#109 遥かなるシュプレヒコール



 トルテくん達の遺骨が埋葬され、弔われた。


 神殿をあげての合同葬儀が終わる。

 これで、……全てが終わった。

 ようやく終わったんだと、実感がこもる。


 聖都から少し離れた場所にある共同墓地。

 季節は雨季を過ぎ、すでに夏を迎えている。


 私は一人、どこまでも高く、晴れ渡る空を眺めていた。


 今年もまた、暑くなりそう。


 気の早い入道雲の足元には、真新しい16人分の墓石たちが並ぶ。

 私が見送った人達の眠る、墓石たち。

 一人一人の顔と名前が今も鮮明に浮かぶ。

 私はこの先も、彼らの顔と名前を忘れる事はない。


 この人達は、ちゃんと生きていたんだと。

 ちゃんと生きて、ちゃんと死んでいったんだ。

 私はその最期に、……しっかりと立ち会ったのだから。


 改めて、一人一人に別れを告げる。


「ようやく、終わりました。……遅くなってしまってごめんなさい。……でもこれで、終わったんです」


 心穏やかに、黙祷を捧げる。

 安らかにあれと、祈りながら。


 ゆっくりと顔を上げる。

 気がつくと、聖女様が側まで来ていた。

 墓石たちに別れを済まし振り向くと、聖女様の後ろから、さらに二人の来訪者の姿があった。


 すっかり元気になったダウドさんと、そのダウドさんに支えられたアリシアさんだ。


 軽く会釈を交わす。


「お疲れ様でした。……どうしたんですか? まだ体調も万全じゃないんです。休んでないと、駄目じゃないですか」

「レフィアさんも、お疲れ様でした。……アリシアさんがレフィアさんに、どうしても一言お礼を言わせて欲しいと」

「私に……、ですか?」

「さぁ、アリシアさん」


 アリシアさんとダウドさんは、聖女様に深々と頭を下げ、一つ前へと進み出てきた。


 ダウドさんはもう大丈夫そうだけど、アリシアさんの回復は、まだ少し遅れているようだった。

 それでもアリシアさんは葬儀の間中ずっと、ダウドさんに支えられながらも、荼毘に付されたトルテくんの遺骨をしっかりと抱え続けていた。しっかりと、自分の手で。


「……神殿の方から聞きました。トルテの最期を看取ってくれたのは、レフィアさんだと」

「用水路に落とされた俺を助けてくれたのも、その……、レフィアさんだと聞きました」


 ゆっくりと頷いて返答する。けど、訂正すべき所はしっかりと、しておかないといけない。


「……ダウドさんを助けたのは、他の誰でも無い、トルテくんです。私はトルテくんの懇願を聞き、手を貸したに過ぎません。トルテくんは最期には苦しむ事無く、安らかに微笑みを浮かべていました」

「……トルテ」


 ダウドさんは目を固く閉じた。


「……いつも生意気な事ばかり言って。昔から、目を離すとすぐにどっかに行ってしまう子でした。単純で、馬鹿で、いつも大人の真似ばかりして……」


 アリシアさんが肩を震わせながら俯く。


「……でも、悪い子じゃなかった。色んな人達から好かれて、甘え上手で、……でも、やっぱり生意気で」

「……トルテくんは、とてもいい子だったと思います」


 ぐっと唇を噛みしめ、涙をこらえながらアリシアさんは顔を上げた。

 顔を上げ、深々と私に向かって、勢い良く頭を下げた。


「ありがとうございましたっ!」

「……アリシアさん」

「最期を看取ってくれたのが、他の誰でも無くレフィアさんで、レフィアさんに最期を看取って貰えて、あの子、それだけで幸せだったと思います。……本当に、ありがとうございます。……ありがとうございます」


