♯87 国をあげて
法主様の号令下、薬作りが始まった。
魔王様からの伝言を、何故勇者様が持っていたのか。勇者様に問い詰めようとしたけど、何だかのらりくらりとかわされてしまった。
『男の友情として、話せん事もあるからな』
……別に友情の話は聞いてないんだけど。
訳の分からない事を言われて煙に巻かれた気がする。
追及しても話す気がないなら仕方ない。
疑問は先送りにして、今はやるべき事をやる。
聖都に住む80万人の内、神殿関係者は実に12万人にも及ぶのだそうで、その数は優に一割を超える。10人に一人、三世帯に一人は、神殿関係者なのだという。
さすが聖都。
そのほとんどを動員して、薬作りは進められた。
作業人数の規模の大きさに圧倒されもしたけど、さらに驚くべきはその統率の高さにあった。
普通、これだけの人数で何かをしようとしても、グダグダのウダウダ、しっちゃかめっちゃかのてんてこ舞いで何も出来ないだろうに。
神殿に集められた人達には、それが無かった。
馬は馬方。蛇の道は蛇。
さすが餅は餅屋と言うべきか。
法主様の指示の下、騎士団員や神官さん達がそれぞれに混乱無く、分担された役割をこなしていく。
村の祭りの準備でさえ、もっとゴタついてた気がする。
これも普段から厳しい生活と、自制を続けているおかげなんだと思う。……自然と頭が下がります。
作業場には外殿を広く解放した。
この期間ばかりは、普段は多い外来の拝礼者にも遠慮してもらう。
大講堂と拝殿、それらをぐるりと取り囲む長い渡り廊下で、皆がそれぞれに作業にかかる。
作業台は聖都の木工職人が集められ、組み上げられたものから順次配られていく。
まさに国をあげての一大作業になった。
製薬の方法はガマ先生からカーディナル卿へと伝えられ、各神官さん達がそれぞれに担当するチームへと赴き、監督指示するらしい。
キビキビとした動きは、騎士団員にも劣らない。
製薬の手順はそれなりに煩雑らしい。
まず一定量の水に芋茎を浸して低温で煮込む。
煮上がったら芋茎を取り出して、煮汁をさらに煮詰める。煮詰め上がった煮汁は、今度は粉になるまで乾燥させるのだそうだけど、ここで魔法が使われる。
『乾燥』の魔法だ。便利だね、魔法って。
神官さん達も使えるけど、量が量だ。一つ一つ手作業で魔法を構築しててはキリがない。
なのでここは、ベルアドネが『乾燥』の魔法陣を組み上げて各所へと配り歩いた。
リコリスの球根は丁寧に磨り潰して、水と一緒にに煮込むのだそうだ。煮たったら余分なカスを丁寧に濾して、またさらに煮詰める。
煮詰めきったらまた、ベルアドネの魔法陣を使う。
こうして出来た粉末と、リグニア石を砕いて出来た粉末を計量しながら混ぜ合わせていく。
……実に面倒臭い。
途中から、煮詰める作業にもベルアドネに魔法陣を構築させる事で、さらに効率化がはかられた。
さらに粉末を計量して混ぜ合わせる作業にも、ベルアドネの魔法陣をおすすめしてみたら採用された。
息つく間もなく目まぐるしく働くベルアドネ。
友人として、実に誇らしい。
たまにすれ違う時、死んだような目で恨みがましくこちらを見てくるけど、気にしちゃ駄目だ。
少なくとも私は気にしてない。
がんばれ。ベルアドネ。
普段姿を見せない分、こういう所で働くべし。
……いつも、どこで何やってんだろう。
落ち着いたら、一度本人に問いただしてみるか。
作られた薬は順次大講堂と拝殿に運び込まれ、荷運び役の人達へと渡されていく。荷運び役の人はそこから聖都各地へと散っていき、さらに配布役の人の下に届けられた薬は、聖都に住む全ての住民へと配られていく。
これぞ人海戦術。
これを滞りなく進めていく手腕は流石だと思う。
私とリーンシェイドは、出来上がった薬を拝殿へと運ぶ係を任されている。
あっちやこっちへ行ったり来たり。
ベルアドネの魔法陣の賜物か、薬の出来上がる速度が上がって、それなりに大変だったりする。
人を呪わば穴二つ。……呪った訳じゃないけど。
「追加の分を持ってきましたー」
「お疲れ様です。ありがとうございます」
リーンシェイドと別れ、拝殿の中の所定の場所に出来上がった薬を届ける。
受け付け役の女の子の気遣いが嬉しい。
私と同じ見習い修道士のケープを羽織った、線の細い感じの優しそうな子だ。
ふぃーっと、汗を拭ってニヘラっと微笑み合う。
「皆さんお疲れ様です。あ、そのまま作業は進めて下さい。様子はどうですか?」
聖女様が拝殿の様子を見に来た。
何人かが姿勢を正して礼を取ろうとするのを留め、作業を促す。
聖女様は聖女様で、責任者の一人として、各所に問題が無いか見回り続けている。
「問題なく。製薬の効率も上がってますし。どんどん運びますよ! どんどん!」
「心強いですわ。ありがとう、レフィアさん」
ガッツポーズで答えると、朗らかな笑みを返してくれた。
こういう遣り甲斐のある疲労感は嫌いじゃない。
「あ、あの……、聖女様!」
唐突に、受け付け役の子が聖女様の前に出てきて、ガバッと頭を下げた。
「……ユリフェルナ、さん? どうしましたの?」
「ち、父が聖女様に大変失礼な振る舞いをしたと聞きました。聖女様には、大変申し訳もなくっ……」
「お気になさらず。こうして伯爵令嬢であるユリフェルナさんから、自ら手伝いを申し出ていただけただけで十分ですわ。謝罪には及びません」
……父? 伯爵令嬢?
