♯150 最奥の庭園
虚空に一閃。切っ先が一条の軌跡を残す。
腰を深く落としたままの剣聖さんが残心を解く。
背後に最深部へと続く大扉を守る青銅の巨人が、上下二つ、左右にそれぞれ別れて、声も無く崩れ落ちた。
姿勢を正して刀を鞘に納める剣聖さん。
鯉口に鍔が触れて甲高い金属音がした後、大重量の巨体が地面を叩きつけ、迷宮化著しい遺跡内部に低い震動を響かせた。
……。
……。
強いだろうなぁとは思ってたけど。
剣聖さん。……めちゃくちゃ強かった。
大扉の番人を一人で苦もなく倒しちゃった。
全く出番の無かった私とオルオレーナさんは二人、成り行きを呆然と眺めながら、拍手で剣聖さんを讃える。
嬉しそうに照れる剣聖さんがちょっと可愛い。
「今のは『瞬く間に閃きの如く斬り払う斬』と言う技にござれば、道は開いたのでござる」
ついでに技の名前まで教えてくれた。
確かに刃先の動きは一切見えなかったし、刀の間合いの届かない所まで両断した技量には本当、言葉も無い位だけど……。
……。
技名、長くね?
「……それ、『瞬閃』とかじゃ駄目なんですか?」
「……っ!?」
短くまとめる事を提案してみたら、目を見開いて驚かれた。
そのまま小声でぶつぶつと呟きはじめたかと思うと、しきりに小さく何度も頷き、物凄く嬉しそうに瞳が輝く。
……。
……気に入ってくれた様子にござる。
何か分かりやすいね、剣聖さんって。
「奥へ進もうと思うんだけど、いいかな?」
オルオレーナさんが大扉に手をかけて振り返る。
「あ、はいっ」
余裕かましてる場合じゃなかった。
急いで駆け寄り、隣に並んで大扉を調べる。
触った感触からすると、何だか金属っぽい。
一瞬鉄製なのかもと思ったけど、濃い緑色をしたがっちりとした質感に首を傾げる。
鉄っぽいけど何かザラザラしてて、ひんやりと冷たさを感じる。岩壁……、とはまた違う感じがするので、金属っぽい何かである事は間違い無いんだけど……。
……。
……。
……どうやったら開くんだ? これ。
押しても引いてもビクともしない。
「……さて困った。ここまでは順調にこれたけど、さすがにこれは、力押しではどうしようもないかな?」
大扉を調べていたオルオレーナさんが立ち上り、肩をすくめて両手を上げた。分かりやすい降参のポーズで、天井を仰いでらっしゃる。
「門番を倒せば開くんだとばかり思ってました」
「そう簡単には……、いかなかったね」
何と言っても『封印』だしね。
私達が大扉を調べている間、剣聖さんは一歩下がり、腰の獲物に手をかけたままじっと、大扉を見つめていた。
そのままピクリとも動かない。
……多分、なんだけど、さっきの青銅巨人みたいにスパッと斬れないかどうか試そうとして、どうにも斬るイメージがつかめなかったっぽい。
ピクリとも動かないまま、額に冷や汗が見える。
……剣聖さんでも無理なら、この大扉を破壊する事は考えても無駄なのだと悟る。
はてさて。どうしたものやら。
一体どうしたら良いのかと考えようとして、ふと、同じような印象を受ける扉を、以前にも見た事を思い出す。
……あれも確か、人の力で動かせるような代物じゃなかった。けど、確かに開いたのだ。
「レフィアさん?」
手の平に魔力を込めて、大扉の表面をなぞり始めた私に、オルオレーナさんが不思議そうな顔を向けている。
あの時、聖女様もこうして扉のどこかを……。
すーっと手の平をかざしてなでた跡に、何かが反応したかのように思えた。
その反応した場所に注意深く、再び魔力を慎重に注ぐと、大扉の表面に一点、何かが朧気に浮かび上がってくるのが分かった。
字……、じゃない。何かの紋様っぽい。
くるくると螺旋を描く、一筆書きの二重……、線?
