♯19 猛狂う夜叉



 はっきり言って、ヤバい。

 何も考えずに飛び出してしまった。


 アドルファスはあっという間に距離を詰め、凶刀をリーンシェイドに向けて振り下ろした。

 いや、振り下ろそうとした。

 間一髪で私が二人の間に入って、振り上げたアドルファスの腕を下から支えるように止どめている。


 間に合ったけど、間に合いはしたけどさ。

 ここから一体どうしたらいいのか分からない。

 一瞬でも気を抜けばそのまま斬り捨てられるだろうし、このまま力勝負では勝てっこない。


「くっ。この馬鹿あに様がっ」


 ヤバい。何か、何か考えろ。


「カーライルさん!今だ!!いっちゃれ!!」


 私はアドルファスの背中の向こう側に叫んだ。

 声に反応したのか、視線に反応したのか。アドルファスは慌てて身体ごと真後ろを振り返る。


「はい?」


 カーライルさんが私の右側でキョトンとしてる。

 がら空きの背中を渾身の力で蹴り飛ばした。


「重っ!堅っ!!」


 蹴り飛ばされ多々良を踏んだアドルファスよりも、蹴り飛ばした私の方が大きくよろけた。

 こちらを怖い顔で睨み付け襲いかかってくる。

 反応っ早っ。

 まだバランスを崩したままで対応しきれない。

 斬られる。


 どっごぉおおおんっ!


 間近に迫った影が轟音と共に大きく横にずれた。

 唖然としている顔の前に、再び大きな影が立つ。


「へ?」

「何をしておる。とっと逃げぬか」


 虎だ。

 虎がいる。

 虎が喋った。


 虎の顔をした人、と言うよりも服を着て、2本足で立っている虎が目の前にいる。

 どこか聞き覚えのあるやたら渋い声だ。


「虎人を見るのは初めてか。ふっ。人間ほどそこらにほいほいいる訳ではないからな」

「バルルント卿!これはどういう事ですか!?」


 我に返ったリーンシェイドが叫んだ。


「貴殿の方こそ色々あったようだな。とりあえず無事で何よりだが、時間がない。後で話そう」


 虎とアドルファスがぶつかりあった。

 両方ともやたらタフだな……。

 この虎のおっさん、バルルントってあのバルルントかい。あんまりはっきりと覚えてないけどこんな顔だったっけか。もっと人間っぽかった気もするけど。


 虎のおっさんがアドルファスを押さえている間に、近衛騎士達がまわりをぐるりと囲い込んだ。


「ばるるん虎のおっさん。つえぇぇぇ」

「聞こえとるぞ!ふぁんしぃにくっつけるな!」


 ばるるん余裕あるじゃん。


「ふぐぅおぅ!!」

「余所見してると危ないよ?」

「誰のせいだ!誰の!!」


 よく見ると一方的にやられてる。

 斬られた端から傷が塞がっているように見えるので、どうにか互角の戦いになってるっぽい。

 反則的な再生能力だ。どうなってんの?あれ。


「包囲を崩すな!動きを止める!!」


 近衛騎士達の包囲が狭まる。

 タイミングを見計らって数にまかせて全員で押さえ込むつもりだ。

 ばるるんとアドルファスの距離が開いた。

 号令一下、近衛騎士の隊列が突っ込む。

 まるで小さな黒い山のように、全員でアドルファスに飛びついた。


「ぐふぅおおぉぉああああああ!!!」


 そして、全員吹き飛ばされた。

 マジですか。

 目の前の光景が現実離れしてて着いていけない。

 なんだこれ。夢か何かだよね。

 状況が一気にひっくり返ってしまった。


 あに様が倒れているばるるんに斬りかかる。


「あに様!!」


 リーンシェイドがアドルファスを突き飛ばした。

 リーンシェイド……だよね、あれ。

 何だか様子が明らかに違う。


 まず、何か、陽炎のようなモノが全身を包むようにモヤっとしてるし、黒かった髪がまっ白になって毛先だけを赤く残し、その陽炎にそよいでいる。

 角のようなものも突き出てるように見える。

 というか、完全に角だ。あれ。


 姫夜叉。


 リーンシェイドから聞いた話が脳裏に浮かぶ。

 自分の事を確かそう呼んでた気がする。

 だとするとあれが彼女の本来の姿なんだろうか。

 おっさんが虎になるんだから、黒髪の美少女に角が生えて白髪になるくらいは何でもない。……のか?