 頭を下げ、涙まじりにお礼を重ねる。


 そんなアリシアさんの肩を取り、身体を起こす。

 泣きながら口元を押さえるその手を、しっかりと握った。


「……力及ばず。けど私も、最期を看取れる事が出来て良かったと、今はそう思っています」

「ありがとう、ございましたっ」


 互いに重ねた手を抱え込むようにアリシアさんは、何度も、何度も。……お礼を繰り返していた。


 光満ちて、時至れり。

 晴天澄み渡り、白雲高く突き抜ける。


 季節は命繁る夏の盛りを、迎えようとしていた。






 一夜明けて、次の日。

 私達は出立の朝を迎えた。


 本来の予定を大幅に超える事になってしまった今回の滞在に、万感の思いがこもる。

 見送りの為に並んでくれた聖女様をはじめとする方々に、感謝と別れの言葉を告げ、馬車へと乗り込む。


 言葉では足りない感謝の思いをこめて。

 私達は馬車に乗り込み、中央神殿を後にした。


「色々、大変でやーしたな……」


 窓枠に肘をかけるベルアドネが、誰にともなく溢す。


「滅多に出来ない経験を、させていただきました」


 つとめて落ち着いた様子のリーンシェイドもまた、しれっと感慨をこめて呟いた。


 色んな場所があって。

 色んな人達がいて。

 誰もが全力で生きている。

 誰もが歯を食いしばり、生きている。


「……そうだね」


 窓枠の外を流れる景色を見ながら、私もそっと、二人の言葉に同意を返す。


「……ん?」


 ふと、誰かに呼ばれた気がした。

 気になって、窓枠から外を覗き込む。


 途端、大きな歓声が、馬車を飲み込んだ。


「……はい? え、何っ!?」

「ふぇっ!? 何事だがねっ!?」

「……これは」

 

