第3話忘れたくない人が

『忘れたくない人がいる』

どこからか吹き込む風と桜の花びらに手をのばす。

「…伽羅きゃら

今上帝の異母弟―親王しんのう春明はるあきらはつぶやく。

あの子との出会いはそう此処ここだった。



ここは清涼殿せいりょうでん。まだ父である前帝が生きていた幼い日のことだ。

清涼殿は天皇の住居である。

春明は父に会うために、ここを訪れていた。

清涼殿には、桜の木が植えられている。

そこにいたのだ。

桜の下で舞う少女。

黒髪を長くのばし、桜色の着物を着ていた。白い肌に桜色の唇。あどけない瞳は星空を閉じ込めた色。

「…あ、…桜だ…」

春明はふと呟いていた。桜の精みたいで…

少女は春明をじっと見つめる。

「どなた?」

「あ、えっと…君は?」

「…伽羅…あなたはだぁれ?」

「僕は、春明。」

…これが彼女との出会い。まさかこの時、彼女が八咫烏の巫女姫で、神聖な穢れ《けがれ》許さぬ乙女だとは知る由もなく。


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