#113 四面楚歌(魔王の憂鬱13)
「っず、どぅおりゃぁぁあああああっ!?」
爆煙を突き破り、回廊へと身を踊らせる。
舞い上げられた砂礫がコツンコツンと床に転がり落ちる中、回廊を渡り抜け、とにかく広い場所を求めて駆け出す。
全身鎧が邪魔で仕方ない。だが、ここで文字通り無防備を晒す訳にもいかない。
空気が重く震えた。
ヤバいと思ってすぐさま身体を捩る。
ドォンッという大気を突き破る轟音と共に、鎧すれすれを一筋の稲妻が掠めて通り過ぎた。
空気が余韻に震える中、通り過ぎたハズの稲妻が床の上で蹲るように集まっていく。不定形だったものが硬質で透き通った人の形へと、その様相を変えた。
急激に下がり始めた気温に危機感を覚え、慌てて魔力を練り上げ、ぐいっと力強く膝を踏み込み中空へと逃れる。
次の瞬間、床一面を氷点下の冷気が伝い走った。見ると、その上にあった絨毯や調度品ごと、氷の彫像の中へと閉じ込められてしまっている。
容赦の無さに、冷たいものが背中を走る。
さらに追いすがるように伸びてくる無数の氷の槍を全力で叩き折り、どうにか、やや離れた場所に着地できた。
かわしきれた事にホッとするも束の間、後ろを確認する暇も無く全力でその場から外へと駆け出す。
クスハのヤツもガチじゃねーかっ!
とこっとん容赦ねぇっ!?
バルコニーのように張り出した回廊を走り抜けようとして思い直し、すぐさま建物の中へと飛び込む。特に理由があった訳じゃない。ただ、『屋外はヤバい』と本能的な何かに身体を突き動かされた。
直後、城全体を揺らすような破壊音と爆音が背後で起きる。
チラリと後ろを振り返ると、さっきまでいた屋外のバルコニーが粉砕されていた。もうもうと白煙を巻き上げて崩れ去る瓦礫の向こうに、何か巨大な影が見える。
……。
……おい。
いやいやいやいや。まさかだろ。
噂に聞いた事がある。
傀儡用の骸兵を数多く所有するシキ。その中でも極めて危険な幾つかの骸兵の内の一つに、山程の巨体をもつ骸巨兵なんつーもんがあるとか無いとか。
地の底を震わさんばかりの雄叫びを上げ、巨大な古竜種にガチで殴り勝つ剛腕を持つのだという。
さすがにそこまではしないだろ。
『ぐうぉるるぅがぁぁぁあああああっ!?』
……気の所為だ。疑い過ぎだ、うん。
何か背後ですげぇ叫んでるけど、聞こえない。
むしろあんまり聞きたくない。
……マジでか。
四魔大公の二人のガチギレ振りにげんなりしてると、身の毛のよだつような殺気を感じた。
慌てて背中から壁に貼り付く。
周りを警戒するが、それらしきものはいない。
……何だ!? 今度はどこからっ。
突如、ボゴッと顔の真横に大穴が穿たれ、壁から白い手がにょきっと生えてきた。
「ぎゃあああああああーっ!?」
「……逃がしません」
普通に怖いわぁっ!
何考えてんだコイツっ!?
さらに壁を大きく壊し、ゆらりと幽鬼のように揺れながら出てくるリーンシェイド。
何がお前にそこまでさせる。
怖くて正直、まともに相手をしたくない。
魔力弾を練り上げて天井を崩す。
落ちてきた瓦礫を目眩まし代わりにして、その場を全力で離れた。
何なんだ。
何なんだ一体っ!
俺か?
俺が悪いのかっ!?
全力で城内を逃げ回りながらも不満がつのる。
何故俺がこんな目に会わねばならんのだ。
俺が一体何をしたっ!
……。
……。
何もしなかったからか?
レフィアが泣いていたのに何もしなかったからか?
そのまま放って、戻ってきたからか!?
しょーがねぇーじゃんっ!
突然目の前で泣き出したんだからっ!
こっちだって訳分かんねーよっ!
何であそこで泣くんだ?
そんなもん、俺からの求婚を嫌々受け入れたとしか思えねぇーじゃんかよ!
目の前で好きな女に泣かれたんだぞ、俺の方が泣きたいわっ!
