♯17 トロルトレイン
きつい! きつい! きつい!
膝が震えて視界が霞む。
焼けつくように肺が痛い。
カラカラになった口の中で奥歯をぐっと噛み締める。
けど、こんな所でへたばってたまるかっ!
「だぁぁあああああーっ!」
地下迷宮の出口、魔王城内へと続く最後の昇り階段を一気に駆け上がる。
「どぅらぁぁあああ!」
勢いに任せて扉を蹴り飛ばし、身体ごと城内へと飛び込んでいく。綺麗に掃き清められた床に顔からへばりつき、冷たい感触を頬で感じる。
どうにか地下迷宮を抜ける事は出来た。
けど、ここで気を抜く訳にはいかない。
床につけた額で身体を支え、足腰に根性を込めて床を思いっきり蹴り飛ばす。
次の瞬間、地下迷宮の入口が吹き飛んだ。
「ほんっとっ、しつっこいっ!」
掠れた声で吐き捨てるように叫ぶ。
体力の限界だなんて甘えていられない。
気力の限りを尽くして身体を前へと押し出す。
崩れた入口跡からゾロゾロと無数の迷宮トロル達が溢れて出てきた。
地下迷宮を抜けさえすれば諦めると思ってけど、とこっとん甘かったっぽい。
どこまでついてくるんだコイツらはっ!
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
どこか見覚えのある廊下をひたすら走り抜ける。
魔王城のどこに出たのか確認する余裕も無かったけど、自然と身体が向く方向へ進んでいたらしい。
バッと視界が開けて、明るさに目が眩む。
修練場だった。
ただがむしゃらにその中へと駆け込む。
黒い集団とすれ違った。
「二列横隊! 前列備え!」
力強い、聞き馴れた号令がその場に響く。
直後、城を揺るがすような衝撃と轟音が轟いた。
「右手幅散開っ後列抜剣っ、交差して打ち払えっ!」
構えた盾の間から後列の騎士達が剣を掲げ、一斉に、迷宮トロルの群へと斬り掛かった。
「何て格好してるんですか!」
脱力してその場に倒れ込んだ私達を、カーライルさんが毛布でくるんで支え上げてくれた。
嵐のような剣戟の音が場内に溢れる。
頼れる仲間達の背中が眩しすぎる。
先に戻ってたカーライルさんがその言葉通りに、皆を集めていてくれたみたい。
……正直。助かった。
マジで死ぬかと思った。
「中央待機っ、両端から前進! 押し返せっ!」
副騎士団長のモルバドットさんが指示を飛ばす。
モルバドットさんがいるという事は、今トロルと対峙してるのは近衛の精鋭である1組だろう。
この組ではまだ8人抜きしか出来てない。
香の影響があったとはいえ、カーライルさんでさえ弾かれた斬撃を、迷宮トロル相手に重ねている。
さすがに強い。見ている間にも押し込んで行く。
荒い息づかいで喋れずにいる間に、結び目をほどき、リーンシェイドが抱えあげられた。
地面に敷かれた布地の上へと、うつ伏せに置かれる。
控えていた女性が背中の傷を確認し始めた。
顔に見覚えがある。近衛所属の治療術士だ。
彼女は険しい顔をして少女の背中に手を当てた。
「かなり酷いです。よく今まで持ちましたね」
傷口に当てた掌が淡い光に包まれる。
これ、……魔法だ。初めて見た。
傷を塞ぐ魔法、なんだと思う。リーンシェイドの背中の抉られた部分が光に飲まれ、再生していく。
「どうにか一命はとりとめられそうですね」
カーライルさんが安堵と共に呟いた言葉に、弾かれたように反応してしまった。
なんて言った? 今。
「危ない所でしたね。肺の一部まで抉られてたみたいです。相当な激痛だったでしょう」
目を見開く私に頷いて更に補足をくれた。
けど、ちょい待てこら。
どういう事だ。
命に別状はないと言ってたじゃないか。
そう本人から聞いたはずだ。
そう本人から……。
本人から?
ハッと気付いてリーンシェイドに振り返る。
彼女は私から顔を背けた。
「騙したな」
リーンシェイドは無言を通している。
……にゃろ。
肺まで抉られてるだと?
