♯68 聖都からの招待状
「魔王様、あなたはマオリですか?」
ここ数日、口に出せないままの疑問が胸に突き刺さる。
まるで喉の奥に刺さった小骨のようだ。
いや、骨だと痛いからリンゴにしよう。
まるで喉の奥に刺さったのリンゴようだ。
どんなんだ? 刺さるのか?
……。
……落ち着かない。
市場でデートっぽい事をした時の魔王様が、本当に魔王様の素顔なのだとしたら……。確かに似ている。
いや、似ているというレベルの話ではない。
ほぼほぼ、本人そのものだ。
端正でいて、色気のある感じになっていた。
線が細い感じなのに弱々しくは無く、すっと通った鼻筋も、意思の強そうな目元も、十分に私好みに……。
……。
……。
私好みって何じゃい。
悶々とした気持ちと枕を抱えたまま、自室のベッドの上でゴロンゴロンと転がり回る。
大きめに作られたベッドは実に転がり甲斐がある。
「っだぁぁぁあああああっ!」
大の字になって暴れてみても、モヤモヤが晴れない。
魔王様がマオリなのかどうか。
ただそれを確かめるだけの事なのに。
ただそれだけの事が出来ない。
何だこれは。
呪いか? 呪いだ、絶対。
「魔王様、あなたは……、イボ痔ですか?」
これなら多分聞ける。
特に聞きたかないけど。
実際にイボ痔だったらどうだという話でもある。
どうなんだ?
それとも切れ痔だったりするんだろうか。
どちらにしろ痛そうだ。
あれでいて座りっぱなしの仕事が多そうだから、お尻にダメージが蓄積すると、それはそれで大変だよね。
排便時には是非ともリラックスしていていただきたい。
スッキリ快便。さっぱり爽快。
ストレスとかも多そうだし。
便もストレスも、溜めてはいけない。
……。
……。
何で魔王様の痔の心配してるんだろう。私。
ボフッとひっくり返って枕に顔を沈める。
がぅっ。
何だかこんなの。私らしくない。
自分が自分でないみたいだ。
チラッと目線を上げると、美貌の鬼娘がしれっと部屋の中で佇んでいた。
……。
「……見てた?」
「何をでしょうか」
「……いつからそこに?」
「おそらくイボ痔は患っておられないと思われます」
そこからかいっ!
「何度もお呼びしたのですが、お耳に入られてないご様子でしたので。こうしてお待ち申し上げておりました」
「……。何かごめん」
「いえ。中々見られない姿を拝見出来て、大変楽しく和ませていただきました。ありがとうございます」
「……今の謝罪を返して下さい」
……最近、リーンシェイドが分からない。
たまに真顔でしれっととんでもない事言うよね。
どこまでが本気なんだろうか。
「陛下よりレフィア様をお呼びするようにと仰せつかりました。よろしければお支度をしてもよろしいでしょうか」
「魔王様が?」
珍しい。……何だろう。
あえて呼び出すなんて、あんまりしないのに。
でも、これはチャンスかも。
ここは覚悟を決めて、思い切って聞いてみよう。
そうすればこのモヤモヤもきっと晴れる!
うん!
