♯122 迷子が二人



「……そうか、君が。……ありがとう、すまなかった」


 左十字の紋章の一団を弔った事を説明すると、オルオレーナさんは神妙な様子でそう頭を下げた。


 思った通り、オルオレーナさんが一緒にいた一団で間違いないらしい。


「それで、何人位が、……死んだんだろうか」

「遺体として確認出来たのは21人でした。後は焼けた荷物やら灰やらが酷く散乱していて、あまりよく分からなかったので……。すみません」


 服を着たまま炭化していた遺体は埋葬する事が出来た。けれどもそれは、遺体として形が残っていたから埋葬する事が出来たのであって、もし跡形も無く焼き尽くされてしまっていたのだとしたらそれも出来ない。


 遺体は実際、骨まで炭化していたのだから。


「炎の蛇みたいなヤツなら、私達も襲われました。運良く撃退はできたんですけど、……あれが何なのか、オルオレーナさんは分かりますか?」


 魔王様もセルアザムさんも知らないようだったし、魔物らしく無いとも言ってたような気がする。まるで何かの魔法で構築されたもののようだと。


 切ったら増える不思議な炎の蛇。

 そんなもんがこんな森の中で自然発生するとも思えない。


「そうか、……レフィアさんもあれに襲われていたんだね。無事で良かった」

「運が良かったんです。優秀な友達がたまたま一緒でしたから。一人だったらどうなっていたか分かりません」


 もし一人だったら必死こいて逃げるしかなかったと思う。逃げ切れるかどうかは別にして。


「巻き込んでしまったようで申し訳ない。あれは、僕達を狙ったものだと思う。たまたま近くにいた君達に襲いかかったのは、不幸な偶然だったと言わざるをえない」


 不幸な偶然、……ねぇ。


 それほど近くにいた訳でもないんだけど。

 感覚的に3キロぐらい。……だったと思う。


 ……。


 ……近いのか? これ。


 感覚的には決して近いとは思えないんだけど、もしオルオレーナさんの言う通りなのだとすれば、それは私の小さな身体での感覚でしかないって事なんだろうか。


 例えば仮に、炎の蛇に索敵範囲のようなモノがあったとしたら、それにひっかかる程度には近くにいたって事なのかもしれない。


 最低でも3キロか……。


 範囲が相当広くねぇ?

 なんちゅー迷惑な生き物だ。

 目も鼻も口もないクセに、とんでもないね。


「……もしかしてあれに、心当たりがあったりするんですか?」


 疑問形ではあるけど、確信を持って尋ねてみた。オルオレーナさんは多分、あれを知っている。

 何だか言葉の端々に、そう感じさせるものがある。


 じぃーっと見つめていると、オルオレーナさんは観念したかのように肩をすくめて、小さく息をついた。


「……巻き込んでしまったのはこちらの責任だし、レフィアさんには部下達を弔ってもらった恩もある。出来れば内密にしておきたかったんだけどね。あれは『悪魔の心臓』を使って召喚使役されたものだ」


 悪魔の、……心臓?

 何かまた物騒な名前が出てきた。


 邪魔をしないようにこくりと頷き、先を促す。

 オルオレーナさんは両手を組んで膝に置き、力なく肩を落としているようにも見えた。


「ラダレスト本神殿はリディア教皇のお膝元で、各地の女神教の信徒から様々なものが贈られてくるんだ」


 付け届けですね。分かります。

 何かそんじょそこいらの王様より贅沢な暮らしをしてそうだもん。


「様々な宝石や絵画、美術品から、各種名産品に至るまで、それはもう見事と言うしかないような品物があってね。それら膨大な宝物を専用に管理する宝物殿なんてものもあるんだけど……」


 殿と来たか。

 スケールでかいよね。


「警備の隙を突かれ、その宝物殿が何者かに破られてしまったんだ」


 ……ありゃ。

 そりゃまた、大変なこって。


 女神教の総本山が泥棒に入られたとか、威信やら権威を大切にする人達にとっては何よりも許しがたい事なんじゃないのかな?


 面目とか体面とか威信だの。

 プライドがプライドを着てる感じな人が多いイメージが拭えない。


 さぞや大事に……。


「……まぁ、その事自体はどうでもいいんだけどね」

「いいのかいっ!」


 黙ってるつもりがつい突っ込んでしまった。

 こらこら。


 慌てて口元を押さえるけど、いれた突っ込みは戻らない。

 オルオレーナさんは何と言う事もなさげに肩をすくめた。


「いいんだ、別に。宝物殿だとか言った所で、埃をかぶったままのものがゴロゴロと放って置かれているだけなんだから。うんちゃかごまんとあるんだ、多少盗まれた所で誰も気にしたりはしないさ。実際、本神殿のお偉いさん達だってちょくちょくくすねてたりするからね」


 おおっと。ポロリと何をこぼすかなー。


「……聞かなかった事にします」


 倫理がなってないぞ女神教ーっ!

