♯220 魔王軍の合流



 鉄と汗の匂いが、風に混ざる。


 小高い丘を駆け上がった先の平原で、赤と白の、対称的な色の軍旗をそれぞれに掲げた軍勢がぶつかりあう。


 赤い方の数が白い方よりも明らかに多い。けど、その赤い方の軍勢の周りを白い方がぐるりと囲んでいた。


 ぐるりと周りを取り囲んでいる白い方の軍勢が、中心に押し込まれた逃げ場の無い赤い方の軍勢を一方的に攻めているような、そんな様子にも見える。


 あれだけ密集していたら動きにくそう。


 戦場の事はよく分からないけれど、数で負けてるハズの白い軍旗を掲げている軍勢の方が、赤い方よりも優勢なのだろう。何か凄い。


「速度を緩めるなっ! 追い立てろっ!」


 後から丘に上ってきたアドルファスが大声を張り上げ、周りの兵達を鼓舞する。


 リーンシェイドに頼まれて本来の役職に戻ったあに様は、とても生き生きとしていた。魔王軍の総大将は名目上魔王代理であるリーンシェイドだけど、実際の指揮はアドルファスが担っている。中々に様になっていて、ちょっと小憎たらしい。


 アドルファスの指示の下、蜘蛛の子を散らすように敗走する敵の軍勢を、魔王軍の勇士達が追い立てていく。


 更に後ろから追い付いて来たカーライルさんの、その背に乗るアネッサさんへと振り返る。


「アネッサさんっ!」


「は、はいっ! 赤地に太陽紋の軍旗がサウスランドで、白地に青い月のような紋様が入ってるのがロシディアの軍旗ですっ! ロシディアは味方なので、赤い方が敵ですっ!」


 赤い方が敵で、白い方が味方。


 冗談でも間違える訳にはいかない。


「アドルファスっ!」


「分かっている。……敵は赤い方の軍旗だっ! 赤い方を狙えっ!」


 アドルファスの指示に、魔王軍の兵士達が地鳴りのような雄叫びを上げた。やる気は十分らしい。


 ……だったら、私も。


 偉容逞しく駆け抜けていく魔王軍の勇士達に対して、小太刀を高く掲げ、その雄壮たる戦果を願う。


 あまねく命の灯に。

 滾る肉体の躍動とその果敢たるを願い。


 獰猛たる輝きに、思いを込めて。


 願う思いが光の粒子へと変わり、魔王軍三万の兵士達の身体を優しく包み込んでいく。


 『祝福』の魔法が活力の底上げを担う。


 光の粒子を浴びた兵士達がより大きな雄叫びを轟かせ、戦場を駆け抜ける鬨の声へと変えた。


 魔法の構築もだいぶ上手くなったもんだ。

 三万近くの軍勢に一発で『祝福』をかけられる自分の魔力量にももう慣れた。自分も、周りも。


「良い景気づけだっ、すまんなっ!」


 珍しく褒めてくれるアドルファスに小さく頷く。


 ……っていうか、本当に珍しい。


 もしかしたら初めてなんじゃないだろうか。


 普段の口と態度の悪さとのギャップが気持ち悪い。本気でテンションがあがってなさる。そこまで嬉しいんかい。嬉しいんだろうね。何よりだ。


「レフィア様っ!」


 あに様の絶好調な様子を気味悪く思っている脇で、大きな狼に騎乗したリーンシェイドが真横にふわりと降り立った。


 視線を合わせて互いに確認を取る。


「カーライルさんっ、アネッサさんをお願いしますっ!」


 多少困惑気味のカーライルさんにアネッサさんを託して、リーンシェイドと一緒に丘を駆け下る。


 いや、だって、……うん。ねぇ。


 アネッサさんを一人放っておく訳にもいかないし、何故かカーライルさんといると嬉しそうだし。


 まぁ、……いいんじゃないかなと。


 聖都奪還の準備を進めている所でアネッサさんから聞かされた、聖都での蜂起の計画。


 元々心情的には聖教国側だったロシディアを味方に引き込み、法主の処刑に乗じて事を起こす。


 流石というか何というか、最後まで諦めの悪いアリステアはやっぱりアリステアだった。転んでもただじゃ沈まない。


 内部蜂起にタイミングを合わせ、大きく南側へと迂回したのはばるるんの発案で、そこで偶然接敵した相手に攻撃を仕掛けたのはアドルファスの決断だった。


 気付かれないように各部隊毎に分散しての進軍には歯痒いものがあったけど、それをしただけの効果はあったようにも思う。


「総員っ、敵を打ち払えーっ!」


 丘の上から目の前の戦場へと駆け下っていく魔王軍の兵士達。雄叫びをあげながらどんどん加速していくその集団の中を、リーンシェイドと並んで駆け抜ける。


 相手側を取り囲むようにして並んでいた、味方側の軍勢の隊列の間をすり抜け、敵陣に突っ込んでいく。


 勢いをつけた軍勢が、相手方の陣容のど真ん中を突き抜けるようにして貫いていく。


 大質量の塊と塊が、激しくぶつかりあった。


 怒号と悲鳴が混ざり合い、鼓膜を強く打ち付けるような大気の震動に、身体の芯が大きく揺さぶられる。


「リーンシェイドっ! 聖都へっ! モルバドットは近衛を率いてリーンシェイドと共にっ!」


「はっ!」


「あに様はっ!?」


 深く切り込んだ敵陣の中でアドルファスからの指示が飛び、モルバドットさんとリーンシェイドがそれぞれに声を返した。


「いいから行けっ! 内部の制圧を助けろっ! ……レフィアっ! モルバドット達を中へっ!」


 敵兵と斬り結びながら声を張り上げるアドルファス。わかっちゃいたけどこのあに様、やっぱり強い。


 それぞれに指示を飛ばしながら一人突出してても、その様子には一切不安げなものが無い。それどころかあっという間に敵陣のど真ん中を切り開いて、聖都への道筋を作り上げてしまっていた。


