♯69 聖都アリステア



 木立を抜けた先には、草原が広がっていた。

 大地を渡る初夏の風が香る。


 開け放たれた馬車の窓から吹き込む風が心地よい。

 軽く髪をかき上げて、外の景色へと視線を移す。


「よろしければお閉めしますが?」

「大丈夫。かえって気持ちいいし」


 対面に座るリーンシェイドににっこりと頬笑む。

 

 魔王城を出てからすでに2週間。

 私達は、アリステアへ向かう馬車の中にいた。


 私の対面にはリーンシェイドが座り、その横でベルアドネがひたすらに小さな魔法陣とにらめっこしている。

 国賓扱いの豪奢な馬車は中々に快適で、初日からしばらくは内装に気後れしていたものの、今ではゆったりとくつろぐ程には余裕が出来た。


 アリステアの騎士に先導されて私達の馬車が続き、後ろの馬車には付き添いとしてのばるるんと、護衛役としてあに様とポンタくんが乗っている。


 今回の裏の目的である、国家間協定の土台作りはばるるんに一任される事になっている。

 土台って言うだけに、庭師だからだろうか。

 アドルファスとポンタくんは私専属の護衛だから、そもそも私が魔王城にいなければお仕事ないしね。


 さらにその後ろからは荷馬車が三台。

 私をはじめとした皆の1ヶ月分の私物だそうだ。

 身一つで魔王城に連れてこられた私の私物と言われても、今一つピンとこないけどね。


 結構な大所帯だと思うんだけど、国賓として赴く一団としてはこれでも少ないらしい。


 まぁ……、正式に国交がある訳でも無いんだし、あんまり大仰にした所で、私が落ち着かない。


 道中は驚く程に何事も無く順調で、このままいけば当初の予定通り、昼前には聖都アリステアに到着するそうだ。


 魔の国から聖都に向かうお姫様一行。

 物語なんかだと、その道中で山賊やらモンスターなんかに襲われたりして、あわやの所を助けられる、という素敵な出会いがあったりするもんだけど。


 まぁ、……無いわな。


 そもそも私がお姫様じゃないし。


「ご気分が晴れませんか? 城を出てから、あまり浮かないご様子ですが」

「ちょっと、考え事をしてるだけだから大丈夫。ありがとう。何でも無いよ」

「柄にも無く緊張しとらっせるだか? 普段通りぽわわんとしとったらええがね」

「……そういう訳でも無いんだけどね。あんたはあんたで何やってんの? ずっと」


 ベルアドネが魔法陣を膝に降ろし、背を伸ばす。

 天井を仰いで一つ、大きな溜息を吐いた。


「宿題だがね」

「宿題?」

「おんしゃに付いて行って見聞を広めろとか、おかあちゃんにしては珍しい事を言わっせる思ったら、ちゃっかり宿題も持たせられよった。……特訓に付き合わんでええと思っとったらど甘かったわ」

「……難しいの? それ」

「……めっちゃ難しい。ってか、こんなん出来やせんがね。おかあちゃんが組み上げた骸兵の組み上げ術式を改善して、強度と速度を保ったまま魔力効率を上げるとか……。大体にして、これ自体がすでに完成された一つの解答のようなもんなのに、ここからさらに魔力効率を上げようとするなら基本構造から組み立て直さなかん。基本的には骨格、動作回路、命令系統を別個に確立しつつ同時に組み上げてあらっせるから、それらをどうにか統合して……」

「……ごめん。分かった。頑張って!」


 ぶつぶつと言い始めたベルアドネに断りを入れる。

 何というか、その……。頑張れ。


「宿題か……」


 魔王様がマオリなのかどうか。

 結局の所私は、本人にそれを問い質す事が出来なかった。


 それが出来ないまま、……逃げてきた。

 逃げてきて、しまった。


 このタイミングで聖女様から聖都に招待された事に、幾何かの安堵を感じてしまっている自分がいる。

 魔王様の側にいなければ聞く事が出来ない。

 そんな言い訳で自分を誤魔化してる。


 その自覚はあるんだけど……。


 情けない。


 まさか自分がこんなに情けないとは思ってもみなかった。

 グジグジウダウダなんて、してないつもりだったんだけどなぁ……。


 自分で自分がままならない。


 でも私は、この聖都訪問中に答えを出すつもりでいる。

 いつまで悩んでいたって始まらない。

 どこかでけじめを着けなければいけないんだ。


 ……。


 ……。


 でもなぁ……、何か怖い。

 何が怖いのか分からないけど、何が怖いのか分からないのも怖い。


 はぁ……。駄目駄目じゃん。私。


「どうやら着いたようです」


 リーンシェイドの言葉にハッと我に返る。

 いつまにか考え事にはまり込んでいたっぽい。


 同じように考え込んでいたベルアドネと顔を上げる動作が被る。リーンシェイドがそれを見て、やや困ったように目を臥せた。


 ……ベルアドネと動作が被るとか地味に嫌だ。


 よし!

 悶々と考え込むのは後回しにしよう!

 何か私らしくない! うん!


