第3章 奇蹟の都

♯64 もしかしてこれは、デートでは?



 カラカラと軽快な音を立てて、木組みの車輪が石畳の上を通り過ぎた。

 荷台に乗せたいくつかの樽がガタガタと揺れている。中身を目的の場所へと届けて来たのだろう。一仕事終えた後の気分の軽さが、御者のおじさんの手綱捌きからも感じられる。


 市場からの帰りだろうか。


 魔王城のすぐ目の前。

 城下町のメインストリートがいくつか重なる城門前広場には、まばらな人影が石畳の上を行き交っていた。

 時折通り過ぎる荷馬車を数えては、その後ろ姿をぼんやりと見送る。


 36台目の数を数えて、縁石に腰を降ろした。


 ……。


 ……。


 ……遅くね?


 提案は魔王様から突然になされた。


 卑猥な人形に私の髪の毛を使ったお詫びにと、何か私の望みのものを用意してくれるのだと言う。


 でも『ごめんなさい』の一言は言わない。


 そんなもんいらんからまず謝りなさいと、苛立ちを拗らせた私は、魔王様を困らせてやりたくなった。


『魔王様の案内で市場に遊びに行きたい』


 いくら何でも無理難題が過ぎるだろ、と。

 それくらいのつもりでふっかけてやったのに。


 ……。


 快諾しやがった。コンチクショー。


 二つ返事で望みが通り、魔王様を困らせてやろうという企みは瞬殺されてしまう。


 世の中ままならない。


 それならそれで仕方ないと、久しぶりの市場に心踊らせては見たものの、それならばと、城門前広場での待ち合わせを指示されてしまった。

 同じお城に住んでるのに何故外で待ち合わせる。


 しかも、遅れてやがるし……。


 指定の時間は朝の9時。

 この季節だと、夜明けから数えて四つ目の鐘が鳴る時間だ。魔王城の城門が開き、衛兵が交代する時間でもある。


 乾いた石畳の上に転がる小石を放り投げる。


 カツンと小気味良い音を立てて、小石が石畳の隙間にはまり込む。そっとため息をついた時、カランカラーンと、夜明けから数えて六つ目の鐘が鳴らされた。


 ……。何で2時間も待ち惚けくらってんだろう。


 だんだん気分も沈んで来る。

 ど変態魔王め……。どうしてくれようか。


 ふいに日が陰り、地面に影が落ちた。


「すまん。……遅くなった」


 すまんじゃすまさんっ! この変態魔王がっ!

 かちんっと来た勢いよろしくその場で立ち上がる。


「どれだけ待ったと思っ……て、……。あれ?」


 燻る憤りを思いのままにぶつけようとして、目標を見失う。……ってか、あれ? 魔王様がいない。

 広場のどこを探しても、見慣れた禍々しい鎧姿が見つからない。威圧感バリバリの鎧姿に見慣れてしまう自分もどうかとも思うけど。あの格好で見分けがつかないハズもない。


「どうした。どこを見ている」


 キョロキョロと広場を見渡していると、さっきから目の前で視界を塞ぐ若い男の子が、くぃっと私の顔を覗き込んで来た。


 よく見ると男の人、……か。

 中々に眉目秀麗で整った顔をしておられる。


 繊細でか細く、それでいてしっかりと力強い、少年らしさと男らしさが混じる独特の色気がある。

 細めの黒い前髪がサラリと音を立てて流れた。


 ……やばい。何か照れる。


 そんな及第点を突き抜けた外見でありながら、深紅の下着に真っ黒なシュルコーを羽織るという、やっちまった服装をしてるアンバランスさが微笑ましい。

 斜に構えて無意味に社会に反発してそうだ。


 これでドクロのアクセサリーとかしてたら似合い過ぎて、指差して大笑いしてしまう所だった。


 盗んだ馬椅子で走り出すなよ?

 自由にはなれんぞ。


「……えっと、待ってた人が来たかと思ったんだけど、勘違いだったみたい」

「今日は俺とお前の二人だけだが? お前が俺に案内しろと言ったんだろ。他には誰も来んぞ」


 ……。


 ……。


 はい?


 思わず思考が止まり、目の前の男性を凝視してしまう。


 ……何言ってんだコイツ。


 それじゃあまるで、自分が魔王様だとでも言うような口振りじゃないか。

 あいにくと魔王様はもっとこう変態で、さも変態であるかのようで、ど変態で……。


 あれ? 魔王様ってどんな顔だったけ。

 そういえば魔王様の顔知らないや。


 ……。


「って、えぇぇぇえええええ!?」


 驚きのあまりについ叫んでしまった。

 自称魔王様は私の様子を見てニヤリと笑う。

 何かしてやったりな感じが苛つく。


「ふはははははっ。どうだ。驚いただろう」

「いや、驚くも何も、……本当に魔王様なんですか? って、確かに魔王様の魔力を感じるから本人だろうけど」


 魔王様はこれ見よがしに右手の甲を見せた。

 違う。右手の人差し指にはめている指輪を見せてるんだ。その指輪から何だか別の魔力がホワホワと広がってる。


「シキに作らせた幻惑の指輪だ。さすがにそれと分かる鎧姿で城下を歩き回る訳にはいかんのでな。この指輪をはめていると、見る者にとってそれぞれ好感の持てる姿に見えるという魔術具だ。……これの用意に少し時間がかかった。遅れてすまなかったな」


