♯65 はい。これはデートです
はい。これはデートです。
でも、そんな事はどうでも良いのです。
今はそれより何よりも、ハラヘリMAXな胃袋事情の解決をこそ優先すべし!
とりあえず、お腹すいた。
一番大きなメインストリートを南に進み、雑多な商店が軒を連ねる一角を抜けた所。外壁の内側までの少し開けた大通りに、市場は開かれていた。
「ふぅわあああぁぁぁぁおぅ……」
立ち並ぶ露店と出店、行き交う人々の数の多さとその規模に、おもわず感嘆の声が出る。
市と言えば半年に2回、隣の村で開かれる物しか知らない私はそれでも、田舎の市場よりは規模も大きいだろうと期待はしてた。
……期待はしてたけど、私の貧弱な想像なんか軽くはね飛ばされてしまう程に、魔の国の市場は広くて大きくて、人と物とで溢れていた。
人の数と威勢に自ずとテンションが振り切れる。
見慣れた生活道具から葉物や根菜、穀物に至る食料全般。見た事のない酒や何だか分からない肉を切り分けたブロック、怪しげな小道具まで雑多千種の商品が、所狭しと露店に並べられていた。
それらを買い求めるお客さんもまた多種多様で、すでに見慣れた獣人達をはじめ、オーガに小鬼、巨人に有翼人種と、魔の国に住む種族の博覧会のような感じになっている。
すごいね、これは。
そして屋台。
何はなくともやっぱり屋台。
市場に買い物に来たお客さん達の小腹を満たしたり、朝から露店を開いてる人達の為にも、露店の脇にはずらりと屋台が並ぶのが一般的で、そういう所はやっぱりおんなじだった。
いやっほぉーいっ!
隣村の市場へ露店の手伝いに行ってた時も、私の大本命はこの市場に並ぶ屋台にあった。
こうした屋台では揚げ物や焼菓子を売っている事が多く、不思議と心引き寄せられる。
さっそく手近な屋台へと突撃をかます。
「おじちゃーん! それ一本ちょうだい!」
「あいよ! 焼きたてを渡すからちょっと待ちな」
長めの木串に、切り分けた肉片を豪快に差し込み火にかける。赤い身に火が通りはじめ、ジュワッと溢れでる肉汁が赤々と燃える火種の上に跳ねて軽快な音を立てた。
くるりと軽やかに串をひっくり返すと、ほどよく焼けた肉の具合に思わず喉がなる。
特製であろうトロリとした茶黒のタレをハケでひと塗りすると、それだけでもうヨダレが止まらない。
やばい。旨そう。
タレがあぶられる香ばしい匂いに我慢しきれずにいると、ひょいっと、おっちゃんがその串を取り上げ、厚紙にくるんで手渡してくれた。
「はいよ、お待ち。嬢ちゃんよっぽどハラが減ってんだな。熱々だから慌てて食うなよ」
「ありがとーっ! おぉーっ! ボリューミー!」
早速がぶりと食いつてみる。
「あつっ!」
かぶりついた所から熱々の肉汁がブワッと口元に弾けて飛んできた。
思わず口を串から離してしまったけど、口の中に残る香ばしいタレと肉汁の旨さが、火傷の痛みを忘れさせる。
熱い。でも旨いっ! でも熱い。でも旨い……。
「……何やってんだ。お前は」
「ひゃって、おいひいへど、はふっ、あふいんれす」
「食べながら喋るな。市場へ行きたいって言って、さっそく屋台に直行するのか」
「んぐっ。ん。……だって、市場と言えば屋台、屋台と言えば市場じゃないですか。リー様は屋台、お嫌いですか?」
「……。嫌いではないな。むしろ好きだ」
「だったら……。どんどん行きましょうどんどん! 次はあれ! あれがいいです!」
「ちょっ、待て! まだ俺の分が焼けてないだろっ! 先に行くなーっ!」
そこかしこからタレの焦げる香ばしい匂いと、とろけるような蜜のあまーい匂いが漂ってくる。
ぐるりと巻いた羊の腸詰。衣をつけてサクッと揚げた一口大の鶏肉。ベーコンとホウレン草のキッシュを一欠片切り分けてもらい、隣の屋台で揚げているパンのような物にも目を奪われる。
油物の次は勿論甘味だ。
ホロホロと口の中でほどける小振りのクッキーを一袋。硬めの生地に蜜を練り込んだパンや、小さなリンゴを蜜で固めた飴。ドライフルーツをふんだんに乗せて焼いたタルトを一片、トロリとしたヨーグルトに煮詰めたジャムをたっぷりとかけたものを、さらに薄く焼いた生地でくるくると巻いたクレープ。
旨い。甘い。幸せだ。
何これ。何だこれ。
やばい。今私、最高に満たされてる。
両手いっぱいにかき集めた戦利品たちを、気の向くまま、よりどりみどりにかぶりつく。
何で私には口が一つと、手が二つしか無いんだろう。
もどかしさに悶えながらも、込み上げる幸福感に心とお腹が満たされていく。
屋台最高! 買い食い万歳!
