♯191 女神の軍勢
凝り固まった筋を揉みほぐしながら、よっこいせと立ち上がる。
人様の前でするような仕草ではないけれど、乙女である事より、お尻のダメージの方がより深刻なのだから仕方ない。
(とんだ無茶をする……)
ぐるりと腰を回して股関節を伸ばしていると、イワナガ様の呆れたような声が耳に届いた。
……うん。まぁ。
思わず衝動的に飛び降りて蹴り飛ばしてしまったけれど、怖い位に見事に決まって驚いた。何事も勢いと思い切りは大事なんだなと改めて思う。
「ただいまっ、どこも怪我とかしてない? 大丈夫?」
蹴り飛ばされて吹き飛んでいったスンラを警戒しつつ、後ろ背にベルアドネを庇い、声をかける。
「……わんしゃは特に、それよりも、バルルント卿達の方が重症だがね」
「……へ? ばるるん?」
言われて気づいてみれば、崩れた瓦礫の陰で見覚えのある虎なばるるんや城守の兵士さん達が踞っていた。
遠目ではベルアドネしか見えてなかったけど、ばるるん達もスンラと戦っていたっぽい。
誰もが皆、激しい勢いで壁や瓦礫に打ち付けられたらしく、身体を抱え込むようにして悶えていた。
「……っ、みんな大丈夫っ!?」
上げた声に手振りが返ってくる。
どうやら誰も怪我はしてないようだった。
ほっと一安心する横で、何故かベルアドネが顔を逸らした。
……。
……。
……何があった?
(来るぞっ!)
一呼吸間を置いて、赤黒い火球が飛来する。
「なんのっ! イワナガ様っ!」
(まかせよっ!)
激しい勢いで迫る火球に対して、後ろ腰の小太刀を鞘から払う。
イワナガ様が私の魔力を使って魔法を構築し、魔力の付与された青銀の刃を逆袈裟に切りつけた。
闇色に輝く斬撃が、駆け抜ける。
迫る火球が真っ二つに裂け、爆音とともに弾け飛んだ。
「ナイスっ、コンビネーションっ!」
息のあった連携に拳を高々と構える。
さすがはヒネクレ者でも女神様。
今も継続して保持している『身体強化』といい今のといい、魔法の腕前は太鼓判がいくつあっても足らない位に凄い。偉いっ。
これで性根と口が悪くなかったら抱きついてキスしてもいいのに。世の中実に、ままならない。
(……余計な事ばかり考えるでない。集中せよ)
「……レフィア? 今のは、……なんで」
柄の握りを持ち替えて下段に構え直しながら、困惑気味なベルアドネに軽く片目を瞑って返す。
「今の私は、スーパーミラクルマジカルトワイラルバージョンな、……のっ!」
蹴り足に力を込め、低い体勢のまま駆け出す。
瓦礫の下から起き上がろうとしていたスンラに対して距離を詰め、渾身の力をこめて切り上げた。
「ぬんっ!」
最大限に強化された筋力は、想定以上の速さと威力を斬撃へと上乗せしてくれる。正直まるで自分が自分じゃないみたい。
けれどスンラは大振りなハルバードを片手で振り下ろし、渾身の切り上げを軽々と受け止めてみせた。
「レフィアっ!」
ベルアドネの悲痛な声を背中に受ける。
抑えられた刀身が、ジリジリと押し込まれていく。
強化してても力では、……やっぱり敵わないか。
シュッと息を吐き、刀身を防がれたハルバードの棹の部分にまとわりつかせるようにして、受ける圧力を受け流す。
勢いを殺せずに地面を深く抉るハルバードを、すかさず上から足で踏みつける。受け流した力を保持したまま身体を外側へと回転させ、更にスンラの首元を狙って斬り付けた。
けれど刀身がその身に届くよりも早く、踏み台にしていたハルバードが力任せに真上に振り上げられてしまった。
「……なんのっ」
身体を捻って足場をずらし、地面に伏せるようにして屈み込む。軸足の前後を素早く入れ替え、回転の勢いを乗せた斬撃を地面すれすれにスンラの足元に叩き込んだ。
ガキッーンと鈍い金属音が響く。
両手に痺れる反動を伝え、ハルバードの刃の無い方の端で弾かれた小太刀を、身体の奥へと引き付ける。
……意外に器用な事、してくれるじゃん。
弾いた斬撃の勢いにスンラが眉をひそめた。
その太々しい鼻っ面に向かって、真っ直ぐ打ち出すようにして刃を突き立てる。
「……くっ!?」
スンラの口元から呻きがもれた。
身体を大きく仰け反らせて突き立てた刃を避けるスンラに対して、残念ながら小太刀ではリーチが圧倒的に足らない。
