♯193 傀儡師の戦場2(骸姫の迷走8)



「ふんっ! 悪くはない。……だがっ」


 スンラが、動いた。


 それまで観察に重きを置き、こちらの攻撃に反応を返すのみだったスンラが、攻勢へと転じやっせた。


 背筋に冷たいものをはっきりと感じながらも、かかる威圧を真っ向から跳ね返す。


「まだだっ! まだ足らぬっ!」


 群がる骸兵達を軽々と打ち砕いたハルバードの尖端が、瞬きの内に遠間合いを貫いた。


 分厚い空気の壁を穿ち、狂気が迫る。


 魔力糸を咄嗟に操り、身体を横へ力任せに引っ張りこんだ。


 まともに避けとったら間に合わせん。


 横殴りの衝撃を受けながら寸前でかわすも、穿たれた大気の壁が、圧力を持ってその周囲をまるごと凪ぎ払う。


 半ば吹き飛ばされながらも軌道を変え、再び残る骸兵の陰から陰へと身を隠しつつ、距離を保つ。


「速さもっ! 力もっ! 恐怖でさえも足らぬっ!」


 暴虐の弾丸となったスンラが爆音を鳴り響かせながら地面を抉り、手にしたハルバードを轟々と振り回した。


 旋風がその脅威を具現するかのように、瓦礫ごと周囲の骸兵達を更に吹き飛ばしていく。


 ……こん、化け物が。


 さっきまでとは明らかに、一撃に込められた力の質が違っとらっせやあす。


 攻撃の余波に軋む身体を不甲斐なく思いながらも、繰り出される攻撃を冷静にかわす。……かわしているハズなのに。


「もっとだっ! もっと力を示せっ!」


 一振りごとに重なるダメージが、身体を蝕む。


 一撃たりとてまともに喰らっとらせんのに、スンラがハルバードを振り上げる、ただそれだけの事で生まれる重圧に、神経と体力が削られていってまう。


「……くっ、ありえせんがねっ!」


 思わず悪態が口をついて出てまった。


 攻勢に転じたスンラに対して、距離を保ってかわし続けるだけて精一杯の現状が、忌々しい。


 このままでは、あかん。


 このままでは決して、届かれせん。


「甘いわっ!」


「がっあぁぁあああっ!?」


 焦りに思考が乱れた一瞬。避けきれなかった一撃が右腕を掠めた。


 ただ掠めた。

 ただ、それだけのハズなのに。


 ありえない衝撃が右半身に広がり、鉱物に亀裂が走る甲高い音を響かせながら、身体ごと大きく吹き飛ばされてまう。


 幻晶体の右腕に大きな亀裂が走る。


 吹き飛ばされ、地面に叩きつけられるその直前。魔力糸を周囲に絡ませ、強引に身体を引っ張り上げて距離を取った。


 この位でヘバる訳にはいかんせん。


 更に繰り出されたハルバードが追い討ちをかけるかのように地面に突き刺さり、穿つ。


 地面が大きく陥没し、吹き飛ばされた土砂が荒れ狂う大気に舞い上げられていく。


 距離を保って地面に降り立つと、スンラはゆっくりと顔を上げながら笑みを歪ませた。


 何がそんなに楽しいんだか。

 その余裕そうな態度にはむかっ腹が立つ。


 周りにはすでに、身を隠す為の骸兵が残っとらせんかった。


 心底気に喰わないが仕方もなし。

 下卑な視界のその中心に、捉えられてまう。


「……怯えろ。竦め。慄けっ! その感情がこの俺をっ、更なる高みへと導くのだっ!」


 おぞましくわめきたてるその声には嫌悪感しかあらせん。


「……趣味が悪すぎだがね」


 委細構わず、張り巡らせた魔力糸に意思を伝える。ここまで来たら陰に隠れようが隠れまいが大して違いもあらせん。


 魔力糸を通じて伝わった意思が地面を大きくせり上げた。


 せり上がった地面の中から、麗しきマオリ様の肉体美を妄想した十数体の彫像達が形を成し、スンラに向かって飛び掛かっていく。


「そうだっ、足掻けっ! 足掻けっ足掻けっ足掻けっ! もっとだっ! もっともっと足掻いてみせろっ!」


「……ぬかしやあせ」


 沸き立つ苛立ちに理性を総動員して食い縛る。


 熱くなったらかん。

 ……まだ、ここからだがね。


 ここからが、正念場だがね。


 軋む身体を引っ張り上げながら、更に彫像の数を増やし続ける。増やすたびに粉々に打ち砕かれても、耐えず、諦めずに数を増やし続ける。


 恍惚ともいえる表情を浮かべるスンラに対して、その油断を誘う為。


 最後の一手に、……全てを賭ける為に。


 彫像を錬成し続けながら、自身の身体を探る。


 幻晶体の身体はもう、限界に近い。

 すでに自らの意思で動かす事は出来ず、魔力糸で外から動かす事で何とか動ける状態でしかあらせん。


 一撃掠めただけでこれでやあす。

 まともに受けでもしたら、それだけで終わってまう。


 ……緊張が高まる。


 思考を止めるな。

 感覚を研ぎ澄ませ。


 リスクは十分に承知の上。

 けれど他に手は、無い。


 意地を気合いで飲みこみ覚悟を決める。


「おかあちゃん。……見ててな」


 指先から伸びる魔力糸を大きく広げる。