「……これはっ」
隣りでオルオレーナさんが息を飲むのが分かった。
何か知ってるのかと聞こうとした時、浮かび上がった紋様が突然、強烈な光を放ち、輝きを増す。
「えっ!? ちょっ、待っ、何っ!?」
光は大扉の表面を縦横に走る。
急激な変異に思わず身構えていると、大扉が真ん中から奥へと、音も無く開き始めた。
「……す、すぺくたくる過ぎる」
「レフィアさん、ナイスだねっ!」
何となく、……だけど、何だか聖地にあった扉に似てるような気がしたから、聖女様の真似をしてみたんだけど。
……どうやら何か上手くいったらしい。
大扉の奥は、真っ暗だった。
他に言い様もない程に。
「……真っ暗だね」
「……真っ暗でござるな」
「……真っ暗、ですね」
不自然な光景に、三人の感想が重なる。
大扉の手前側も決して明るいという訳ではない。
それでも、迷宮化によって生まれた魔石で灯りがとれ、ほのかに視界は通る。
けど、大扉の奥は真っ暗だった。
光りが届かないとかいうレベルではなく、真っ暗だ。
それもちょうど、大扉のあった所を境界にして、そこから先が全く真っ暗になっている。
試しにオルオレーナさんがサーベルの鞘を突っ込むと、ちょうどそこからくっきりと、まるで黒い水の中に入って行くかのように境界が別れていた。
「特に何かがある訳ではなさそうだけど……。ここまで不自然に真っ暗だと、さすがに躊躇してしまうかな……」
苦々しそうにする気持ちも分かる。
こんなの、絶対におかしいもの。
けど、他に行く道も無し。
女は度胸、男は愛嬌。
「突っ込みましょう。成せばなりますっ!」
「あっ、レフィアさんっ!?」
「レフィア殿っ!?」
何か合ったらその時はその時だ。
意を決して、暗闇の中へと飛び込む。
「……おぉ、……お? ……うわぁおぅ」
幸いにして、地面は続いていたっぽい。
……地面が必ずしもある訳では無いと、踏み出してから思い至ったのは内緒。
結果良ければそれでよし。
両手を前につき出すようにして、真っ暗闇の中を歩き進める。中は、本当に真っ暗だった。
ちゃんと目を開けているハズなのに、まったく何も見えやしない。かすかに自分の身体の輪郭が分かるとかいうレベルを、遥かに越えて真っ暗だった。
足の裏から感じる地面の感触だけを頼りに、前へと歩き進める。
……ってか、何これ。足音も聞こえないし、確かにしゃべったハズの自分の声も耳に届かない。
どうやら視界だけでなく、音も完全に聞こえなくなってるっぽい。
……あれ?
これ、ちょっとヤバい?
しっかり立って、歩いてるハズなのに、段々と平衡感覚に自信が無くなって来た。
真っ直ぐ立ってるハズなのに、感覚が、ぐにゃりぐにゃりとまるで大きな振り子のようにグラついてくる。
……ちょっと短絡的過ぎたかな。
ほんの少しだけ後悔が過るけど、今さら後にも引けない。……ってか、どっちが前だか後ろ何だかさえ、分からなくなってきた。
私、進んでる?
ちゃんと立って歩いてる……、よね?
……。
……。
「ええぃっ! 私の向いてる方向が前だっ! それ以外は認めんっ! 踏み出す足は前にこそ向くのだっ!」
丹田に力を込め、惑う心に渇を入れる。
不安になるな。自分をしっかり信じて進むべしっ!
── レフィア?
一瞬、魔王様の声が聞こえたような気がした。
「……えっ? 魔王、……様?」
振り返った瞬間、周りの暗闇が一斉に晴れた。
「なっ!? ……え? ……はいっ?」
気付けば一人、どこか知らない洞窟……、の中?
苔むした岩壁に囲まれたどことも知れない洞窟の、少し開けたような空間の中で一人、立っていた。
「あれ? ……どこだ、ここ」
一瞬、真っ暗闇の中を突っ切って先へ出たのかと思ったけど、何だか様子がちょっと違う。
ぼんやりとした明るさがあるのは変わらないけど……、岩壁に生えた苔やキノコがうすボンヤリと光っているように見える。光る魔石じゃ、……ない?
……。
……。
……あれ?
「思慮深いのか猪突猛進なのか、お前を見てると判断がつかん。……まったく。訳の分からん娘だ」
かけられた声にバッと振り向くと、相変わらず漆黒のローブに身を包んだ賢者が、呆れた雰囲気でこちらを見ていた。
「……イワナガ、様? ……あれ?」
「何を馬鹿面しているのか知らんが、気をしっかりと持っておれ」
賢者だ。間違いなく賢者がいる。
……って事は、あれ? ここが最深部?
何か、思ってたのと少し違うような……。
あれ? カグツチは?
……封印、は?
