#104 暴走する凶徒(魔王の憂鬱9)



「ここも空振りかっ!」


 苛立ち紛れに廃屋の扉を蹴り飛ばす。

 バギャンと音を立てて扉は粉々に砕け散った。


 目の前にいるのなら瞬殺してやる。

 姿を見せさえすれば、逃しはしない。

 大した敵じゃない。物の数にも入らない。


 ……慢心していた。


 戦えば確実に勝てる。それが自分の中の慢心を、より大きなものへと増長させていた。


 自覚しなければいけない。

 これは俺の慢心からのミスである事を。


 『働き蜂カラブローネ』と呼ばれる女神教の狂信者集団。

 聖都に潜伏していたヤツラの拠点を特定し、殲滅作戦に出た二週間前のあの日。その大詰めの所で、後方を固めていた支援者達が突然、七夜熱による高熱を発して倒れた。

 勇者は後方支援を重要視して作戦の中止を即座に決めたが、俺はそれが不服だった。


 俺だけでもやれる。

 居場所は分かっている。

 一人たりとて逃がさない。


 ……残された少数で拠点の制圧は容易に出来た。

 事実、敵ではなかった。

 こちらに被害など一切ない。


 だが、逃がしてしまった。

 生き残りを作ってしまった。


 勇者の言う通りだった。

 逃走の一択に終始するヤツラを一網打尽にするには、見張り役が全く足りていなかった。

 監視の隙間を狙われ、相当数に逃げられた。


「……くそっ」


 以来ヤツラは徹底的に闇に紛れている。

 闇に紛れ、レフィアを狙い続けている。

 女神に何もかもを捧げたヤツラだ、ヤツラが動くのは、自分達が女神の為と信じて疑わない時だけ。

 そんなヤツラが、自分達の命の危険を理由に目的を諦める訳がない。

 闇に紛れ、自分の命さえ顧みずに、必ずレフィアを害そうと狙い続けている。


 一人でも逃がしてはならなかった。

 一人たりとて、逃がしてはいけなかったのに。


 あれから二週間、有力な情報もなく、手当たり次第に探し回ってるがどこにも見つからない。

 無駄に広い聖都がクソ恨めしい。

 

「……駄目だ、完全に頭に血が昇ってる」


 今、聖都は未曾有の混乱の最中にある。

 七夜熱が確認され、非常事態宣言がなされた。

 ただでさえ息を潜めているヤツラを、この混乱する聖都の中から見つけ出すのは、困難を極める。


 冷静にならないといけない。


「リリー、どうする!? リストにあったのはここで最後だったが」

「分かってる。一度ギルドに戻って方針を決め直したい。皆にもそう伝えてくれ」


 勇者から借りた冒険者仲間に指示を出す。

 勇者は勇者で、今は神殿に呼び出されていていない。


 ……圧倒的に頭数が足らない。


 焦る気持ちを押さえつつ、廃屋を出る。

 このままでは埒が明かない。

 一度ギルドに戻って方針を立て直す。

 回りくどいようだが、まずそこからだ。


 外に出ると、雨がぱらついていた。

 雨季の天候がくそ忌々しい。

 四日前に晴れて以来、ずっと雨が続いている。


 早足でギルドへ戻ろうとするが、途中で急に本降りへと変わり、たまらなく路地裏へと飛び込む。

 天気でさえも、俺を責めている気分になる。

 雨足がおさまるまで、雨宿りさせてもらう。


 気鬱な気分で濡れた服を搾る。

 改めて見ると、飛び込んだ路地裏が、見覚えのある場所である事に気づいた。


「……ここは、ブロマイドを買った場所か」


 思えばあれは、散々な目に遭った。

 銀貨11枚を無駄に使っただけでなく、ここに来ている事を、リーンシェイドにまで見つかってしまった。

 どうにか秘密にして欲しいと頼みこんだのはいいが、まさか代わりに、ブロマイドを全て取り上げられてしまうとは思わなかった。


 泣くに泣けない。……泣いたけど。

 そういばアイツは、……引き当ててたな。


 ふと、あの時一緒にいたトルテの事を思い出す。

 羨ましくも、レフィアのブロマイドを引き当てて、全身でガッツポーズを取っていたトルテ。これ以上無いくらいに喜んでいたあの顔が、何だか酷く印象的で、記憶に残っている。


 トルテは、アリシアの弟だ。

 アリシアは二週間前のあの日、後方支援に参加していて倒れた者の中の一人だった。たった一人の姉が七夜熱に倒れて、不安にならないハズもない。

 きっと今頃、姉が心配で仕方ないだろう。


「いや……。その為にシキに無理言って、リコリスを届けさせたんだ。余計な心配はするもんじゃないな」


 中央神殿には七夜熱の感染者が一同に集められ、国をあげての集中治療が、昼夜を問わず続けられているのだと言う。

 レフィア達もそれに加わり、一生懸命頑張ってるハズだ。……なら、大丈夫だろう。大丈夫だ。

 魔王の俺が心配するような事じゃない。


 路地裏から中央神殿を見上げる。

 アイツらなら、大丈夫だ。


 雨の勢いがおさまる。

 ここでのんびりしている訳にもいかない。

 路地裏から飛び出して、ギルドへと急ぐ。


 頑張れよ、レフィア。


 心の中でそっと呟き走り出す。

 走り出そうとして、……止まる。


「中央……、神殿?」


 二週間、探し続けても見つからないヤツラ。

 非常事態宣言中の聖都は基本出入りが出来ない。

 いくら聖都が広いからと言って、二週間も全く影も尻尾も見えないなんて事が……、本当にあるのか?