そんな素振りも見せなかったし、血に咽ぶ気配もなかった。無理やり飲み下していやがったな。
道中呻き声1つ上げなかったのは、必死で堪えていたからか。
「痛みが無いってのも嘘だな」
「実は、……もの凄く痛いです」
顔をあちら側に向けながらこそっと溢した。
「この嘘つき娘め。後で懲らしめてやる」
「申し訳ありません」
心配させない為だろうとはいえ、自分の命を粗末にするとは何事か。手のかかる娘だね。まったく。
一緒にいるこちらの身にもなって欲しいもんだ。
「こんなボロボロになるなんて。御自身の身をもう少し大事にして下さい。本当、手のかかる御方ですね。少しはこちらの身にもなって下さい」
私がカーライルさんに怒られた。
何故だ。
傷の治療が終わったのか、治療術士の人がリーンシェイドに服を羽織らせていた。背中から羽織って前で重ね合わせて閉じる感じの服だ。確かにあれなら寝てても着せられる。
リーンシェイドがのそりと起き上がった。
未だそこかしこが血まみれではあるが、もう動けるようになってるみたい。
すごいね、まるで魔法をかけられたみたいだ。
魔法をかけられてたか。
「レフィア様はこちらを、エクストラポーションです。身体中ボロボロでしょう」
カーライルさんに渡された小瓶を受け取る。
掌に収まる程度の小瓶で、中には薄い銀色の液体が入っている。何かの薬だろうか。
飲めって事だよね。
このタイミングで毒殺もないだろうと、栓を開けて中身を飲み干す。
ドロっとした感触が喉の奥をおぞましく撫でていく。ヌルヌルした舌触りの中に混ざるジャリジャリした何かが苦味を残して口の中に居座る。
えぐみと青臭さが後からこみあげてきた。
ひたすらに不味い。何だこれ。
「……まさかここでカーライルさんに毒を盛られるとは。裏切者はすぐ側にいた」
「……人聞きの悪い。大体、貴女がそれっぽっちの毒でどうにかなるとも思えません。隊舎にあった正真正銘、体力回復の為のエクストラポーションですよ」
どこか疲れたように言うカーライルさん。
言われてみればお腹の中から温かいものが込み上げて、身体中に広がっていく。
鉛のように重かった手足が急に軽くなった。
これは良いものだ。
物凄く不味かったけど。
「っ!? ……そんなっまさかっ!?」
私を看はじめてた治療術士の人が動きを止めた。
まるで信じられないものを目の当たりにしたかのように、驚愕に表情を強張らせている。
え? 何? どうした?
治療術士の人は小さく震えながら、恐る恐るといった感じで視線を私からそっと外した。
口元を押さえてカーライルさんの方を見上げる。
「隊舎にあったって。あれを飲ませたんですか!? あれ、腐ってて捨てるヤツですよ!?」
「ぶっ!」
カーライルさんの顔がみるみる青くなっていく。
おいこらカーライル。
「レ、レフィア様なら多分大丈夫ですよ! 問題ないでふぶっ!」
一目散に踵を返して逃げ出そうするカーライルさんの首元を鷲掴みにする。
言われた通り大丈夫そうなのが余計に腹立つ。
首が絞まって苦しそうだけど、逃がさないよ?
私が更に問い詰めようとした時、より大きな轟音が場内を揺らした。
慌てて振り返ると近衛騎士が数名倒れている。
「何!? 何があったの!?」
隊列の一部が吹き飛ばされたらしい。
すぐさま、別の騎士達が倒れた騎士達を抱えてその場から離れていく。
助けられてる方の騎士も自分の足で歩いてるのが見えるから、命に関わる程ではなさそうだ。
けど、何があったんだろうか。
私が促すと、側にいた治療術士が退避している騎士達の方へと駆け寄っていく。
私の事よりも彼等の方が心配だ。
迷宮トロル達はその数をごっそりと減らし、後はもう数匹しか残っていない。
そろそろ楽観視してもいい状況のはずだった。
さすがの騎士達も動揺を隠しきれていない。
吹き飛ばされ隊列の途切れた場所に誰かがいた。
誰かがまだそこに立っている。
その近衛の鎧を着た騎士がふらついて膝をつくと、残った迷宮トロル達が咆哮をあげてそこに殺到した。
「あに様っ!」
リーンシェイドが悲痛な叫びをあげる。
あれ、アドルファスか!
何故か興奮した迷宮トロル達が、片膝をつくアドルファスに覆い被さるように襲いかかっていく。
さっきまで無我夢中で私達に襲いかかってきた、その様子さながらに。
肉片が血飛沫と共に弾け飛ぶ。
あまりよく見えなかったけど、剣撃だった。
アドルファスが振るった剣が、残った迷宮トロル達をあっという間に斬り刻んでしまったのだ。
近衛騎士も強いけどアドルファスは別格だった。
けど、何かがおかしい。
迷宮トロル達が一掃されたというのに、場の緊張感がさらに高まっていく。
心臓の鼓動が耳元で大きく跳ね上がる。
アドルファスがのそりと立上がり、こちらを見たような気がした。何かを探している?
一瞬。身体をびくりと何かに反応させる。
その視線の先には、……リーンシェイドがいた。
リーンシェイドは青白い顔を更に悲壮感に染め上げ、大きく目を見開いている。
アドルファスがゆらりと動き始めた。
頭の中で誰かが警鐘をならし続けている。
駄目だ。
それは絶対に駄目だ!
何が?分からない。
分からないけれどそれだけは絶対に駄目だ!!
「リーンシェイド……」
聞こえないハズの呟きが聞こえた気がした。
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