「……一緒にきたオルオレーナさんと剣聖さんは、……どこに?」
「生憎だが、ここに来られるのはお前だけだ。後の二人はまだあちらにいる。……安心しろ、特に二人に何かがあった訳ではない」
周りの風景が一変した所為で混乱していた頭が、ようやく落ち着き始める。
……ここ? ……あちら?
相変わらず訳は分からないけど、嘘をついてるようには見えない。……今までも特に、嘘とか気休めの為のでまかせとかも無かったし、信じてもいいようにも思う。
とりあえず、二人が無事である事には納得して、思考を切り換える。
「……ここが最深部、なんですか?」
「ここはまた別の空間だが、お前が最深部に辿り着いた事は確かだ。約定通りこれを試しとし、認めよう」
……そういえばそういう話だったけか。
すっぱりさっぱり忘れてた。
今はそんな事よりも、他に目的があって来てるのだから。
「……貴女には色々と聞きたい事があります」
気を引き締めて、ぐっと賢者を真正面に見据える。
カグツチの事。
魔王様達の事。
この遺跡の事。
オルオレーナさん達の事や、他にもいっぱい。
……そして、貴女自身の事。
最果ての森に住む、最奥の賢者。
……何となくだけど、その正体には、目星がついている。
まさかとも思う反面、そうであれば色々と納得も行く。
……。
イワナガ様。
貴女は、もしかして……。
「……すまんがその余裕は無いようだ」
次いで口を開こうとしたのを、さっと止められてしまう。
「……来る。気をしっかりと持っていろ」
低く言い捨てる言葉に、緊張感が籠る。
何が……、と言いかける前に、空間内に甲高い、まるでガラスか何かがひび割れるような亀裂音が響き渡った。
「……何っ!?」
空間がひび割れる。
現実ではあり得ないような感覚に、得体の知れない焦燥感と不安が、胸の奥のざわつきを強める。
どこからとも無く感じる、息のつまるような圧迫感が、何かが今ここに迫っているのだと警鐘を鳴らす。
何が? 分からない。
でも、……これは。
得体の知れない不安に、知らず足がすくむ。
再び、甲高い亀裂音が鳴り響く。
次いで、氷がきしんで砕けるような感覚に襲われると、視界の片隅を何かが掠めた。
……花、びら?
薄紅色の、……小さな花びらだった。
「……っ!?」
その花びらに意識を向けた途端。視界の外側から、途方も無いような膨大な量の花びらが雪崩れ込んで来た。
言葉を失い、その光景にただ目を奪われる。
空間いっぱい。視界を覆い尽くすかのような大量の花びらが、どこからともなく吹き込み、乱れ踊る。
その、あまりにも現実離れした光景。
花びら達は思うがままに乱れ吹雪き、大きな唸りを持って暴れ踊ると、やがて一つ所に、大きな柱のように集まっていく。
薄紅色の花びらの演舞狂乱。
そして、その狂宴が唐突に終わる。
一つ所に集まりきった花びら達が、今度は一瞬の内にフッと、四散して掻き消えてしまった。
花びらの集まっていた場所に立つ、その人を残して。
……。
……。
……人、では無い。
吹き荒れた力の余波で、花びらと同じ、薄紅色の艶やかで豊かな髪がふわっとたなびく。
春の霞みにも似たきめの細い、滑らかな布を幾重にも重ねた着物が、真っ白に輝きながら揺れる。
神々しささえ感じるその衣服よりもさらにきめ細やかな肌が、透明感を際立たせて白く、瑞々しく輝く。
うすぼんやりとした空間の中でそこだけが、白く光り輝いているような、……そんな不思議な感覚。
そして……、少女のようなあどけなさの残る面差しの中に妖艶たる色気を含ませる美貌の相貌が、ゆっくりと面をあげ、吸い込まれそうになるほど深い、虚ろげな眼差しを正面へと誘う。
虹色にも見える桜色の瞳に、魂ごと魅入られそうになる。
……それは、直感だった。
直感ではあったけれど、限りなく確信に近いもの。
……。
……。
光の女神。
今、目の前にいるこの存在こそが、光の女神なのだと。
その圧倒的な存在感に、足元が震える。
この世で最も美しく、儚く、艶かしく、……恐ろしいもの。
儚く移ろう命と、果てなき繁栄の象徴。
咲き誇る花々の如き美貌の化身。
この世界で唯一絶対の存在。
誰もが知るその名を、心の中で確認する。
これが、光の女神……。
光の女神。……コノハナサクヤ。
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