こうなったらもう自棄だ。
お前らがその気ならこっちだってやってやる。
俺だって、闘神闘気を使えば……。
「……陛下」
走りながら闘神闘気を練り上げようとした瞬間、どこからか現れたセルアザムと一瞬すれ違い、声をかけられる。
途端、シュンッと闘気が霧散してしまう。
……。
……。
ヤバい。
あの三人までなら、闘神闘気を使えば何とか相手に出来る。だが、セルアザムがそこに加わったら絶対に無理だ。
……来る。闘神闘気を使ったら、間違いなくセルアザムも参戦して来るっ!
それはヤバい。限りなくヤバい!
全力で廊下をひた走りながら、最悪の状況を想定して肝が冷える。
セルアザムもか?
セルアザムも怒ってるのか!?
何故だーっ! そんなに俺が悪いのかっ!?
まるっきり味方がいねぇじゃねーか。
ハッ。アドルファス!
……は、まだ戻ってねぇか。
バルルントもポンタもいねぇーっ!
味方だ。今は何より味方が欲しい。
階下へと駆け下りて、修練場を目指す。
修練場では近衛の一班がフル装備で待機していた。
おおーっ! さすが我が近衛騎士達!
黒一色の鎧騎士達の勇姿が心強い。
忠誠厚い立ち姿に感涙し、胸を熱くさせていると、副騎士団長のモルバドットが声を張り上げた。
「総員、構えっ!」
……ぶっ。
一斉に俺に向かって盾を構えやがった。
「どーいうつもりだ!? カーライル!」
「俺にだけ名指しで聞かないで下さい陛下っ!」
裏切りやがったな。
「モルバドット! 近衛たるお前達がこの俺に剣を向けるか!」
「我らの陛下に対する忠誠に些かの揺ぎもなし! 我らは決して陛下に剣を向ける事はありません!」
「ならっ、アイツらから俺をっ……」
「なのでこうして盾を構えております!」
「なっ……!?」
モルバドットの合図で、身を隠していた他の近衛騎士達が一斉に姿を現した。大盾を構え、修練場の出入口に並び、……封鎖しやがった。
「なんじゃそりゃーっ!」
「これでもう逃げられせんがね」
「……シキっ!? どういうつもりだ!」
体格の良い鎧騎士達の間から、小柄なシキがひょいっと姿を現した。モルバドットとシキが軽く目配せをする。
この状況、この流れ。……お前の指示か。
どういうつもりなのかとさらに問い詰めようとした時、ドォンと修練場が揺れ、土埃が大きく舞い上がった。
何がっと確認するより先に、咄嗟に身構える。
土埃が晴れると、そこにリーンシェイドがいた。
シキの横にはクスハまで立ってやがる。
万事、休すか……。
一呼吸置いて、リーンシェイドが飛び込んでくる。
……くそっ、やりにくい。
「……陛下。本当にお分かりになられないのですか?」
「何が、だっ!」
抜き手から払い打ち、腰を半捻りしながらの中段蹴りをいなしながら、語りかけてくるリーンシェイドに応じる。
「何故、不思議に思われないのです」
「だからっ、何がだっ!」
「聖都でもレフィア様は人気でした。ご存知ですよね。あれだけの器量をお持ちなのですから、当然です」
「何が言いたいっ!?」
「なのに今まで、陛下以外に言い寄る殿方がいなかったそうです。誰からも好意を告げられた事が無いと、そうおっしゃっていました」
「……それはっ」
流れるような連続攻撃をいなしながら、合間にかけられるリーンシェイドの言葉に応じ続ける。
「気づかれなかったのですか? 何かにつけて、幼馴染みの方との思い出を語られるレフィア様に。魔王城にいらしてからもすでに、何度となく、その
「だからっ、それがっ!?」
「……
回し蹴りをいなし、距離をとる。
蹴りをいなされたリーンシェイドからの追撃が止む。
「村にいた男達がへたれなのも確かでしょう。けれど彼等は、どれだけレフィア様に好意を抱こうともその幼馴染みの方との間には決して入り込めないと、そう察したからではないのでしょうか」
幼馴染みとの、……間?
