♯222 降臨の予兆
頑強な分厚い扉が、木端微塵に吹き飛ぶ。
「ぜりゃあああああぁぁぁあああっ!」
青い炎を燻らせて立ち込める土埃の中から、バサシバジルが勢い良く飛び出す。振り落とされないように勇者様と二人、馬上に必死でしがみついた。
「ぬぉお、おお、ぉおおおおっ!?」
「遠慮なんてしないでしっかり掴まっててくださいっ!」
「お、おおっ!」
不安定に振り落とされそうだった勇者様に、叫ぶようにして注意する。爆音の余韻と震動で鼓膜が痛い。
胸当ての下に後ろから腕が回され、背中に密着する感触が伝わる。
バサシバジルに思いっきり突っ込んで欲しいと伝え、背中に掴まった勇者様ごと姿勢をさらに低く、低く屈める。
外壁から数えて幾つ目かの防壁をぶち破り、更に奥の防壁を目指して駆け抜ける。
外からの侵入を拒む防壁は何層にも連なり、そのどれもが高くて分厚い。前に来た時にも思ったけど、まるで要塞のような防備の厚さに嫌気が差してくる。
突発的に物影から襲いかかってくる神殿騎士達をいなしながら、焦りに歯痒さが増していく。
「邪魔をっ、するなぁぁぁあああああっ!」
抜き身の小太刀に青い炎を迸らせて、次に見える防壁の扉に向かって斬撃を振り抜く。青炎が連なり、斬撃の軌跡をなぞるようにして衝撃と共に駆け抜けた。
鋼鉄の枠で補強された木製の大扉が、青い炎の塊を受けて粉々に砕け散る。その砕け散った扉の向こうへと、六本の馬足で一息に飛び込んでいく。
「レフィア様っ!」
「っな!?」
木片と石の欠片を巻き込んで盛大に巻き上がる土煙の向こう側へと出ると、目の前に無数の槍の穂先が突き出されていた。
一瞬早くかけられたリーンシェイドの声に、バサシバジルの手綱を強く引っ張って馬体を大きく跳躍させる。
「せいっ、だりゃぁぁあああああっ!」
高く跳躍させた馬体から勇者様が飛び降りた。
槍を突き出す神殿騎士達の頭上から、突き出された槍の柄を巻き込むようにして大剣を振り抜く。
幾つかの槍をへし折り、数人の神殿騎士を弾き飛ばしながら、地面の上を転がるようにして着地する勇者様。アクロバティックさが凄まじい。
「バサシバジルっ!」
「ぶるっひーんっ!」
待ち構えていた神殿騎士達の背後へと降り立って、自慢の愛馬の名を叫ぶ。途端、吹き荒ぶ凍てつく冷気が嘶きと共に吹き抜け、残る神殿騎士達を吹き飛ばした。
地面が凍りつき、大気が割れる。
空気中の水分が氷ったのか、陽光にキラキラと反射光が輝く中で、凍りつく地面からギリギリで逃れた勇者様が安堵のため息をついた。
「……あっぶねぇ。やべぇな、それ」
「ぶるっひひひひんっ」
「いや、褒めてねぇから。そんな得意気な顔していばるなバサシ」
「ぶるっるるるるるるっ!」
「だぁーっ! 噛みつこうとするなっナマモノっ!」
今のは少し、危なかった。
同じように一つ安堵からの息をついて、勇者様とじゃれあうバサシハジルの背から飛び降りる。
「レフィア様?」
「この先はバサシバジルでは行けないの。ここからはずっと、天井付きの狭い通路になってるから」
リーンシェイドがオオカミを側寄せてくるのを確認しながら、バサシバジルの首筋を撫でてここまでの活躍を労う。
すまなさそうに、寂しそうに小さく嘶きながら突き出される鼻先をそっと頬で受け、顎下をさすってやる。
「ごめんね、ありがとう。貴方はこのままモルバドットさん達の所へ。法主様達のお手伝いをお願い」
「ぶるるっるんっ」
「……大丈夫。心配してくれてありがとう」
心配そうな眼差しを受けてもう一度鼻先を撫でた後、馬首を返すように首筋に手を当てて促した。