悔しいので一発、無理な体勢で仰け反っているスンラの横っ腹を力任せに蹴り飛ばし、距離をとった。
「……貴様っ、
「その呼ばれ方は好きじゃないっ!」
蹴り飛ばしたのにケロリとしてやがんの。
やっぱり体重が足らないらしい。
やるならやるでさっきみたいに勢いと全体重をかけ、おもいっきりやらなきゃ駄目っぽい。
その後も数回、出来るだけ動き回りながら斬り付けてみるけどすべからく防がれてしまった。
互いの武器は小太刀とハルバード。
こっちの方が圧倒的に取り回しに有利なハズなのに、その尽くを防ぐとか。……ちょっと力の差を見せつけられてるみたいで余計に腹が立つ。
一度大きく間をとり、呼吸を調える。
「……やっぱりそう簡単には、いかないか」
(こうして続けていても意味は無い、先に急がねば)
イワナガ様の冷静な声に、小さく頷く。
それは分かってる。
……分かってはいるんだけど。
このままコイツを放っておく訳にもいかない。
(聖都に迫った軍勢は囮で、こっちが本命か。……手駒の数が忌々しい)
本当に、忌々しい。
ぐちりとこぼしたイワナガ様の愚痴に、こっそりと同意する。
……だけど。
私をここまで運んでくれて、そして今は全速力で
その飛んで行った方角にチラリと視線を移し、そのまま周りを見て、ベルアドネを見る。
だけど、こっちだって味方がいない訳じゃ、ない。
あっちが軍勢を引き連れて頭数で仕掛けてくるのなら、こっちだって頭数で迎え打ってやろうじゃない。
(……レフィア)
「あっちが光の女神の軍勢なら、こっちは闇の女神の軍勢ってもんでしょっ!」
……。
何か端から見るとこっちの方が悪者っぽいけど。
「レフィア、おんしゃ……」
すぐ側に駆け寄ってきたベルアドネに、軽く頷きを返す。
うん。
頼れる仲間なら、私達にだっているんだから。
「聞いてベルアドネ」
「ん?」
「このままここでコイツとやり合ってても、コイツは倒せないの」
「……まぁ、一筋縄で倒せる程、易しい相手ではあらせんわな。……けど、それでもっ、ここでヤツを止めな、おかあちゃんや他の子らんがっ」
深く構えて魔力を練り上げるベルアドネ。
普段の残念さは欠片も感じられず、逃げずに立ち向かおうとする強い意思が、その表情にはっきりと浮かぶ。
(シキがやられたのか。……未だ死んではいないようだが、危ういようだな)
「……シキさんが」
「……おんしゃは本来関係あらせん。はよ逃げやあせな」
後ろから横へと並び立ち、そのまま前へと進み出たベルアドネが片手を上げ、私の前を塞いだ。
「これは魔の国に生きるわんしゃらの問題だがね。人族なおんしゃには関係あらせん。だから、こんな事にわざわざ付き合って痛い目に合う必要もっ、あだっ!?」
とりあえず、ベルアドネのお尻を蹴り飛ばす。
本当なら小太刀の峰でドタマかち割ってやろうかとも思ったけど、しょうがないのでケツキックで勘弁しておいた。
「……馬鹿言ってると、蹴るよ」
「すでに蹴っとるがなっ! いきなり何しやっせやあすっ!?」
「今更仲間外れにしようとする方が悪いっ!」
「……っ!? けどっ!」
必死で何か反論しようとするベルアドネを抑え、ずんっとその前へと再び進み出る。
「アイツは不死身で、どんだけ倒しても倒しきる事は出来ない。そういうモノらしい」
「だったら尚更っ!」
「でも、倒せない訳じゃない。今目の前にいるのは分体の一つでしかないの。でも、ヤツの本体を叩き潰せば、……倒せるっ!」
叫び声を上げながら再び、スンラに向かって斬りかかる。
何を考えているのか、黙ってこちらをじっと観察し続けていたスンラも、反応を見せた。
鈍い金属音が鳴り響き、ハルバードと小太刀がぶつかり合う。
「ばるるんっ! 他のみんなもっ! ここはいいからっ、城にいる皆をもっと遠くに避難させてっ! お願いっ!」
助成の為に身構えるばるるん達に大声で呼び掛け、相対するスンラの挙動に神経を集中させる。
「がっ!?」
捌ききれずに受け止めてしまった一撃に押し込まれ、堪えきれずに身体が宙に浮き上がった。
イワナガ様の補助を受けていてもなんとか互角。
こんな相手にばるるん達を巻き込んではいけない。
吹き飛ばされる方向に自ら飛び退く。
地面から離れたタイミングを狙って、赤黒い炎が中空から襲いかかる。
(これしきっ!)
