#107 奇蹟の都
……どうやら私は、やらかしたっぽい。
私の祝福が、初めてその形を成す。
渾身の思いを込めた。全力の祝福が。
祈りが魔力をともなって光の柱となる。
光の柱は私と聖女様を包み込み、天井を突き抜けて、天高くを目指してまっすぐに立ち昇った。
……みんなの見てる目の前で。
「……なっ!? こりゃ、あの時のっ」
驚愕を顕にして勇者様が呟く。
「これは……。レフィアさんが、これを?」
呆然とした声は法主様だろう。
「……これを、レフィア様が」
初めてこれを目の当たりにしたリーンシェイドは、珍しく戸惑っているようでもある。いつも冷静な彼女をここまで驚かせるのも、私くらいなもんだろう。
……とか言ってる場合じゃないか、これ。
「相変わらず馬鹿みたいな魔力だがね」
馬鹿言うな変態。
他の人達は言葉もなく立ち尽くしてるようだった。
アネッサさんは間違いなく、……止まってるんだろうな。
「……レフィアさん」
聖女様の呆れ返った声が耳に届く。
やばい。申し訳無さすぎて、まともに顔が見れない。
……完全に、やらかした。
私に福音がある事を、聖女様は黙っていてくれると約束してくれた。誰にも言わず、一人その胸の内に秘してくれると約束してくれたのに。
福音とは、女神を受け入れる事の出来る魂の器を持つ者を示す為に下される指標。指し示された印。
人はそれぞれに決まった大きさの魂の器を持ち、その大きさで保有する魔力の総量が決まるのだと言う。
本来であれば魔力は目には見えない。
それが視覚できる程の高い密度を持ち、常人離れした膨大な量で、柱立たせてしまった。
……やばい。やばすぎる。
これは、バレたか。
下からそぉーっと聖女様の顔を覗き込む。
聖女様は顔色を真っ青にして、非常に困った顔をしたまま苦笑いを浮かべていた。
……。
……。
……あちゃ。
ごめんなさい。
やってしまったもんは仕方ない。
ここは、腹を括るしかない。
考え足らずで全力の祝福を発動させてしまったのは、完全に私のミスだ。けど、トルテくん達の冥福を祈るんだから、全力で祈らない訳にはいかない。
力及ばず、助けてあげられなかったトルテくん達に。
七夜熱が終息しつつある今は、16人と言う少なくない犠牲があってこそ、16人の命と引き換えに得られたものなんだと思うから。
後悔と無念と。懺悔と謝罪。
それに感謝と、……敬愛を込めて。
心からの安らかなる平穏と安寧を願って。
それを、全力で祈らなくてどーする。
腹は括った、覚悟も決めた。
後はどうとも、なるようにしかならない。
問題は起きてから考えよう。
さらに願いを魔力に込める。
魔力が祈りに応じて力となる。
力の流れに逆らわぬよう、祝福を構築する。
広く、深く、……優しく。
どこまでも突き抜けるように。
果てなく包み込むように。
あまねく命に祝福を。
安らかに、あれ……。
……。
……。
……ごめんね。
ありがとう。
『祝福』が完成し、光の粒子が降り注ぐ。
室内が祝福の光で満たされる。
不思議なもんで、魔法によってもたらされた祝福の光は、天井や壁などに遮られる事なく降り注ぐ。
何かこれ、すごい。
まるで魔法のような幻想空間が広がる。
……魔法なんだけどさ。
すぐにでも降り止むかと思われた光の粒子は、その後もしばらく降り続けた。光の粒子は、それに触れた者にすべからく祝福を与える。
老いも若きも、富める者にもそうでない者にも。
命ある者達や、死せる者達にも。
分け隔てる事なく、あらゆる者達に。
やがて、光の氾濫がおさまる。
場に静寂が戻った。
そっと立ち上り、聖女様に頭を下げた。
「聖女様、ありがとうございました」
「……あっ、い、いえ。……素晴らしい、祝福でした。本当に、とても素晴らしい祝福でした」
聖女様と二人、ニコリと微笑み合う。
……うん。これでいい。
これで、……いいんだ。
「今のは、砦で見たのと同じ『祝福』なのでは無いのだろうか。もしや、あの時の祝福も……」
法主様が声を押さえて尋ねてきた。
聖女様と二人で、ゆっくりと振り返る。
「いいえ。あの時の『祝福』は私が構築したものでした。レフィアさんの『祝福』が形を成したのは、今、この時が初めてです。……でしたわよね、ベルアドネさん」
「……砦での事でやーしたら、その通りだがね。構築しとらーしたんは、確かに聖女でやーしたな」
聖女様はベルアドネの言葉に頷き、法主様へと視線を戻す。
「あの時はレフィアさんの魔力を借りて、ベルアドネさんにお手伝いいただき、私が構築しました」
「レフィアさんの魔力を……。という事は、もしやレフィアさんは……」
法主様の言葉にぐっと唇を噛みしめる。
私に福音がある事がバレてしまった。
これからどうなるか……。
さすがに少し、不安が勝る。
身体を強張らせる私の手を、聖女様がそっと握った。
ふと見ると、どこか覚悟を決めた様子で微笑んでいる。
「レフィアさんは、魔王が自ら花嫁にと選んだその人です。福音の聖女になるべき人では、ありません」
聖女様が皆の前ではっきりと言い切った。
女神様を信仰の柱とする聖女教のトップである聖女様が、女神様からの神託を、はっきりと否定してみせた。
その意味する所を知る神殿関係者の目が見開かれる。
……いや。
お前まで連られて驚くな。ベルアドネ。
絶対分かってねーだろ。
全く関係のないベルアドネが驚く横で、何故か法主様だけは驚いた様子が見られなかった。それどころかむしろ、どこか哀しそうな目差しで、聖女様を見守っているように見える。
「……いつから知っておったのだ、マリエル」
「砦にてレフィアさんの魔力を目の当たりにした時ですわ。……叔父様こそ、やはり知っていらしたんですのね」
「買い被り過ぎだ。そうであるかもしれないと、多少疑問を持っていたに過ぎない。……辛かったな、マリエル」
「……ご心配をおかけしました。今はもう、大丈夫です。あの時、ある方に助けていただいたので」
微妙に主語をあやふやにしながら、二人だけの間で言葉を交わす聖女様と法主様。
聖女様は最後にベルアドネを見て小さく頭を下げた。
ベルアドネがそっと頷く。
……って、おいおい。
ある方に助けていただいたって、ソレ?
