♯23 レフィアからの手紙



 お父さんお母さん、ロロラにルルリ。

 お久しぶりです。お元気ですか。

 私もとりあえず元気です。


 横っ腹に穴が開いたり、

 地下迷宮でトロルに追いかけられもしましたが、

 つつがなく過ごしております。


 突然こちらに連れてこられてから、

 早いものでもう一月になります。

 不思議なもので人は慣れてしまうのですね。

 今では何不自由する事もなく、

 のびのびと暮らせるようになりました。


 本来であれば、みんなと直接会って、

 無事をお知らせしたいのですが、

 色々とあるらしく、

 そちらに戻るには今しばらくかかるとの事です。

 なので今こうして手紙をしたためてます。


 そうなんです。

 なんと魔王様が直々に、

 必ず私を村に戻してくれると、

 そう約束してくれたんです。

 びっくりもんですよね。


 こちらに来て知った事なんですが、

 私達の思ってる魔王様というのは、

 何でも先代のような魔王様らしく、

 ああいう悪逆非道な魔王様というのも、

 こちらでも歓迎されないようなんです。


 今の魔王様は先代と違い、

 周りの魔族から慕われる優しい方だそうです。

 少し変わってる方で、

 何かそこはかとなく変態で童貞ですけど。

 悪い人では無いようですよ。


 こちらに来て友達も出来ました。

 1人はもの凄い美少女なんですよ。

 リーンシェイドっていうんです。

 さらさらの黒髪と透き通るような白い肌が、

 まるで人形のような子なんです。

 私の身の回りの世話なんかもしてくれて、

 細かな所に気がきく優しい子なんです。


 怒ると文字通り角が生えるので、

 怒らせては駄目なんです。

 物凄く怖いんです。この子。


 後、この子のおにいさんのアドルファスと、

 ポンタくんという護衛も出来ました。

 二人とも不器用ながらも真面目で、

 とてもよくしてくれます。


 侍女頭のレダさんの事も書きますね。

 最初はとても畏まって、何かある度に、

 挺身低位尽くしてくれたんですけど、

 最近は態度も慣れてきたのか、

 よく叱られます。


 この間も寝室のベッドを中庭に飛ばしたら、

 目茶苦茶怒られました。

 ベッドは空を飛ぶもんじゃないからって。

 飛ばしたくて飛ばしたんじゃないのに、

 物凄い怒られたのは心外でした。


 やっぱりレダさんも怖いです。

 最初の頃の下にも置かない扱いが恋しいです。

 もっと気軽に接して欲しいなんて、

 言うんじゃなかったなと後悔してます。


 今度はバレずにやろうと思います。


 あともう1人ばるるんがいます。

 何でも私の居住環境を整える仕事だそうです。

 よく分かりません。

 庭師でしょうか。

 ばるるんの話は難しくて長いんです。


 ばるるんは何というか、虎です。

 他に例えようもない位に虎なんです。

 何かの比喩表現かとお思いでしょうが、

 虎が服を着て2本足で歩いてる所を

 想像してみて下さい。

 それがばるるんです。


 最初はただのおっさんでしたが、

 虚勢を張る理由が無くなったとかで、

 今ではずっと虎のままでいます。

 そっちの方が楽なのだそうです。


 今私は仮の部屋を借りて暮らしています。

 庭師のばるるんは何をするんでしょうか。

 庭に虎がいるのも面白いかと思ったのに、

 毎日忙しそうにあちこち出掛けてます。

 昨日はようやく予算繰りの目処が立ったと、

 そう肩を撫で下ろしていました。


 みんなには色々とよくしてもらっています。

 最初に連れてこられた時は、

 こんな風に暮らせるなんて、

 夢にも思っていませんでした。

 お伽噺の中にいるような隣人達ですが、

 少し個性があるだけなんですね。

 付き合ってみると、

 私達となんら変わらないんだと思いました。


 いつかみんなにも、

 こちらの仲間達を紹介できたらいいなと、

 今はその時を楽しみにしています。


 そうそう、

 肝心の魔王様からの求婚ですが、

 どうやら真面目な話だったようです。

 ゆっくりでいいから考えてくれと言われました。

 なのでゆっくり考える事にしました。


 どんな返事をしたいのか、

 実は私にもよく分かりません。


 今はもうそれほど魔王様が嫌いではありません。

 何か思ってたのと大分違うみたいですし。

 お母さんに言われたみたいに、

 女は望まれて嫁ぐ方が良い、

 というのも何だか分かるような気がします。


 けど、私が魔王様とどうなりたいのか。

 さっぱり分かりません。

 どうしたら良いのでしょうね。これ。


 その内分かるようになるんでしょうか。

 ロロラ辺りに笑われそうですね。


 と言う訳なのでまだ乙女のままですので、

 どうかご安心ください。


 春も半ばを過ぎました。

 色々と忙しい事も多いでしょうが、

 そちらの様子もまた教えて下さい。

 お返事待ってます。


 レフィア



 魔王の所に連れて行かれた姉から手紙が届いた。

 最初は何の冗談かと思ったけど、それは確かに姉からの手紙だった。

 怒る怒る手紙の内容を読んだ後、両親は二人そろって頭を抱え込んでいた。素直に無事を喜びたい反面、複雑な気持ちなんだろうなと思う。


 姉は何か突き抜けた人だった。

 何というか、色々と予測が出来ない。

 魔王の花嫁として連れて行かれたと言うのに、こんな呑気な手紙を書いて送るような人だ。

 何を考えてるんだろうか、あの人は。


 実はこの村の男達は一度は姉に惚れる。

 その事を知らないのは本人ばかりと言う、何だか間の抜けた話ではあるけれども。


 姉は美しい。

 整った顔立ちも、艶やかな亜麻色の髪も、スタイルの良さも、その全てで村の男達を魅了する。

 黙って微笑んでるだけで男達が次々と惚れていくんだから、外見だけなら姉は女の敵だった。

 あくまで外見だけなら、の話だ。


 姉に惚れた男達は姉と親しくなろうとする。

 気さくで物怖じしない姉と仲良くなるのは、そう難しい事ではないのだ。あれでいて優しいし、世話焼きな所もあるから、尚、親しみやすい。


 そして姉の中身を知ると男達は目を覚ます。

『彼女は自分の手には負えない』

 こうしてより身近な女性と結婚するのが、この村では通過儀礼のようになっている。


 だからだろうか。

 姉が魔王の手下に連れられて行く時、みんな口には出さずとも思いは一緒だった。

 レフィアが嫁ぐなら魔王ぐらいが妥当なのかと。


「レフィアおねぇちゃん。元気そうだね」


 妹のルルリが安心したように微笑んだ。

 姉と私がお母さんのお腹の中に置いてきたものを、全て拾い上げてきたかのような、実に女の子らしい妹だ。


「あの人の元気の無い所が想像出来ないけどね」

「またそんな事言って。ロロラおねぇちゃんだって、レフィアおねぇちゃんの事心配してたクセに」

「まぁね。あの人が魔王になって帰ってこないかどうかは、確かに心配してたかもね」

「もう、素直じゃないんだから」


 いや、半分は本気なんだけどね。

 あの姉ならそれもやりかねない、と。


 私は姉からの手紙を大切にしまった。


「ともかく、楽しそうなのは分かった」

「そうだね」


 妹のルルリと二人、楽しそうに元気に跳ね回る姉を想像して、互いに笑いあった。






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