 驚いて窓枠から外を見ると、沿道にいた人達の何人かと、ばっちりと目が合った。


「やっぱり! レフィアさん達の馬車だーっ」

「おおーっ、間違いねぇってよー」

「嬢ちゃん達ーっ! ありがとよーっ!」


 大通りをゆっくりと進む馬車。

 その馬車をとり囲むようにして、それぞれ親しげに声がかけられる。


 ……何? これ。


「魔の国まで、気をつけてーっ!」

「またいつでも戻ってきてくれっ 美人は大歓迎だ」

「ありがとーっ! あんたらには感謝してる!」

「嫁を助けてくれてありがとーっ!」


 沿道にいる人達が、気安い声をかけてくれる。

 中にどこか見覚えのある人もいた。ふと考えて、看護した患者さんの一人だったと思い至る。

 馬車が通り過ぎるたびに、馬車にむかって、一人ずつそれぞれに声をかけてくれている。


「あんたらの恩は忘れないぜーっ!」

「ありがとーっ! またなーっ!」

「リーンシェイドさんっ! 付き合って下さいっ!」

「何っ!? 今日かえっちまうのか!?」

「おーいっ! 神殿の姫さん達が通るぞーっ!」

「ちょっ! 待って! 待ってぇーっ!」


 かけられる声が次第に、大きく広がっていく。

 声が声を呼んで、人が人を寄せていく。


 私達は唖然として、その様子に驚いていた。


「……何なの? ……これ」

「……友好的なのは構いませんが、少し気安すぎる気もします。……不愉快では、ありませんが」

「よーさん集まっとらっせるがな。おんしゃらも、あんじょうしとらーせななーっ!」


 テンションが上がったベルアドネが、窓枠から身を乗り出して大通りにむかって叫び返した。


「おーっ! ベルアドネさんだっ!」

「ベルアドネさんっ! ありがとうございましたっ!」

「ベルアドネさんもっ! お元気でーっ!」

「ブロマイドの新作待ってますっ!」

「水着をっ! 水着でお願いしますっ!」

「ベルアドネさんーっ! ありがとーっ!」


 ベルアドネは上機嫌で手を大きく振り返す。

 何か変なリクエストが混じってる気がするけど、聞かなかった事にしといてやろう。


「胸なくても心配するなーっ!」

「女の魅力はおっぱいだけじゃないからな!」

「次はベルアドネさん以外のブロマイドを!」

「将来性はあきらめなよーっ!」

「今言ったやつらっ! 前に出てきやーせなっ!」


 ドッと、大きな笑いが起きた。


「……これほど騒がしい所だとは、思いませんでした」

「そう? でも何かリーンシェイドも、嬉しそうだよ?」

「……そんな事は、ありません」


 否定するリーンシェイドの顔は、どこか笑ってるように見えた。


 別れを惜しんでくれているんだと、分かった。

 何だかその気持ちが嬉しくて、自然と頬が緩んでしまう。


 心安く、別れを惜しんでくれている。

 それだけの事は、出来たのかもしれないと。

 その位には頑張れたんだと、そう言ってくれているような気がした。


 感謝の気持ちが、広がっていく。


 ふいに、誰かが大声で叫んだ。


「アーレ! 魔の国っ!」


 ……。


 ……。


 ……えっ。


「「アーレ! 魔の国っ!」」

「「アーレ! アリステアっ!」」


 一人が叫んだのをきっかけに、みんなの声がどんどん重なり合っていく。


「「アーレ魔の国っ! アーレアリステアっ!」」

「「アーレ魔の国っ! アーレアリステアっ!」」


 いつしかそれが、大唱和へと変わっていく。


 ……アーレ。


「……アーレって、言っとらーすんか? これ」

「アーレ。……どういう意味でしょうか」


 アーレ魔の国。アーレアリステア。

 人と魔族の争いは、千年続いていた。

 互いに隔絶し、拒絶し続けてきた。


 私達が魔の国から来た事は内緒だった。

 それだけで、いらぬ争いを招いてしまうかもしれないから。


 ……思えば、ハラデテンド伯爵が大勢の前でそれをバラした後も、神殿内の皆の反応は変わらなかった。

 患者を看護している時でも、その事で何かを言われた覚えもない。

 皆があまりにも変わらずに接してくれていたから、その事を考えてる余裕もなかったから、……気づかずにいたけれど。


 受け入れられていたんだという事に、今更ながら気づく。

 私達が魔の国から来たという事が分かっても、いつの間にか普通に、それが受け入れられていた。


 種族間の偏見や色眼鏡なく、私達を、受け入れてくれていたんだと言う事に、今更ながらに気づかされる。


「友情に。……友情に感謝し、敬意を表す為の、この国の言葉」

「……友情。人族が、……私達魔族に、ですか」

「ほぉー。そんな言葉がありやーすんか」


 アーレ魔の国。

 アーレアリステア。

 互いの変わらぬ友情を、称えて。


 ……魔王様。聞こえますか。

 是非、聞いて欲しい。

 この声を、是非届けたい。


 人と魔族でも、アリステアと魔の国でも。

 友情を称える事が、……出来るんです。


 いつまでも止まないシュプレヒコールの中を、馬車は進んでいく。

 互いの友情を称えながら。

 過去を、未来への可能性に変えて。


 遥かなるシュプレヒコールに送られて、私達は聖都を後にした。

 魔の国に向けて。

 魔王様のいる、魔王城に帰る為に。


 途中、マリエル村に寄る事も出来た。


 本当なら何日か村で過ごすつもりだったけど、予定していた滞在期間を大幅に超えてしまっていた為、数時間寄る事しか出来なかったけど。


 それでもどうにか、帰ってくる事が出来た。

 マリエル村に、帰ってこれた。


 お父さんもお母さんも、相変わらず優しくて、ルルリはやっぱり素直じゃなくて、ロロラはやっぱり泣き出してしまったけれど、……家族にも会う事が出来た。


 村の人達も笑顔で迎えてくれた。

 一緒にいたリーンシェイドとベルアドネに鼻の下をのばしていた村の男達も、奥さん連合にこっぴどく叱られていた。


 みんな、変わらずにいてくれた。

 マリエル村は何一つ、変わっていなかった。


 私の生まれ育った場所。

 ずっとずっと、変わらない場所。

 たった四ヶ月なのに、随分と離れていた気がする。


 私はここで生まれて、ここで暮らしていた。

 ここに家族がいて、思い出がいっぱいあって。


 ここで。


 ……。


 ……。


 ……マオリと出会った。


 私は、両親に自分の気持ちを正直に伝えた。

 私がこれから、どうしたいのかも一緒に。


 無事を喜んでくれる両親に謝りながらも。

 私は、私の気持ちをまっすぐに伝えた。


 お母さんは静かに目を伏せた。

 お父さんは何故か泣き出してしまった。


「あなたの思う通りに、なさい」


 泣き出してしまったお父さんをどうにか宥めて、二人の妹に託すと、お母さんは静かに振り返って、そう言ってくれた。


 ……申し訳無い気持ちでいっぱいだった。


 心配して待っててくれたのに、ごめんなさい。

 今まで、こんなに愛して、育ててくれたのに。


 ……ごめんなさい。


 ありがとう。お母さん、お父さん。

 ごめんね、ルルリ、ロロラ。


 それでもやっぱり私は、……もう、決めたから。

 そうすると決めてしまったから。


 そうしたいと、心から思っているから。


 ……本当に、ごめんなさい。


 私は、マリエル村に別れを告げた。

 自分で選びとる道を、進む為に。


 生まれ育った村を後にする。

 幼すぎて気づかなかった恋心と一緒に。


 さよなら、マリエル村。


 さよなら、みんな。


 さよなら……。マオリ……。


 馬車はしばらくして、魔王城へと戻る。

 魔王様のいる、魔王城へ。


 そして私は。


 魔王様からの求婚を、受け入れた。





 ──第三章「奇跡の都」終

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