 魔術具。魔術具か……。

 何か色々とすごいね。シキさん。


「という事は、これ、本当の魔王様の姿が見えてる訳ではないんですか?」

「そういう事になるな。……どのように見えているかは知らんが、お前の好むような姿に見えているハズだ」

「私の好み……、ですか」


 言われてマジマジと魔王様の姿を改める。

 これが私の好み……、なのか。うーん。


「どうした? 難しい顔をして」

「いえ、今まで考えた事もありませんでしたので。私の好みって、こんな感じなのか……、と考えていました」


 好みと言えば好みだけど。

 何だろう、どこか懐かしさを感じる。

 昔から知っている面影から少し成長したような。

 ……成長? 成長って何だ。


 ……。


「あっ! そうかっ!」

「ど、どうした。いきなり素っ頓狂な声を上げて」

「……。いえ、何でもありません」

「何でも無い訳が無いだろう。言え」

「……えーっと、……でも、その」

「いいから言え。怒ったりしないから」


 これは、……うん。

 私の好みと言うよりもむしろ……。

 これを言うのはやっぱり野暮だよね。

 いいのかな。良くないよな。

 良くないけど、言わずに済ますのも変に意識してるみたいで何か嫌だ。


「本当に怒りませんか?」

「くどい。いいから言え。何を思った」

「マオリに見えます」

「……は?」


 魔王様がこれ以上無いくらいにポカーンと口を開けた。

 間の抜け方がどこか可愛いらしい。


「以前にお話した私の幼馴染のマオリが、成長したら多分こんな感じになるだろうなぁって。想像してたのよりはだいぶ色気がありますけど。そんな感じに見えます」

「……そ、そうか。……うん。そうかっ」

「えっと……、これってつまり、そういう事何でしょうか」


 何でだろう。何でマオリに見えるんだろう。

 最近ふと、マオリの事を聞いたからだろうか。


 ……うーん。


「そうだな。そういう事だろうな。……その、『マオリ』とか言う男の成長した姿が、お、お前の好みの姿だと、そ、そういう事なんだと思うぞ、お、俺は」


 こらこら。

 別の男性の姿が好みだと言われて、何故そんなに嬉しそうにする。

 普段の挙動不審に拍車がかかってないか?


「私が言うのも何ですけど、怒らないんですか? 他の男性が好みだって無神経な事言ってるようなもんですよ?」

「俺がそんな器の小さい男に見えるか? お前にとって好ましく見えているのならそれで良い。……そうか、それがお前の好みか、仕方ないなぁ……、そうかそうか」


 何故そこで貴様が照れる。

 クネクネするなよ気持ち悪い。


 確かにマオリに会いたいとは思ってたけど、これじゃ意図せず変態ちっくなマオリを見てるみたいで申し訳ない。


 ……ごめんね、マオリ。

 こんな変態魔王と一緒にされたくはないよね。

 やっぱり言うんじゃなかった。

 色んな意味で。


 心の中でマオリに一言謝って、魔王様の腕を取って歩き出す。放って置くとずっとテレテレクネクネしてそうなんだもんコイツ。

 マオリの顔でそれをやられるのも些か面白くない。

 

 好みかどうかはともかく大切な幼馴染だ。


「さっ、行きましょう。……って魔王様とは言わない方がいいですよね。リー様」

「あ、ああ。ま、そうだな。……またそれか」

「またって、自分の名前じゃないですか。そんな事より今日はがっつりと食べまくりますからねっ! リー様の奢りで!」


 何だか待ち惚け喰らわされた事を怒るタイミングを逃してしまった。仕方がないので今日は魔王様にがっつりと奢らせて鬱憤を晴らしてやる。


 市場の屋台で魔の国グルメ食い倒れツアーだ!

 とぉりゃあー! いっくぞぉー!


「その、何だ。今日はいつものチュニックじゃないんだな。……その、ワンピースも中々似合ってるぞ」

「はい? ありがとうございます……」


 魔王様が急にしどろもどろになって服を誉めてくれた。

 前振りもなく突然に過ぎるぞ、おい。

 一瞬何の事だか分かんなかった。


 リーンシェイドとレダさんの強力タッグに押し切られて、今日はいつものチュニックじゃなくて淡い水色のワンピースだったりする。


 立ち止まりスカートの裾を摘まんでみる。

 そういえばスカートだったの忘れてた。


 ……ふむ。誉めてくれたのは嬉しいけど、たかが服装一つ誉めるのにどんだけ照れてんだ。

 どこぞのど田舎の純情娘かい。

 そりゃ私の事だ。ありがとう。


 ……。


「魔王様って、今何歳なんですか?」


 何か思ってたよりもずっと若そうだ。

 童貞だし。


「俺か? 16だ」


 ……。


 ……。


 何ですとっ!?


「あれ? 言ってなかったか?」

「……聞いてませんでした」


 魔王様、年下だったんかいっ!

 思ってたのよりもずいぶんと若い。


 ……そりゃ、青春もほとばしるか。


「……何か言いたげな顔だな」

「別に、何も思ってませんけど」


 ……しゃあない。

 変態さんは変態さんでも、多少は大目に見てやるか。

 お年頃になると常に悶々してるって言うし。

 年上の寛容さを見るがいいさ。

 ふはははは。

 お姉さんにまかせておきなさい。


 強めに掴んだ腕を軽く組み直す。

 今さら恥ずかしがって緊張でもしてるのか、魔王様の肘が強張ってるのが分かる。

 何かあれだね。年下だと思えば初な挙動不審も可愛く見えてくるから不思議だ。少し意地悪加減に腕を近くに引いて、るるんるんと歩き出してみる。

 突然生れた余裕に心も軽くなった気がした。


 ふひひっ。


 ……。


 ……。


 あれ? 何だろう。

 今ふと気づいてしまった。


 もしかしてこれは、デートでは?




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