♯22 妖刀消えて(魔王の憂鬱2)
『鈴森』の暴走から丸1日が過ぎた。
アドルファス達の母親の頭蓋骨を使った魔術具は、凄まじいまでの威力を見せつけてくれた。
良かったのか悪かったのか、件の妖刀は今はもう無い。灰となって崩れ去ってしまったからだ。
悪くは、無いか。
自分達の母親の頭蓋骨が使われた魔術具など、この世にあって欲しくなどないだろうから。
魔王城の執務室で、俺は頭を悩ませていた。
事のあらましを本人達から説明させる為に、今ここには騒動の関係者達を呼びつけてある。
リーンシェイドとアドルファスは元より、侍女頭のレダと、協力者のポンタ、そしてバルルント。
彼等から一通りの説明を聞き終え、後は処罰の内容を決めなくてはならないのだが、今俺は、ここにはいない騒動の当事者の事で頭がいっぱいだった。
レフィア。
何者だよアイツは。
アイツが生れた場所も、生んだ両親の事もよく知ってる。アイツがどういう環境で育って、どんな事を今までしてきたかも。
至極普通の村娘だったハズだ。
アイツを普通と呼ぶのは少し差し障りがあるかもしれないが、特別な何かがある訳では無いハズだった。
だが話を聞くにつれ、とある不安が心を過る。
元から運動神経に優れた活発な女だった。
やたら度胸もあって、思い切りも昔から良い。
世話焼きな所や、勝手に首を突っ込んで来る所なんかは全くと言っていい程変わっていない。
身体つきは5年前に比べると相当成長しているようではあったが、あそこまで成長してたとは。
つるぺただった面影はもうない。
大きいとは言い難いが手の平に丁度良い程度で。
どちらかと言うと大きさよりも形が俺の好みだ。
違う。馬鹿か俺は。
考えてる事が横にそれている。目の奥に焼き付いた下着姿のレフィアを必死で振り払う。
皆の話をまとめると、魔来香や腐ったポーションを飲んでも全く平気な程に状態異常に対する馬鹿高い耐性を持ち、少女とはいえ人1人を背負いながら地下迷宮を走り抜ける体力。何よりも騒動の最中に瘴気を全く寄せ付けず、あまつさえそれを浄化してしまったその体質。
人間じゃないだろ、アイツ。
瘴気に関しては俺も目の当たりにした。
俺やリーンシェイドであれば、己の魔力を身に纏う事で瘴気に対抗する事も出来るが、あれはそんなに簡単な事ではない。
にも関わらず、アイツには瘴気が全く届いてなかったように思える。
瘴気を寄せ付けない存在には心当たりがある。
他ならぬ人間達の希望の片割れ、聖女だ。
聖女は生まれながらにして各種高い耐性を持ち、瘴気の類を全く寄せ付けないと聞く。
それだけ聞くとレフィアを聖女かと疑いたくもなるが、聖女は同時代には1人しか存在しないらしい。
何故そうなのか、詳しい事は知らないが、どうやらそういうものなのだそうだ。
そう、聖女ならもうすでにいるのだ。
聖女マリエルが。
もし仮に、レフィアが聖女だとすると、マリエルが偽物だという事になるし、マリエルが本物だとするのならばレフィアは全く別の何かだと言う事になる。
いや、レフィアが聖女だとか冗談にも程がある。
アイツに惚れてる俺が言うのも何だが、アイツを聖女と呼ぶにはかなりと言うか物凄く抵抗がある。
アレが聖女とか、考えるだに恐ろしい。
別の何かである方がすんなりと納得できる。
超古代兵器の生まれ変りとかだろうか。
「陛下。レフィア様が面会を求めていらっしゃいますが、いかがいたしましょう」
超古代兵器になったレフィアが5段階変身して巨大化する妄想で遊んでた所で、俺付きの侍女がレフィアの来訪を告げた。
何してんだアイツは。
何考えてんだ俺は。
「レフィアには身体を休めろと言っておいたハズだ。昨日の今日だぞ? 大人しく下がるように伝えろ」
「かしこまりました」
バン!と部屋の扉が勢いよく開け放たれる。
「失礼します! 魔王様! ……あれ、魔王、様?」
レフィアがあらわれた。
俺の思考が凍りつく。
「あに様!? 何とあられもないお姿に!?」
刹那を洩らさず姫鬼が覚醒した。
「「へ?」」
間の抜けた声を出して顔を見合わせる二人を尻目に、部屋の中を旋風が駆け抜ける。
