♯21 決戦!白の宮



 真っ白なエントランスホールへと駆け込む。

 だだっ広い空間には相も変わらず白マッチョ達が立ち並んでいる。


 少しコイツらが邪魔ではあるけど、広さといい、必要のなさといい、丁度いいんでないかい?


 どぉごぉぉおおおん!!


 清々しいほど豪快に入口が吹き飛んだ。

 修練場からここまで実によく壊してくれたもんだ。正気に戻ってからどんな顔をするのか、想像すると今からでもワクワクする。

 ふふん。


 さぁて。そろそろ終らせよう。


 アドルファスが凶刀を立てて駆け込んできた。

 私はそれを迎え撃つ為に剣を構える。


 さあ、来いっ!


「害意ある侵入者を確認。排除します」


 突然、抑揚のない無機質な声が耳元で聞こえた気がした。

 もちろん私の声じゃない。

 誰かいるのかと慌てて周りを見渡すが、あえて確認するまでもなく周りの景観が様変わりする。


「なにこれ」


 モゴゴっと軋みを上げながら動かないハズの白マッチョ達の彫像が動き出した。


 全裸の白マッチョ達が次から次へとアドルファスへと飛びかかる。


 ……はい?どうなってんの?これ。


 奇怪な光景に自分の目を疑う。

 真っ白なエントランスホールの中、全裸の白マッチョの石像達に抱き着かれる真っ黒なアドルファス。


 きしょい。


 思考が止まりかけた。

 いやいやいやいや。

 こんな所で現実逃避してどうする。自分。


 リビングスタチューってやつだと思う。

 つまりはそのまんま、動く石像。

 勇者の英雄譚とかで魔王軍の中に出てくるヤツ。


 って言うか動くんですね、あなた達。

 毎日毎日『コイツら動いたら嫌だなぁ』とか思ってました。なるべく視界に入れないように、全力であなた達の間を駆け抜けておりました。

 毎日ここで寝泊まりしてたんですよ。私。


 泣いていいですか。


 どれだけ頼み込んでもコイツらを撤去してくれない理由が、ようやく分かりましたともさ。

 私の為の防犯装置だったって事ね。


 気持ちは嬉しいけど迷惑だよセルアザムさん。


 でも、使えるものは何でも使っちゃる。

 白マッチョ達にくんずほぐれずもみくちゃになってる今なら、あの凶刀を叩き落とすにも好機。

 艶かしい筋肉達がもにょもにょと蠢く。股間にあるナニかも無軌道に揺れて自由を謳歌してる。


 そもそも何故全裸で作った。

 馬鹿だろ絶対。


 近づかないと駄目ですか。あれ。


 駄目だよね。駄目かなぁ……。

 私だってこれでも乙女なんだけどなぁ……。


「ええええぇぇい!ままよ!!」


 このまま逡巡してても始まらないし終わらない。

 私は意を決して飛び込んだ。

 白マッチョを盾にしながらも凶刀の刀身を力いっぱい叩きつける。

 ワラワラと組みついてくる石像の群れを振り払うように、アドルファスは黒い靄を四方に飛ばしている。一振りする度に白マッチョごと壁や天井が粉々に吹き飛んでいく。

 白マッチョの影から凶刀を叩き落とそうと試みるけど、何度ぶち叩いてもビクともしやがらない。


 どんだけ強く握りしめてんだコイツ。


 だんだん白マッチョ達の数も減ってきている。

 コイツらの数が減ろうが、建物がボロボロになろうが全然構いはしないんだけど……。

 ちょっとヤバいかもしんない。

 刀身を叩きつける度に、その衝撃が手にダイレクトに伝わって痺れが酷くなっていく。

 作戦の選択ミスを悟る。強化された力を見くびっていたかもしれない。マズった。


 迷いが隙を生み、一瞬の判断をミスった。


「あぐっ!?」


 避け損ねた刃が右肩を大きく縦に切り裂いた。

 痛い。焼けるように痛い。目茶苦茶痛い。

 握力が覚束無くなってる所に受けた衝撃の所為で、思わず剣を落としてしまう。

 追撃を避ける為にすかさず白マッチョの影に隠れるけど、武器を手放してしまった。


 ここに来ての痛恨のミスに唇を噛む。


 起死回生を狙う為にも落ち着かないといけない。

 諦める?冗談じゃない。

 落ち着け。白マッチョ達の数も残り数体。コイツらがいなくなると清々するけど窮地にも陥る。


 右肩の傷は結構深い。

 ドクドク血もいっぱい出てる。

 気弱になりかけてる自分を奮い起こす。


 落ち着け。考えろ。

 焦るな気負うな諦めるな。


 ヤバい時ほど相手を見るんだ。

 相手の何がヤバいかよく見て見つめて見定めろ。

 窮地の原因を探って見つけて取り除け。

 何がヤバい。何がある。何を見つける。


 アドルファス。じゃない。

 アドルファスは取り込まれてるだけだ。何に。

 あの凶刀だ。剣先が煙るあの凶刀が原因だ。

 あれにアドルファスは取り込まれてるだけだ。

 あの凶刀を手離させないといけない。

 でもどうやって。力で叩きつけても駄目だった。

 どうすればいい。どうすれば手離させられる。


 剣先が煙る凶刀。


 煙る?