「……よくそれだけ食えるな。一周まわって感心する」
隣で串焼きをモグつきながら今日のパトロンが感嘆の声を漏らした。
だって美味しいし、楽しいんだもん。
最後の一口となったクレープの欠片を頬張って、指についたジャムをペロリと嘗めとる。
うん。満足満足。
「……ええっと、次はどれにしようかな」
「……まだ食うのか」
ずらりと並ぶ屋台達。これだけあったら、片っ端から堪能しつくさないと勿体ない。
お金の心配をしなくて済むのもありがたいし。
さすがに今日は魔王様々にございます。
次の獲物を物色してると、とある屋台で売られている物に目が止まる。一口大のまるっこいプニプニしたものが、商品台に山のように積まれていた。
……何だろうこれ。初めてみる食べ物だ。
興味を惹かれて近づいてみると、何だかほのかに甘い香りがする。お菓子の類いだろうか。
疑問に思って眺めていると、後ろから魔王様が屋台を覗きこんできた。
「お、花餅じゃないか。珍しい」
「ハナモチ……、ですか? って近い近いです!」
声に振り向いたら目の前に魔王様の顔があった。
不意を突かれてドキリと鼓動が跳ね上がる。
「あ、悪い。……これはお前も初めてだろ、ヒサカの所の名物で他ではあまり見かけんからな。物は試しだ食ってみろよ」
「ヒサカって、ベルアドネの実家ですよね。へぇ、名物なんだ……。初めて見ました」
魔王様が売り子のお姉さんに代金を支払い、いくつかを紙に包んで手渡してくれた。
白くて丸くてちっちゃい。
この甘い匂いは桃の香りだろうか。
一つ摘まみ取ると、見た目の通りのプニプニとした感触が指先に気持ちいい。
一口大なので、そのままひょいっと頬張った。
「あ……。これ、美味しい」
クニクニっとして口の中で柔らかく転がり、噛むと程よい感触を残してプニッと千切れる。中には桃をすり潰して練り込んだ餡が包んであったようで、弾力のあるさらりとした外身と、ホロホロとほどける餡のほのかな甘味が、口の中で楽しく混ざり会って消えていく。
後味もくどくなく、ついもう一つに手が伸びる。
「これは……、中々クセになる美味しさですね」
「旨いだろ。これ、何か分かるか?」
「何って、餡は桃の実をすり潰して練り込んだものですよね。外側は何だろう。プニプニしてるけど滑らかだし、小麦粉のような、そうでもないような……」
むしろ淡白でこれと言って特徴が無いような。
かすかに青臭さを感じはするけど、記憶の中にあるどれにも当てはまるものが無い。
何だろうこれ。
「リコリスだよ」
「はい?」
「リコリスの球根をすり潰して粉にしたものをこねたもんだ。ヒサカの地では主食の一つにしてる」
「……って、毒草じゃないですか! それ!」
思わず店先で大声を出してしまった。
リコリスと言えば、夏に咲く花で、毒草である事でよく知られている花だ。私でも知ってる。
花弁や葉っぱ、根っこまで全てに毒が含まれていて、特に球根は決して口にしてはいけないと教えられた。
外用薬としてたまに使われる事があるけど、決して食べてはいけないと言われてる草なのに……。
って、今球根をすり潰してって言わなかったか!?
やばいじゃんそれ!
……。
……。
やばいハズなのに、売り子さんも魔王様もニコニコしてこちらを見てやがる。
あれ? 何その視線は。やばくないの?
「心配するな。毒はちゃんと処理してある」
「……はぁ、いや、でも。……ちょっとびっくりしました」
処理出来るんだ。……ちょっと意外。
リコリスの球根なんて、今まで食べようと思った事もないし、食べられる事すら知らなかった。
……でも美味しいや、これ。
「リコリスって食べられるんですね。知りませんでした」
「まぁ、普通は食べようともしないだろうしな」
「ですよね……。何でわざわざ毒草を食べようとしたんでしょうか。……美味しいけど」
もう一つ摘まんでモグモグと口に頬張る。
うん。やっぱり美味しい。
「他に、食べるものが何もなかったからだそうだ」
「何もないって、どういう事ですか?」
魔王様は何か言い辛そうに鼻頭を掻いた。
その仕草に不思議と、どこか既視感を覚える
……あれ?
「腹ごなしに少し歩くか。人混みにも少し疲れた」
「あっ、はい」
魔王様が屋台を離れ、外壁に添って歩き出す。
まだ回りきってない屋台に後ろ髪を引かれながらも、遅れないようにトットコとついていく。
外見がマオリに見えている所為か、さっきの仕草が記憶の中のマオリと重なって見えた気がする。
困った時や、何か言い出し辛い事があった時、マオリもよくああやって顎を引いて、鼻頭を描くクセがあった。
同じ顔で同じ仕草をしないで欲しい。
同じ顔に見えてるのは、……私がそう見てるかららしいけど。紛らわしいぞこら。
……うーん。何か今日は変だ、私。
やたらとマオリを意識し過ぎてないか?