 どうなってやがる。


 そういうのは、あんまり聞きたくなかったかな。


 聖女教のお偉いさん達はそんな事はしないだろうなぁとか思うのは、私が聖女様寄りだからだろうか。


「だから宝物殿が破られた事自体は一騒ぎしただけで済んだんだけど、後からその盗まれたモノが分かって、それどころじゃ済まない事態になってしまったんだ」


 おおらかなのか馬鹿なのか。

 多分馬鹿の方で間違いないとは思うけど。


 あれか、自分達もくすねてたから、建前上騒いでは見たけれどあまり大事にはしたくなかったってヤツかな。

 何か目に見えるようで、分かりやすく嫌だ。


「それが『悪魔の心臓』だったんですか?」

「そう。ラダレスト本神殿に伝わる、門外不出の秘宝中の秘宝。……決して世に出してはならないと曰く付きの秘宝でね。それが盗まれたとあって、本神殿のお偉いさん達はもう目の色を変えて大慌てに慌てはじめた」


 女神教の印象がどんどん悪くなっていく気がする。

 もともと良い印象もないけど。


「自分の悪事がバレないように無難に収めようとしたら、それどころじゃ無くなったって事ですね。馬鹿ですか」

「耳に痛いけど、……その通りなので何とも言えないかな。レフィアさんも結構はっきり言うね」

「……すみません。遠慮するつもりではいたんですが、つい。それでオルオレーナさんがそのお馬鹿様達のきったないお尻拭いで、こんな森にまで?」

「……遠慮するつもり、ないよね」

「つもりだけならちゃんとあります」


 するかしないかは別なだけです。


「でも、まぁ……、言ってしまえばそういう事になるのかな。誰が何の目的で持ち出したのか、それはまだ分かってないんだけどね」


 ……はい?

 犯人の目星も目的も分からない?


 だったら何でここにいるんだろうか。

 犯人と盗まれたモノを追いかけて来たんじゃないの?


「何だか納得いかないって顔だね」


 いくわきゃない。


「誰が何の目的で持ち出したのかは分からないけれど、この森に必ず来るだろうって事は、まず間違いないんだ」

「えらくはっきりと言い切りますね」

「『悪魔の心臓』は、炎蛇を召喚使役できるものではあるけど、それだけじゃない。あれはその名の通りあるものの一部であり、心臓でもあるらしいんだ」


 ぐぐっと声をひそめるオルオレーナさん。

 つられてぐぐぐっと前のめりで耳をすます。


「……それは、一体」

「古き神々の遺産、『カグツチ』」

「カグツチ……」

「レフィアさんも知っての通り、神話の中に出てくる、戦神アスラを苦しめたと言われる2体の神の内の一体さ」


 神話……。あれか。

 古き神々と光と闇の姉妹神が戦った時の。


 何か魔王城の廊下に、延々とレリーフが彫り込まれていたのを見た覚えがある。

 暇にあかしてよく眺めてた。


「元々古き神々の一つ柱だった戦神アスラは、光の女神の美貌に目が眩んで姉妹神の味方についたんですよね?」


 スケベな神様だと思ったのを覚えてる。

 考えてみたら戦神アスラって、魔王様のご先祖様か。


 ……。


 ……。


 何だろう、この妙な納得感は。

 いやいやいやいや。


 それはさておき。 


「……何か話の流れ的にとても嫌な予感がするんですけど」

「申し訳ないんだけど、多分思ってる通りだと思う」

「待って下さい!」


 ばっと両手を広げてオルオレーナさんの言葉を押し止める。


 まさか。


 まさかとは思うんだけど……。


 認めたくない予感が頭を過る。


 ……。


 ……。


 あのド腐れ賢者め。


「まさかこの森の『最深部』に、その『カグツチ』が眠っているとか、……そんなオチじゃないですよね」


 残念そうに微笑むオルオレーナさん。


「その、まさか。……かな」


 がぅっ!?


 ……そう来たか。

 そう来やがったかあの性悪賢者。


 何が試しだ。

 めっちゃ物騒な場所じゃないか。

 古き神々の遺産?

 悪魔の心臓? カグツチだ?


 そんな所に身一つで辿り着けと。

 こちとら服でさえも頂き物だというのに。


「ふざけんな……」

「……レフィア、さん?」

「ふざけんなあの性悪賢者めっ! こうなったらもう絶対行かない! そんな物騒な場所に何か、絶対行ってやらない! 試しだとか何だとかもうどーでもいいっ!」


 無視して帰ってやるっ!

 絶対思惑通りに何か動いてやるもんかっ!


「オルオレーナさんっ!」

「な、何かな? ……急にどうしたんだい?」

「頂いた服のお礼は必ず返します。ありがとうございました。けどオルオレーナさんは森の最深部を目指していかれるのですよね。どうかお気を付けて! 私はこんな森とはすぐにでもさよならしたいので、とっとと帰りますっ!」


 勝手に飛ばして、勝手に決めて。

 そんなのにわざわざ付き合う義理は無い。


 何とか自力で帰ってやるともさっ!


「……いや、あの、……何と言うか」


 腹立ちまぎれに力んでる横で、オルオレーナさんが今にも消え去りそうな小声でそっと囁く。


「出来れば僕も、もう帰りたいかな。……と」


 申し訳なさそうに見上げる顔と視線が重なる。


 オルオレーナさん。……行かないのね、最深部。

 流れ的に単身でも乗り込むのかと思った。


 でも、まぁ……。命って大事だよね。


 がしりと二つの手が重なる。

 我、目的を同じくする同志を得たり。


 静かな森の片隅で、二人の迷子はかたく、熱い握手をかわす。


 ふふふふ。


 迷子が二人に増えました。

 どうやって帰ろうか、……これ。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る