「父は神殿の財務を任されてから、重責を担っていると自負するあまり、時折横柄な態度も目立つようにもなりました。ですが、それも神殿に良かれと願う本心あっての事。私に出来る事などたかが知れていますが、どうか、寛大なるご容赦を賜りたく……」
「お気持ちはありがたく。ハラデテンド伯爵も私心あっての事では無いと理解していますわ。気を楽にして下さいませ」
あら? ……まさか。
「ハラデテンド伯爵の、……娘さん?」
「はい。ユリフェルナと申します」
ぽかーんっと阿呆面を晒してしまった。
ハラデテンド伯爵って、あのいけ好かない、喧しいデブのおっさんだよね? その娘さん?
……似てねー。似ても似つかねー。
よっぽど母親の血が優秀だったんだね。
ユリフェルナさんは礼儀正しく、私にまで深々と頭を下げた。
所作が優雅で大人しい。
まさに伯爵令嬢って感じがする。
「聖女! どういう事ですかっ!」
ユリフェルナさんの品の良い所作に見惚れていると、品の無いおっさんが、怒鳴り声を上げて拝殿に入ってきた。
「よりにもよって、聖都の住人全てに無償配布などとっ! 神殿の予算は無尽蔵では無いのですよ!」
「落ち着きなさい、ハラデテンド伯」
「落ち着いてなどいられません!」
どっぷりでっぷりのハラデテンド伯爵。
相当怒ってるのか、顔が真っ赤っかだ。
娘さんとは……。やっぱり似ても似つかない。
よかったね。ユリフェルナさん。
「その必要があると判断したからこその、法主様のご決断です。私も、それが間違っているとは思いませんわ」
「リグニア石の買い取りに、ただでさえ莫大な予算を回しているのですよ。これでは、財務そのものが破綻しかねません!」
「足りない部分には法主様や私の私費をあてるよう、通達は届いているハズです。それでも足りませんか」
「その場しのぎで誤魔化さず、健全な収支状態を維持すべきだと申し上げているのです! 足りないたびに法主や聖女の私費をあてにするようでは、神殿の経理状態そのものが信用を失います!」
「それをこのような場でがなり立てる貴方こそ、神殿の信用を損なっているのでは無くて?」
「私のおらぬ場で無償配布などとお決めにならなければ、このように言わずとも済んだのです! 今からでも遅くありません。再度ご一考をっ!」
「なりません。法主様は薬を無償配布するとご決断されました。その意向は曲げられません」
……いや、おらぬ場って、来いって言われて来なかったのは自分でしょーが。
ハラデテンド伯爵は今にも食い付きそうな勢いで喰ってかかってるけど、聖女様の毅然とした態度を崩せそうにない。
一部、ハラデテンド伯爵の言う事にも理があるとも思う反面、決まった後に言っても仕方ないんじゃないかとも思う。
それは、今言うべきではないよね。
「お父様! おやめ下さい!」
周囲を気にせずつめよるハラデテンド伯爵に、ユリフェルナさんが声を荒らげた。
ユリフェルナさんに気付き、目を見開く伯爵。
……気付いてなかったんかい。
「ユリフェルナ? 何故お前が神殿に」
「お父様の分まで、何かお役に立てればと私自ら聖女様にお願い申し上げたのです。このような場でそのようにお騒ぎになられては、周りの方にも迷惑がかかります」
「お前が口を出す事では無い! そもそもお前が神殿の手伝いをするなどと、俺は許した覚えはない! すぐに屋敷に戻りなさい!」
「戻りません。事は聖都の大事。官も民も関係なく、事に当たらねばならない時に、貴族だからと屋敷にこもってていいハズもありません!」
見かけによらず、はっきりと言い切る。
……こういう所は、確かに似てるのかもしれない。
互いに譲らず、きぃっと視線を合わせる。
「埒が明かない! 法主に直接会ってくる! ユリフェルナ! お前はすぐに屋敷に戻れ! いいな!」
先に視線を反らしたのはお父様の方だった。
娘に押し負けちゃったか。……父だね。
ハラデテンド伯爵の後姿が見えなくなると、ユリフェルナさんは再び聖女様に頭を下げた。
「重ね重ね、大変申し訳ありませんでした!」
「いえ。ハラデテンド伯も神殿の事を思えばこそ。構いませんわ。それよりも、作業を進めて下さい」
「はいっ。申し訳ありませんっ」
ハラデテンド伯爵の乱入で、一時止まりかけた作業を聖女様が促す。多少の戸惑いを見せながらも、皆が作業に戻った。
そりゃ戸惑いもするわな。
上に立つ人間が現場を不安がらせてどーする。
ユリフェルナさんも申し訳なさそうに、受け付け役へと戻る。
……伯爵令嬢なのに、肩身が狭そう。
その後、ハラデテンド伯爵の進言が通る訳もなく、作業は滞る事なく進められていった。
さすがに、80万人の全てに薬を行き渡らせるには、一日で時間が足りる訳もない。
全てが終わるまでに都合三日かかった。
逆に、よく三日で終わらせたもんだと感心する。
最後の一人にまで渡された事が宣言されると、自然、拝殿内の至る所から拍手が起こった。
皆の頑張りの成果もあって、聖都の住人全てに薬を行き渡させる事が出来た。
未だ、七夜熱の発症報告は無い。
……。
……。
何とか、……間に合った。
割れんばかりの拍手の雨の中、肩からすぅーっと力が抜けていくのが分かる。
やり遂げた疲労感に、安堵を感じた瞬間だった。
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