「出来る時には出来やーす! 何とかなるがね!」


 ベルアドネと二人、馬車の中でガッツポーズを作る。

 悔しいけど、……同じ事思いました。はい。


 一団が城門をくぐる。


 途端、今まで壁で遮られていたのか、聖都の賑わいが馬車の中にまで伝わってきた。


 アリステア聖教国、聖都アリステア。


 私の生れた村も、領土としてはアリステアに含まれるらしい。けど、村にいたままでは一度も縁のなかったであろう都に、私達は到着した。


 憧れの都は、やっぱり憧れたままの都だった。


 手入れの行き届いた石畳の上を馬車が通る。

 窓枠から見える街並みが、色鮮やかに見える。


 行き交う人々。立ち並ぶ石造りの建物。

 賑わう喧騒も、雑沓のざわめきも、そのどれもが華やかに感じる。


「ほわぁ……」


 ベルアドネが感嘆の声を漏らした。


「……見事な街並みですね。活気にも満ちています」

「……だね」


 馬車は大通りをまっすぐ、中央神殿に向かっているのだと思う。

 夢にまで見た聖都アリステア。

 まさか自分が、こんな豪奢な馬車に乗って大通りを進む事になるなんて、思ってもみなかった。

 人生、何があるか分からないもんだ。


 魔王城下の街並みも、あれはあれで活気に溢れてはいたけれど、聖都の街並みはさらに洗練された美しさを漂わせていた。


 白く輝くような建物が規則的に並び、そのどれもが丁寧に人の手が加えられている。

 道行く人々の表情も明るく、服装も華やかで清潔感に溢れていた。


「何か、これぞ都! って感じだね」

「話には聞いとったがん、これは……。……はぁ。人間達の都は、どえらいもんでやーすな」


 馬車が大通りを突っ切ってそのまま大きな門を越えた。中央神殿の敷地内へと入ったようでもある。


 聖都の中央神殿って、他の国で言う所の王城のようなもんだって聞いたけど、……私達、城門からここまで一切馬車から降りてないし、馬を止めてさえいなくない?


 もしかして、めっちゃ厚遇されてないかい?


「……驚きました。形だけでなく、本当に国賓扱いで迎えてくれているようですね」

「却って申し訳無くなるよね……」

「何弱気な事を言っとらーすか。堂々としとらっせればええだて」

「……だね」


 馬車が中央神殿の真ん前に止まり、ドアが開けられた。

 鎧姿でなく、礼装に身を包んだアドルファスが外から恭しく迎えてくれている。


「どうやらここまでは大人しくしていたようだな。野猿にしては上出来だ」

「……あに様。小声でもちゃんと聞こえていますよ」


 リーンシェイドに嗜められて、あに様がニヤリと笑った。

 口の悪さは相変わらずだけど、見てくれだけなら上品な騎士で通るよな、コイツも。


「気遣ってくれてどうもありがとっ。でも生憎と緊張なんかしてないから、わざわざ取ってつけたような憎まれ口叩かなくても大丈夫だよ?」

「ふんっ。可愛いげの無い。……聖女が出迎えてる。挨拶ぐらいはちゃんとしておけよ」

「……へ?」


 アドルファスにエスコートされて馬車を降りると、足元にはビロードの真っ赤な絨毯が敷かれていた。


 ……おいおい。何じゃこりや。


 土足で汚してしまう事が申し訳も無く、おっかなびっくり躊躇いながらも進む。絨毯の先には、正装の法主様と聖女様が揃って出迎えに来てくれていた。

 もちろん脇には、礼装に身を包んだ方々もずらりと並んでいらっしゃる。


「ようこそアリステアへ。皆様を心より歓迎いたしますわ」


 まいラブ天使の聖女様の、澄んだ水面を撫でるような優しい声に安心を覚える。


「この度はご招待いただき、心よりお礼申し上げます」


 一応形の上だけとはいえ、私がこの一団の主賓となっているので、代表して挨拶を交わす。


 うん。練習はちゃんとしてきたから大丈夫。

 余計な事は喋らない。練習通りにやればいい。


「遠方よりはるばるのお越しに感謝します。さぞお疲れでしょう。早速ではありますが食事のご用意をさせていただきました。質素ではありますが、まず、ごゆるりとお寛ぎ、旅の疲れを癒して下さい」


 法主様が先へと促してくれた。


「お心遣いに、板に入ります」

「……板に入っては駄目です。レフィア様」

「……入りません」


 え? 板に入るんじゃないの!?


「お心遣い痛みいります。レフィア様、先へ」


 ……。間違えたっぽい。

 リーンシェイドの声色が怖い。


 あぐ。練習通りやったのに……。


「このように形式張ってはいますが、どうぞ気を楽にしていただいて構いませんわ。さ、どうぞレフィアさん。リーンシェイドさん達も中へ」


 聖女様がさりげなくフォローしてくれた。


 何かごめんなさい。


 聖女様と法主様に促されて、私達は中央神殿の奥へと進んで行く。

 神殿内部はどこか静謐としていて威厳に満ちていた。

 道中一言も喋る事なく粛々と歩を進める前の二人も、こうして見るとさすが、堂に入ってる。

 この国のトップである法主様と聖女様だもんね。

 そりゃ当然か。


 場違い感が凄まじいのは毎度の事だけど……。


 大丈夫なんだろうか、私。


 奥へと進むに連れ、一抹の不安が心を過った。





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