鬼と化した少女は、誰の目にも止まらぬ早さで頭から俺に何かを被せるとその転身を解いた。
「失礼しました陛下。何分急を要しましたもので」
「助かった。リーンシェイド」
彼女の迅速な対応で顔ばれせずに済んだようだ。声を潜めて囁き会う。
正直助かった。一瞬見られたような気がするがあくまで一瞬だった。大丈夫だとは思うが……。
何考えてんだコイツは。俺の心臓を止める気か。
「リーンシェイド。俺の姿がどうかしたのか」
「いえ、申し訳ありません気のせいでした」
「……」
俺に振り向き直したレフィアが微妙な顔をする。
レフィアだけじゃない、他に控える者達もまた同じように微妙な視線で俺を見てる。
顔がひきつる。いや、ひきつられてる。リーンシェイド。お前一体何を被せたんだ俺に。
「魔王様。何でストッキングなんて頭から被ってるんですか」
「趣味だ。気にするな」
リィィィィンシェイドォォォォオオオ!
何被せてんだお前はぁぁぁあああ!
焦る内面をクールに取り繕う。
顔ばれを避けれたのはいいが、これじゃただの変態だろうが。
しかもこれ、ちょっと酸っぱ臭い。
使用済みかよ。
何考えてんだお前は。自分の使用済みのストッキングを俺に被せるとか。
くんくん。
リーンシェイドも普段は意識しないけど相当な美少女だよな。そうか、こんな臭いなのか。
外見とのギャップが何かこう、生々しいな。
「魔王様。御自身の趣味は兎も角として、何故私だけこの場に呼ばれなかったのか聞きにきました」
微妙な空気を切り払ってレフィアが迫る。
「昨日の今日だ。治療魔術で傷を治したとはいえ血を流しすぎてる。お前には部屋で休むよう伝えたハズだが」
「事の当事者が何故呼ばれないのですか」
「当事者と言ってもお前はどう見ても被害者だろ、大人しく戻って休んでろ」
レフィアの目が光った気がした。
何かまずったか。俺。
「身をわきまえず相当な被害を出してしまった私を、魔王様はお咎めなしだと言われるのですね」
「お前を咎めてどうすると言うのだ。最善であったかは甚だ疑問ではあるが、お前はよくやったのだ。被害は確かに大きいが、お前の気にする所では無い」
「ありがとうございます」
やけに素直だな。
コイツ何を企んでるんだ。
大体その格好は何だ。崩壊した白の宮にはもとより変わりの部屋にもドレスの類は山のように用意しておいたハズだ。何でそんな訓練用の白いチュニックを着ているんだお前は。
「では、褒美を下さい」
「褒美、だと?」
こちらの内心を無視してレフィアがぐいぐい近づいてくる。いや、待てお前。
脳裏に焼き付いた下着姿が本人に重なる。
いや、嬉しいけど、そう近づくな。
高鳴る心臓の音が聞こえてしまうし、目のやり場に困るだろうが。
「はい。頑張った分のご褒美くらいは欲しいです。お咎めはないのでしょう?」
「何が欲しいのかは知らんが、よくもまぁ面と向かって言えるものだな」
「あら、これは魔王様の為でもあるんですよ?」
「俺の為、だと?」
急に何を言い出すんだ、コイツは。
「本気なのかどうなのか分かりませんが、魔王様は私に求婚なさいましたよね」
「本気だと言ったハズだ。疑うな」
「ならばこそ信じられません」
「何を言う」
「だって魔王様。求婚だけしておいて、その後2週間もずっとほったらかしだったじゃありませんか」
「なっ。あれはっ」
あれは、お前に約束したと思ってたのが一方的な自分の思い込みだと言われて落ち込んでたから、顔を会わせづらかったのだ。
誰が言えるかそんな事。
「すぐそこにいるのに顔も会わせないなんて、それでお気持ちを信ぜよと言われて、誰が信じられるのですか。誰も心を寄せる者もいない中、2週間も独り寂しく不安の中にあった私に、労いの言葉1つもかけてくださりませんでしたよね」
「ぐっ」
コイツも平気で嘘をつく。
そんな玉じゃないだろお前は。
だが、これ幸いにと放置した事実は事実だ。
「その割には元気な様子だったが。昨日なんか下着姿で地下迷宮どころか城内を走り回ってたではないか」
咄嗟に言い返したが、あれ?
