♯20 やるならやりなさいよ



 どごぉんっと下っ腹に重低音が響く。

 魔王様の殺気が力を持って放たれた。


 何だこれ。

 身体が重い。


 威圧感で身体が強引に押さえ付けられる感じだ。


 何とか威圧に耐え、ふと気付くと魔王様がすぐ目の前にいた。

 いつの間にか剣を抜いて構えてる。

 全然分からなかった。

 何かやっぱり強さの次元が違う。


「アドルファス!目を覚ませ!!」


 呼びかけながらも斬りかかる魔王様。

 血の気が多いなぁほんと。

 私は魔王様の振り下ろす刃の下に躍り出た。


「ぐっ!邪魔だ!!」


 だって邪魔してるんだもん。

 けれどもさすがは魔王様。

 あの状態からでも剣を止めてくれた。

 アドルファスの剣を捌いて背中を魔王様の身体に押し付ける。


「どういつもりだ。何をしている」

「魔王様は戻っててください」

「ならん。そこをどくんだ」


 面倒臭い。

 また1から説得し直さなあかんのか。コイツも。

 どいつもこいつも好戦的で困る。


「カーライルさん!さっきのあったら頂戴!」

「あ、はい!」


 カーライルさんが例の小瓶を2つ投げてよこす。

 いや、2つもいらんがな。


「何をする気だ」


 受け取った小瓶の蓋を開け、魔王様の口当てをずらしておもむろに飲ませた。

 嚥下する感覚が伝わってくる。

 よし、飲んだな。


「ごぶっ!な、なんだこれは!?何を飲ませた!」

「エクストラポーションです」

「腐ってんだろ!これ!!」


 はい。腐ってます。


「え。そんなまさか。隊舎にあった備品とお聞きしたので、そんなハズは!?」


 しれっと知らなかった振りしてやりすごす。

 カーライルさんがそっと顔を逸らした。


「何がしたいか分からん!!いいからそこをどけ!どかねばお前ごと切り捨てる!!あぐぅっ!」

「私はどきません!やるならやりなさいよ!!」


 魔王様が下腹部を押さえて内股になる。

 効果はばつぐんのようだ。さすがエクストラ。


「剣を振ろうと力んだ瞬間に大変な事になります。大勢の前で醜聞を晒したくなかったら下がってて下さい」

「外道かっ!お前はっ!!うっ!」


 だって面倒臭いだもん何か。


「リーンシェイド!魔王様をお願い!突然何故か不思議な事に体調を崩されたみたいなの!!」

「あのなっ!あっうっ!!」

「下手に動いては駄目です!魔王様の誇りと尊厳が零れてしまいます!!」

「零れるとか言うなっ!ぐぐっ!」


 悶える魔王様。ちょっと効き過ぎたか。

 胃腸が弱いんだね。

 きっと何かと気苦労が絶えないんだろう。

 上に立つのも大変そうだ。


「魔王様分かって下さい。魔王様にもアドルファスにも互いを傷つけあって欲しくないんです。どうか、お願いします。ここはまかせてもらえませんか」

「レフィア。……お前」


 そっと小声で囁いてみた。

 魔王様の声色が落ち着いたものに変わる。

 敬愛するあに様と魔王様の二人が斬り結ぶ姿をリーンシェイドに見せたくないのは本当。

 それを素直に言う気は無いけどね。


「相変わらず手段を選ばんな……」

「はい?」

「そこまで言うなら手は出さん。まかせるぞ」

「ありがとうございます。魔王様」


 何かボソボソ言っててよく聞こえないけど、リーンシェイドに連れられて後方に下がってくれた。

 よし。魔王様はリーンシェイドに丸投げしよう。


 これでようやく目の前に集中できる。


 実は少しは勝算がある。

 今のアドルファスは実際あまり強くない。

 はっきり言って普段のアドルファスの方が強い。


 あの膂力と冗談みたいな反応速度はさすがに厄介だけど、言ってしまえばそれだけだ。攻撃が大振りで単調に過ぎる。ただ力任せに振り回してるだけなのだ。

