♯78 残されたお土産1
気がつくとベッドの上にいた。
最後の記憶では、確か沐浴場の床に寝転がってた気がする。誰かが運んでくれたっぽい。
泥まみれ汗まみれだった服も、下着ごと寝間着に着替えてある。
真新しいベッドの感触が心地よい。
そういえば、自室のベッドは昼間に粉砕してしまったんだっけか。
あれは本当に、生きた心地がしなかった。
ゆっくりと身体を起こす。
いつの間にか寝入ってしまってた。
まだダルいけど、動けない程では無い。
外はもうすっかり暗くなってしまっている。
「お疲れ様でした。レフィア様」
ベッドの脇には、室内ランプに照らされたリーンシェイドが、当然のように控えてくれていた。
寝起きの頭に美少女の笑顔が嬉しい。
色々やってくれたのは、やっぱりリーンシェイドだろうか。
また迷惑をかけてしまった。ごめんね。
「どれくらい寝てた?」
「いかほども休まれてはおりません」
「疫神は?」
「お食事をお召し上がりになられ、先程お戻りになられました。とても満足していただけたようです」
「そっか。……とりあえずは、よかった」
ふぅ、と、肩から力が抜ける。
汚れを拭い落とすだけで疲労困憊になってしまい、後の事を丸投げした形になってしまった。
「ごめん。全部まかせる形になっちゃったね」
「いえ、お気になさらないで下さい。あれほどの大物です。むしろ、最初の穢れ払いをお任せしてしまった事を、申し訳なく思っておりました」
「うん、まぁ……、ちょっと甘く見てたかな。それでもなんとか拭い落としきれて良かった。……聖女様は?」
ベッドから足を下ろし、よいしょっと立ち上がる。
思ってた以上に身体が重いけど、動けない程では無いみたい。
「聖女はお膳、酒肴とお立ち会いになり、疫神が消えていくのを最後まで見送られていました。今は法主達と一緒にいると思います」
「……全部に付き合ったんだ、聖女様。なんちゅー根性してるんだか。……ダウンした自分が恥ずかしい」
一緒に拭い落としをして、共に疲労困憊の極致にあったハズなのに。
責任感からかあの後も一通り全てに付き合うとか。
聖女様マジ半端ない。
「エクストラポーションを飲みながら、どうにかやっと、という感じではありましたが」
「あ、そうか! その手があったか」
そうじゃん! ドーピングっていう手があった。
エクストラポーションにはあまりいい思い出が無い所為か、すっかりその存在を忘れてしまっていた。
最も、そのエクストラポーションが手元に無いんだけど。
あったらあったで、ドーピングって手もあるのか。
覚えておこう。
出来れば腐ってないヤツが欲しい。
「疫神が満足して帰ったなら、お土産も?」
「はい。ちゃんと残していかれました」
「よかった……。リーンシェイドはもう確認した?」
「いえ。私はお膳の用意をした後、レフィア様の元におりましたので。酒肴のお相手をお願いしたベルアドネ様から、先程そのように言伝をいただきました」
リーンシェイドに支えられながら、服を着替える。
ケープを羽織って、聖女様達のいる部屋へと案内を頼む。
部屋の外ではアドルファスとポンタくんが不安そうな顔で待っていてくれた。
心配かけてごめんね。
最初の拭い落としで脱落してしまったけれど、疫神のおもてなしは、その後にも手順が残っている。
お膳を用意して食事をしてもらい、酒肴をもって、そのお相手をしなければならないのだ。
食事の内容は特別豪華にする必要はなく、普段普通に食べているその土地のものを用意すれば良い。ただ、生臭や生野菜はなるべく避けねばならず、下拵えに少し手をかけないとならない。
これはリーンシェイドが手ずから、厨房の料理番と相談しながらやってくれたらしい。
ちょっと面倒臭いのが酒肴のお相手。
特に肴は何でも構わないんだけど、これがとにかくよく呑む。はっきり言って疫神は底無しだった。
なので軽めのお酒ではいくらあっても足りなくなる。
きつめのお酒、出来れば度数の高い蒸留酒なんかを用意しておかないと、いつまでたっても帰りゃしない。
これはベルアドネが上手くやったらしい。
いつの間に持って来ていたのか、ヒサカ名産の度数の高いお酒を並べ、早々に疫神を酔わせてしまったらしい。
あまりにも早く酒肴が終わったとの連絡を受け、さすがにリーンシェイドも驚いたそうだ。
何呑ませたんだアイツ。
疫神も満足して消えていったそうなので、何かやらかした訳では無いんだろうけど。
一抹の不安が無い訳でもない。
だってベルアドネだし。
人気のなくなった廊下を急ぐ。
案内された部屋には、すでに法主様や聖女様をはじめ、色々なお方々が揃っていた。
主に神殿関係のお偉いさんだと思う。
ペコリと頭を下げて中へと入る。
その中に勇者様の姿は見当たらなかった。
