♯67 爆・弾・発・言



 市場からは早々に魔王城へと戻った。

 屋台グルメは十分に堪能出来たし、気も晴れた。


 これが所謂デートであったかどうかは、……まぁ、100歩譲ってデートであったのだとしても、それなりに楽しかったのは認めざるをえない。


 なので深く考えない事にする。


 市場で見つけた吹き戻しを咥え、ピーヒュルルと吹いたり戻したりしながら、魔王城の廊下を宮へと戻る。


 やっぱり魔王様もそれなりに忙しいようで、お城に着くなりシキさん達に連れられて行ってしまった。

 ほんの少しの間だけでも時間を取ってくれた事に、今は素直にありがとうと言っておく。もちろん、心の中で。


 別れ際、シキさんに微笑まれた。


 一瞬ドキリとして、硬い笑顔を返してしまったけど、あれは一体何だったんだろうか。


 ピーヒュルル。


 分からん。


 見た目は完全に童女なのに、どこか敵わないというか。こちらの何歩も先を見透かされてるというか。

 生きてきた経験の差ってヤツかもしんないけど、シキさんが何を考えてるのか、さっぱり分かんない。


 分かんないのは、魔王様もだけど……。


 いや、あれはあれで、実は単純なのかも。

 すっごい下らない事とかで悩んでいそうだ。

 シキさんとはまた違うか。


 うーん。やっぱり分からん。


 ピーヒュルル。


 考え事をしながら、宮に戻る途中の、廊下のど真ん中に転がっていたボロクズの脇にしゃがみこむ。

 何か触りたくないので、吹き戻しを伸ばしてつついてみる。


 駄目でしょーが。

 こんなものを、廊下のど真ん中に転がしておいたら。


 ピーヒュルル。


 ピクッ。


 ……お、動いた。

 まだ生きていたか。しぶとい。


「……何しとらーせる」

「考え事」

「……他でしやーせ」


 ピーヒュルル。つんつくつん。


「ねぇ。シキさんって、何考えてるんだろうね」

「……わんしゃに聞きやーすな」

「あんただから聞いてんじゃん」


 親子でしょ?


 あれから、クスハさんと同じように、やっぱりシキさんも魔王城に出仕する事になった。

 ファーラット達を内側に抱え込んでいた天魔大公クスハさんとは違って、魔王様と幻魔大公であるシキさんとの間には、特にこれと言って問題など無い。むしろもっと早くに協力体制が整っていてもおかしくはなかったらしい。

 事実。シキさんはそのつもりで魔王城に遣いを出したそうなんだけど、出した遣いが悪かった。


 この目の前に転がってるボロクズお嬢さん。


 ピーヒュルル。


「あんたもあんたで、何考えてるんだか」


 魔王様と幻魔大公とでどのように協力していくか。それを話し合う為に、シキさんの名代として遣わされたハズのこのお嬢さん。

 魔王城で謁見した際、魔王様に一目惚れし、本来の役目も忘れて猛烈なアプローチをかましまくってたらしい。

 自分の嫁入りの為だけの。


 ……おいおい。


 にもかかわらず、録に相手にもされずに勝手に落ち込んで勝手に諦めて、そのまま何もせずに帰ろうとしていた。

 

 いや、事実一回帰ってるよね。

 何でか知らんけど、もう一回戻ってきたってだけで。


 ……馬鹿だろ、お前。


 中々帰らない馬鹿娘を案じながらも、ヒサカ領は魔の国でもかなりの僻地。そう易々と様子を見に行く訳にもいかない。

 そこで盟友であるクスハさんに頼んで、魔王城へと連れて行ってもらおうとしてた所に、ばるるんが事の次第を報告に現れ、今回の事を知ったらしい。


 クスハさんはクスハさんで、姿を消したアスタスの行方を探している最中だったらしく、ばるるんからファーラット達の事を聞いて、もしやと思い、駆けつけたそうだ。


 ……。


 ……。


 これ、思うんだけど。

 最初からこの馬鹿娘がちゃんと仕事してたら、シキさんと魔王様との協力体制ももっと早くに成立して、盟友であるクスハさんを、シキさんが取り成す事も出来たんでないかい?

 そうすればアスタスも、あんな馬鹿な事しないで済んだような気もする。 


 ……全部コイツが悪いんじゃね?


 ピーヒュルル。


「……妙なもんでつつきやーすな」


 現在シキさんは魔王様の内政補助をする傍ら、この馬鹿娘に再教育という名のシゴキを入れてらっしゃる。

 傍目から見てても中々スパルタな内容で、連日連夜、よくもまぁ死なずに生き延びてるもんだと感心もする。

 

