♯18 酔いどれに呪い(黒騎士の葛藤2)
リーンシェイドが姿を消して一週間が経つ。
散々手を尽くして探してはいるが、何がどうなっているのか、皆目見当もつかない。
大体、こういう事は苦手なのだ。俺は。
敵が目の前にいるのならばどうとでも戦ってやる。その敵がいるのかどうかさえ分からないのに、どこに向けて剣を振るえというのか。
リーンシェイドが姿を消した。
それだけは事実なのだが、何故姿を消した。
家出したのか、何かに巻き込まれたのか。
何かに巻き込まれたにしても事件らしい事件がそもそも起きていない。最近起きた異変といえば人間の世界からレフィアがこの城に来た事ぐらいだ。
そのレフィアも、何だか今の環境に馴染んできているようにさえ見える。
見た目と違いアレは随分と図太いようだ。
黙って立っていればそれなりに見えなくもない。
むしろ上等な部類に数えても良い位だ。
だが、人の顔を見るなりいつも減らず口を叩く。
あの残念な中身はどうにかならんものか。
違う。レフィアの事じゃない。
今はリーンシェイドの事だ。
頭を降ってアレの顔を思考の隅に追いやる。
最近あの不愉快な間抜け面がすぐ頭に浮かぶ。
アイツは悪霊の類いか何か。おぞましい。
違う……。リーンシェイドの事を考えろ。
苛立つばかりで気持ちだけが焦る。
無事であってくれればいい。
そう祈るしかない自分に余計に腹が立つ。
いっそ己の立場を利用して近衛騎士団を捜索に当たらせる事も考えなくもなかったが、それは出来ない。
近衛騎士団は陛下のものだ。それを、事件がおこっているのかどうかも分からない現状で、ましてや自分の妹を探すという個人的な理由で動かす訳にはいかない。
いっそ何かの事件に巻き込まれていてくれれば。
「……馬鹿か、俺は。何を考えているんだ何を」
ふいに頭をよぎった考えを必死で否定する。
愚かにも程がある。
立ち止まり、深く呼吸を整える。
これでは駄目だ。思考の袋小路に陥っている。
何か、何かあるはずだ。
今もこうして城内を探し回ってるのは何の為だ。
欠片でもいい。その何かを見つける為だ。
どこかに、何かがあるハズなのだ。
それが何かは分からないが見つけてみせる。
全くもって腹立たしい事ではあるが、アイツなら、そうするような気がした。
レフィアならば、あの貪欲な目差しでもってきっと何かを見つけるのだろう。
俺には思いもよらぬものを。
アイツは何を見つけるのだろうか。
アイツはいつも何を見ている?
アイツがいつも視線を向けているものは……。
廊下を曲がった所で下働きの侍女と擦れ違った。
そうだ。アイツはいつも誰か人を見ている。
途端、妙な違和感に胸がざわつく。
「待て」
俺は侍女を呼び止めた。
何だこの違和感は。どこから来るのか。
侍女は足を止め振り返る。
何がおかしい?何かが違う。何が違う?
場所じゃない。時間でもない。服か?違う。
姿勢。顔付き。髪型。仕草。肌の色。違う。
探しに探した微かな違和感。
ここで見逃しては駄目だ。
何故だかレフィアがふわりと笑った気がした。
亜麻色の髪から微かに香りを遊ばせて。
香り……。
「そうか、……匂いだ。何故貴様からその匂いがするのだ。これは……。……魔来香?」
侍女の顔色がサッと青ざめた。
魔来香。魔者達の撒餌。侍女。失踪。酔い薬。
単語が浮かび上がって繋がっていく。
もう少しで何かが分かりそうになった時、侍女が隠し持っていた袋を投げつけて逃げ出した。
相手の目の前で思考に沈むなど明らかに失態だ。
とっさに手ではね除けると、中身が粉々になって盛大に散らばり、全身でそれを浴びてしまった。
「っ!?」
身体に降りかかった粉末を払いのけ侍女を追う。
「待てっ! 貴様!」
一瞬の隙を付かれ姿を見失う。
ここまで来て。ここまでたどり着いたのに!
逃してたまるか!!
力まかせにすぐ側のドアを押し開けた。
「ぶごぅっ!?」
鈍い音と共に悲鳴があがる。
「バルルント卿の部屋でしたか」
「あぐぅっ。突然どうふぁれまひたか」
盛大に扉にぶつけてしまったらしい。
顔を押さえて立ち上がっている。申し訳ない。
苛立ち紛れに適当なドアを選んだつもりだったが、バルルント卿の部屋だったとは。
俺もこの人も運が悪い。
「不審な者を見かけたのですが、見失ってしまい。部屋を間違えたようです。申し訳ない」
「いや。今から貴殿に使いを出す所だったのだ。手間も省けて丁度良いというもの。ふぐっつつ」
「いえ、私はかの者を探さねばならないので」
バルルント卿に部屋の中へ促されるが今は時間が惜しい。折角つかみかけた手掛りなのだ。
逃がす訳にはいかない。
「貴殿に渡すよう約束したモノがあってな。時間はとらせんよ。渡すだけだ」
「私に、ですか」
頭の片隅にぼんやりと霞がかかる。
先程の浴びてしまった魔来香が回ってきたか。
直接粉末を吸い込んでしまったらしい。
この程度ならなんとかなるが、思っていたよりも強い効能に苦いものが混じる。
これも己の未熟さ故かと。
「ふぐっ。酷く強く鼻を打ったようで鼻が痺れてるようだ。失礼した。そう、貴殿の妹御から頼まれたものでね」
「……リーンシェイドが、ですか」
意外な名前に意識が引かれた。
リーンシェイドがバルルント卿に?
思ってもみない取り合わせに疑問が生じる。
部屋に入ると、バルルント卿は細長い重厚な箱を手許に置いた。無骨な箱がどこか不気味に感じる。
「これは? これをリーンシェイドが貴方に?」
「本来であれば妹御に渡すべきなのだが、どうやら連絡が取れない様子。貴殿にも関りのあるシロモノ故、貴殿に渡すのが筋かと」
「でしたら、私ではなくリーンシェイドへ……」
「銘を『鈴森』という」
身体が強張った。
バルルント卿の言葉に耳を疑う。
「人の世界で探し周り、ようやくにして見つける事が出来た。苦労はしたが、貴殿ら兄妹の元に戻るのであればそれも報われるというもの」
鈴森。確かにそう言った。鈴森、と。
記憶の底にしまいこんだ忘れようもない名を。
鈴森。俺達兄妹の母上の号。
人の世界で殺され、その首を狩られた母上の号。
その号が銘としてつけられたモノ。
その意味する所。つまり。
「どうか受け取られよ。貴殿ら兄妹にこそ、これを手にする権利があるのだから」
自然と身体が動いた。
思考をどこかに置き忘れてしまったかのようだ。
俺は今何をしようとしている。
手許に置かれた箱を開けた。
中には一振りの抜き身の刀が納まっている。
どこか遠い所で誰かが俺を呼び止めた気がした。
だが、伸ばした手を止められそうにない。
吸い寄せられるかのように柄に触れる。
その柄に、触れてしまった。
姫夜叉の頭蓋骨を組み込んだ強大な呪具。
鈴森と銘打たれた呪いの凶刀に触れてしまった。
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