♯25 届けられた調査報告(法主の後悔)
マリエルが部屋を退出していった。
まったく、勘の良い子だ。随分と
内心の狼狽振りを見せる訳にいかない。
私は独り、机の上に突っ伏した。
レフィアがマリエルに間違われた、か。
確かに私は、マリエルがそう考えてくれるように誘導した。あの素直な子がちゃんとそれに乗ってくれて助かった。ここで変に勘ぐられても良い結果にはならないだろうから。
私は、むしろ逆なんじゃないかなぁと思ってる。
あの子がそれに気づかなくて良かった。
ふふ。
ふふふふふ。
ふ。
……。
やっちまったぁぁぁあああああああ!!
最初に報告を受けた時に感じた微かな違和感は、更なる追加調査の報告書を読んで確信に変わった。
私は福音の聖女を間違えたかもしれない。
駄目だ。駄目だろ。駄目だよね絶対。
こんなん前代未聞の不祥事じゃん。神託を間違えるなんて、絶対やっちゃいけない事じゃん。
最悪、私はどうなっても構わない。たかが地方司祭だった私が法主になれたのだって、単純に運がよかっただけだ。こんな地位の事など構わない。
それよりもあの子だ。マリエルだ。
もし神託を間違えてたんだとしたら。
あの子があまりにも不憫でならない。
福音の聖女として突然神殿に連れて来られたあの子は、それでも本当によく頑張っている。
周りからの身勝手な期待や理不尽に晒されながらもこの12年間、本当によく頑張ってきたんだ。
今となっては皆が口を揃えてマリエルをさすがは福音の聖女だと褒めそやすが、何の苦労もせずにここまで来た訳ではないのだ。
人に知られないよう涙をこらえ、歯を喰いしばってひたすらに修行を重ねるあの子を、私はずっと側で見守り続けてきた。
そんなあの子に誰が言えるのか。
お前は間違ってたんだと、この12年は間違いだった、お前は福音の聖女と間違われて連れて来られたのだと。
言えない。言える訳がない!
あの子は悪くない。あの子が悪い訳じゃない。
むしろ歴代の聖女の中にあって、あの子は聖女としてなんら遜色のない活躍ぶりを見せている。
勤勉で努力家であり、あれでいて優しい子だし、周りを思いやる事も忘れない、いい子だ。
生まれから来るのか変に人を差別する事もなく公平で、気さくで物怖じしない性格は民衆にも人気が高い。神聖魔法だって、この神殿で随一の使い手だ。
口には出さないが、すでに先代の聖女を超えてさえいるかもしれないと私は見ている。
それはあの子が頑張ったからだ。あの子の不断の努力の結果が、今のあの子を聖女成さしめているんだ。
そうだ。落ち着くんだ。落ち着け。
まだそうと決まった訳じゃないんだ。
私は追加調査の報告書を再び引き出した。
追加調査の際に、拐われた娘の人柄や様子についてより深く調べるように言い含めておいたのだ。報告書にはそれらが簡潔にまとめてある。
曰く、誰もがまず口を揃えてその容姿の美しさを褒めるのだそうだ。そして何かを言い淀んだ後、とても優しい眼差しで遠い空を眺めて呟くらしい。
それはあたかも、連れ去られてしまった娘の事を思い儚むかのようだったそうだ。
曰く、明るくて元気はよかった。
曰く、何事にも前向きだった。
曰く、朗らかで素直な子だった。と。
それらをまとめると、誰もが褒めそやす美しい娘で、明るく朗らかで裏表なく、いつも前向きで頑張り屋で誰にでも分け隔てなく接し、優しくて、面倒見がよくて、世話好きで、芯の強い所があるらしい。
っいるのかそんなの!?。
完璧じゃん。完璧超人じゃん。
もしこれが本当なら、まさに聖女じゃん!
これこそ聖女で間違いないじゃん!!
他に、報告書の中でも注目すべき箇所がある。
私が救出を急ごうと思った要因の一つでもあるこの箇所は、村で最高齢のご老人の言葉としてそのまま記載されていた。
少し耳が遠くなっているが、
『ああ、レレナのとこの娘かい。ありゃあ控え目で優しくて、とても忍耐のあるいい子じゃて。この歳まできて、あんないい子は見たこたぁないね。
ありゃ他の二人が母親の腹の中で貰わなきゃいけねぇもんを1人で全部貰ってきたんじゃろうな。
とても女の子らしい子じゃて。
両親の手伝いもようこなすし、他の二人の面倒もよくみとった。特に上の娘は本当に手のかかる娘でね。目を離すと何をしでかすか分からん子でな。よう尻拭いをさせられとったわ。
とても仲の良い姉妹でな。魔王に連れて行かれてしまって、さぞ心細い思いを耐え忍んでおるかと思うと、ほんに気の毒な事じゃて。』
駄目だろぉぉぉおおおおお!!
こんなん駄目だろぉぉおおお!
こんな子が魔王の手元で恐怖に怯えていたとしたら、今すぐにでも助けに行かないと駄目だろ!
いや、駄目なのは私だ。興奮してどうする。
落ち着け。落ち着くんだ。
12年前の神託がそもそもの始まりだったのだ。
神職の者達を一同に集め大々的に行われた神託。
その神託を聞いた者は皆、自分の耳を疑った。
98歳にならんとする当時の法主の言ってる事を、誰1人として上手く聞き取れなかったからだ。誰だよ、あんな爺様にいつまでも法主をやらせてたのは。
何とか聞き取れた言葉を全員で解読した結果、3つの単語が含まれていた事が判明した。
『マリエル』『レフィア』『村娘』の3つだ。
それを聞いた瞬間、私の心臓は跳ね上がった。
レフィア村に嫁いだ姉の娘で、大人顔負けの美貌と利発さで評判になっている姪の名がマリエルだった。
間違い無い。彼女こそ神託の下った福音の聖女であると、神殿関係者を含め皆が浮き足だった。
『マリエル』という『レフィア』村の『村娘』
この解釈で間違い無いと皆が納得した。
だが、もしかするともしかして。
『マリエル』村の『レフィア』という『村娘』
こっちだったのかもしれない。
……。
ありえないだろぉぉおおお!!!
何だそれは!何だそのひっかけ問題は!?
誤認して下さいと言わんばかりのひっかけだろ!
誰だ!こんな神託を下したのは!?
光の女神様ですよ!そうですよ!
誰だとか言ってごめんなさい!!
過去の過ちは過ちとして認めるにしても、今後の事をよく考えなくてはいけない。
まず、マリエルが神託の下った福音の聖女であってもなくても、彼女を聖女から外す事は有り得ない。少なくとも私の目の黒い内はそんな事はさせられない。
彼女には今後とも聖女であり続けてもらう。
勿論、無理強いはしない。彼女の意思を最大限に尊重していくつもりではあるが。
責任は全て私が取る。その覚悟はあるつもりだ。
だが、このレフィアという娘を放っておく訳にはいかない。この娘もまた、神殿に引き取らねばならないだろう。今はまだどちらが本物の聖女なのか分からない以上、二人の身柄の確保は何よりも優先される。
分からないというか、まだ確定してないだけで、このレフィアの方が本物のような予感がするんだよな……。なんとなくだけど。
実際に魔王に拐われてるし。
……ぐっ。
後手に回ってしまった事が悔やまれる。
こうなったら私の進退を賭けてでも彼女を魔王の魔の手から取り戻さねばならない。
全てはそれからだ。
私はすぐさま皆に勅令を発した。
出征の準備を進める為に。
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