♯79 残されたお土産2



「アネッサ! 違う! 見るのはこっち!」


 微妙な空気に身動きが取れなかった。

 どうしたら良いか困惑していると、聖女様がアネッサさんの頭をムンズと両手で掴んで、力ずくで机に向けてくれた。


「はっ!? ……つい見入ってしまいましたっ!」

「アナタはその突然止まるクセをまず直しなさい」


 ……クセなのか。

 目の前でやられるとちょっと心臓に悪いかも。

 是非前向きに直して下さい。


 気を取り直して、机の上のものをじっくりと観察し始めるアネッサさん。

 横から眺めていると、今さっきボケをかましたとは思えないくらいに鋭い眼差しで机の上を見つめていた。


「アネッサ。これらが何だか分かる?」

「あ、はい。聖女様」


 え、分かるの? 凄い。


 あっさりと肯定の返事を返すアネッサさん。

 うーんっと一つ考え込んむ様子を見せた後、机の上にあるものを一つ指差した。


「まずこれは芋茎です」

「芋茎? これが?」


 乾燥した木の皮のようなものを指してアネッサが言うと、法主様が驚く反応を見せた。

 ずらずらと顔を並べるお偉いさん達も、一斉にザワツキはじめる。


 ……ずいき?


「はい。私達が普段使うものよりも、さらに長い間乾燥させたもののようですが、間違いないと思います」

「芋茎とは、……思いもよらなかった」


 思いもよらなかったというか、そもそも、ずいきって何?


「あの……、ずいきって何でしょうか?」


 何だかみんなが当然のように頷く中、恐る恐る質問してみた。

 すぐ側にいたアネッサさんと目が合う。


 ……。


 もしもし?


 スパーンッと聖女様がアネッサさんの後ろ頭をはたいた。


「アネッサ! 止まらないっ!」

「はっ!?」


 ……何故そこで止まる。


「あ、えっと。芋茎とはサトイモの茎を長期保管用に乾燥させたもので、補助食としてよく食べられるものです。この辺りではよくサトイモが採れるので、ごく一般的に取り扱われます。これは、流通しているものよりも長く乾燥さたもののようで、一見してそれと分からなかったはその所為ではと思います」

「サトイモの茎なんだ。これ」

「はい。とても栄養価が高いんです。神殿の厨房でもたびたび使われています」

「あれ? っていう事は私も口にしてたんだ」


 知らなかった。

 サトイモ自体は食べる事もあるけど、芋茎は、ウチの村の方ではあまり流通してなかったと思う。

 この辺りだけで出回ってるものなんだろうか。


 私以外は法主様をはじめ、一同にウンウンと頷いている。みんなにとっては馴染みの深いものであるらしい。


 次いでアネッサさんは琥珀色の粉末を指し示す。


「それで、この粉末。これ多分、リグニア石を砕いたものじゃ無いでしょうか。研究室にあるものと、同じものだと思います」

「リグニア石だとっ!?」


 思わず、と言った感じで声を荒らげたのは、いつかのでっぷりとしたおっさんだった。

 確か、ハラデテル伯爵だっけ?

 コイツもいたのね。そりゃ、いるか。

 

「そ、そんな物まで薬の材料にするのか!?」

「落ち着かれよハラデテンド伯」

「し、しかし法主。リグニア石などと……」


 そうだ。ハラデテンド伯爵だ。

 どっちにしろ、ハラデテル人。

 ハラデテンド伯爵は法主様に窘められながらも、まだゴニョゴニョと何かを口ごもっておられる。


 落ち着け、おっさん。


 所で、リグニア石って何だろう。


「ユニコーンの角と並び、ヒーリングの効果を持つ事で知られる魔石の事です。あらゆる怪我や病気を治すユニコーンの角程の効果はありませんが、特に病気に対しては、万病の薬として扱われる程に幅広く、その効果を見せるそうです」


 すっとリーンシェイドさんの解説が入った。

 聞かずとも教えてれるリーンシェイドさん。

 マジナイス。

 ちょっと怖いなんて思ってません。

 何でいつも聞く前に答えられるんだろう。


「そんなのがあるんだ。……で、それで何であのハラデテンドのおっさんは顔を青くしてるの?」


 ハラデテンドのおっさんの様子に、ヒソヒソと声を押さえて聞いてみる。

 驚きようが何となく気になる。


「リグニア石はリュンクスという、大きな山猫のような魔物の胎内でのみ精製される魔石だから、だと思います。リュンクスはそれほど強力な魔物ではありませんが、手に入れるにはそれなりに危険が伴いますので」

