♯26 落とし物は何ですか



 落とし物を見つけた。


 古ぼけた金装飾の親指大の飾りだ。

 かなりの年代物のようで、吊るしてあった鎖が切れたのか魔王城の廊下にぽつんと落ちていた。

 ペンダントの先っちょっぽい。


 中心には、きっと精密に描かれていたであろう小さな絵が描き込んである。今は古すぎてボヤけまくってるけど、多分、女の人かな?これ。


 裏に小さな文字で『アリシアに捧ぐ』とあった。

 女の人で間違いないっぽい。


 アリシアさんね。

 ……知らないな。誰かの知り合いだろうか。


 この古さからすると若い人のものでは無いだろうけど、形見とかだったりするとそうでも無いか。

 大切にされてたっぽい感じがするから、失くした事に気がつけばきっと悲しむだろうな。

 誰のだろう。返してあげないと。


 あの事件から2週間が経った。

 エントランスホールが全壊した白の宮は、ばるるんの頑張りもあって再建がぐんぐん進んでる。

 おおよその外観はすでに元通りになったそうで、後は内装や調度品を揃え直すのだと教えてくれた。

 すぐにでも今の仮部屋から引っ越せるそうだ。


 そう急がんでも困らんのに。


 ばるるんの強引な予算の引き込みは、魔王城の修復を大きく遅らせる結果にもなった。頑張り過ぎですおっさん。

 可憐な乙女が逃げ回った城内はそれはもう見るも無残な結果になっており、修練場から白の宮に至る一角の風通しの良いこと良いこと。

 花嫁候補でしかない者の宮の修理を城よりも優先するとか、それでいいのか魔王城。


 私が困る訳ではないけどね。

 もっと別の理由で困ってはいるけど。


「レフィア様。もう逃がしません」

「……」


 突然背後を取られた。

 近付く気配を全く感じなかったよ今。

 今日のリーンシェイドは本気だ。

 内心の動揺を押え平静を装う。


「逃げてるつもりは無いんだけど」

「それは失礼いたしました。では早速お部屋へお戻りになってお召し代えいたしましょう」

「……」


 あれから私の専属侍女となったリーンシェイドは、それこそ下にも置かない丁寧な対応で色々と自由にやらしてくれた。うん。最初の頃だけは。


 気の所為かだんだん容赦が無くなってきてる。


 あれ駄目これ駄目それ駄目と、静かににこやかに怒る様はさながら村のお母さんを彷彿させる。特に普段着からひらひらのドレスを着せようとするのには本当に困る。


 なんでそこまでドレスを着せたがるんだろう。


「それがここの正装だからです」


 心読んでるよね、絶対。


「私ね、魔王城に来て分かった事があるの」

「どうしたんですか。急に」

「ドレスとは隣りにあって眺めるものなんだなって。艶やかなシルエットに騙されてた過去の自分に教えてあげたい。アレは見た目が豪華な拷問具だと」

「その艶やかなシルエットがあってこそレフィア様の美しさをより補えるのです。四の五の言わずにさっさと着替えて下さい」


 リーンシェイドも大概砕けてきたな……。

 距離が近くなるのは大歓迎なんだけどね。


「あら?リーンシェイドではなくて?」


 部屋へ強制連行されそうな所で声がかかる。

 振り返って立ち止まると、なんだか華やかな御一行がこちらに近づいてきた。

 見ない顔だ。誰だろう。


「これはベルアドネ様。失礼いたしました」


 リーンシェイドが掴んでいた手を離して私の身体を塞ぐように前に出ると、その令嬢に深々と頭を下げた。

 手首を擦りながら私もちょこんと頭をさげた。

 あれ?これ。もしかして私を庇ってる?


「郷里へ戻られたとお聞きしておりました」

「戻ってはおりましたのよ?ですが、陛下が伴侶をお決めになられたと聞いて、とりもなおさず引き返してまいりましたの」


 リコリスの花、だろうか。

 黒地に赤い花をあしらった艶やかな衣裳を纏って、その上に色鮮やかな打掛けを羽織っている。


 着物と言うのだと後で教えてくれた。


 人間の世界でも一部にはこういった趣向の衣服を身に付ける文化もあるそうだけど、魔の国では頻繁に見かける。

 シルエットが華やかな私達のドレス文化に比べ、シルエットそのものは大人しいんだけど、その鮮やかな布地の見事さに目を惹かれる。

 黒い扇で口元を隠してるからあまりよく分からないけど、何か雰囲気が美人っぽい。


「まずはおめでとうと言った方がよろしいのかしら?貴女がこんなにしたたかだとは思ってもみませんでしたけど」


 着物美人は後のまとめ髪を肩に回して斜に構え直すと、流し目でリーンシェイドをねめつけた。

 何か悔しい程に様になってる。

 妙に色気のある人だ。


 でも、……あれ?何か違わないかい?


「ベルアドネ様。以前から申し上げておりますが、もっと他の者の言葉をちゃんと聞いた方がよろしいかと。早合点なさっておいでです」

「何さぬけぬけと。少しぐらい器量が良いからと言って、これで勝ったと思わない事ですわ。先に子を成してこその后ですの。すぐにでも陛下の寵を奪ってご覧にいれますわ」

「ベルアドネ様でもそれは無理だと思います。陛下のお心はすでに決まっておいでですから」

「綺麗な顔して中々言いますわね。その余裕も今に崩して差し上げますわ」


 このベルアドネさん。1人で勝手に盛り上がってるけど、後ろでお付きの人達が首を捻って顔を見合わせてる。


 うん。この人。残念な人だ。

 残念美人って本当にいるんだね。

 初めて見た。


 さすがに見かねてか、お付きの人がベルアドネさんにそっと耳打ちをした。

 そうだね、早く勘違いを正してあげて欲しい。


「ん?何ですの?今リーンシェイドと……。何?違いますの?そうじゃなくて?……なんですって!?」


 ようやく自分の間違いに気づいたみたい。


「リーンシェイド!?あなた人間でしたの!?」


 あ、馬鹿だ。この子。


 驚愕に目を見開く彼女の周りで、リーンシェイドや後ろのお付きの人達が深い溜息をつく。


「ねぇ。この人って誰なの?」

「ベルアドネ・ヒサカ様。四魔大公のお一人、幻魔大公シキ・ヒサカ様の末のお嬢様です」

「四魔大公って。凄い名前だね」

「悪魔大公であられるセルアザム様を筆頭とした御方々でして、四魔大公は陛下の配下ではなく協力者という形で力添えをいただいております」

「あれ?セルアザムさんも?セルアザムさんって、陛下の配下だとばかり思ってた」


 知らなかった。配下じゃなかったのか。

 っていうか悪魔大公ってごつい名前だね。

 セルアザムさんって悪魔だったのか。


「ちょっと貴女。四魔大公を知らないとか常識を疑われますわよ?そんなんでよく……。……」

「え?あ、ごめんなさい」


 ベルアドネに突然振られた。

 さっきまでちらりとも視界に入ってないようだったから、振ってくるとは思わなかった。

 とりあえず謝ってみたけど、何かじぃっと人の顔を凝視したまま固まってる。何か言いかけてたみたいだけど、それすらも忘れてるっぽい。


 え?何これ?何かあった?

 どうしよう。

 そんなに見つめても何も出ないよ。


「あの……。どうしたの?私が何か?」

「は!?い、いえ。割と良い器量じゃない貴女。容姿は中々ですわね。スタイルも悪く無いですわ。その格好ですと兵士見習いですわよね。……新人さんかしら。貴女さえ良ければウチに紹介して差し上げてもよろしくてよ?是非そうなさいな」


 着物美人に顔を赤らめて褒められた。

 何かごちそうさまです。

 違う、ありがとう?どっちだ?


「貴女、名前は何て言いますの?」

「この方はレフィア様です。陛下がただお一人お決めになられ、直々に求婚された方です」

「……レフィアです」

「え?」


 ベルアドネが再び固まった。

 よく止まる子だ。


「ちょっとお待ちなさい。陛下がお選びにって、陛下は貴女を選んだんではなくて?この私を差し置いて陛下に選ばれるなんて、貴女以外いないとばかり思ってましたのに。どういう事ですの。え?貴女が人間?人間の娘が陛下の?」


 よく混乱しておられますようで。


「私が言うのも何だけど、ちゃんと人の話を聞いて、あまり周りを巻き込まないようにした方がいいよ?折角美人さんなんだから」

「まったくです。自覚して下さい」


 リーンシェイドが力強く同意してくれた。

 でも何で私を見てるんだろう。

 あっちだよ?あっち。


「と、とにかくですのっ!いいです事!白の宮に入るのは私ですわ!これだけは覚えておきなさい!」

「あ、いいよ。どうぞ」

「まだ再建が終わってませんので無理です」

「どういう事ですの!?」


 この人のお付きの人って何か大変そう。

 さっきから物凄く疲れた顔して説明してる。


「そ、そんな。あの麗しき陛下の彫像達が!?」


 何か聞こえた気がする。

 麗しいと表現できる彫像達に心当たりは無い。

 無いったら無い。

 おぞましい彫像達なら知ってるけど。

 まぁ、今はもう無くなってしまったけどね。

 もしかしたらもしかしなくても、あの白マッチョ軍団の事を言ってるんだろうか。


「あれって、魔族的には有りだったの?」

「極々一部の方にだけです」


 勢いだけはある人だね、うん。

 ごめんね。アレ、全部壊れちゃった。

 何だか1人で頭を抱え始めてしまっているベルアドネに心の中でそっと謝る。


 恨むならアドルファスでお願いします。

 ヤツがやりました。


 どうしようかなと手持無沙汰でいると、ポケットにしまい込んでいた金飾りが指に当たった。


 何だか色々と勢いに飲まれた感じがしないでも無いけど、そもそも、これの落とし主を探すとこだったんだっけか。

 そうだ。リーンシェイドなら何か知ってるかも。


「ねぇ、これなんだけど……」

「あ、マオリ様!?」


 ……。


 ……は?


 リーンシェイドに話しかけようとした時、ベルアドネがふと顔を上げて駆け出した。


 一瞬、自分の耳を疑う。


 今、誰を呼んだ?


 ゆっくりと振り向くとそこに魔王様が来てた。

 ベルアドネがまるで子犬のように鎧姿の魔王様にじゃれついてるのが見える。


 「マオリ……?」


 私が呟くと魔王様がピクリとして動きを止めた。

 そんな訳は無いんだけど、面当てで見えないハズの魔王様と目が合った気がした。





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