 今日は確か出掛けに、丸腰で魔王城の地下迷宮2Fに放り込まれるのを見た気がする。


 やる方もやる方だけど、それでも何とかこなすコイツも、これでいて相当タフだよな……。


 シキさんが魔王城に勤めるに辺り、今までベルアドネが使っていたヒサカ様式の部屋は、シキさんのものになった。


 ……なった、というか、親子水入らずで同じ部屋を使うと言い出したシキさんから、コイツが逃げ出しただけだど。


「こんな所で寝転んでないで、早く部屋に戻ったら? 邪魔だよ? 普通に」

「も、もう一歩も動けやーせん。……レフィア。お願い」


 逃げ出すのは構わないんだけど、よりにもよってコイツ、白の宮に転がり込んで来やがった。

 部屋の数だけなら他にも、それこそ山のように魔王城には有り余ってるっていうのに、迷惑この上ない。


 まぁ、広さだけならとことんあるし、宮の中でも一部分しか使ってなかったから、構わないっちゃ、構わないんだけど……。


 こうして甘えてくる事もしばしば。


「……毎度毎度、しょうがないなぁ、もう」


 宮にまで戻れず、廊下の途中で力尽きたボロクズ娘をよいしょっと背負う。

 同じ位の背丈なのに簡単に背負えて、これがまた意外に軽いのがムカつく。


「これ持ってて」

「珍しいもん持っとらーすな」

「うん。市場で買ってもらったの」


 ピーヒュルル。


 ベルアドネに渡したら、当然の如く背中で遊びはじめやがった。……仕方ないか。

 何だか不思議と、やりたくなるよね、それ。


 ひたすら面倒臭い甘えッ子を背負って歩きつつ、ふと今日の事を思い出す。


「あんたもシキさんも、何だか凄いよね。ヒサカの秘術ってヤツ? 色々と不思議な魔術具をポンポン作って。正直、そこだけは素直に凄いと思う」


 魔術具なんて、今まで全く縁も無かったしね。


「藪から棒に何ね。気色悪い。もっと褒めやーせ」

「私も、あんた達みたいに魔術具の一つでも作れたら、何か、誰かの役に立てるのかなーって」

「人それぞれ、色それぞれだがね。おんしゃがわんしゃと同じ事が出来たって、別に何も変わらせんがね。……こうして、面倒見てくれとるだけで御の字だわ」


 ベルアドネのくせにまともな事言いやがる。

 無い物ねだりなのは分かってるんだけどね。

 それでもやっぱり、思う所はある訳で。


「大体、勘違いしとらっせるようだが、おかあちゃんは術式には詳しくても、魔術具作りはあまり得意でねぇだて。おかあちゃんの使うのも含めて、ほとんどわんしゃが作っとるだでよ」

「へぇ……、それもちょっと意外」


 何も根拠もなく、全てにおいてシキさんがベルアドネを上回ってるかと思ってた。うん。ごめんね。

 中々やるじゃん、ベルアドネ。


「じゃあ、あの指輪も、ベルアドネが作ったの?」

「どの指輪の事でやーすか?」

「魔王様が持ってた、着けると周りの人にそれぞれ、その人の好みの姿に自分を見せるっていう幻惑の指輪」


 何か色々と凄い技術のように思えるけど、実際、私には魔王様がまるでマオリのように見えてたし。

 あれが私の好みかどうかはさておくとしても。


「わんしゃ知らんがね。何ね? その指輪」

「あれはベルアドネじゃないのか……。魔王様もシキさんからって言ってたし、あれはシキさん作なのかな?」

「そんなん。出来やせーんよ? 無理だがね」

「無理? 何が?」

「認識阻害だけならまだしも、人それぞれにその人の好みの姿に見せる? 指輪一つでどうやって見せる相手の好みを探りやーす。しかも幻惑をかけ続ける訳でやーすよな? 理屈から言って、そんなもん出来やーせんがね」


 ……。


 え?


「おかあちゃんに頼まれて認識阻害の指輪は作りやーしたが、それにしたって、すれ違う人が気づかなかったり、記憶に深く残らないようにするだけであって、じぃっと凝視されたりしたら効果も突破されてしまうでよ」

「……だって。……え? 確かに、……あれ?」

「第一、そんな指輪が作れるなら、とっくにわんしゃが陛下に使っとるがね」


 ……。


 ……。


 いや、待って。


 ……あれ? どういう事だ?


 幻惑の指輪なんて作れない?

 認識阻害?


 だって現に魔王様の姿はマオリに見えてた訳で。

 だからこそ、色々悩んじゃったりもした訳で。


 ……。


 魔王様の姿は幻惑じゃなかった?


 ……あれ?


 じゃあ、何でマオリに見えたんだ?

 認識阻害? 何それ?


「……急にどないしやーせたん?」

「……分かんない。ちょっと混乱してるっぽい」


 んな馬鹿な。


 今日一日見てた魔王様の姿が幻惑じゃなかった。

 魔王様の本当の素顔だったって事?


 いや、待って……。


 待て待て待て待て待て。

 ちょ、ちょっと待てぇぇえええ!


 一緒に過ごしていた間の、魔王様の姿が浮かぶ。

 懐かしみを感じる、成長した姿。

 妙に苛つく感じの自慢気な表情。

 どこか見覚えのある仕草に、怒ったり、落ち込んだり。


 ……目元を緩ませて、笑っていたり。


 ……。


 ……。


 マオリ?


 魔王様がマオリ?


 ──すぐ側にいますよ。


 セルアザムさんの言葉が耳に残る。

 すぐ側って、……。……え?


 さっきのシキさんの微笑みが、だんだんと意味深いもののような気がしてきてならない。


 あれは、……どういう意味で微笑んだんだ?

 分かってて仕組んだ? 誰が?

 シキさんが?


 ……は?


 混乱の極みの中、気づけば白の宮に着いていた。

 いつもの習慣からか、無意識の内にベルアドネを自分の部屋に放り込んでいたらしく、背中には誰もいなかった。


 自室で一人、呆然と立ち尽くす。


 ピーヒュルル。


 ……。

 

 ……。


 魔王様が、……マオリ?


 なんつー爆弾発言かましやがったんだ。

 あの変態残念馬鹿娘がっ!!





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