私はさっとベッドの上から跳ね起きた。
速攻で着替えて廊下を走り抜ける。
取り次ぎも待たず、魔王様の執務室の扉をバーンッと押し開いて中へと飛び込んだ。
「魔王様はイボ痔ですか!?」
「突然すぎるわ! 知るか!」
駄目だ……。
やっぱり面と向かっては聞けなかった。
「……じゃあ、やっぱり切れ痔なんですね」
「何がじゃあなのかは知らんが、まずケツから離れろ。朝から訳の分からん事を……。とりあえず取り次ぎはしろ」
「はっはっは。相変わらず元気な娘だがね」
すでに見慣れた執務室には二人、魔王様とシキさんが待っていた。
魔王様は相変わらずの鎧姿だ。
あの日以来、指輪をつけて鎧を脱ぐ事はない。
二人は書類を手に、部屋の中央辺りで向かい合って立っている。
相変わらず書類仕事に追われてるっぽい。
「今日はあの指輪はつけないんですね」
「ん? 城の中で俺を俺と分からなくしてどうする?」
言われてみれば、それもそうか。
幻惑がかかってるかどうかはともかく、認識阻害はしっかりと組み込まれてるんだっけか。
チラリとシキさんの様子を伺いもするが、シキさんの表情からは何も推し測れそうにない。
いつも通りのゆったりとした微笑みを返される。
うーん。ままならぬ。
「……今日は何かご用があると聞きました」
「ああ、そうだ。レフィア。お前、家族に会いたいか?」
「……はい?」
突然振られた内容に、思わず聞き返してしまった。
家族に会いたいかどうか。
そんなの、考えるまでもない。
「そりゃ会いたいですけど、どうしたんですか? 突然」
「なら、会いに行くといい」
「……すみません。意味がよく分かりません」
勿体ぶった仕草で魔王様が首肯く。
この、もって回ったような言い方は何だろね。
魔王様の癖なんだろうか。
あんまり良い癖じゃないよ? それ。
手元の書類に視線を落とし、その中からガサゴソッと、一通の書状らしきものを取り出した。
一見して上等そうな紙質なのが分かる。
「実は先程アリステアから親書が届いてな。今その事についてシキとも相談していた」
「親書、ですか? ……珍しいですね」
「聖女からだ。先日の件もあって、お前を聖都に招待したいと言ってきている」
「聖女様が、……私を?」
確かに、落ち着いたら一度お話ししたいと約束はしてたけど、……その事だろうか。
まさか国を背負っての親書で招待されるとは思ってなかったけど。
「保有する魔力量というのは、すなわち魔法を使う為の素質でもある。聖女が言うには、お前のその素質を遊ばせておくのは勿体ないのだそうだ。……確かに。それだけの素質があって使わない手は無いわな」
「魔法の素質が……、あるんですか? 私」
聖女様がそんな事を……。
魔法の素質。素質か……。
もしかして、魔法使いになれちゃったりするんだろうか。
……私だって、神話伝説に憧れる夢見る乙女だもの。魔法の素質があると言われれば、多少嬉しくもある。
にわかには信じがたいけど。
「それはシキも認める所だそうだ。ただ、魔力にも色々と適正というものがあってな。どうやらお前の魔力は、神聖魔法に高い適正があるらしい」
「おぉー。何かワクワクしてきました」
神聖魔法ってあれだよね。
聖女様がバシバシ使ってたヤツ。
あれとおんなじ適正があるんだ、私。
聖女様と一緒って、何かちょっと嬉しいかも。
「問題は、神聖魔法はその性質上から、魔の国にそれを使える者がほぼいないと言う事にある」
「……いない? 」
「詳しい説明は省くが、お前の魔力は神聖魔法に飛び抜けて高い適正がある分、他の魔法に対しての適正がほとんど無いらしい。お前の素質を遊ばせておくのは勿体ないが、その素質を伸ばす術が、この魔の国には無いんだ」
「……ありゃま」
「……そこでこの聖女の提案だな。何でも聖女が直々にお前に神聖魔法を教えたいのだそうだ。その為にも、お前をアリステアまで招待してもいいのかと聞いてきている」
「え、って事は私、直接聖女様から魔法を教えてもらえるんですか!? 凄いじゃないですか!?」
何その特別待遇。
私なんかの為にそこまでしてくれるの?
