第4話届きそうで届かない

「綺麗な桜…」

 そう呟いたのは八咫烏の巫女姫 ―伽羅きゃら―である。

『懐かしい…宮様みやさま

 そんな想いにふけっていると、自分を呼ぶ声が聞こえた。

「伽羅」

 呼ばれた方に振り向くと、そこにいたのは春明はるあきらだった。

 巫女姫は八咫烏以外に顔を見せることを禁じられているので、伽羅は袖で顔を隠した。

「宮様…お久しぶりです…」

「顔を…見せてくれないかな」

 伽羅はそっと袖を顔から離した。

「…お変わりないようで…」

 色白の肌に片目を前髪で隠した秀麗な顔。

「君も…変わらないね…会った頃と変わら

 ず美しい」

「…宮さ「伽羅。行くぞ」

 伽羅の声に鋭く切り込むもうひとつの声。―今上天皇きんじょうてんのう貞宗さだむね。春明の腹違いの兄。

 すれ違いざまに貞宗が春明の耳に囁く。

「…お前にからすは扱えぬ」

 そう言うと貞宗は八咫烏を引き連れて行ってしまう。

「初恋を忘れられない僕は愚かかな」

 春明は立ち去ろうとした龍王丸たつおうまるに問う。

 龍王丸は振り向かずに立ち止まって口を開く。

「さぁ?どうでしょうね」

 龍王丸は自分に呆れたように笑う。

「けど、八咫烏では過去を飾る者から死んでいく。だから、過去にとらわれたりしない」

「……」

 春明は黙っていると、龍王丸が静かに続けた。

「でも、あなたは八咫烏じゃない。ですか

 ら、過去に囚われるなとは言いません

 よ。ただひとつ助言するなら―」

 龍王丸は歩き出しながら言い放つ。

「後悔することなかれ。俺だったら後悔な

 んてする人生ごめんです」

「龍王丸……。」

「あなたに八百万やおよろずの神

 の御加護ごかごがあらんことを」

 龍王丸は静かに笑った。

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