♯192 傀儡師の戦場1(骸姫の迷走7)



 思えば最初から、レフィアは変わっとった。


 今、自分の背中の向こう側におる友人の姿を、思う。


 見惚れてまう程に整った目鼻立ちに、バランスの良いスタイル。柔らかそうにさらりと流れる亜麻色の髪と、透き通るキメの細かい、肌。


 同性であってもドキリとさせられる容姿を持ちながらも、全くそれに頓着もしとらせん。それどころか実はどこか自信無さげで、そのくせ強引で頑固で、人との距離感が短く馴れ馴れしくて、お人好しで……。


 目の前のスンラを視界の真ん中に捉えながら、自信の魔力を重ね、織り込んでいく。


 いつもようさんの人の注目を集めとった。


 ――深く、深く。


 人の意識の中心にいて、その真ん中にいて。


 ――重く、固く、より深く。


 いつの間にかそこにいて。

 それがいつの間にか、当然で。


 ――意識を、魔力操作に集中させていく。


 気づけば一緒にいる事が楽しくて。

 それだけでどこか、安心できるようになっとった。


 スンラの様子を伺えば、その視界にわんしゃの姿など欠片も映っとらせん。わんしゃの姿など欠片も意識せず、ただじっと、レフィアばかりを捉え続けとる。


 ……。


 ……。


 ……まったく、難儀なだがね。


「……はよ、行きやあせな」


「ベルアドネ……」


 動かずにいる所へそっと促せば、か細く不安げな呟きが返ってくる。……まったく。


 他人の心配しとる場合じゃあらせんのに。


 どこまでもお人好しで。

 いっつも他人事に首を突っ込んで。


 練り上げた魔力を幾重にも織り込んでまとめあげる。


 レフィアが意識を外した瞬間、スンラが動いた。


「させやせんがねっ!」


 手元にまとめあげた魔力の塊をスンラが間合いを詰めるその前に、全力で足元に向けて叩き付ける。


 圧縮された魔力の塊が地面で弾け、大きなうねりを見せながら、衝撃をともなった波紋を広げていく。


 衝撃の余波にスンラが立ち止まり、乾いた土埃が大きく舞い上がった。


「行けっ! レフィアっ!」


「……っぐ!」


 ぐっと何かを堪えるように力を込めたレフィアが、その場から駆け出していくのを、背中で感じとる。


 気配が遠ざかり、走り去っていく。


 それでええ。


 おんしゃはおんしゃのやるべき事を。

 自身のやるべき事に全力で向かったらええ。


 わんしゃはわんしゃで。

 それぞれが、互いに。


 舞い上がる土埃から影が迫る。


 穿つかのようにして迫るハルバードの切っ先に対して、それをしっかりと見定め、指先に繋いだ魔力糸に意思を込めた魔力をそっと流し込む。


 ……大丈夫。落ち着いていられる。


 レフィアのおかげで、レフィアの戦いぶりを目の当たりにしたおかげで、自分を取り戻す事が出来た。


 自分でも不思議な程に落ち着いたまま、迫るハルバードをしっかりと見定めながら、流し込んだ魔力を魔力糸の先で、展開する。


 地面が大きく隆起して、土の塊が人の姿を形作った。


 鼻先一寸の距離まで迫ったハルバードの刃先を、土塊の傀儡人形が真下からカチあげる。


 勢いに弾かれて土塊人形は粉々に砕け散る。

 微かに軌道を逸らされた刃先が、少しだけ傾けた頬のすぐ横を貫き通っていった。


 刃の端が、頬を掠める。


 皮一枚を切り裂いて通り過ぎる刃先をいなし、酷く落ち着いた心境のまま、その懐深くへと向かって間合いを詰めた。


 大丈夫。……もう、怖くなんかあらせん。


 すれ違い様に身体を沈め、身体の流れるまま、勢いに乗ったままのスンラの背後へと回り込み、魔力糸を広く、開放する。


 周辺は今、自身の魔力で染め上げておいた。


 無数に散らばる大小の瓦礫。

 石造りの床に踏み固められた地面。石壁。


 媒介には、ちっとも困らせん。

 材料ならそこいらにゴマンと溢れとる。


 ここはもうわんしゃの戦場になっとる。


 ……傀儡師の、戦場いくさばだがね。


 狙いを外し、目標を見失ったスンラが多々良を踏んで踏み止まり、ゆっくりと振り返った。


 その眼光に再び捉えられる前に、自身の魔力で染め上げた周囲に魔力糸を大きく広げ、意思を伝える。


「……目覚めやあせっ、麗しき愛人達っ!」


 まったくもって、わんしゃらしくもない。


 歪で凶悪な魔力の塊のような相手に、真正面から魔法の力押しで片付けようだなんて。愚かにも程がある。


 足元に無数に転がる大小様々な瓦礫が形状を歪め、肉体美を誇る麗しきマオリ様の御姿へと変化していく。


 もちろん当然の如く、全裸で。


 麗しきマッチョで全裸なマオリ様の彫像の群れが、スンラに群がり、飛びかかっていく。


「ぬんっ!」


 スンラがハルバードを振り抜き、迫る彫像の群れを凪ぎ払う。


 一振りでまとめて凪ぎ払うその膂力は、流石に見上げたもんだと思う。けど、砕かれたのなら砕かれた分だけ、壊されたのなら壊された分だけ、新たに彫像を生み出し続けていく。