 可能な限り多く、大きく、……広く。


 傀儡術の基本はこの魔力糸にあらしやあす。


 魔力糸を通じてどれだけ意思を傀儡に伝え、操るか。

 それでどれだけの傀儡が操れるか。


 自身の亜空間に魔力糸を繋げ、出来るだけ、残る全ての骸兵達へと意思を伝える。


 ――ええか。よう覚えときやあせ。


 これまで何度も何度も繰り返し鍛え続けてきた傀儡の術。何度も半ばで放り出したくなって、嫌になって、それでもここまで食らい続けて来たもの。


 亜空間内の骸兵達への感触を確認して、ありったけの魔力を込めて彫像の錬成陣を構築する。


 ――傀儡師は傀儡を自在に操れて、ようやく半人前だがね。


 ……これで、決める。


 スンラが大振りの一撃で彫像を崩したその瞬間に合わせて、組んだ錬成陣を一斉に解き放った。


「ふんっ! 懲りずによくやるものよっ!」


 ――傀儡の術はただ人形を操るだけのもんと違う。


 視界を埋め尽くす程の彫像群を錬成し、同時にその影に紛れるようにしてスンラとの間合いを詰める。


 距離を開けてはあかん。


 刃の届くギリギリの所まで、赤黒い炎の内側へ、ヤツの懐深くまで距離を詰めなあかんっ!


 ヒリヒリする空気を肌に感じながら、スンラを目標として一心に定め、その懐深くを目指す。


 亜空間の口を空中で開く。


 ――相手の心理を、行動を、その総てを操ってこそ、ほんまもんの、一人前の傀儡師だがね。


 彫像群で出来た壁を、スンラが砕いた。


 その砕かれた空間に、手持ちにある残り全ての骸兵達を亜空間から引き出し、再びスンラの視界を埋め尽くす。


 彫像への単調な攻撃に慣れてしまっていたスンラのタイミングが、刹那の誤差を生んだ。


 ただ一点。スンラを中心として一つの獲物に群がるスズメバチの集団のように、意思の通った骸兵達が、凶器の矛先を向けてそのズレたタイミングに襲いかかる。


 更に近く。もっと、もっと側へ。


 自分の身一つが隠れるだけの魔法障壁を分厚く重ね合わせ、帯留めの呪符を強く握り込む。


 骸兵の影に紛れスンラの死角へ回り込み、更にその距離を詰めていく。


 もっと、もっと近くへっ!


「小賢しい真似をっ!」


 スンラの身体に赤黒いが炎が迸り、勢いよく爆ぜた。


 無数の骸兵ではあっても、そのどの刃でさえもスンラの身体に触れる事なく、まとめて弾き飛ばされてまう。


 けれど……。


 激しい範囲攻撃を行えば、必ず隙が出来る。

 

 ――おんしゃなら出来る。絶対に出来やあせる。


 爆風で魔法障壁が削られていく。


 衝撃に曝されながらも最後の一手に至る為に帯留めの呪符に魔力を込め、その場で耐えしのぐ。


 限界を越えた幻晶体の身体が軋み、ひび割れる。


 そして、……砕け散った。


「気概だけは良いが」


 ハルバードが、幻晶体の身体を貫いていた。


 中心を穿たれた幻晶体の身体が、まるで風花のように、粉々に砕け散る。


 その様子を、スンラの後ろから確認する。


 そこにわんしゃはおらせん。


 幻晶体の身体を脱ぎ捨てて、スンラに迫る。


 スンラが振り向き、見下ろす視線と見上げる視線が重なった。


だったな」


 ――おんしゃなら、わんしゃを超えて本当の傀儡師に、なれるハズだて。 


 ……。


 ……。


 ……おかあちゃん。


 帯留めの呪符に力を込めるのと同時に、魔力を込めたスンラの抜手が、心臓めがけて貫かれた。


 ……。


 ……。


 衝撃が、全身を貫く。


 押し込まれる圧力に、崩れ落ちそうになる膝に最後の気合いを込め、懸命に抗う。


 刹那の空白。


 この一瞬の為に、全てを賭けた。


 ずぶりっと。


 肉壁を押し退けて硬い異物が、奥深くへと押し込まれる。


「……馬鹿、……なっ。……何故」


 スンラの呟きが血反吐ともに漏れた。


 隆起した筋肉が堅固な抵抗を押し込みきれず、はち切れんばかりに膨れ上がり、震える。


 心臓を貫こうとしていた抜手は、その手前に集中展開され、重ねられた結界に阻まれる。


聖域結界シールサンクチュアリ


 防御系の魔法において最高峰の強度を誇る、聖女固有の結界魔法。その共有化された魔法陣が封じられた帯留めの呪符が、……光を放つ。


 防疫に特化させたアレンジバージョンとは違う。


 正真正銘、聖女マリエルから直接教えを受けたオリジナル。その構築式が刻まれた、魔法陣。


 砕け散った幻晶体がキラキラと光を反射して周囲に飛び散る中、背面の脇から深々と突き立てられた骸凶兵の刃が、スンラの身体を貫き通していた。


 はっきりとした意識の中で捉えた、確かな魔力の波動を感じ、自身の役割が成された事を強く、……確信する。


「……わんしゃの、勝ちだがね」





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