色々と迷惑をかけてしまったみたいだから、一言謝っておきたかったのに。残念。
ふとベルアドネと目が合う。
何故そこであんたは得意気な顔をするのか。
仕方ないから今回はお礼を言っておく。
あくまで心の中だけで。
「お疲れ様でした。途中で脱落してしまい、申し訳ありませんでした」
「いえ、レフィアさんこそ。お疲れ様でした。何だか色々と慌ただしいまま過ぎてしまって。もう身体の方は大丈夫なのでしょうか」
「あ、はい。おかげさまで休む事も出来ましたので。聖女様こそ、あの後もすべてお付き合いされたと聞きました。……本当に頭が下がる思いで一杯です」
「後学の為、場の責任者として一通り見て置かねばなりませんでしたので。……半分は、意地です」
聖女様は最後に小声でちょこっとつけ足して、片目を瞑った。
何だろう。……ちょっと可愛い。
聖女様、マジらぶマイ天使。
惚れてしまいそうです。
「今回はレフィアさん達に助けられた。心から礼を言いたい。本当に、助かった」
法主様が深々と頭を下げる。
いやいやいやいや。そんな大袈裟な。
「やれる人がやれる事をやればいいんです。そんな大仰にしないで下さい。それにまだ終わった訳でもありませんから。むしろ、ここからが大事なんです」
「ああ、そうだったな。それも聞いている」
「これが……、そうなんですか?」
法主様に断りを入れ、みんなが取り囲んでいる机の上を覗きこむ。
机の上にはまっさらな白い四角い布が敷かれ、そこに、疫神からのお土産が並べられていた。
疫神をもてなすのは、功を労うのはもちろんだけど、その後に残していくこのお土産こそが目的だったりする。
下手すると、こっちの方がより重要になってくる。
疫神が訪れるのは何の為か。
災厄が近づいていると警告する為だ。
けれど疫神は一切言葉を発しない。
代わりに消える時、お土産を残していく。
このお土産に、災厄を回避する為のヒントがある。
あとは私達がそれを、正しく受けとる事が出来るかどうか。
机の上には三つ並べられているものがあった。
乾燥した木の皮のようなもの。
琥珀色をした粉末。
何かの……、干からびた球根?
……。
……何これ?
こんなん、初めて見た。
これが、……災厄を回避する為の、ヒント?
さっぱり意味が分からない。
「何でしょう、これ」
「今、私達もそれで悩んでいた所です」
聖女様も一緒に首を捻ってる。
疫神が警告をくれるそのほとんどは、流行り病な事が多い。なので残るお土産は、大抵その病気に対する特効薬の原料と言う事になる。
その原料から調剤される薬の種類で、何の病気が流行るのかおおよその予測が立てられるのだけど……。
目の前にあるのは見た事の無いものばかり。
さっぱりチンプンカンプンだ。
みんなで頭を悩ませていると、バタバタッと廊下を駆け寄ってくる足音が聞こえた。
バンッと扉に倒れ込むように身を乗り出して、一人の小柄な修道女が入ってきた。
「すみませんっ! 遅くなりました!」
慌てて走ってきたのか、裾が大きく乱れ、ゼェゼェと肩で大きく息をしている。
色の白い、細い身体つきの女の子だった。
「アネッサ。服装が乱れていますわ。まず落ち着きなさい」
「は、はい。聖女様。大変失礼しました!」
聖女様に注意を受けて、慌てて身だしなみを整える。
ベコリと頭を下げてから、おずおずと部屋の中へと進み出て、みんなから一歩下がった所で立ち止まった。
「急に呼び出してすまなかったなアネッサ。みなにも紹介しよう、調剤部のアネッサだ。普段は主に薬剤の調合を研究してもらっている。若いがこれでいてとても優秀な子でね。今回の事で分かる事があるかもしれないと来てもらったんだ。アネッサ。みなに挨拶を」
法主様から紹介され、皆の視線がアネッサさんに集まる。
ガッチガチに緊張してるようで、あちこちをキョロキョロしながら、しどろもどろになって頭を下げる。
「あ、アネッサですっ! 呼ばれて来ましたっ!」
「アネッサ。とりあえず、これを見てもらえるかしら?」
「あ、はいっ! 聖女様っ!」
……元気な子だな。
何か小動物みたいな印象を受ける。
年齢的には私達とそう変わらないかもしれない。
若いのに一つの仕事を任せられてるとか、ちょっと凄いなぁと感心してしまう。
アネッサさんは聖女様に促され、机の側まで近寄る。
丁度私が邪魔になりそうだったので、一歩引いて、アネッサさんに場所を譲ろうとして目が合った。
……。
……。
目が合ったのは、いいんだけど。
どうしたんだろう。
目が合ったまま、ピタッと動かなくなってしまった。
視線を反らすに反らせず、対応に困る。
おーい。
もしもーし。
……。
……。
……あれ?
これ。どうしたらいいの?
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