 ゆっくりと振り返る。

 視線の先に見える、中央神殿。


 嫌な可能性がある事にきづく。


 ……まさか。だろ。

 いや、……でも、そこまでするか?


 ──だが、奴等は別だ。狂ってやがる。


 そう吐き捨てた勇者の言葉が脳裏を過る。

 探しても見つからないのは、……いないから?

 もうヤツラは街の中に潜伏してはいない?


 なら、どこへ。


 街の外には出られない。

 厳重に封鎖されてしまっている。


 ……。


 ……まさか、……思い違いを、していた?


 ヤツラはすでに街にはいない。

 外に出る事も出来ない。


「中央、神殿……」


 今、中央神殿には感染者達が集められている。

 七夜熱に感染してる事が確認されれば、何を警戒される事も無く中に紛れ込めるだろう。

 七夜熱に感染してさえ、いれば。


 ……。


 ……。


 正気の沙汰を超えてやがるっ!?

 だが、ヤツラならやりかねない。

 自ら七夜熱に感染し、レフィアに近づく。

 その可能性を、全く考えていなかった。


「レフィアがっ、危ないっ!?」


 全力をこめて石畳を蹴る。

 誰に見られようが構わない。

 人より優れた身体能力の全てを使って、中央神殿へと急ぐ。


 ……迂闊だった!

 焦りから周りが全く見えてなかった。


 ヤツラは中央神殿にいる!

 感染者の中に混じって、レフィアを狙っている!