多分魔王様の所為だ。
こういう時は全部魔王様が悪い。
そう決めた。
とりあえず花餅をもう一摘まみ頬張る。
うん。美味しい。
「今でこそ幻魔大公の下にまとまり、それなりの隆盛を見せてはいるが、元々幻魔一族は魔の国でも最下層の扱いを受けていた最弱種族だった」
「最弱、ですか? シキさんやベルアドネが?」
確かに身体は弱そうだけど、とてもそうは見えない。
シキさんにはどこか逆らい難い迫力があるし、ベルアドネは……、何か色々とたくましそうだ。色々と。
「かつてはな。魔の国での生存競争についていけず、次々と住み処を追われ、転々と逃げ続けた結果、辿り着いた場所が今のヒサカ領だったらしい」
「何だかファーラットさん達を彷彿とさせますね」
「まぁな。当時のヒサカ領は、誰一人として近寄らぬ、リコリスの一大群生地だったそうだ。魔の国でも辺境、農作物の育成にも適さぬ地にまで追い詰められ、周りは見渡すばかりの毒草。そこで心折れる者達も少なくはなかったらしい」
魔王様が足を止めて、外壁に向き合った。
そっと手を伸ばして眼前の壁面に触れる。
「だが、ただ一人、目の前にある困難な状況に対して決して諦める事なく、己の才覚と努力で問題を打破しようとした奴がいた。……誰だか分かるか?」
問いかけと共にチラリと視線が注がれる。
誰と聞かれても、知ってるのは二人しかいない訳で。
「話の流れからして、……シキさんですか?」
「ああ、当時から一部ではリコリスの毒抜きの仕方は知られていたらしいが、シキは目の前にある毒草で飢えを凌ぐ事を選んだ。結果から言えば、その選択によって幻魔一族は命を永らえる事が出来たんだが、あくまで結果論だ。それを聞いた時、俺は素直に凄いと思った」
壁面に触れていた掌が握り拳に変わる。
魔王様は拳に込めた力を、何かと比較しているように見えた。
「……凄いよな。例え毒草であったとしても、一族の命運を永らえさせる為に口にする。下手すりゃそこで死に絶えるかもしれないって状況で、よくそんな決断をしたもんだ。素直に尊敬するよ」
「シキさんって色々聞きますけど、凄い人なんですね。見た目がああなので、一見してそうは見えませんが」
「だろ? 俺も初めて見た時は目を疑ったからな。知らなけりゃただの童女にしか見えん。だが、ヒサカ領の者達のシキに対する信頼は絶大だ。今では耕作地も増えて、もうリコリスを食べる必要も無くなった。けど、当時のシキの決断にあやかって、ああやってリコリスを食べる風習が今も残ってる」
「普通に美味しいですよ。これ」
もう一つさらに頬張る。
食感がクセになりそう。
「今はな。それも試行錯誤の末らしい。俺も、ああいう施政者になれたらとは思うんだが、中々にな……」
「それは、……大丈夫なんじゃないでしょうか」
「ずいぶんと軽く言ってくれる。これでも本気で言ってるつもりなんだがな」
「私だって、冗談で言ってるつもりはないですよ」
魔王様の視線を、後方へと促す。
少し離れてしまったけど、市場の威勢はそれでもここまでよく聞こえてくる。
明るく楽しげな市場の喧騒が、よく聞こえてくる。
だからこそ、思う。大丈夫だと。
「大丈夫ですよ。魔王様が魔王様なら」
振り返ると、魔王様も市場の方を眺めていた。
遠く、愛しそうに眺めるその表情に、私は確信する。
「大丈夫ですよ。魔王様が魔王様なら」
「……。そうか、すまんな。つまらん姿を見せてしまった。忘れてくれっ、うぐっ!?」
何だか変に凹む魔王様の口に花餅を一つ、強引にねじ込んでやる。
だーっ。もうっ、この思春期魔王がっ!
ぐじぐじしないっ! 男の子でしょっ!
「大丈夫ですよ! 大体、そんなしょんぼり姿なんて魔王様らしくないです。もっと自信を持って、胸を張って、悶々といやらしい事考えてた方が、よっぽどらしいですよ?」
「んぐっ、だ、誰がそんな事するか!」
「……してたじゃないですか」
「……ぐっ、だから、あれは……」
言い淀む魔王様。反論できまい。
そもそもの事の発端を忘れてやしないかい?
今日は私にパーッと奢ってくれないと、ね。
視線をさ迷わせる魔王様が、ふと上を見上げた。
「……昇るか」
……。
はい?
呟きが聞こえるか聞こえないかの刹那、いきなり魔王様の両腕にガバッと抱き抱えられた。
「え? えぇ!? えぇぇぇ!?」
ちょっ、待っ、何!?
魔王様の突然過ぎる行動に、度肝を抜かれて反応が遅れた。
というか、近い近い近いよ!
「じっとしてろよ」
「ちょっ、ま、待って! 待って!」
私を抱えたまま、魔王様が飛び上がった。
いや、だから、何で!? 何これ!?
待て待て待て! 待てぇぇぇえええい!
何考えてんだ魔王様は!?
分かったから、分かったからぁ!
お願い!飛ばないで!飛ぶなぁぁあああ!
「ぴぎゃぁぁぁああああああ!」
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