「レフィア様にとって、その幼馴染みの方との思い出はとても大切なものなんだと、私ですら分かります。私ですら分かるんです。レフィア様に好意を持って近づこうとする者であれば、その思いの深さにいたたまれなくなるでしょう」
「リーンシェイド、……お前」
「なのにその幼馴染みの方は、突然レフィア様の前から姿を消したのですよ? 別れの言葉一つ無く」
いや、あれはっ……。
リーンシェイドの言葉に否定を返そうとして、それが否定出来ない事実である事を思い至る。
……俺は、レフィアに何も言わなかった。
確かに、そうだ……。俺は自分が人族でない事も、魔の国に戻らねばならない事も。自分の事を何一つ言わないまま、自分の気持ちを何も伝えぬまま、……姿を消した。
必ず迎えに来るとだけは確かに告げたが、それも上手く伝わってなかったし、事実、俺自身がレフィアを迎えにいけるだなんて信じていなかった。
俺は……、レフィアに何も言えてない。
昔から、ずっと……、今に至っても。
「思いを寄せていたその、大切な幼馴染みの方が突然いなくなり、レフィア様がどれだけ悲しんだか。まさかそれさえも、お分かりになられてない訳ではありませんよね」
「……それは」
言われて初めて気づく。
今までその事を考えた事もなかったと。
俺にとってレフィアとの思い出は宝だ。
村で一緒に過ごした思い出は何よりも大切で、その思い出の中のレフィアはいつも楽しそうに笑っていて。
俺がレフィアを大切に思うように、レフィアも俺との思い出を大切にしてくれていたかもしれない事。
村に残ったレフィアがどんな思いでいたのか。
……今まで、考えた事がなかった。
馬鹿か、俺は。
「レフィア様はご自身の好意にとても鈍くいらっしゃいます。それは、自身のお気持ちに自らフタをしたからでは無いでしょうか? 大切な、思いを寄せるその方を、突然失ってしまったその寂しさに負けないように、自らの思いにフタをしてしまったからなのではないですか?」
ガツンと殴られた気がした。
今まで殴られたどの拳よりも強く、殴られた気がする。
俺は……、すでにレフィアを傷つけていたのか。
その事にまったく、思いもいたらぬまま。
「ですがレフィア様は、陛下の側にある事を望んだんです。陛下の言動や人となりを知り、ご自身の気持ちと向き合い、陛下の側にある事を受け入れられたのです」
リーンシェイドの声に熱がこもる。
意外だと思った。
リーンシェイドかこれ程までに言葉を重ねる事が。こんなに言葉を重て、俺に対して何かを言った事なんて、今まで無かった気がする。
普段冷静な姿からは想像も出来ないくらい、その言葉に熱い思いをのせているのが伝わってくる。
「レフィア様は陛下を選ばれたのです。自身でも気づかぬ振りをしていた、その幼馴染みの方への思いを絶ち切ってまで、陛下の側にあろうと選ばれたのですっ!」
レフィアは俺がマオリであると知らない。
けれどレフィアは俺の求婚を受け入れた。
今の俺を見て、今の俺を、……選んでくれた。
俺がマオリである事を知らされぬまま、過去の思いを絶ち切ってまで、……俺を選んでくれたのか。
「必要ないじゃないですかっ! そんなのっ!」
声を荒らげるリーンシェイドの言葉が、胸に深く突き刺さる。
「何故レフィア様が泣かねばならないのですかっ!? 何故レフィア様が泣いて、泣き崩れてまで、思いを絶ち切る必要があるのですっ!? 陛下が一言、ご自身の身を明かせばそれで済むのに、一言名を告げればそれで済む事なのではないのですかっ!? へたれるのも大概になさって下さいっ!」
……。
……。
ようやく分かった気がする。
ようやくここで、理解に結び付いた。
だから怒っていたのか。
だからリーンシェイドも、シキもクスハも。セルアザムでさえも……。
レフィアを泣かせてしまった俺に。
そんな身勝手で情けない俺に怒って、それで。
「受けたご恩は忘れてはいません。捧げた忠誠に偽りもありません」
リーンシェイドが再び構えをとる。
シキもクスハも黙ったまま、静かに見守っている。
盾を構えた近衛騎士達も動かぬままだ。
……すまんな、みんな。
情けない所を見せてしまっていた。
こんな情けない魔王で、……すまん。
「ですがこればかりは譲れません。例えお怒りにふれようとも、御自らレフィア様に伝えていただけるようになるまで、叩きのめしてご覧にいれます」
これはさすがに。
……俺の負けだな。
俺の、負けだ。言葉も無い。
むしろ俺自身、この情けない自分を叩きのめしてやりたいくらいだと、素直に思う。
「ご覚悟っ!」
地面を蹴ってリーンシェイドが飛び込んでくる。
俺は身構える事なく、その拳を受け入れた。
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