♯142 姫夜叉の宿業(剣聖の慟哭3)
襲撃を退けたとはいえ、その場に居続けるのでは不安も残るというもの。特にアドルファス殿はすぐにでも手当てが必要でござった。
すぐさま町を出ようとしていたリンフィレット殿を何とか説き伏せ、拙者達はそこから、拙者の庵へと場所を移したのでござる。
「……ごめんなさい。私、勘違いしてしまって」
アドルファス殿の傷の手当てをし、リーンシェイド殿と二人を床に着かせたその傍らにて、リンフィレット殿は畏まったようにして頭を下げたのでござる。
「あのような状況では致し方も無き事にござる。今は大事に至らなかった事を何よりと思い、二人を安心させる事にござるよ」
大切なものであればある程、傷つけられた時に人は容易く激昂してしまうもの。なればこそ、過分の失態など如何程のものでもござらぬ。
「あーっ、もうっ! 本当にごめんなさい。よりにもよって剣聖さんを疑うなんて。頭に血が昇って、本当っ、どうかしてたとしか思えないっ」
一転して頭を抱えて苛立ちを顕ににするリンフィレット殿は、すでにいつもの調子を取り戻しているようにござった。
ひとしきり頭を抱えて自分を責め、自戒にのたうち回った後、一呼吸ついて落ち着くと穏やかに寝息を立てる二人へと側寄っていったのでござる。
「……ごめんね。剣聖さん」
二人の頭を優しく、順番に交互に撫でながらリンフィレット殿はそう、小さく謝罪を重ねたのでござる。
「左様に何度も謝らずとも、大丈夫でござるよ」
「……違う。私達が、人族じゃ無いって事。騙すつもりじゃなかったんだけど、どう言ったらいいか分からなくて。……ごめんね。驚かせた……、よね」
申し訳なさそうに眼差しに陰を落とす姿は、まっこと、リンフィレット殿には似合わぬのでござる。
ズキリと痛む心の内は多分、それが拙者の所為だと思えばこそ、一層痛みを覚える次第にござった。
「然り。これほど驚いた事は、今までとんとござらんかった。吃驚仰天。失魂落魄。目玉が飛び出るとはこういう事にござるな」
「……いや、だから意味分かんないってば」
和ませる為に言った冗談にいつも引かれるのは、……何故でござろうか。
ユーモアと言うものは得てして霞の如く、掴み難きものにござる。
「リンフィレット殿はリンフィレット殿でござろう? ならば拙者は拙者にござる。知らぬ事を知れば驚くは当然の理。されどそれだけの事でござる。お気にめさるな」
「やっぱり、意味分かんないし」
どこか困ったように笑うリンフィレット殿はいつもと変わらぬ、やはり、美しき御仁でござった。
そして少しの躊躇いを見せた後、リンフィレット殿はその事情を話しはじめたのでござる。
「……姫夜叉。夜叉族の女の中でも特に産まれた時から『号』を持つ女夜叉は、そう呼ばれるの。私の持つ『号』は『鈴森』」
「姫夜叉であるが故に、……リンフィレット殿達は
「姫夜叉の頭蓋は相当高価なんだってね。……それも確かにあるかもしれない。けど、少なくとも
すやすやと寝息を立てるリーンシェイド殿の髪を愛しげに撫で、リンフィレット殿はゆっくりと目を閉じたのでござる。
深くゆっくりと。まるで、自身に課せられた罪状を確めるが如くに。
「この子の『号』は『鈴影』。この子もまた、生まれながらにして『号』を持つ、姫夜叉」
穏やかに寝息を立てる
「二代続けての、号持ちでござるか。あまり詳しくはござらんが、姫夜叉とはとても希少な存在とも聞くでござる。二代続けての顕現は、とても珍しい事なのでござろう」
「姫夜叉の持つ『号』は持って生まれた業の深さ。遥か昔に、神様に近づこうとした私達のご先祖様達が残した、忌まわしき宿業でもあるの」
「宿業とはまた。……穏やかではござらぬな」
「『号』持ちは種族の中でも飛び抜けた力を身に宿すの。それが一人にのみに現れるのであれば、ただ力を有した姫夜叉が生まれるだけの事。……それが、ただ一人であれば。けれどこうして、二代続けて姫夜叉が生まれた時、『号』持ちは種族としての限界を超え、一族の宿業を背負ってその存在を昇華させる事を望まれてしまう」
リンフィレット殿は伸ばした手を戻し、拳を強く握りしめて肩を震わせはじめたのでござる。
神に近づかんとした一族の宿業。
拙者はその言葉に、得体の知れぬねっとりとした重圧を感じていたでござる。
「アイツは、私かこの子、リーンシェイドが姫夜叉を超えた存在になる事を怖れてるの。種族としての限界を超えた存在。『姫神』になれるのは、二代続けて生まれた姫夜叉の、その
「その者が、リンフィレット殿とリーンシェイド殿の命を狙っているのでござるか。その『姫神』とやらにさせぬ為に」
「アイツは、……スンラはっ! 『姫神』の出現を怖れているのっ! 勇者や聖女を殺したアイツは、次に自分に取って変わる存在になりそうな者を、殺して回っている。魔の国に私達の居場所は無い。この子達の父親は、私達を魔の国から逃がす為に身を犠牲にして、……スンラに殺されました。それで人族の世界へ逃げてきてもまだ、アイツは執拗に私達を追いかけてくる」
リンフィレット殿は怒りに身を震わせてござった。
魔王スンラ。
その名は決して忘れようもないでござる。
国王に請われてアリステアに馳せ参じたのは年の初めにござる。進軍してきた魔王軍に対し、総力を持って迎撃に当たろうとしていた矢先の、突然の帰国命令。
腑に落ちぬまま心を残しての帰国後に、アリステアの勇者と聖女がスンラに殺されたと聞けば、燻るわだかまりも小さくはなかったでござる故。
「その、『姫神』とやらになれれば、スンラを討つ事も可能なのでござろうか」
「過去に『姫神』に至った者の事をこそ知れば、スンラを討つ事も可能だと思う。でも私は、『姫神』になる気はないし、この子に一族の宿業を背負わせたくはない」
「その、一族の宿業とは一体……、何でござるか」
「……子殺し。親殺し。『姫神』に至る事の出来る、二代続けて生まれた姫夜叉に背負わされる宿業。姫夜叉が『姫神』に至る事の出来る、ただ一つの方法」
振り返り、まっすぐに射ぬく目線に力が籠る。
リンフィレット殿は続く言葉をはっきりと、拙者に伝えてくれたでござる。
「もう片方の姫夜叉の頭蓋を、……
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