「……もしかして、稀少品だったり?」

「ありふれた魔物でもありますので、流通量はそこそこあると思われます。ですが、決して安くもないかと」


 なるほど。

 お値段がはるのね。


「リグニア石の粉末とは……。それでアネッサ。最後のこの球根のようなものは? これは一体、何の球根なのかね」

「この球根ですが、これは……」


 法主様に促されて、アネッサさんが最後に残った球根を指し示す。

 一摘み程度の、干からびた茶色い球根だ。


「これは?」


 芋茎、リグニア石ときて、みんなの視線が集中する。

 アネッサさんがキリッとした表情で顔をあげた。


「分かりません」

「……。分からない?」


 自信満々で答えるアネッサさんに、みながさらにつめよっていく。


「はい。分かりません。というか、これを見ただけで特定するのは、かなり困難だと思われます」

「それを判別するためにお前を呼んだのだっ! 分からないで許されるかっ!」


 ハラデテンドが吠える。

 自分だって分からないクセに、何をそんなに威張ってんだか。やっぱり何かコイツ、好きになれない。


「分からない……、か。確かに球根だけを見て判別するのも難しい上に、これだけ干からびていては……。無理も無い」


 怒鳴り散らすハラデテンドのおっさんを押さえて、法主様がアネッサさんを庇う。


 後の二つは分かったんだから、それでも殊勲賞もんだと思う。

 けどアネッサさんはそこで、うーんっと首を捻った。


「多分これじゃないかなぁと、思い当たるものはあるんです。ですがあとの二つが服用を前提としているものなので、まさかとも思いますし……。確証がある訳ではないので、これだ、とお答えする訳にはいきません」


 難しい顔をして、首を捻り続けるアネッサさん。

 今一つ的を得ない返答に焦らされるおっさん達。

 みなの思いを代弁するかのように、聖女様が問い質す。


「アネッサ。思い当たるものは、……あるのね」

「あるにはあるのですが……。何とも言えません」

「リコリスだがね」


 言い淀むアネッサさんとは別の人物の口から、答えが出てきた。


 周囲の視線が、はっきりと断言したベルアドネに集まる。

 アネッサさんもベルアドネを見上げて、……止まりそうな所を聖女様にスパーンとはたかれた。


 ベルアドネは一つ息を吐いて、さらに続ける。


「リコリスの球根で間違いないがね。見た所、毒抜き前でやーすな。よう乾燥させとらっせる」

「やっぱり……。リコリスなんですね」


 アネッサさんの見立ても同じだったのか、より難しい顔をしかめるように、肩を落とした。


 ……何か暗くない? 何で?


「い、今、毒と聞こえたぞ!? どういう事だっ!?」


 いち早くベルアドネの言葉に反応を返したのは、やっぱりハラデテンド伯爵だった。

 顔を真っ赤にして怒ってらっしゃる。


 何故そこであんたが怒る。意味分からん。


「リコリスは毒草ですから。中でも球根に一番毒があるそうです。乾燥して体積が縮んでいますが、元の大きさを考えると……」

「これ一つじゃ致死量にはならせん。安心しやーせ」

「ベルアドネさん。アネッサ。これは、リコリスの球根で、本当に間違いないのですか?」


 毒だと聞いておっさん達が及び腰になる中、聖女様が難しい顔をしている二人に再度、確認する。


「わんしゃの実家がある土地は、元々リコリス、地方によってはヒガンバナとも呼ばれるこの花の、一大群生地でやーした。今ではだいぶ切り開かれとるが、それでも小さい頃からすぐ身近で見てきとらーす。わんしゃがリコリスを見間違うハズもありゃせんがね」


 ヒサカの地、だよね。

 確か魔王様からも、その話を聞いた覚えがある。

 ベルアドネ達の住んでいる現ヒサカ領は、元々誰も近寄らない、リコリスの一大群生地だったのだと。


「……分かった。ベルアドネさんがそう言うのなら、まず間違いないのだろう。薬草の中には単体では毒性のあるものもあると聞く」


 法主様が取り繕うかのようにまとめに入った。

 咳払いを一つして、みなの耳目を集める。


「大事なのはリコリスが毒草であるかどうかよりも、これらの材料を処方して出来る薬と、その薬が必要となる病気の特定にある。アネッサ。これらを処方してできる薬は、何の病気を治す為のものなのだ? キミの見解を聞かせてくれないだろうか」

「ありません」


 アネッサさんが即答する。

 あまりの即答ぶりに、みなが固まった。


「どういう事なの? アネッサ」

「外用薬ならともかく、リコリスの球根を丸ごとを処方する薬なんて、聞いた事もありません」


 続くアネッサの言葉に重い沈黙がおりた。


「これは本当に……、薬の処方なのですか?」





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る