ある方って、そこにいるソレなの?
マジで?
「……ベルアドネが聖女様を助けたの?」
「わんしゃでねぇ、おかあちゃんだがね」
……納得しました。
「……なんでそれで腑に落ちやーすかな」
だってベルアドネだし。
「……それで、良いのだな。マリエル」
言外に強い意思を込めて、法主様が問いかける。
聖女は静かにゆっくりと頷いて、頭を下げた。
「どうか、お願いします。法主様」
「そなたがそれを選ぶのであれば、私からは何も言う事はない。今更何も、言う権利も無い。そなたを神殿に連れて来たのは、他ならぬ私なのだから」
「ありがとうございます。……叔父様」
「……本当にすまなかった。色々と辛かったろう」
「いいえ。今はこれで良かったのだと、心からそう思っています」
「……そうか。ありがとう、マリエル」
法主様は聖女様に頭を下げると、傍らにいるカーディナル卿へと振り返る。
「さて、急いで外へ戻らねばならんな。今の『祝福』で外は相当な騒ぎになっている事だろう。急いで戻り、皆に説明をして回らねばならん」
「……あ、はい。……ですが法主様」
「七夜熱の終息を願い、聖女マリエルが聖都に『祝福』を祈ったのだと、そう伝えねばならん。福音の聖女であるマリエルが祈ったのだとな」
「……それで、よろしいのですね」
カーディナル卿の再度の確認に、法主様が是を返す。
「我らを導き示すものが福音であるのだとすれば、福音は我らの胸の内にもあるべきだと、私は思う。我らと我らの良き友人達の為にも、そうありたいと願うばかりだ」
「……分かりました。私もそうあるべきだとご賛同いたします」
カーディナル卿も深々と頭を下げた。
……。
言ってる事が難し過ぎて良く分からん。
つまり、……どういう事?
「あー、すまん法主。つまりあれか? 俺達の聖女はこれからもマリエルで、俺達はレフィアさんがこのまま魔王の嫁さんになるのを、素直に祝福してもいいって事でいいんだろうか?」
勇者様が簡単にまとめてくれた。
……助かります。
「つまりは、そういう事だ」
「異議なし。ならそーいう事で、ちょっくら外の連中をなだめに行ってくるわ。砦の時と同じ『祝福』なら、当然大騒ぎになってるだろうしな」
「頼んだ。私達も行こう」
……という事らしい。
何だかあれよあれよと言う間におさまってしまった。
廊下を急いで戻る法主様達の背中を見送りながら、つい呆然とせざるを得ない。
「……あの、ありがとうございます。聖女様」
「友人との約束ですから」
優しく振り返る聖女様に、心強さを感じる。
私は本当に、代え難い友人を得たのだと、強く実感する。
この時の『祝福』は前回と同様、またもやアリステア全土に降り注いだのだそうだ。
もしここにシキさんがいれば、魔法の構築式から計算して、おおよその効果範囲が分かるんだろうけど、さすがにそれが出来る人はいなかった。
試しにベルアドネに聞いてみたけど、構築式を数字で計算すると頭が痛くなるので嫌だと断られてしまった。
天才でも得手不得手はあるらしい。
そして、この突然の祝福騒ぎのおさまる頃、法主様より七夜熱の終息が広く宣言された。
非常事態宣言が解除されたのだ。
都合60日に及ぶ戦いがついに、終わった。
七夜熱に感染した人の総数、21,158人。
高熱期に至った患者数、658人。
衰弱期に至った患者数、26人。
犠牲者数、16人。
発生が確認されれば国が滅ぶ『国崩し』と恐れられ、致死率が九割を超えるとさえ言われていた七夜熱。
その七夜熱に二万人以上が感染したにも関わらず、結果として犠牲者の数が16人だった事が、防疫の歴史に及ぼす影響は計り知れないのだと言う。
聖都は、その動向を注意深く見守っていた関係各国から、大きな関心を集める事になる。
──奇蹟の都。
いつしか万感の思いを込めて、聖都はそう呼ばれるようになっていく。
史上初めて、七夜熱に打ち勝った都として。
けれど、私は知っている。
私達は知っているのだ。
あれは、奇蹟なんかじゃなかった。
人の成した業であるのだと。
皆で戦った、結果であるのだと。
私達は、知っている。
そして。
犠牲者を弔う為の合同葬儀が国葬として、行われる事になった。
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