何か空気が変わった。何か踏み抜いたか。
「下着姿が何ですか。私の幼馴染には下半身丸出しで空を飛んだマオリという者さえおります」
「げふっ!?」
「その者に比べたらどれ程の事がございましょう」
「あれはっお前が!?」
「……陛下。お気をお沈め下さいませ」
「私が、何でしょうか」
思わず叫びかけた言葉を、セルアザムのお蔭でどうにか呑み込む。
あれは、お前が村の櫓の上から俺を突き落とした時、慌ててズボンだけを引き上げたからだろうが。
下半身丸出しで櫓から落ちた俺の身にもなれ!
違う。コイツは絶対聖女とかじゃない。
絶対違う。俺が認めたくない。
「何でもないっ。分かった。褒美を取らせる」
「ありがとうございます。褒美は何をいただけるのでしょうか」
「好きなモノを言え。出来んことは出来ぬが、出きる事であれば何でも用意させよう」
「まぁ凄い何でもですか」
「何でもだ。二言はない。言ってみろ」
「では……」
そこでレフィアは背筋を伸ばして姿勢を正した。
そっと部屋の中を見渡した後、リーンシェイドの方を向いて安らかに微笑んだ。
何だかいやな予感がする。
「まず、黒髪の美少女を1人」
おい、それは。
「それから不器用なあに様と、苦労性なおじさま。優秀な侍女頭と実直で人の頼みを断り切れないその甥っ子も欲しいですね」
この部屋に呼びつけた者達の顔を1人1人順番に見渡しながらレフィアは続けた。
「あとは、セルアザムさんとか」
「セルアザムは勘弁してくれ……」
「あら残念」
さすがのセルアザムも苦笑を隠せずにいる。
溜息が漏れる。まったく、コイツは。
「では他の者に関してはよろしくお願いいたします。その中の1人も欠けては嫌ですよ。この者達を私に下さいませ」
「本人達に問え。俺は何も言わん」
「では問題ありませんね」
「レフィア様。私はっ!」
侍女頭のレダが何かを言いかけるが、レフィアがそれを押し止める。
「白の宮はボロボロになってしまいましたが、宮は再建されるそうです。その際には是非、宮の管理に通じていらっしゃる方のお力添えが欲しいのです。あなたが宮の事などまるっきり分からないと言うのであればそう言って下さい。無理は言いませんから」
「私は、レフィア様をっ」
「どうでもいい事です。この先、宮の事をあなたに任せても良いかどうかだけを聞いているのです。出来るか出来ないかを教えていただけませんか」
「私に、宮を……?」
「貴女以外の誰にそれを任せられましょうか」
「私は、私は……。何て事を……」
レダが口元を押さえて泣き崩れた。
ここにいる者達は現在それぞれの役職を解いてある。
魔族自体の数が少なくなっている今、無闇に処断するつもりは最初からなかったが、全く罰も与えずにいれば秩序を損なう。
改めてそれぞれの処罰を与えねばならん所だったが、当のレフィアがそう言うのであれば何も言えん。
言いたい事は山程あるけどな。
落とし処としては悪くはないか。
「不服のある者は進み出ろ。考えてやってもいい」
「レフィア様の望まれますように」
真っ先にアドルファスが膝を折った。
今回の件において、アドルファスは一言の弁明もしていない。ただ、己の未熟を恥じ入るのみだった。