 そして、確かにとも納得する。


 外側にいる王国連合側の軍勢を押さえ込むのも大事だけど、聖都内部の制圧の方がより優先されるだろうし、そもそもが聖地を取り戻さなければ意味がない。


「バサシバジルっ!」


「ぶるっひーんっ!」


 バサシバジルの首筋を撫で、身体ごとしがみつく。

 

 今の装備は普段とは違い、軽装弓兵のものを借りていたりする。防具と呼べるのは軽めの胸当てと左腕のガントレット位で、これが一番動きやすい。


 銀色の馬体が浮かび上がり、戦場の空を飛翔する。


 空を飛ぶ事にはまだ若干の忌避感はあるけど、唇をぐっと噛み締めて遥か頭上の城門の歩廊を目指す。


「ご一緒しますっ!」


「……って、リーンシェイドっ!?」


 空を駆け上がるバサシバジルに、狼に騎乗したリーンシェイドが並んで飛び上がってきた。


 そういえば飛べたね、その狼も。


 ……ってそうじゃない。

 おいこら総大将。


「魔王代理が単騎で行動しちゃ駄目なんじゃ?」


「代理だからこそ、代理らしく、です」


 きっぱりはっきりと言い切られてしまい、リーンシェイドが代理なのかふと気付かされる。


 ……確かに。


 誰よりも真っ先に飛び出してきそうだよね。

 何だか妙に納得してしまう。


 多分きっと、マオリが悪い。うん。


 総大将なんだからと諌めきる間もなく、聖都の城門である聖錠門の歩廊へと降り立つ。一足飛び所では無い程に呆気なく降り立ててしまった。


 聖錠門の歩廊には幾らかの人影があり、その中にちらほらと見覚えのある人達も交ざっていた。間違いなく聖都の兵士さんだ。


 聖錠門はすでに制圧してあるっぽい。


「援軍に来ましたっ、開門をお願いしますっ!」


 だったら多分、話は早いハズ。


「……やっぱり、魔王軍がっ」


「レフィアさんだっ、魔王軍が援軍にっ」


「開門をっ!」


 どうやら私を覚えてくれていた人もいるらしく、満面に喜色を浮かべて歓迎してくれているっぽい。


「門を開けろっ!」


 再度叫んだ開門の願いに対して、ダミ声の怒声が兵士達の間から響き渡った。


「……けれど、まだ」


「いいから開けるんだっ! 予定とはだいぶ違うが、俺が責任を取るっ! 魔王軍を聖都へ入れるんだっ!」


 言い淀む兵士の人に対して、見るからにどこかの山奥にいる山賊の頭のような体格をした強面が開門を指示してくれた。


 それは、とてもよく知っている顔だった。


「……ガマ、せんせい? って、へ?」


 山賊の頭のような風貌で、確かに普通の兵士さんよりも強そうではあるけれど。


 なんで町医者のガマ先生がこんな所に。


「法主様が処刑されるってのに、俺が黙ってられっかっ! 門は開けるっ、頼むっレフィア殿っ!」


「……っはい!」


 強面を更にしかめさせて憤るガマ先生。


 確かに、法主様が処刑されそうな時に黙ってられるような、そんな人ではない。うん。


「門を開けたら勇者殿に赤煙の合図をっ!」


「ガマ先生っ、あれをっ!」


 続いて周りの兵士さん達にガマ先生が指示を出した時、側にいた兵士達さんの一人が大声で叫んだ。


 同時に、激しい爆発音が鳴り響く。


 その兵士さんの指し示す先、聖都の内側、その中央付近で大きな爆炎が巻き上がっていた。


「……爆発? 中央広場かっ!?」


 ガマ先生の声に焦りの色が籠る。


「中央広場って、まさかっ」


「処刑の現場だ。……爆破なんて手筈には無かった。嫌な予感しかしやがらねぇっ!」


「レフィア様っ!」


 リーンシェイドが叫ぶと同時に、バサシバジルの手綱を引いて歩廊から空中へと飛び上がる。


「ガマ先生ごめんっ、先を急ぎますっ!」


「……頼むっ!」


 本来であればモルバドットさん達と行動を共にした方が良いのだろうけれど、聖錠門が開くのを待っていては時間がかかってしまう。


 直感が、それでは駄目だと告げる。


 開門を託して一路、中央広場へ向かう。


 一抹の不安が過る胸の鼓動が、少しずつ早くなっていくのを何だか強く、自覚もしていた。





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