「レフィアさんはこの先に行った事が?」
「前にマリエル様と。……勇者様は?」
「すまんが知らん。頼らせて貰う」
オオカミを消したリーンシェイドと勇者様に大きく頷きを見せ、更に奥の通路へと急ぐ。
前にここに来た時には、雨だった。
降りしきる雨が屋根を打つ音が天井に遠く響く中を、聖女マリエル様と二人、奥へと進んでいった。
「マリエル様っ」
どうか、……無事でいて欲しい。
切なる思いを真摯に願う。
気丈で優しくて、でもプライベートな面ではどこか不器用な所もあって。ただ友人であるという事を確認するだけで、顔を真っ赤にして照れていたその様子が、今も胸の奥にしっかりと残っている。
福音を受けて幼少の頃から神殿に迎え入れられ、なのにその福音が自身のものでは無いのだと、そうと知りながらも私に、自身で選びとる道を示してくれた、背中を押してくれた、大切な人。
私にとっては今も、マリエル様こそが聖女だ。
そんな人を女神の使い捨ての器になんて、絶対にさせない。させる訳にはいかないっ!
勇者様とリーンシェイドを先導しながら、狭い通路を真っ先に駆け抜けていく。
「レフィア様っ!」
時折、不意をついて襲いかかってくる神殿騎士達には、気配に敏感なリーンシェイドが先んじて注意を促してくれる。
「せりゃっ!」
出来るだけ速度を緩めないようにしながら避けつつ、小太刀の一撃を叩きつけて前へと進むと、すかさず勇者様が渾身の一撃を叩き込んでいく。
「後ろは任せてくれっ! レフィアさんは前へっ!」
勇者様とリーンシェイドのフォローに感謝しつつ、通路の先へと急ぐ。
その先に、以前は木の柵で封鎖されていた門が見えて来た。今は柵がどかされて解放されている。
「この先にっ!」
その門を抜けて奥へ進もうとした時、明らかに異質な魔力の圧力が全身をすり抜けていった。
「……なっ、何っ!?」
足元が震える。
胸の奥を直接殴り付けられたかのような感覚を覚え、息がつまる。
マオリやスンラとも違う。
とても強大でありながら、途方もなく深い感覚。
以前に感じた、疫神になった土地守とどこか似ている。明らかに異質な、絶対的な存在感。
ただそれは、疫神が現れた時に比べても、その存在感の大きさがかけ離れていた。
底知れぬ、測り知れないような規模の大きさに、知らず足下から、不安が畏怖を伴って這い上がってくるのを強く感じてしまう。
知ってる。
私はこの感覚を、知っている。
この感覚。……この感じはまさかっ。
「な、なんじゃっこりゃぁぁああ!?」
「……これはっ!?」
後ろに続く二人もまた、その異質な存在感を同時に感じとり、それぞれに悲鳴に近い声をあげた。
「……おいっ、まさかっ!」
どこか冒しがたい神秘的なもののようでありながら、冷たく、そこにいるだけで本能的な畏怖を呼び覚ますかのような超大な存在感。
イワナガ様の間の空間で感じた恐怖と畏怖の記憶が、本能に近い場所で繋がりを見せる。明確な確信を持って、それぞれに繋がっていく。
コノハナサクヤ。
光の女神が、現世に顕現しようとしている。
降臨が、……近づいてる。
「急がないとっ!」
「灯りをっ!」
暗い通路の奥へと改めて駆け出すと、リーンシェイドが『灯り』の魔法で視界を照らしてくれた。
その灯りの照らし出す先を走り抜ける。
奥に進むにつれ、肌で感じる重圧が増していく。
焦燥が、喉の奥にヒリヒリとした渇きを強めていく。
不安と焦りの中で駆け抜けた先に、開け放たれた扉があった。聖地に至る最後の扉だ。その先の空間へと迷いなく飛び込んでいく。
「ぐっ!?」