一言でも弁明してくれれば、いくらでも俺が庇うのだと、分かっているのだろう。
いや、アドルファスだけではない。ここにいる者全てが保身の為に言い訳を重ねたりはしなかった。
優秀な奴等である事は間違いないのだ。
故に、出来れば変わらず尽くして欲しかったが。
それが叶わぬとあらばそれも良いかもしれない。
アドルファスを皮切りに全員が膝を折った。
これで彼等を処断する必要はなくなったな。
「これで話はまとまったな。気が済んだならお前は部屋に戻って休め。顔色が真っ青だ」
レフィアが一歩下がって頭を下げた。
本来なら足下も覚束無い程ふらふらだろうに。
こいつらの助命の為に無理して出向いたな。
まったく。昔と何も変わらない。
気丈な振りをしてるが、コイツはとことん倒れるまで無理をし続ける。
どうやら成長したのは身体だけのようだ。
馬鹿なヤツだ。
それに惚れてる俺も救いようの無い馬鹿だが。
レフィアが部屋を出る直前で立ち止まった。
「時に魔王様」
「どうした。まだ何か欲しいのか」
「先程からどうしても気になっていたのですが、そのストッキングにどうしても見覚えがありまして」
「これがどうした?」
「まさかとは思うのですが、それ……」
リーンシェイドの使用済みのストッキングだとバレたか。内心ドキリとする。
「昼前までレフィア様が履かれていたモノです」
リーンシェイドがしれっと答えた。
「……」
「……」
「……」
「変態」
ばたん。
……。
まてぇぇぇぇぇぇええええええ!!!!
違う、誤解だ!違わないけど、違う!!
これはそんなんじゃなくて、臭いとか確かに嗅いだけど、そうと思ってた訳じゃなくて!!
何だこれは!?どうしてこうなった!?
これじゃただの変態じゃないか俺は!?
ちょっとニヘラともしたけど、違うんだ!
嵐のように内心が乱れまくる反面、俺の身体は固まったまま身動きが取れなかった。
どうしてこうなった。何でこうなる。
セルアザムが皆を退室させる。
脱力して物言えぬ俺はただ茫然と彼等を見送った。
「陛下。お気を確かに」
「だ、大丈夫だ。心配ない……」
「相変わらず、面白い御方でございますな。すでにお気づきかもしれませんが、今回誰も死なずにすんでおります。これは幸いでございました」
「ん?」
「姫夜叉の頭蓋骨を組み込んだ魔術具は国宝級にございます。使い方次第では一国を滅ぼすにも至りましょう。それが今回は暴走し、取り込んだ相手は近衛騎士団長のアドルファス殿でございました。被害は小さくはありませんが、誰も人死が出なかったのは幸いでございました」
「あっ」
凶刀に取り込まれたアドルファスは、たった1人で近衛の1班を吹き飛ばしたとあったな。
確かに、あれでよく人死が出なかったものだ。
「その前には迷宮トロルの氾濫もあったとか。あの者達への陛下の温情。不満を口にする者などおらぬと申し上げいたします」
「そうか。……そうだな」
事の大きさと結果を見比べていくらか落ち着く。
セルアザムに慰められながら俺は思った。
ストッキングって、頭に被ると自分じゃ脱げないんだな。
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