♯57 勇者の挑戦2



「でぇぇえええいやぁぁあああ!!」


 下っ腹に気合いを込めて大剣を振り抜く。

 袈裟に断ち斬られたグールが、城壁の上から外側へと吹き飛んでいった。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 城壁をよじ登ってきた一団を何とか処理しきった。

 さすがに身体が重い。息つく暇すらねぇ。

 落としても落としても、次から次へと亡者達が這い上がってきやがる。


 ……相当キツいぞ、これ。


「っずぉおおりゃぁぁあああ!」


 さらに城壁から顔を出した亡者を斬り上げた。


「だいぶ息があがっているな。無理はするな。後ろへ下がって休め」


 かけられた声に振り向かず、前へと踏み出す。

 涼しい声しやがって……。こんちくしょうが。


「まだまだいけらぁ。魔王こそ、とっとと後ろへ下がって休んでいやがれっ! 」

「長丁場になる。環境を上手く使え。疲れ知らずの亡者どもにつきあっても消耗するだけだ」

「ご忠告っ! どうもっ! っぜぃやぁあっ!」


 一振り毎に亡者を吹き飛ばす。

 一体一体はさほど脅威でも無いからこそ何とかなるものの、さりとて、その数が多すぎる。


 脅威では無い、と言っても俺ならばの話だ。

 騎士団の若い奴らでは相当にてこずるだろう。


 だったら、俺がやらなきゃアイツらの負担になる。

 おめおめ休んでなんかいられるか。


 確かに、たかが亡者が相手だと甘く見てたかもしれない。こんなのを相手に、岩荒野のど真ん中で一晩だなんて無茶にも程がある。


 亡者どもを叩き伏してるその横で、魔王が一振りで4、5体まとめて吹き飛ばす。

 

 ……あいかわらずとんでもねぇな。コイツ。


 まさかこんな所で、魔王と肩を並べて戦う事になるとは想像だにしてなかった。法主ミリアルドの言ってた通り、本当、何が起きるか分からねぇもんだ。

 魔の国に来てから、想定外な事ばかり起きやがる。

 奇妙な感じはするが、……嫌な感じがしないのも何だか面白くない。


「お、始まったか」


 何が、と疑問を口にしようとして、すぐに俺もそれにきづいた。

 

「……ありゃ、聖女の魔法か」


 砦の上の空一面に、魔法陣が浮かび上がっている。


 構築されているのは神聖魔法の『祝福』だろう。

 馴染みのある、よく見馴れた術式だ。


 だが、かなりでかい。

 パッと見で幅1キロぐらいだろうか。

 とんでもないでかさだ。

 あの魔法陣の下に入る範囲に、『祝福』の効果がもたらされるのだとしたら、……いけるかもしれない。


 何をどうやったら、あんだけでかい魔法陣を構築できるのかは分からんが、さすが聖女だけの事はある。


「……何が起きているんだ」


 助かる道が見えてきて、ほのかに心強さを感じている俺とは裏腹に、魔王が低く呟いた。

 砦の中心の建屋、その最上階を睨み付けている。


「お前がやらせてんじゃないのか? 何をしてるのかまでは知らんが……、どうし……」


 た、と言いかけて、その異様さに気がつく。


 ……何だ、これ。


 魔王の視線の先、建屋の最上階から魔力の高まりを感じる。

 これだけ大掛かりな魔法を構築してるのだから、何らかの方法で、それだけの魔力を得ているのだろう事は想像出来るが……。どこかおかしい。


 すでに魔法陣は構築されているにも関わらず、そこから感じる魔力量はさらに高まり続けている。


 いや、待て。何だ?