 剣先が煙ってる。

 剣先に微かに煙のようなモノが見える。

 煙?何故煙が?黒い靄ではなく白い煙だ。


 違う。煙じゃない。

 剣先の一部の刃から粉のようなモノが零れてる。

 あれは何?何故あんな所からあんなモノが?

 さっきまではなかった。何故急にあんな風に。


 考えろ。考えろ。考えろ。

 見てきたモノ。触れたモノ。感じたモノ。

 どこかに答えがあるハズだ。考えろ。

 掴み取れ。手繰り寄せろ。たどり着け。


 黒い靄。効かない。乙女。避ける。血。


「乙女の血……」


 切り裂かれた右肩を抱き寄せる。

 さっき斬られた傷だ。血は流れ続けてる。

 頭の中が急速に冷えていく。

 正解かどうかは分からないけど、確信めいたものが沸々と沸き上がってくる。


 もう、他に手段を探ってるだけの余裕は無い。

 一か八かに賭けるには分が悪い。悪すぎる。


 上等じゃないか。


 賭け事には昔から自信がある。

 覚悟は一瞬気合は充分。


 横凪ぎの剣撃を掻い潜りそれを待つ。

 一撃ごとに白マッチョが砕け散り壁が吹き飛ぶ。

 違う。これじゃない。これじゃ駄目だ。

 あの凶刀に私の血を吸わせるには物足りない。

 吸わせるなら、とことん吸わせないと駄目だ。


 幾何かの剣撃をやり過ごす。

 アドルファスが剣を懐に引き、溜めを作った。


 ここだ。


 最後の一体となった白マッチョの後ろに隠れる。

 届くであろう衝撃を思うと身体が竦む。

 頭を過る後悔を強引に押し込めて歯を食い縛る。


「っ!?ぐっぅうう!!」


 禍禍しい凶刀が白マッチョを砕き飛ばして、そのまま私の横っ腹に深々と突き刺さった。


 あぐぐぐぐがががががああああああああ!!

 痛い。目茶苦茶痛い。死ぬ程痛い。

 焼けるような激痛に目が眩みかける。

 やんなきゃよかった。やめればよかった。

 こんな事するんじゃなかった。

 馬鹿か私は。馬鹿だよ私は。

 刹那の間に後悔が頭の中を埋め尽くす。


 でも、それがどうしたっ!!


 渾身の力を込めて鍔の鬼の角を両手で掴む。

 ここで捻られでもしたら私の身体が持たない。

 身体を前に押し込みさらに刃を奥に引き込む。


 貴重な乙女の純血だ。存分に味わいなさい。


 途端、刀身から凄まじい量の黒い靄が弾けるように勢い良く吹き上がる。今までの非じゃない量だ。

 まるで断末魔のように爆散した黒い靄が、天井と壁とを問わず辺りを吹き飛ばす。


 でも、私には効かないんだよね。やっぱり。


 アドルファスの力が弛んだ気がした。

 私は残った気力を振り絞って上体を反らす。


「こんのっ!!」


 身を屈めたアドルファスの脳天目掛けて、渾身の力を込めて頭を振り下ろす。


「アホルファスがぁぁぁああああ!!!」


 硬質で鈍い音が頭の芯に響く。

 こんな時って本当に目の前に星が飛ぶんだね。

 チカチカする視界の向こうで、凶刀を手離したアドルファスがゆっくりと弾むように倒れていく。


 よし。なんとかなった。


「レフィア!!!」

「あに様!?」

「団長!!!!」


 遅れてみんなの声がする。

 ゴトリ。と、音がして何かが床に転がった。


 激痛のあまりに視界が霞む。

 薄れいく視界の隅でパキリと乾いた音を立てて、床の上の鬼の頭蓋骨が割れた気がした。


 姫夜叉の頭蓋骨は強大な魔術具の材料になる。

 ……それが為に殺されたと、あの時リーンシェイドは確かに言っていた。


 心の中でそっと冥福を祈る。


 多分だけど。

 勘でしかないんだけど。

 きっとそうなのかなって途中から気づいてた。


 あなたの子供達。

 もう大丈夫だかんね。


 鬼の頭蓋骨は物言わぬまま灰になっていく。

 

 私はそのまま、意識を手放した。






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