♯66 千の名前を持つ都
……一体何をしてくれやがる。
カタカタと震える膝を必死に支え、肩で息をしながら涙目で魔王様をギリリと睨み付ける。
罵声の一つでも浴びせてやりたいけど、奥歯がガチガチ噛み合わずに鳴っているのでしばらく待ってなさい。
「どんなに高い所でも平気なのに、飛ぶのは全く駄目なんだな。何というか、……意外だ」
っ放っとけ! ……って、まだ声が出ないので、代わりに呪いをかけておく。
ハゲろ。ハゲろ。ハゲろ。
横から斜めにハゲあがれ。
高い所だろうが何だろうがどこだって平気だ。
だけど空を飛ぶのにはどうしても慣れない。
足の爪先からスーッと血の気が引いてしまう。
自分でもこんなに駄目だなんて知らなかった。
だって村では空飛ぶ事なんて無かったもの。
空を飛ぶのが駄目だなんて、知らなきゃ知らないで一生を平穏無事に過ごせてた気がする。
村にいたままなら。
結論。やっぱり魔王様が悪い。
「そんなに睨むな。……一度、見ておいて欲しいと思ったから連れて来たのだ。……まさか奇声を上げるほど飛ぶのが苦手だとは思いもしなかったんでな」
「奇声なんて……、……、あげてません」
こぼれただけです。
心の声がほんの少しだけ……。
……。
何か悔しい。今に覚えてろよ?
魔王様の側に警戒しつつもズズリと移動して、外壁の歩哨からひょいっと顔を覗かせてみた。
こんな思いまでして登ったんだから、何を見せたいのかは知らないけど、見てやろうじゃないか。
壁面をなぞる風が勢いよく吹き上がる。
魔王城下の街並みが、どこまでも眼下に広がっていた。
雑多により集まった建物。
石造り、木造り、丸太に土壁、中には土を盛って穴を開けただけのように見えるものもある。
あれも建物なんだろうか。
建物の高さも様式もマチマチで、同じ様な建物を探す方が難しいかもしれない。
下にいた時は気づかなかったけど、こうして見ると区画も路地も何もかもがバラバラで、多種多様な家や建物がカオスに入り組みながら寄り集まっていた。
「ひどい眺めだろ。都市機能も何もあったもんじゃない」
広がる髪を押さえて、魔王様に振り返る。
「……言葉にならない迫力はあります」
むしろ、何と言うべきか言葉を失う。
これで都なのかとも思うし、膨大な建物の数に、さすが都だと圧倒されもする。
「この街の名前を知っているか?」
「街の名前ですか? ……えぇっと、知りません」
魔の国の魔都。魔王城のお膝下。
そりゃ街なんだから、名前ぐらいはあるんだろうけど、そういえば、誰からも聞いた覚えがない。
「マグナバータというらしい」
「マグナバータ……、ですか」
思ったよりも普通の名前だった。
マグナバータか……、やっぱり聞いた事は無いかも。
「その前はエビルパレス。その前がイリガル、マジェルハルト、アザッツバーグ、トレビアゾード、ルレストルブルグ、ニジエール。俺のお気に入りだとナルゴルモデスなんてのもあったな」
「……。何ですか、それ」
突然名前を羅列し始める魔王様。意味が分からず問いかけると、魔王様も軽く肩をすくめた。
ナルゴルモデスは確かに良い響きだ。
人の良い暗黒騎士とかが守っていそう。
「何せ魔王が代替りするたびに、勝手気ままに名前を付け替えて来たらしいからな。長い歴史の分だけ名前がある」
「なるほど。……納得しました」
なんじゃそりゃ。
街並みどころか名前すらカオスなんかい。
「あまりに変わり過ぎて、今じゃ誰も名前なんて気にしやしない。この街を呼ぶ時は全部ひっくるめて魔王城と呼ぶか、『千の名前を持つ都』と皮肉を込めて呼ぶらしい。上手い事言うよな、実際」
「『千の名前を持つ都』ですか。何かそれだけ聞くと、いかにも魔都!って感じですね」
実態はよせ集めかき集めのゴチャマゼタウン。
長い年月を積み重ねてきた重みはあるけど、確かにこれでは都市機能だの計画設計だのとは縁遠いものがある。
……でも、とも思ってしまう。
言う通り、何の計画性もへっくれもない、見事にバラッバラな街並みではあるんだけど。
……確かに綺麗だとは言い難い街だけど。
「だが俺は、これも悪くないと思ってる」
「……え?」
丁度、考えてた事と同じだった所為か、魔王様の呟きに大きく反応してしまった。
意図せず目が合ってしまった事に、少し照れる。
魔王様は目元を優しく緩ませて、笑った。
「変……だろ? 自分でもそう思う。こんなチグハグな、寄せ集めみたいの街の、どこが悪くないんだって」
「あ、いえ。そういう意味ではなかったんですけど。……私も、同じ事を考えていたので、つい」
魔王様の隣に並んで、街並みを見渡す。
「あまり上手くは言えないんですけど、何て言うか、……こう、みんな一生懸命生きてる!って感じが、どどどばどん!ってするじゃないですか」
「何語だそりゃ……」