 今でも相当な魔力量をそこに感じるのに、さらにどんどん加速度的に大きくなっていやがる。


「な、何だ? こりゃ!?」

「……マズいかもしれん。魔力量が多すぎる」


 魔王の声色に緊張が走る。


「っ!?」


 刹那、高まり続けていた魔力が爆発した。


 いや、違う。


 爆発したかと思うほどに、突然、膨大な量の魔力が溢れ始めた。

 思わずその見えない圧力に身構えてしまう。


「な、な、なんだ!? 今のはっ!?」


 見ると、本来なら目に見えないハズの魔力が光の柱となって、砦の中心部分をすっぽりと覆っていた。


 ……何だ、ありゃ。


「……魔力が暴走したのか?」

「暴走している気配はないな。凄まじいまでの魔力が溢れているが、……安定している。あれはただ、目に見える程に密度の濃い魔力が溢れでているに過ぎん」

「……亡者どもの勢いが、止まった?」


 城壁の上へとよじ登って来ていた亡者達の姿がない。

 よく見ると、いなくなった訳ではないようで、壁の外側にはうじゃっとへばりついていた。光の柱から受ける圧力に怯んで、城壁の上へと登ってこれないようにも見える。


「……あ。お、おい」


 魔法陣が消えた。


 光の柱から、さらに魔力の高まりを感じてると、上空に浮かんでいた魔法陣が消えてしまった。

 魔法の構築に失敗したのか?


 いや、『祝福』は神聖魔法でも基本中の基本だ。

 今さらあの聖女が構築に失敗するとも思えん。


 ……あそこで、何かが起きているんだ。

 一体、何が。


「……来るぞ!?」


 今度は何がっと叫ぼうとした時、魔法陣が消えた夜空を切り裂くように稲妻が走った。

 眩しすぎる程の稲光りで、一瞬、視界が真昼のように明るくなる。


「っはぐ!?」


 遅れてやってきた、まるで天を突き破るかのような轟音に、思わず身を伏せてしまった。

 な、なんだ、なんなんだ一体!

 さっきまで雲一つなかったのに、どこから稲妻が。


「……まさか、アイツが来たのか? 信じられん」


 魔王が隣りで及び腰になりながらぼやいた。

 アイツ?


「……さっきから何が起きてるのか、出来たら教えてくれねぇか? ……何が来たってんだ?」

「何とかなるかもしれん。ボッサン、城壁の外を見てみろ。滅多に見られんもんが見れるぞ」

「城壁の……、外?」


 言われて覗いたその光景を、俺は多分生涯忘れないだろう。


 ……。


 ……ありえねぇ。


 こんなん、ぜってぇありえねぇ!


「な、な、な、なっ……。」


 あまりの光景に、言葉がまったく出てこない。

 驚きのあまり、今にも抜けそうになる腰をどうにか気力をふりしぼって必死に支える。


 城壁の外では稲妻が亡者に襲いかかっていた。


 、亡者にいた。


 城壁の外側に、視界いっぱいに群がる亡者達の間を、まるで雷の網を広げたかのように、稲妻が走り続けていた。

 まるで生きているかのように動く稲妻が、有象無象にいる亡者達を一網打尽とばかりに焼き焦がし続けている。


 城壁の外にいる亡者達だけを。


 いや、……あれ?

 稲妻って、ああいうもんだったけ?

 もっとこう、ピカッ!ドンっ!ゴロゴロっじゃなかったっけか……。


 目の前の現実離れした光景に、自分の中の常識が音を立てて崩れていく。


 呆然としている間に、視界一面の亡者達を焼き焦がした稲妻は、さらに中空のある一点に集まりだした。

 ただ見てるしかない俺の目の前で、それはさらに、一点にあつまっていた稲妻がぐるりと、まるで革袋を裏返すようにひっくり返った。


 いや、分かってる。稲妻は裏返ったりしない。

 けどそれは、そうとしか言いようのない光景だった。


 一点に集まった稲妻がぐるりと裏返って、竜巻へと変わると、もの凄い勢いで地面の上を凪ぎ払いはじめた。


 ……勘弁して欲しい。目の前の現実についていけない。


 俺、いつの間にか寝てたっぽい。

 あれはきっと夢の中の幻想で、俺は起きたまま夢を見てるに違いない。

 起きてる? 寝てる? 生きてる?