ドーム状の空間へと踏み込んだ瞬間、全身に強い圧力を受けて足が止まってしまった。空間全体を満たす強い魔力にまるで、力ずくで押さえ込まれてるかのような重さを感じる。
抗うように身構え、どうにか踏み止まる。
腕の隙間から覗く視界の中。
その中心に、光の柱が立っていた。
内部では幾重にも列を重ねた数十人程の神官が、光の柱を中心にして円を描くようにして並び、ひたすらに祈りを捧げている。
天井を突き抜けて出現する、中央にある祭壇をすっぽりと包み込む太さの光の柱。
その光の柱の中心に、浮かぶ人影があった。
冷たい感覚が脳天から背筋に走り抜ける。
「マリエル様っ!?」
思うよりも早く、身体が駆け出していた。
そこには、ふわりと吊り下げられているかのようにマリエル様が、光の柱の根元の部分の中心に浮かんでいる。
無理矢理に拘束されてる訳ではないようだけれど、意識があるようにも見えない。
力が満たされ、場が、出来てしまっている。
直感が意識の奥で警鐘を鳴らす。
肌で感じる危機感が、すでに女神が降臨する為の場が整えられてしまっていることを示していた。
「がっ!?」
勢いよく駆け寄ろうとして、見えない何かにぶつかり、弾き飛ばされてしまった。物理的な結界がそこにある。
「時は来たれりっ!」
「オハラっ!」
奥から聞こえた高揚する声に、勇者様が叫ぶ。
……オハラ。
スンラの記憶の中で得られた知識で、一目でそれがオハラだと分かった。スンラと同じ、コノハナサクヤの捨て駒。
女神に心酔した、愚かな狂信者達の長。
「すでに降臨の儀式は済んだっ! あとは女神様がこの仮初めの器に顕現されるのを待つのみっ!」
「させないっ!」
見えない結界。神官達による魔法障壁の類だろう。それが魔法障壁ならば、多分いけるハズ。
鈴守の小太刀の柄を握り絞り、ありったけの思いと力を込めて構えを深く取る。
「ぜぇあぁぁーっ!」
気合一閃。
渾身の力を込めて刀身を振り抜いた。
パキンッと甲高い音を立てて、そこにあった見えない何かが砕け散る。
「邪魔はさせんっ! そやつらを捕らえろっ!」
祈りを捧げていた神官達が、オハラの声に一斉に振り返った。
視線が集まる重圧感が気持ち悪い。
それぞれに何らかの魔法を構築しているようではあるけど、発動前の魔法の種類なんて特定してられない。
「どいてっ! 邪魔をしないでっ!」
身体をかわしながら合間をすり抜けて、光の柱に向かってただひたすらに駆け抜ける。
感覚的に魔力の歪みを捉えて、それに触れないように身体を捩る。通り過ぎた空間を捕らえるようにして、鎖のようなものが広がっていくのが分かった。
……鎖? 何か嫌な予感がする。
魔法を使って足止めしてくる集団とか、厄介な事この上無い。
「援護しますっ! レフィア様は前へっ!」
「群がってきてんじゃねぇっ!」
リーンシェイドと勇者様がそれぞれ左右に分かれるようにして飛び掛かり、道を作ってくれた。
「ごめんっ、助かるっ!」
神官達の列を一気に駆け抜け、光の柱に肉薄した。
聖女マリエル様の姿を目の前にする。
今にも降りてくるような圧力の強さが凄まじい。
……時間が、ない。
光の柱に対して小太刀を構える。
今更止めようが無いのなら、力ずくでぶち壊してやる。
「邪魔はさせんぞぉおおおおおっ!」
光の柱をぶち壊す為に、低い構えから斬り上げようとしたその時、何らかの魔法を構築しながら飛び出してきたオハラがすぐ側にまで、迫ってきていた。
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