 目まぐるしく変わる展開についていけない。


 さすが魔王城。色々と不思議な人が多い。


 姿を変えたリーンシェイドは、虎のおっさんを庇うようにしてアドルファスと戦い始めた。

 庇ってるのは虎のおっさんだけでは無い。

 確かにそうだ。アドルファスに虎のおっさんや近衛騎士達をこれ以上傷つけさせてはいけないよね。

 虎のおっさんは兎も角、近衛騎士はアドルファスが大事にしていた部下という名の仲間だ。それをアドルファスに傷つけさせては駄目だ。


「……でもね」


 地面に転がっていた近衛騎士の誰かの剣を拾いあげる。

 力を込めて柄を握りしめ、私は駆け出した。

 下着姿のままで。……まだ下着姿のままだった。

 隠すとこ隠れてるから大丈夫だ。構やしない。

 勢いを着けて走り抜ける。


「これはもっと駄目でしょうが!!」


 あに様とリーンシェイドの間に割って入る。

 凶悪な凶刀を払いのけて握り手に痺れが残る。


「リーンシェイド!あなたは下がってて!」

「私も戦えます!」

「あなたが戦ったら駄目でしょうが!」


 2合3合と打ち合う。

 まともに受け続けては駄目だ。

 私の手が持たない。

 刃の向きを流すように剣を合わせてやる。

 一呼吸入る所で少女を押し戻して距離を取る。


「約束したよね。あに様と魔王様の所に戻って、謝って、叱ってもらうんだって」


 前に出ようとする彼女の身体が止まる。


「約束はちゃんと守るからあなたは待ってて。ちゃんとあなたをあに様の所に戻してあげるから」

「……どうして。どうして貴女がそこまでっ。そこまでするんですか!?」


 瞬きの間にリーンシェイドの姿が元に戻る。

 こんな瞬間的に変われるんだ。

 ちょっとびっくり。


「ボロボロじゃないですか!?傷だらけで、しかも服まで脱ぎ捨てて!!」

「人を丸裸のように言わないように、そこ」

「そんな格好。同じようなもんです!!」


 隠すとこはちゃんと隠れてるやい。


「貴女人間じゃないですか!私達とは全然違うじゃないですか!!どうしてそこまでして私達を助けようとするんですか!!貴女がそこまでする理由なんてないじゃないですか!」


 リーンシェイドを背中に庇うように押さえ込みながら、アドルファスの追撃を凌ぐ。


「貴女こそ出てこないで下さい!構わないで下さい!!お願いですから下がって下さい!!」

「嫌」

「っ!?」


 理由。理由か……。そういえばそもそも、私がリーンシェイドを探す義理も助ける理由も無いわな。

 考えた事もなかった。

 だって。どうでもいい事だし。


「私はやりたいと思った事をやりたいように全力でやるの!」


 握った拳に力を込めて剣を振り抜く。


「後悔もするけど!失敗もするけど!自分でやりたい事に全力でぶつかって行くのに理由はいらない!!」

「ただ我儘なだけですよね!それ!!」


 カーライルさんが悲鳴のように叫ぶ。

 倒れてる人達を必至で後方に運んでるのに、言わずにはいられなかったみいだ。ほっとけ。


「あに様が大事なんでしょ!好きなんでしょ!支え合って生きてきたんでしょ!だったら傷つけあってどうすんの!下がってなさい!!」

「本当に。物凄く我儘ですね、それ」

「まかせて!」


 リーンシェイドの気勢が緩んだ気がする。

 そろそろ喋りながらはキツくなってきた。

 背中で彼女が下がる気配を感じる。

 よかった。分かってくれたっぽい。


 後は心置き無くアドルファスをボコすだけだ。

 さすがの魔王城でももうネタ切れであって欲しい。


「どういう事だこれは!!何をしている!!」


 鶴の一声が怒気をはらんで場内に響く。


 あちゃ。

 そうだ、コイツもいたんだった。

 魔王城って魔王がいるお城の事だったね。

 すっかりさっぱり忘れてたよ。

 どうせなら、このまま忘れていたかった。


「なっ!おまっ、何て格好してるんだ!」

「今更誰も気にしてないので魔王様も気にしないで下さい!」

「そんな訳にいくか!こんな大勢の前で!」


 何か面倒臭い。

 ほっとくか。


「あぐっ!?」


 アドルファスの殺気を込めた横凪ぎを捌き損ねた。

 痛い。気を散らしてる場合じゃなかった。

 魔王様のせいだ。魔王様が悪い。


「っ!?レフィアァァァァ!!」


 あ、やばい。


 今まで感じた事も無いような威圧感が脹れあがる。

 魔王様から感じていた怒気が殺気に変わった瞬間だった。






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