♯221 聖地へ



 聖錠門から中央神殿へ続く大通りを駆け抜ける。


 まだ日が高い事もあり、聖都の中にはあちこちに人の姿があった。通りに面した窓、戸口や路地の端から皆、不安げな表情で様子を伺っている。


 けれど外に出ているのはほとんど兵士さん達ばかりで、その様子が一層、物々しさを際立たせていた。


 ごめんね。怖いよね。

 私だって本当は怖いんだもん。当然だよね。


 唇を噛み締め、手綱を握る手に力をこめる。


 かつての活気がまる無い、人のまばらな大通りをまっすぐに進むと、その広場にはすぐに着く事が出来た。


 中央に設けられた断頭台がまず真っ先に目につく。その黒く異様な存在感を示す刃の脇に、案じていた人の姿を確認する。


「法主様ーっ!」


 ざわつく群衆の間を数歩で駆け抜け、中央の壇上の手前で止めたバサシバジルの背から法主様の近くへと飛び降りた。


「……っレフィア殿?」


 酷く疲れ果てているようにも見える。


 数人の冒険者風の人達に支えられるかのように守られながら、驚きの表情を浮かべる法主様の前で膝をつく。


 そのすぐ側にアリシアさんがいた。少し驚いてしまったけど、アリシアさんもまた、びっくりしたような顔でこちらを見ている。


 何だかそれが少し可笑しくも思えて、不思議と、感じていた不安がいくらか和らいだ。


 大丈夫だからと頷きで示して、法主様の様子を確認する。


 酷く疲れ果てているようには見えるけど、一見してどこにも怪我は無さそう。よかった。


 壇上の様子を見ると、不自然なまでに一ヶ所だけが粉々に吹き飛んでいた。多分これが、聖錠門から見えた爆発の跡っぽい。遠目で確認した爆発の規模と被害の痕跡とのちぐはぐな印象に不思議さを覚える。


「『働き蜂カラブローネ』、……オハラの手勢の一人がここで自爆を。咄嗟に張った魔法防壁で被害はおさえられたが……」


「自爆……」


 怪訝さが顔に出ていたのか、爆発の痕跡について法主様が手短に説明をしてくれた。


 咄嗟に魔法で防壁を張った法主様の判断力に感嘆しつつも、自爆という言葉にはどこかそら恐ろしい感覚を禁じ得ない。何でそこまでの事をと。


「それよりも、何故レフィア殿がここに」


「魔王軍三万と一緒に駆け付けました。外にいる王国連合軍は多分もう大丈夫です。……遅くなってしまって、すみませんでした」


「魔王軍……っ」


「外の事は多分もう心配いらないと思います。アドルファスがいるし、その味方についたっていうロシディアを中心とした人達が、王国連合の残りの軍勢をきっちりと押さえてくれているハズです」


「ロシディアの。……そうか、それで。傭兵王が味方についてくれていたのか。それで合点がいった」


 ロシディアの名前を出した途端、法主様は一度大きく目を見開いた。そしてそのまま、今にも泣き出しそうな顔を手で押さえながら、何度も大きく頷きを繰り返す。


 その様子に、少しの違和感を覚える。


 ……あれ? これ、もしかして。

 法主様、今回の蜂起の事を何も知らない?


「……法主様? 大丈夫、……ですか?」


「いや、すまない。大した事では無いのだ。特に、大した事では」


 言いながら法主様は、目頭に浮かんでいた涙を節くれ立った指先で何度も拭う。決して大した事でないようには見えない。


「……ただ、知らない所で大勢の者達に助けられていたのかと思うと、何だかそれが、情けないようでありがたくも思えてしまって、つい……」


「法主様……」


「魔王殿にも、……これで一体何度助けられた事か。本当に、すまない。……すまなかった。心から、礼を言いたい」


「って、あ、ちょっ、まっ!?」


 感涙に目を潤ませながら深々と頭を下げようとしたので、慌ててそれを止める。

 