避けきれない炎を、イワナガ様が魔力障壁を展開して防いでくれた。炎が砕けて周りに飛び散る。
「レフィア殿っ、しかしっ!」
「いいからっ、ここは任せてっ! ばるるん達は早く他の皆をっ!」
着地と同時に地面を強く蹴り、一足飛びに再びスンラの懐深くまで飛び込んでいく。
幸いな事にスンラの意識は私だけに向いているらしく、ばるるんやベルアドネには一切興味を向けていない。
だったらここで、やるべき事は一つっ!
「ベルアドネっ! 魔王城の地下迷宮の奥にっ、コイツの、スンラの本体がそこにあるのっ!」
「……スンラの、本体?」
「ソイツを叩き潰せばっ、コイツの不死性はなくなるっ、だからっ、お願いっ! 地下迷宮の奥へっ!」
迫るハルバードをギリギリで捌き、捌ききれないものはイワナガ様を信頼して諦める。それでどうにか攻撃を止めないように動き続け、スンラの足止めを試みる。
切り払いが流れた瞬間、流れる視界の中でスンラの表情が愉悦に歪んだのが分かった。
「……そういう事か」
「……なっ!?」
隙が出来てしまった脇腹に、大振りな一撃が叩き込まれる。
真正面から受けてしまったその一撃に、イワナガ様の魔力障壁ごと大きく弾き飛ばされてしまった。
距離が開いてしまい、その間を、立て続けに吹き上がる赤黒い炎の塊が埋め尽くす。
大きく展開した障壁で炎を防いで貰うその向こう側、炎の壁の向こう側のスンラの笑みが、陽炎に揺らめく。
「貴様、闇の女神をその身に宿しているな」
バレたよおねえちゃん。
(誰がおねえちゃんだ馬鹿者)
……イワナガ様が冷たい。
「実に興味深い。まさかそのような事が可能だとはな。……器の娘か、なるほど、光の女神が欲するのも分かる」
「だからその呼ばれ方はっ、嫌なんだってばっ!」
更に深く斬りかかろうとした時、突然、身体が大きく後ろに引っ張られた。
「へ? ちょ、ぬぅおぉぉおおおーっ!?」
まるでゴム紐のついたボールのようにぼよよーんっと身体が後方へと投げ出され、大きく弧を描きながら地面へと降り立った。
「何!? 何今のっ!?」
「相変わらず、訳の分からん事を次から次へと。人の話もまったく聞かずに、勝手にあれこれと進めたらあかんがね」
気づけばベルアドネのいる所にまで戻ってきていた。
どうやら魔力で出来た紐なようなもので、強引に引き戻されたっぽい。
「大体、今から魔王城の地下迷宮の最深部まで行け? そこで本体を潰せ? ……わんしゃはご免なだがね。なんでわざわざわんしゃが、そんな面倒臭い事をせなかんの」
「だから、スンラを倒すにはそれしかっ」
「そもそもその最深部で本体とやらを見つけたとして、そこで何をどうしたら良いのかなんて、さっぱり分からんがね」
ベルアドネの背中が視界を遮る。
その背中には、どこか揺るぎない意思の力が強く込められ、言葉とは裏腹な覚悟をはっきりと伝えていた。
「……ベルアドネ、あんた」
「さっさと行きやぁせな。おんしゃにはそこで、やらなかん事があらっせやすんやろ? 顔にそう書いたるがね」
「でも、アイツはっ……」
「グズグズせやあすなっ! レフィアっ!」
ベルアドネの魔力が密度を増して高まる。
薄いベールのような深紫色の魔力が幾重にも重なり合い、堅固に、その圧力を深めていく。
「……はよ、行きやあせ」
低く力強い声音から伝わる覚悟に、力が籠る。
私は知らず、両方の拳を強く握り締めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます