♯102 誰よりも美しき人(とある少年の憧憬4)



 外殿の片隅でうずくまりながら思った。

 レフィアねーちゃんって、すごい。

 本当に、何て人なんだ。


 もう駄目だと思った。

 もう終ったと思ったのに。


 ぼーっとした頭のまま、身体を、懐にあるブロマイドごと抱き抱える。銀貨一枚で引き当てたオレのお守りごと。これはもう、宝物だ。


 どしゃ降りの中、突然現れてくれた。


 全身ずぶ濡れになってまで、助けてくれた。


 もう駄目だと思ったのに、レフィアねーちゃんに助けられた。もう終ったと思ったのに、あっという間に色んな事が起こって、ダウドにいちゃんを助けてもらった。


 ……オレ、何となく分かるんだ。

 レフィアねーちゃんは今、オレやダウドにいちゃんをあっという間に助けてくれたみたいに、みんなを助けようとしてくれてる。この国のみんなを、助けようとしてくれているんだって。


 女神様の使いのような人だと思う。


 困ってる人の前にばばっと現れて、ぱっと助けちゃう。……本当に、すごい。


 へへ。


 ……。


 ……身体が重いや。

 何か、すげー疲れちゃった。


 でも、大丈夫だ。

 レフィアねーちゃんなら大丈夫。

 きっとみんなを助けてくれる。

 もう、大丈夫……。


 ……。


 ……。


 気がつくと、ベッドの上に寝かされていた。


 ……そうだ、オレ。

 あれから熱が出て、勇者様が心配してくれて。


 ガバッと起きようとして、目の前が白くなる。

 力をいれたハズの身体が動かない。


 あれ? 何でだ?


 身体に力が入らない。

 浅い喘息を繰り返す喉からも、声が出ない。

 もやのかかったような視界。


 そうか……。

 オレ、まだ熱下がってなかったんだ。


 動かしづらい腕で懐からブロマイドを取り出して、両手で抱え込んだ。

 ぐっと胸元に押し当てて、目を閉じる。


 姉ちゃん。……心配してるかな。

 帰ったら家に誰もいないんだ。

 そりゃ、心配するよな。


 でも、大丈夫だからね。

 ダウドにいちゃんは、レフィアねーちゃんが助けてくれた。

 だからもう、大丈夫だから。


 忘れていた全身のだるさが戻ってくる。

 頭もガンガン痛みが響くし、喉も痛い。

 おしりの辺りが気持ち悪いのは汗だろうか、……何か漏れてるみたいな嫌な予感がする。


 気づかなきゃよかった。

 頭がぼーっとして、苦しくて気持ち悪い。

 オレ、相当酷い風邪ひいちまったんかな……。


 ふと、誰かが額に触れてきた気がした。

 火照った頭にひんやりとして気持ちがいい。


「大丈夫。絶対に、助けてあげるから」


 ……え? まさか。


「……ハァハァハァ。……レフィア、ねーちゃん」


 この声を聞き間違えるハズがない。

 姿を確認しようと見上げるけど、視界が霞んでよく見えなかった。でも、絶対にレフィアねーちゃんだ。


 嬉しくもあるけど、ちょっと恥ずかしいかも。

 だって何か今のオレ、情けない姿だし。


 撫でられた額から、何か気持ちの良いものが広がっていく。優しくて、とても心地よい。

 子供扱いが癪だけど、……仕方ないか。


 全身のだるさが和らいでいくようだった。

 苦しさが途切れ、深く呼吸が出来るようになった。

 ゆるやかな眠気が広がっていく。

 何か、すげぇ、落ち着く……。


 魔法だと分かった。

 だって中庭で怪我を治してくれた時と同じ、優しくて穏やかな感じがしたから。

 レフィアねーちゃんに魔法をかけてもらうと、どこか懐かしい感じがして、気持ちよくなる。

 魔法って、やっぱりすごい。


 はじめて会った時は、何て綺麗な人なんだろうって思った。こんな美人、今まで見たことないって。

 でもオレ、すぐに分かったんだ。レフィアねーちゃんのすごい所は、見た目じゃないんだって。

 そりゃ、見た目もすげえ美人でスタイルもいいけど、そんなの、実はどーでもいいんだ。それに多分、本人も自分がどれだけ美人なのか、分かってないと思うし。


 そんなのどーでもいい位に、レフィアねーちゃんは優しい。底抜けにお人好しで、優しい人だ。

 相手がどんなヤツだって、レフィアねーちゃんは目を見て話すし、人を頭から馬鹿にしたりしない。人の話を聞く時にはいつも、その人をちゃんとまっすぐに見てる。


 いつも前向きだし、何か元気だし。

 多分変な事を考えてるんだろうなーって時は、面白いぐらいに視線が泳ぎまくってるし。


 助けて欲しい時に、必ず助けてくれるし。


 こんな人が、本当にいるんだって思った。

 こんな人が、本当にいるんだ。


 その日は、いつもと身体の調子が違っていた。

 身体のだるさは変わらないけど、ぼーっとしていた頭が何だか晴れたようで、酷い頭痛もおさまっていた。

 相変わらず苦しいし、腹は痛いけど、自分の熱が引いたんだって分かった。

 湯だったように火照っていた身体の熱が下がり、今は寒気すら感じる。


 ようやく、熱が引いてくれたんだと分かった。

 ……けど、何だか様子が変だ。

 身体に力が入らないし、気持ち悪さは余計酷くなっている。これ、熱は下がったけど、治った訳じゃないんだな、きっと。


 ……ちぇ。


 震えていると、そっと毛布がかけられた。

 額に手が置かれ、温もりが全身に広がっていく。


 ……レフィアねーちゃんだ。


 起き上がろうとしたけど、無理だった。

 起き上がれないまま、オレは咳き込むようにして吐いてしまった。

 胃の中に何も入ってないのに、何か白っぽいものを吐き散らしてしまう。

 レフィアねーちゃんは嫌な顔一つせずに、それらを拭ってくれて、汚してしまった毛布も取り替えてくれた。


 身体の向きを変えられて、全身、とくに気持ちの悪かったケツの周りも綺麗に拭いてくれた。ベッドのシーツと服も、新しいものに取り替えてくれる。


 ちょっと恥ずかしかったけど、すげぇありがたかった。


「レフィア、ねーちゃん……。ごめんね、オレ……」

「馬鹿。病人が変に気をつかっちゃ駄目でしょが」

「でも……。オレ……」

「いいから、今は休んでいなさい。まだ諦めた訳じゃないんだから。まだ、絶対諦めない。いい? 絶対だからね」


 レフィアねーちゃんは言い聞かせるようにそう言うと、またオレの額に手を当てて、魔法をかけてくれた。

 とてもぽかぽかして暖かい、気持ちのいいヤツだ。


 また、まどろみの中に沈んでいく。


 レフィアねーちゃんに会えてよかった。

 ……本当に、良かった。


 へへっ。

 何だかニヤけてしまいそうになる。


 ……そうだ。


 元気になったら、レフィアねーちゃんにリリーさんを紹介してあげよう。紹介したら、多分絶対に喜ぶと思う。

 だってリリーさん、オレと一緒で絶対レフィアねーちゃんのファンだもん。レフィアねーちゃんのブロマイドが欲しくて、銀貨11枚も使っちゃったんだ。もう執念だよね。

 でも、結局出なくて、すっげぇ落ち込んじゃってさ。オレの持ってるヤツまで狙ってくるぐらいなんだ。交換してくれって。


 ブロマイドは交換してあげられないけど。

 紹介したら、喜んでくれるかな。


 ……うん。絶対喜んでくれる。

 楽しみになってきた。


 リリーさんとレフィアねーちゃんなら、絶対仲良くなれる気がするんだ。だって何か、二人ともどこか似てる所があると思う。リリーさんも、喋り方はちょっと乱暴だけど、凄く優しい。

 優しくて、格好いい。


 ……あっ、でも。

 仲良くなり過ぎて、レフィアねーちゃんもリリーさんの事が好きになっちゃったらどうしよう。

 リリーさんとレフィアねーちゃんなら、すげえ似合ってるような気がする。リリーさんは……、もうすでに隠し切れない位にレフィアねーちゃんが大好きだし。


 ……。


 ……。


 リリーさんなら、いいかな。

 オレ、リリーさん大好きだし。面白いもん。

 勇者様にお仕事を頼まれる位だから、多分腕も立つんだと思う。リリーさんならきっと、レフィアねーちゃんを守ってくれそうだ。


 だからオレは、他の人を探すんだ。

 今はまだ体も小さいし、力も無いけど、これからもっと背も延びて、力もつくハズだから。

 ダウドにいちゃんみたいに、大工も格好いいけど、オレは冒険者になる。冒険者になって、悪いヤツラとか魔物達を倒してさ、みんなを助けてあげるんだ。

 お金も一杯稼いで、有名になって、勇者様みたいに、みんなから頼られるくらい強くなりたい。


 そしたら、お嫁さんを貰うんだ。


 綺麗で優しくて、料理が上手で、……ちょっぴりおっぱいも大きいお嫁さんがいいな。

 それで生まれてきた子供を抱っこしながらさ、言うんだ。

 物凄く綺麗で優しい人に、オレは助けてもらった事があるって。あれはきっと女神様の生まれ変りに違い無いって。

 そしたらお嫁さんが焼き餅やいて怒るだろうから、言ってやるんだ。

 けど、一番好きなのは、お前達だよってさ。


 ……。


 ……。


 へへっ。

 そんな風に、オレも家族が作りたい。

 オレも家族が、作りたいんだ。

 

 ……まどろみの中から、目が覚める。

 朝、だろうか。周りが明るい。


 ……何だろう。

 今までになく、身体が軽い。

 視界もはっきりして、頭もすっきりしている。


「……トルテ」


 かすれた声を見上げると、枕元にレフィアねーちゃんがいた。

 逆光で顔が影になっててよく見えないけど、そこいにいるのは確かにレフィアねーちゃんだって分かった。


 光が眩しい……。

 今日は何でこんなに眩しいんだろうか。

 部屋の中が、眩しいくらいに明るい。


「レフィアねーちゃん、……どうしたの? 泣いてるの?」

「……泣いてない。私なんかが、泣いていい訳がない。……ごめん。ごめんね、トルテ」


 眩しくて顔がよく見えないけど、レフィアねーちゃんが泣いてるような気がした。

 泣きながら、何度も、何度も繰り返し謝る。


「……何で、謝るの?」

「……ごめんね、私、何もしてあげられなかった。私なんかじゃ、何も出来なかった」


 レフィアねーちゃんの声が、涙ごもる。

 嗚咽をこらえながら、肩を小さく震わせていた。


「何も出来ないだなんて、……そんな事、ない。オレ、レフィアねーちゃんに、一杯助けてもらったんだよ?」


 目の前に、膝の上で固く握りしめた拳が見えた。力一杯強く、握りしめている。

 不思議と身体が軽かったので手を伸ばしてみたら、手が届いた。握りしめられた手の平に、そっと手を重ねる事が出来た。


「……ありがとう。オレ、すっごく感謝してるんだ。レフィアねーちゃんの事、本当の女神様だって思ってる」

「……トルテ。……ごめん。ごめんね」

「……謝ったり、しないで。……何か変だよ、レフィアねーちゃんが謝るなんて」


 身体を起こそうとしたけど、力が入らなかった。

 とても身軽に感じるのに、起き上がれる程ではないみたい。


「泣かないで。レフィアねーちゃんが泣いてると、オレも淋しくなっちゃうからさ。レフィアねーちゃんには、笑っていて欲しいな。……折角の美人さんなんだし、笑ってないと、……損だよ、……やっぱり」


 ……もっと一杯喋りたいのに。

 話している途中で、息が、切れてしまう。

 もうあんまり苦しくないのに、話すのがちょっときつい。


 でも、これだけは言っておきたいと思った。

 これだけは、どうしても伝えたい。


「……オレ、レフィア、ねーちゃんの笑顔、……大好きだから、……誰よりも、……綺麗だって、……思うから」


 言葉が、どうしても切れ切れになってしまう。

 情けなくて、格好悪いな……、オレ。


「お願い、だから……。笑って……、いて、ほし、……い」


 どうしてオレは、こんなに格好悪いんだろう。

 伝えたい事も、ちゃんと伝えられないなんて。


 レフィアねーちゃんには笑顔が似合う。

 レフィアねーちゃんには、笑っていて欲しい。


 これは、オレのわがままだと思う。

 わがままで勝手なお願いだけど。

 

 誰よりも、優しい人だから。

 誰よりも美しき人だから。


 だから、そんな人に。

 泣いていて欲しくは無いんだ。


 わがまま言って、ごめんね。


 でも、やっぱり。

 レフィアねーちゃんには笑っていて欲しい。


「……これで、いい?」


 影になって見えなかったけど。

 それでも声はくぐもっていたけど。


 笑ってくれたのが、分かった。

 一生懸命笑ってくれているんだと思った。


「ありが……、とう……」


 その気持ちが嬉しくて。

 オレの為に笑ってくれたのが嬉しくて。

 つい、ニヘラッとしてしまった。


 ……ありがとう。


 けどもうこれ以上は、喋れそうにないや。

 

 あんなに意識がはっきりしてたのに、なんだかぼーっとしてきちゃったみたい。

 調子に乗って、ちょっと喋り過ぎたかも。

 視界も眩しすぎて、もう、ほとんど真っ白でさ。

 だんだん何も、見えなくなってきっちゃった。


 ……ごめんね。

 少し疲れたみたい。


 このまま、ちょっとだけ眠らせて欲しい。

 今、何だかとてもいい気分なんだ。


 ありがとう。


 今度また目が覚めたら、その時は。


 もっと一杯、喋れるといいな……。


 ……。


 ……。


 また、遊んでね。


 きっと、……だよ。





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