 気持ちはとてもありがたいけれど、まだしなければならない事が残っている。まだ事が成せた訳でも無いし、何よりマリエル様の安否の確認が取れていない。


「先に聖都内部の制圧とマリエル様の救出を。勇者様は今どこに? オハラは?」


「ミリアルド法主殿っ!」


 慌てて法主様の身体を起こし、姿の見えない勇者様の事を尋ねようとした所で声がかけられた。女の人の声だ。


 声のした方、壇上の反対側へと振り向いてその人を見た時、一瞬、どこか見覚えのある顔立ちに心臓がドキリと高鳴る。


「……リディア教皇。ご無事でしたか。よかった」


「ミリアルド法主殿のおかげです。礼をいいます。それよりも聖都内部の混乱を先に」


 真っ白い豪奢な模様の入った法衣に身を包んだ、どこか凛とした雰囲気を持つ妙齢の、綺麗な女の人だった。


 この人が、リディア教皇。


 この人が……。


「オルオレーナさんの……」


 ふとこぼれてしまったつぶやきに、優しさと誠実さの伴った、強い意思の輝きを持つ瞳がまっすぐに向けられる。


 確かに似てると思った。


 雰囲気というかイメージというか、全体から受ける感触がオルオレーナさんととてもよく似ている。


 多分、オルオレーナさんがもう少し年齢を重て、髪をのばしたりしてより女の人っぽくなったら、こんな感じになるんだろうなって気がする。


 いや、オルオレーナさんも女の人だけどさ。


「ミリアルド法主殿、……こちらは?」


「魔王の花嫁の、レフィア殿です」


「……レフィア。……貴女が」


 法主様の紹介に大きな反応を示すリディア教皇。


 そういえば、リディア教皇もコノハナサクヤから直接神託を受けていた内の1人だったと気付く。最もオルオレーナさん曰く、コノハナサクヤからのマリエル様を殺せという指示に従わなかった所為で、今は神託を受けていないらしいけど。


 すうっと、真剣な眼差しに捉えられる。


 これは、アレかな。

 多分福音の事だろうな、と。


 リディア教皇なら聖女マリエル様に福音が無い事は当然知っているだろうし、だとすると、その本当の福音がどこの誰に与えられたのかも、もしかしたら聞いているのかもしれない。