逆に聞きたい。何で? 何でそこまでして。
「……とまぁ、表向きは個人的な招待としてあるな」
「……表向きは? って事は、……裏向きの理由もあるんですか?」
「裏向きというか何というか……」
魔王様がシキさんと軽く目配せをする。
「魔の国とアリステアの間で協定を結びたい旨も同時に伝えてきた。これまでのいがみ合う関係を改善したいのだそうだ。……法主達のひととなりを知らなければ疑ってかかる所だが、アイツらを見た限りでは、……まぁ、本気だろうな」
「物好きである事は確かでやーすが、話し合うに足る、ある程度までは信頼の出来る人間である事も確かだがね」
「協定って、アリステアと魔の国とがですか? ……何か凄いですね。そんなの今まで聞いた事も無いです」
「前提としてあちら側がこっちを『国』として認めてこなかったからな。だからこそ『親書』という形を取って、まずこちらを『国』として認めた上での、提案だ。そういう事であれば、こちらも話に乗らない事も無い」
何だか事が大きくなってる気がする。
「だがまぁ、隔絶していた時間が時間だけに、一足飛びに協定にまでは持って行けないだろう。そこに至るまでの準備の為の話し合いだな。それが出来る者をレフィアの付き添いとして誰か寄越して欲しいそうだ」
「あれ? っていう事は、私を招待云々っていうのはそれを隠すための建前……、って事ですか」
「だろうな。突然『魔の国と協定を結びます、その為の話し合いをします』と言って使者を迎えいれる程には、これまでがこれまで過ぎる。打倒な配慮だと思う。ただまぁ、建前としてでもお前に神聖魔法を習得させてくれると言うのは、こちらとしてもメリットが大きい」
「なるほど……。何か色々あるんですね」
「シキとも相談した結果、これを受ける事にした。あの法主達であればお前を拘束したりもせんだろうしな。レフィア行ってみるか?」
「あ、はい。もし良いのであれば、是非行ってみたいです」
「ついでに家族にも会ってくるといい」
「……あ、そっか。……そういう事か」
ようやく、事の次第に納得が出来た。
大手を振って魔の国と聖都を行き来出来るのであれば、そのついでにマリエル村に寄る事も出来るだろう。
何だかんだ言って、私の事、ちゃんと考えていてくれるているんだなぁと実感する。魔王様。
お父さんもお母さんも、ルルリにロロラも。
久し振りに会いたいかと言われれば会いたい。
結構突然な別れ方してきたのも事実だし。
これ。結構喜んでいい事なんじゃないだろうか。
「ありがとうございますっ!」
うん。これは喜ばしい事だ。
ただ……。
魔王様と離れるのも、ちょっと寂しいかな。
うん。寂しい。
ここは認めよう。
私は、この魔王様の側にいたいと思っている。
これは偽らない正直な気持ちだ。
ここを誤魔化しても仕方がない。
「聖都に行って、家族に会って。……そして戻ってきます」
「ん? ああ。そうして欲しい」
「はい。戻ってきます」
「……レフィア。お前」
「そしたら、ちゃんと。決めたいと思います」
今の私はどんな顔をしているだろうか。
ちゃんと真っ直ぐに前を向いていられてるだろうか。
ちゃんと戻ってくる。
そして、ちゃんと返事をしよう。
いつまでも目を背けていては駄目だ。
「……分かった。お前が戻るのを待っている」
「はいっ!」
……。
……。
この流れ。この雰囲気。
今なら……。
今なら聞けるかもしれない。
「魔王様」
「ん? どうした?」
ごくりと唾を飲み込んで、拳を握り締める。
大事なのは勢い。勢いだ!
「魔王様は、ま……」
マオリですか?
「ま?」
「ま……」
言える。
今なら言える。
聞け!
聞くんだ!
「……レフィア?」
「まっ……」
魔王様はマオリですか?
ただそれを聞くだけでいいんだ。
言えっ!
言うんだっ!
魔王様は。
魔王様はっ!
魔王様のその兜の下は……っ!
「ま横にハゲますっ!」
はぐぅぅうううぉぉう。
……やっぱり無理です。ごめんなさい。
「……何故断言する。地味に嫌だな、それ」
魔王様の呟きを背に私は逃げ出した。
いても立ってもいられずに走り出す。
うがぁぁぁあああああっ!
何で!? 何で聞けないんだ!?
ごめんなさい。
自分の情けなさが恥ずかしいです。
……はぁ。
何だろう。
何か変だ。私。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます