではなく、春と呼ぶ人物を春明は一人しか知らない。

「高明」

 呼ばれた方を振り向けば、従兄弟の高明たかあきがいた。

宿直とのい?」

「あぁ、そうだよ」

 高明は答えると、春明の立っている隣に座った。

「…今日、伽羅に会ったんだ…」

 ぽつりと話し始めた春明を高明はじっと見つめた。

「そうか」

「彼女を忘れようとしてみたけど、駄目だった」

「無理に忘れなくてもいいんじゃねぇの」

 高明は笑いながら言った。

「そうかな」

「大事なのは、お前がどうしたいか、だろ?」

 春明は頷き、微笑んだ。

「そうだね」


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