 これならいくらでも捌ききれる。


 問題なのは異様なタフさと黒い靄だ。

 特にあのいかにも呪われていそうな凶刀から沸き上がっている靄。斬撃を振るう度にあの靄が膨れ上がって周りにいる者を襲ってる。

 近衛騎士達もばるるんもあれにやられたっぽい。


 けどこれ、何故か私には全く効かないのだ。


 黒い靄が沸き上がって来たかと思うと、すぅっと私を避けるかのように霧散していく。


 私だけじゃなくて、リーンシェイドと魔王様にも届いてなかったように見える。2人にはあまり戦わせないようにしてたから、確実にそうとは言えないけど。


 私とリーンシェイドと魔王様。

 この3人に効かない。他の人達とは違う、この3人だけ共通する何かがあって、その所為であの靄が届かないのだとしたら……。

 3人に共通するものって何だろう。


 純真無垢で清楚可憐な乙女。とかだろうか。

 私とリーンシェイドだけならそれでも充分いけると思う。


 それ以外ない。

 異論は認めない。


 けど、魔王様も含めるとなると……。あ。

 確か魔王様には童貞疑惑があったな。


 “乙女(処女)“な部分か!!


 何かそれっぽいし、多分そうだ。

 あの靄、呪いの効果の一部っぽいし、きっと“経験の無い乙女(魔王様含む)“には効かないのかもしれない。


「アイツ、何かゲスな事考えてないか?」

「……」


 魔王様の呟きが聴こえた気がした。

 恥ずかしがるなよ仲間じゃないか。


 とりあえずあの靄が効かないなら勝算が広がる。

 でも、このままここで斬り結ぶのはマズイ。

 私に効かなくても周りにいる近衛騎士達にはビシバシ効いてる。場所をかえなくてはいけない。


 壁に開いた大穴から身を踊り出す。

 私にターゲットを定めてくれたんだろう、アドルファスもまた、私の方へと駆け寄って来た。

 上手く誘導していかなきゃならないから、離れ過ぎず近寄り過ぎず。おいでおいでを繰り返す。


 どごぉぉおおん!!


 修練場から廊下へ、壁を潜ってその先へ。


 ぼどごぉぉおおん!!べごぉぉおん!


 曲がり角を曲がって、また穴を抜けて。


 ずどごぉぉぉおおん!!


「……おい。マジか」


 べぎょどぉぉおおおん!!


 つい乙女にあるまじき呟きを漏らしてしまった。

 ちょっと失敗したかもしれない。

 修練場から場所を移すのに間違いないはなかったハズだ。あそこにいたら人的被害が確実に増える。


 ばきょどごぉぉぉおおん!!


 でも、ここまで物的被害は無かったろうな……。

 アドルファスくん。障害になりそうな壁も柱も何のその。片っ端から黒い靄をぶつけて壊すは壊す。

 修練場からこっち、あちこち穴ぼこだらけだ。


 魔王城を好き放題壊して追いかけてくる。

 人払いが済んでいるのか人気がないのは幸いだ。

 でもこれじゃ早めに場所を決めてやらないと、移動すればする程魔王城が瓦礫に変わっていく。

 私は特に気にはしないけど、何か魔王様の胃腸が更に弱ってく気がする。


 でも、どうしようか。

 壊れてもいいような場所で普段は使わない所。

 出来ればここからそう遠くない所か。

 宮と修練場の往復しかほぼしてなかった私は、魔王城の構造にはあまり明るくない。さて、困った。


 べぎょどごぉぉぉぉおおおおん!!!


 一際大きな音を立てて目の前に大穴が開く。

 崩れた壁を乗り越えて穴を潜った私は一瞬、足を止めてしまった。おや?


「あれ?何で」


 崩れたのはどうやら外壁の一部だったらしく、穴を潜った私は外に出ていた。

 不思議と見慣れたこの風景。


 魔王城の一角にある真っ白い大きな建物。

 白の宮が、目の前にあった。





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