「ふぃーりんぐです! ふぃーりんぐ! 何だかこう、見た目も育ちも、それこそ種族さえ違うみんなが集まって、頑張って、全力で、生きてやるんだーっ!って感じが。確かに見た目はあまり綺麗とは言い難い景観ですけど、それでも、こう、全力で生きてる!って街全体で叫んでるみたいで、私は……。そう悪くもないんじゃないかなと」
上手く言えなくてもどかしい。
けど、雑多に寄り集まった建物も、家も、区画も。
そうして生きて、生き抜いて来た時間の結果なのだとしたら、それはもう、そこで暮らして来た命の軌跡なのであり、とても尊いもののようにも思えてくる。
……言い過ぎかな。
「例えチグハグな街並みであっても、一つ一つに思いがあると思えば、……うーん。何て言ったらいいんでしょうね、これ」
「どうだろうな。俺は飾らない命の形が目に見えているようで、嫌いじゃないけどな」
「気障っぽく攻めてきましたね。似合いませんよ?」
「言ってろ」
どんなに格好悪くても、生きてていいんだ。
魔王城下の街並みはまるで、そう声高に主張しているかのように思えた。
「魔王様はこの街にどんな名前をつけたんですか?」
「ん? 俺か?」
「魔王様が代替わりするたびに、名前を付け替えて来たんですよね? 今世の魔王様は名前をつけないんですか?」
「俺は……、まだつけてないな。それどころじゃ無かったってのもあったし」
忙しそうにしてたもんね。色々と。
下らない事もしてましたけどね。色々と。
「……私から言い出しておいて何ですけど、今日はよくこんなにゆっくりと時間が取れましたね。……大丈夫なんですか?」
「ああ。四魔大公の二人が味方についてくれたのが何よりも大きい。二人とも自領から優秀な者をどっさり呼び寄せてくれたんだ。おかげで人手も何とか行き渡って、半日程度であればこうしても時間も取れるようにもなった」
「おぉー。凄いじゃないですか」
「あんまりサボり過ぎると後がとんでもなく怖いけどな」
おどけて言う魔王様に、つい連られて笑ってしまう。
シキさんもクスハさんも、見た目はああだけど、怒らせると目茶苦茶怖そうだもの。
「そうだな……、街の名前か。レフィーリアとかどうだ?」
「止めてください。マジで。ドン引きです」
「そうか? 割と有りだと思うが」
「無しです。こんな生命力の塊みたいな街に、私なんかの名前なんて付けないで下さい。似合いません」
小っ恥ずかしいにも程がある。
どこぞの皇帝でも王様でもないのだよ? 私は。
魔王様は悪戯っぽく目尻に皺を寄せて笑っている。
……趣味の悪い冗談、だよね?
本気で付けたりするなよ?
どこか信用の置けない魔王様の様子に、それでも、少し気の晴れている自分に気付く。
まぁ……。楽しかったし。
もう、いいかな。
「魔王様」
「ん? どうした?」
「あんな人形を作る程に、悶々としてたんですか?」
「ごほっ! ごふっけほっ、と、突然蒸し返すか」
慌てて息咳き込む魔王様。
そりゃぁまぁ、このままなし崩しにされてしまうのも面白くないので。
ジト目でねめつけてやると、さらにしどろもどろになっていく魔王様に、溜飲が下っていくのが分かる。
……やれやれ。だね。
「もうあんなの、作らないで下さいね?」
「あ、ああ。もちろんだ。そもそも俺が作った訳じゃない」
「使うのもなしですよ?」
「……その、何だ。すまなかった」
「本当ですか?」
「本当だ。約束する」
「信じますよ」
「ああ。大丈夫だ」
偉ぶってるけど、年下だと思うと可愛くも見えてくる。
真面目だよね。本当に。
「そんなに見たいなら、人形なんかじゃなくて、今度は直接言って下さいね」
「ああ、分かった。直接……、……。直接?」
キョトンと目を丸くする魔王様の前で、わざとらしく手を胸の前で重ね、モジモジっとしてみる。
っていうか、目を見開き過ぎじゃね?
……気のせいか血走ってるし。
「そんなに自信がある訳でもないんですけど、それでも、どうしてもって言うのであれば……」
「どどどどどうしても!?」
チラッと上目遣いの視線を向けると、キョドりまくる魔王様がこれ以上に無いくらいにどもりまくる。
「ほほほほほ本当に!? 嘘じゃないよな!?」
「嘘です」
一瞬にして凍りつく魔王様。
「本気にしないで下さい。引きます」
「だよな……。だよな……」
本気でしょぼくれる魔王様。
そんなこの世の終わりみたいな顔せんでも……。
いじけるなよ。
でも、しょぼくれた魔王様があまりにも可笑しくて。
やばい。笑いを噛み殺しきれない。
「くくっ。くくくくくっ……」
「……おまっ、わざとからかいやがったな!?」
「これでチャラですからねーっ」
「ゆるさんっ! ゆるさんぞぉ!」
きゃー。
そんな涙目になってまで怒らなくても。
何を期待してたんだか。
そんな事、言う訳もないでしょーに。
しばらく不毛な追いかけっこをした後に、二人で外壁の下へと降りた。
今度はちゃんと階段で降りましたとも。
もちろんです。
さて。屋台めぐり第2ラウンド再開じゃー!
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