 俺が全力で走れば中央神殿にはすぐに着く。

 今までは目立ちたくなかったから抑えていたが、それどころじゃなくなってしまった。


 勢いよく拝殿の中へと飛び込む。


「……なっ!?」


 その中に集められた人の多さに、絶句してしまった。

 拝殿だけではなかった。中央神殿の外殿に集められた感染者の数は、とてつもない数になっている。


 ……これだけの中から探すのか。


「リリー! どうした!? 何があった」


 拝殿へ飛び込んだ俺を咎めようとしてた神官を押さえて、勇者が急いでかけよってきた。


「……レフィアは、レフィアはどこにいる?」

「レフィアさんなら、内殿で重度の感染者の看護をしてくれている。……それよりどうしたってんだ。皆が不安がる。何をそんなに慌ててる?」


 内殿……。

 重度の感染者……、そっちかっ。


「『働き蜂カラブローネ』だ、ヤツラは感染者に紛れている」


 声を潜めて勇者に言うと、勇者も目を見開いた。


「……それは、確かなのか?」

「すまんが勘だ。……だがこの二週間、街の方は調べ尽くした。それにヤツラの性質を考えれば」

「……ありえるな。普通に考えたら七夜熱の感染者に紛れるなんざ自殺行為だが、ヤツラは普通じゃねぇ」

「急ぎたい。内殿へは?」

「……こっちだ。俺も行く」


 勇者の案内ですぐさま内殿へと向かう。

 外殿と内殿を隔てる門の前に見張りが立っていた。

 ……よく知ってる顔が二つ。


「アドルファス殿! レフィアさんは?」

「……どうした勇者。レフィア様ならこの先にいるが」

「ここから先に不審なヤツラは?」

「俺が通す訳もないだろう。この先には限られた神官と感染者しかいない」

「その感染者の中にレフィアを狙ってるヤツラが混じってる。ここを通るぞ、いいなっ、アドルファス!」


 勇者の脇から前に出て、ぽかんとするアドルファスとポンタの間を抜けていく。


「……なっ!? はっ? な、何故ここにっ!?」


 アドルファスといいリーンシェイドといい、仮面つけててもコイツらにはすぐ分かるのな。……何でだ。

 ポンタなんてぽかんとしたまま首を捻ってる。

 ……コイツは絶対、俺だって分かってない。


「リリーだ。今はそういう事になっている。すまんがアドルファス殿、リリーと二人、中へ入らせてもらう」

「……よく分からんが、俺に何かを言える訳もなかろう。レフィア様は奉納堂の奥にある礼拝堂にいる」

「すまん。助かる。お前達は引き続き警戒を頼む。急ぐぞ、勇者!」


 内殿入口の警備がアイツらで助かった。

 内殿の事はさすがによく分からん。

 勇者の案内で奥へと駆け抜ける。


「あそこが奉納堂だ」

「助かるっ!」

「って、待て! 中へ入ると感染の危険がっ!」

「俺を誰だと思ってる!?」

「……一介の冒険者のリリーさんですよね。何をしてるんですか、こんな所で」


 奉納堂へ飛び込むなり前を塞がれた。

 さすがと言うか、何と言うか。

 今の動きに全く反応出来なかった。


 ……まだ怒ってるのか、リーンシェイド。


 ともあれ、リーンシェイドがいてくれたのは助かる。


「……詳しい事は後で説明する。感染者の中にレフィアを狙ってるヤツラがいる。手を貸してくれ」

「……レフィア様を?」


 奉納堂の中には500人程の患者がいた。

 ここもかなり多いが、外殿ほどではない。

 この中から探すのも一苦労だが、必ず見つけ出して……。


 ふと、その中の一人と目が合った。

 特別に意識した訳でもない。

 中を見渡して、偶々その患者に目が止まった。

 その患者もまた、こちらを見ていた。

 じっと、何かを値踏みするかのように。

 隻腕の患者が身を起こし、こちらを見ている。


 その男には、左腕が無かった。


 ……。


 ……。


 俺は、……知ってる。

 コイツの事を知ってる。


 コイツは、自分でそれを斬り落としたのだと。

 俺はそれを目の前で見ていた。


 ……いやがった。


 やっぱりここにっ、いやがったっ!


「ピィーッ!」


 俺がソイツの元へ駆け寄ろうとする直前、ソイツは指笛を大きく吹き鳴らした。

 多分それが合図だったんだろう。

 奉納堂の中で横になっていた中から、少なくない数が起きあがり、奥へと向かって一斉に走り出した。

 

「リーンシェイドっ! 勇者っ! ヤツラを止めろぉお! レフィアが危ないっ!」


 すぐ近くで起きあがり、飛びかかってきた男を斬り捨てて大声を張り上げる。

 怒号と悲鳴で室内が騒然となる。

 訳が分からないだろうから当然だ。

 だがすまん。構ってる余裕がないっ!


 紛れ込んでいたヤツラの数が、こちらで把握していた数よりもかなり多い。

 ヤツラ、ここに集まっていやがったのか。

 リーンシェイドと勇者も即座に状況を理解し、次々と取り押さえていくが手が足りない。


 ……間に合わないっ!


「リリー! 奥へ三人行った! 頼む!」

「奥にはレフィア様がっ!」

「させるかぁぁぁあああああっ!」


 ……レフィアっ!


 一足飛びで患者達を飛び越え、奥へと急ぐ。

 逃げ足だけは一線級のヤツラだ。

 だが、絶対に追い付いてやる!

 レフィアには指一本触れさせないっ!


 奉納堂を奥に進み、狭い廊下を駆け抜ける。

 礼拝堂までは少し距離があるようで、必死になってヤツラの背中を追いかける。


 廊下を曲がった所でヤツラが見えた。

 三人だ。


 三人が礼拝堂に入る手前にいた。


 ……手前で、立ち止まっていた。


 不審に思うも構わず距離を詰め、長剣を振り上げる。

 一気に切り捨てようとして……、手が止まった。


「うぅぅ……。あぁ、あぁぁあぁ……」


 カシャンと音を立てて、男達が手に持っていたダガーが床に転がる。


 ……コイツら、何で。


 男達は目から大粒の涙を流して、呻いていた。

 身体を震わせながら呻き、その場に膝まづいてしまった。


 振り上げた剣を戸惑いながらも下ろす。

 泣きながらうずくまり、身体を小さく縮めて震わす男達を斬る事に、ためらいが生まれた。


 男達の見ていた、礼拝堂の中へと視線を移す。


 そこには、……レフィアがいた。


 礼拝堂の中でレフィアは、患者の側に佇み、その手をとっていた。

 患者は、もう助からないのだろう。

 息を引き取ろうとしている瞬間なのが分かった。


 その光景に言葉を失う。


 痩せこけたままベッドに横たわり、今まさに、世を去る瞬間だというのに、その老齢の患者はとても穏やかな表情を浮かべ、レフィアを見上げていた。

 レフィアは老人の手を取り、その様子を見守っている。


 ただ、それだけの光景なのに。

 言葉が、……出ない。


 まるで一枚の完成された絵画のようだった。

 死に逝く老人を見守るレフィアの微笑みから、目が放せない。

 胸の奥底から熱いものが込み上げてくる。

 心が魂ごと、鷲掴みにされた気分だった。


 美しい光景だった。

 他に誰であろうと侵してはいけない。

 その絶対的な美しさに、圧倒される。


 元より綺麗なヤツだった。

 人一倍目を引く容姿をしていた。

 けど……、ここまで言葉を失う程の、触れる事すらためらうような美しさを、俺は知らない。


 どこまでも慈しみ、憂い、優しさに満ちていた。

 こんな風に微笑むレフィアを、俺は知らなかった。


 ……。


 ……。


 嘘だろ。


 俺は知らない内に、泣いていた。





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