 ……だんだん訳が分からなくなってきた。 


「な、すげぇだろアレ。前にも言ったが、アレが四魔大公の一人、天魔大公クスハ・スセラギだ。普段は自分の領地に隠って滅多に出てこないんだが……、どういうつもりだか」

「クスハ・スセラギ……。アレが……」


 アレと言われても、眼前には凪ぎ払われた無人の荒野が広がるばかりで、どれがアレなのやら。


 ……違う、誰かいる。


 凪ぎ払われ、他に何も立っている者のいないハズの、更地になってしまった場所に、誰かが立っている。


 ……女? 女が一人立っている。


 豊かな金髪が月明かりに這える。

 巫女装束、とかいったか。ある一部で着用されている巫女装束に近いが、裾が随分と長い服装をしている。

 遠目で、どんな顔をしているのかまでは分からないが、立ち姿にどこか気品のようなものを感じる。


 あれが、クスハ・スセラギ。

 魔王自らが自分と同等の強さだと言う魔物。


 クスハはさらに身体を反らしながら、腕を交差させ、その交差させた腕を頭上に掲げた。


 ……今度は何をする気だ?


 訝しんでじっと見ていると、クスハの身体が足から腰、腰から上体へと順に、透明がかった彫像のような様子へと変化していった。


 ……氷だ。全身がまるで氷の彫像のように変わった。


 すると、クスハの立っていた足元から、地面の上をサァーっと放射状に白い何かが広がっていく。

 そうこうしている内に、クスハが凪ぎ払った空白地帯の外側から、さらに亡者の波が押し寄せて来た。

 ……あれだけ凪ぎ払われても、まだこんなにいるのかよ。


 亡者達がクスハに襲い掛かろうとした瞬間、地面から生えてきた氷の茨に、亡者達は全身をつらぬかれた。

 茨……だと思う。これだけ離れて見てて茨のように見えるのだから、あの刺の一本一本は多分、馬上槍ぐらいの大きさがあるのだと思う。


 亡者達を差し貫いた氷の茨は、亡者達を絡めとったまま、さらにぐんぐんと背を伸ばしていく。

 さほどの時間もかからず、砦全体が、氷の茨の壁の中に包み込まれてしまった。


「さすがだな。これでしばらくは時間が稼げそうだ」


 俺は一部始終を見ていながらも、目の前で起きた超常自然現象に目を疑っていた。

 お家に帰りたい……。


「なんだ……、ありゃ。とんでもねぇな」

「だろ? あれだけの事を1人でやってのけるんだから、全く、大したもんだよな」


 もう想定外だとか予想外だとかいうレベルじゃねぇ。次から次へと起こる事態に、頭と心がついていけねぇ。


 これが魔の国。

 ……これが魔の国ってやつかよ。


「それに……」

「……今度は何だ。もう、大概の事じゃ驚かねぇよ」


 魔王は剣を鞘に納め、ゆっくりと砦の中心部へと振り返った。


「ついでにもう1人、連れて来てくれたみたいだ。……助かった。これであっちも安心して任せられる」

「ついで……?」


 魔王に釣られて、光の柱の方へと視線を向ける。


「……な、な、なんじゃこりゃ」


 その次の瞬間だった。

 辺りが、まるで昼間のように急に明るくなった。


 分かる。魔法陣が再び頭上に現れたのだと。

 ……それは分かるんだが。


 空一面が光り輝いていた。


 確かに、魔法陣が空に再び構築されたようではあるが、その大きさが途轍もない。さっきの魔法陣とは比べようもないくらいの大きさの魔法陣が、そこにあった。


 どれくらいでかいのかが分からない。

 ……魔法陣の果てがまるで見えない。


「マジか、……何だよ、これ」


 全くもって、言葉にならない。


 ……ごめんなさい。

 もう、これ以上は勘弁してください。


 マジで泣きたいです。





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