 というかこの反応は、まず間違いなく知ってるんだろうとも思う。


 どう声をかけたら良いのか分からず、とりあえずペコリと頭を下げてみる。どこか思い詰めたような表情がふっと緩んだように見えた。


「オルオレーナを、……知っているのですね」


 静かで優しげな声音で言われたのは、問いかけではなく確認だった。さっきの呟きはしっかりと聞かれてしまっていたらしい。


「……はい。最果ての森で会いました」


 その後に続く言葉に、迷う。


 最果ての森の遺跡の奥。カグツチの封印されていた間で、すぐ目の前にいながら情念の炎に焼き尽くされてしまったオルオレーナさん。


 その最期を伝えるべきか、どうか。


 本当ならちゃんと伝えるべきなんだろうけれど、それを果たして、どんな風に伝えれば良いのか。


 どうやって伝えれば良いのかと躊躇っていると、その様子を受けてリディア教皇は視線を下へと落とした。


「あの子はやはり、……死んだのですね」


 何となく分かっていたんだろうか。


 どこか確信めいた言葉に対して、浅く肯定を返す。


 リディア教皇は一瞬だけ大きく眉根を歪ませて両目を閉じると、すぐに顔を上げた。その仕草の意味がすぐに分かり、分かるからこそ、伝わる意思の強さに思いを寄せる。


「……オハラは、聖地へ向かいました。勇者ユーシスは今それを追いかけています」


「はい」


「オハラは何としてでも止めねばなりません」


「はいっ」


「聖女マリエルを救う為にも、女神を降臨させる訳にはいかないのです。力を、貸していただけますか」


「もちろんですっ!」


「ありがとう。……レフィアさん」


「レフィア様っ!」


 リディア教皇とまっすぐに視線を交わし合い、互いの思いを心に秘める。出来るだけ力強くはっきりと答え、リーンシェイドに応じてバサシバジルの背に飛び乗った。


「すぐに勇者様とオハラを追いかけますっ! 法主様と教皇様は聖都をっ!」


 バサシバジルの手綱を強く引き、馬上で声を張り上げる。


「後から魔王軍の近衛騎士達が来ますっ、どうか彼らに聖地へ向かうように伝えて下さいっ! リーンシェイドっ!」


「はいっ! レフィア様っ!」


 モルバドットさん達への言伝をお願いして、中央広場を後にする。リーンシェイドと共に中央広場から旧市街に向かい、聖地へと急ぐ。


 法主様は無事だった。

 王国連合軍も押さえた。


 ラダレストにいるハズのリディア教皇が聖都にいるという事は、女神教の方も大丈夫なのだろうと思う。


 そしてもう、スンラもいない。


 あとはオハラと、聖女マリエル様の救出だけ。


 駆け抜ける馬足が加速を深めていく。

 一陣の銀星のように駆け抜けるバサシバジルの背中につかまり、逸る焦燥を必死で堪える。


 あとはオハラと聖女マリエル様の救出だけだというのに、胸中で膨れ上がる不安が増していく。得体の知れない怖さに、力がこもる。


 コノハナサクヤ。


 あの歪んだ美貌の女神が、このまま諦めるなんてありえない。アイツは必ず、目的を強引に達成させようとしてくる。


 旧市街の路地を急ぐ。


 聖地を囲む高い壁がうっすらと見え始めた頃、ようやくにして勇者様の背中を捉える事が出来た。


 勇者様と、ラダレストの神殿騎士だろうか、見慣れぬ格好の騎士達が路上で向かい合い、その騎士達に旧市街の人達が飛びかかっているのが見えた。


 更に馬足を早めて勇者様へと向かう。


 今にも肉薄しかけたその時、棒立ちになっていた一人の男性の後ろへと、倒れていたはずの神殿騎士が立ちあがって高々と剣を振り上げた。


「ダウドォォォオオオオオオーッ!?」


 咄嗟に手綱を引き、勢いをつけたまま、馬体ごとその神殿騎士にぶちかましをしかける。


「ぜりゃぁぁぁあああああああっ!」


 六本足のチャージは伊達じゃない。


 重厚そうな左十字の紋章の入った鎧を見事に押し潰して、抜身の剣を振り上げていた神殿騎士を大きく吹き飛ばす。


 勢いに飲まれたのか、振り向いたダウドさんはその場で尻もちをついて慌てて後ずさった。


 ……ってか、ダウドさんだった。


 間一髪の所でトルテくんに怒られずに済んだ事に、ほっと安堵の息をもらす。マジで今のはヤバかった。


 ついでにバサシバジルにお願いして、残りの神殿騎士達を蹴散らして貰う。私の愛馬、ものすっごい優秀。


「勇者様っ!」


 そのまま聖地へと馬首を向け、地面の上にいる勇者様へと声をかけて手を伸ばした。


 すぐにその意図を汲んでくれたのか、伸ばした手を掴み、すれ違い様に勇者様がバサシバジルの背中へと飛び乗ってきてくれる。


「ぶるひっーん……」


 何故か抗議の声をあげるバサシバジル。


「……お願い。バサシバジル」


 首筋を撫でて宥めると、渋々といった感じで頷いてくれた。ちゃんと我慢してくれる所がえらい。


「すまんっ、助かった。オハラは聖地にっ!」


「急ぎますっ!」


 勇者様との合流を果たして、聖地へと突っ込んでいく。


 以前にマリエル様と訪れた時にも感じたけれど、幾つもの壁で区切られ、中央神殿よりも更に要塞化されている印象のある、聖地。


 神聖で物静かな雰囲気であるハズの聖地に今は、どこか物々しい不気味さを感じずにはいられなかった。





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