 わんしゃは、何を考えとったんだか。


 剣士には剣士の戦い方があって。

 魔術師には魔術師の戦い方があって。


 傀儡師には傀儡師の、戦い方がある。


 彫像の群れの影へと紛れ込み、指先の魔力糸を更に自身の幻晶体へと絡みつかせる。


 身体能力に劣るのなら、速さが足りないのなら。

 別の方法でその差を埋めればいい。


 彫像の群れをまとめて操りながら、同時に自身の幻晶体の身体を自身の魔力糸で操り、動きを補助する。


 砕かれていく彫像達の影から影へ。


 決して自身へと的を絞らせないよう、惑わせ、絡め、騙しながら、スンラの攻撃を避け続ける。


「ふんっ、数だけは立派だが、脆すぎるっ! こんなモノ、いくら作り出した所で無駄に終わるだけよっ!」


 赤黒い炎の壁が沸き上がり、彫像の群れを飲み込んでいく。


 砕かれ、破壊され続けながらも、更に彫像達を増やし続け、その中心にいるスンラを観察し続ける。


 どうすればスンラを倒せるのか。

 何をすれば良いのか。


 闇雲に打って出た所で同じ事。

 どれだけ魔法を重ても、かすり傷一つつけられなければ意味は無い。


 略式の構築であったとはいっても、あれだけの魔法攻撃を受けても何らダメージを与える事が出来なかった。


 魔法の威力が足らなかった所為なのか。


 ……違う。


 何かが根本的に、違っとらっせる。


 考えろ。考えて考えて考えろ。


 思考を途切れさせたらかん。


 どんな些細な事でも見逃さず、糸口を辿って答えを掴みとらなかんっ。


 魔法によるダメージは一切通らせんかった。


 にも関わらず、レフィアの飛び蹴りはスンラを弾き飛ばした。その横っ面を蹴り飛ばしやせた。


 飛び蹴りだけではあらせん。


 その他の攻撃も防がれていたとはいえ、スンラの身体にまで届いとらした。そもそもあのハルバードで受けとらしたって事は、それで受けねば、レフィアの攻撃はスンラに届いとったって事でもある。


 スンラの挙動に集中しながら、影から影へと動き続け、その様子を観察し続ける。


 魔法は届かず、直接攻撃なら届く。


 ……そう、魔法ではスンラに届かない。何故。


 何故魔法はスンラに届かないのか。


 彫像の群れの中に『氷槍投射アイスジャベリン』を紛れこませ、死角になろう位置から試しに放つ。


 スンラへと向かって放たれた氷の槍はけれども、その手前で赤黒い炎に阻まれ、消滅してしまう。


 それは何度試しても同じ結果になった。


 あの、赤黒い炎だ。

 あの赤黒い炎が、迫る魔法による攻撃を飲み込み、全て防がれてしまっとる。


 あの赤黒い炎が何なのかは分からせん。

 分からせんが……。


 魔力糸を自身の亜空間の内側へと伸ばし、即席の彫像では無く、より戦闘力のある骸兵へと繋ぐ。


 おかあちゃんから直々に譲り受けた骸兵。


 その中でも、特殊な機構を持つ『骸凶兵』へと。


 ……コイツなら。


「所詮は児戯に等しい。……愚かよ」


 スンラの魔力が爆発的に高まる。


 一瞬の間を置き、スンラ自身を中心として赤黒い炎が放射状に大きく弾け飛んだ。まとめて一気に吹き飛ばしてしまうつもりらしい。


 ……けれどもそれは、当然想定の範囲内。


 魔力糸に意思をこめて彫像達をそれぞれに集め、防壁代わりに重ね合わせる。


 赤黒い爆炎と衝撃が、周囲を凪ぎ払った。


 これだけの範囲攻撃を放った後ならっ!


 作り出した彫像達が爆炎によって一気に瓦礫の山へと戻ってしまう。吹き飛ばされ、砕かれた彫像の影に隠しておいた骸凶兵を、力を放出させた直後のスンラに向けて、襲いかからせた。


 鋭く尖った針状の両手首を持った、一見して軽鎧を身に付けたスケルトンのような骸凶兵が、崩れた瓦礫の下から俊敏な速度で飛び掛かる。


「小賢しい真似をっ!」


 矢のように飛びかかった骸凶兵の刃はその切っ先がスンラに届く前に、ハルバードの一振りで防がれてしまった。


 ……あかん。


 このままでは届かない。

 このままでは、決め手に欠けてまう。


 吹き飛ばされた彫像達の代わりに、自身の亜空間からありったけの骸兵を引っ張りだす。


 傀儡術用として専用に作られた骸兵であれば、即席の彫像達より、その耐久も攻撃力も比較にならない程に高い。


 けれどその程度、スンラの前では大して変わらせん。


 魔力糸を操り、居並ぶ骸兵達をスンラへとけしかける。


 一瞬でええ。


 一瞬でもええから、スンラの動きを止めなかん。


 ハルバードによって砕かれていく骸兵の影に隠れ続けながら、その為の一手を考え続ける。


 遠距離からの魔法は届かない。


 例え至近距離まで近づいたとしても、スンラに反応されてしまってはその身にまで刃は届かない。


 今ある戦力の中で、唯一スンラを倒せる可能性があるとすれば、おかあちゃんの『骸凶兵』だけ。


 その刃を突き立てる為には、一瞬でもええから、スンラの動きを止めなかん。


 その為には……。


 ……。


 ……。


 これしか、あらせん。


 次々と砕かれていく骸兵達を視界に捉えながら、思い付いた一手に覚悟を決める。


 帯留めにくくりつけた、一つの呪符。


 これは、ある特別な魔法陣を刻み込ませておいた、とても、とても大切な呪符。おそらくこの世界で唯一人、自分だけが持つ、特別な魔法陣。


 強い思いをこそ込め、その呪符をぐっと握り締めた。





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