♯13 多すぎる手違い(虎人の奮闘)
魔王城にある自らの執務室にて部下からの報告書に目を通す。どれも芳しい成果が得られていない。
この国はまだ、これほどに多くの課題を残している。
「バルルント卿! これでは話が違います!」
前触れも無く扉が開け放たれる。
誰かと思えばリーンシェイド嬢だった。
ここに来るとは珍しい。
彼女は何者かを引き捕らえて入ってきた。
「乱暴なお越しですな。リーンシェイド嬢」
「どういう事なのかご説明ください!」
語気が荒い。酷く興奮しているのだろう。
この少女にしては珍しい事もあるものだ。
乱暴に床に放り出され
はて、……さて。
「命までは取らない。逃がして、どこか遠い所で隠し匿うというお約束だったからこそ、私はっ!」
「まず、落ち着きなさい。リーンシェイド嬢」
「私は落ち着いています! バルルント卿!」
あの、実直ゆえに猪突猛進なアドルファス卿の妹御にしては、大人しい少女だと思っていたのだが。
血は争えぬらしい。
「状況を察するに、そこな者がレフィア嬢の命を狙ったのだろうが……。はて、私に何を説明せよと?」
「この者がバルルント卿の所に出入りしている事は知っています。事ここに及んでしらを切るつもりなのですか」
「どうやら、とんでもない勘違いをしておられるようだ。普段の貴殿とは思えぬ焦りようだな」
侍女には確かに見覚えがある。
私の所に出入りしてる者にまず間違いはないだろう。だからと言って、私の手駒であるとも限らぬのだが。
「そこな者はこちらで預かろう。詳しい話も聞きたいのでね。まずは落ち着きなさい。それからだ」
「私の勘違いだと。そう言われるのですか?」
「そこな者は確かに見覚えがある。それは認めるが、私からの指示ではない。信じられぬかもしれんが、そこを信じてもらえねば何も話ができぬ」
リーンシェイド嬢が私を訝しむ。
今までの私が私だ。この少女には信じがたいかもしれないが、やってないものはやってない。
応接用のソファーに腰掛け、対面に座るよう促すが、少女はそれを拒んだ。
私を測りかねているのだろう。
それもまた、致し方ない事か。
分かってはいても深い溜め息が出てしまう。
「レフィア嬢を害しようとする者が出てくる事は、事前にある程度説明してあったと思ったのだが?」
「そうならないよう貴方が動いているハズです」
「尽力はしているが、私とて全てを網羅している訳ではない。取り零しは必ずある」
運良く協力関係にまでこぎ着けたのは幸いであったが、この少女、いや、この兄妹と私は、つくづく相性が悪いと思わざるをえない。
「それを馬鹿正直に信じろと?」
「疑いは晴れぬか。では、こう言えば良いか。レフィア嬢をこの魔王城に連れて来させたのは私だ。私には私の思惑があった。レフィア嬢を殺す事は私の思惑からは外れる」
私の告白にリーンシェイド嬢が息を飲む。
「バルルント卿が、レフィア様を?」
そろそろ明かしても良い頃だろう。
こんな形を望んでいた訳ではなかったが。
「順を追って話そう。そう長い話ではない。そもそもの事の起こりは、有力者達が王后の座をめぐり競い合うかのように陛下の元へ参じた事に始まる」
内乱を治め、魔王として即位した陛下の元へと、次から次へと娘達が送り込まれて来た。
あの執念には実に辟易とさせられたものだ。
「未だ混乱覚めやらぬとして、陛下はその中の誰をも選ぶ事は無かったが、次第に、彼らの間である噂が広がった。陛下にはすでに心に決めた方がおられるのだと」
「それで、バルルント卿がレフィア様を?」
「であれば良かったのだが、私が事の次第を把握しきる前にレフィア嬢の事が彼らに知られてしまった。どこから漏れたのかは未だ分からぬが、彼らの執念、いや、怨念が辿り着かせたのだろう。彼らはレフィア嬢の存在を知ってしまったのだ」
まさか、陛下の思い人が人間の娘であるなどと、誰が思うであろうか。自身の中の思い込みから、その可能性にいたらなかった落度は認めるが、出し抜かれたその事実には、酷く打ちのめされた。
「彼らはレフィア嬢の存在を知ると、すぐさまその存在を消しにかかろうとした。人間の世界に攻め入り村を焼き、その娘を殺す計画を立てたのだ」
自分本位で周りを顧みることすらしない。
目的の為であればいかなる手段であろうとそれを成そうとする。
先代魔王の忌むべき負の遺産である。
彼ら自身は気付かずとも、その心根には、先代魔王の影響が深く刻み込まれている。
「まさか。……ですよね。国内ですら混乱しているというのに、さらに人間達との戦端を開こう等と」
「残念ながら、己の欲するものの為ならば、周囲の状況など構わないという連中は腐る程いる。だが、そんな事を見過ごしてしまっては、この国を建て直そうとされている陛下の意に反する。それは、許されざる事だ」
まっすぐにリーンシェイド嬢を見つめる。
私は謀り事もする。人の裏も探る。この兄妹のように真っ直ぐではいられない、その自覚はある。
だが、陛下を慕うこの忠誠に一切の偽りはない。
何を疑われようともそれだけは譲れない。
この少女に思いが通じたかは分からない。
だが、彼女もまた、頷いた。
「幸いにして、彼らの計画を知り得た私は、彼らに先んじて、レフィア嬢の身柄を確保する事が出来た。あとは目の届く場所に彼女を匿い、ほとぼりが冷めた頃を見計らって、人間の世界に戻し隠すつもりであったのだが……。想定外の事が立て続けに起きてしまい思うように進まなくなってしまった」
「……想定外。ですか?」
「レフィア嬢の事が陛下に知れてしまったのも大きいが、何よりも彼女そのものが想定外だった」
迎えに出した者が彼女に返り討ちにあったのだ。
いや、待てと。
保護しに行った使者を返り討ちにしてどうする。
内密に内密にと進めてきたモノがそこで壊れた。
襲撃計画よりも先に彼女の身柄を確保せねばならない。だが、当の本人が思うままにならない。
何なんだあの娘は。本当に人間なのか、と。
背に腹は代えられぬと、周りに恐怖をばら蒔くホロウナイトを使い、村を人質に取る事でようやく連れ出せたのだ。
ホロウナイトは魔王軍の最終兵器に近い。
それを用いる事で、遂に陛下の知る所となってしまったのだ。
「ホロウナイトが村を訪れ、村人が恐怖にすくんでいる中。レフィア嬢は至極普通だったらしい」
「……すみません。目に見えるようです」
「事が公になってしまっては致し方ないと、陛下の前で忠誠を誓わせようとした。人間に対する嫌悪感があったとしても、陛下に忠誠を誓うものを表立って襲うモノもおらぬだろうと、考えての事だったのだが」
「ものの見事に反発されましたね。私もあの場におりました。あれは貴卿にも非があるかと」
「皆の感情を私が代表する立場にあったのだ。下手に出ては要らぬ禍根を残す。レフィア嬢が陛下を罵った時には正直私も焦った。必要以上に無様に喚く姿を演じる事で、皆の感情を逸らすには逸らせたようだが」
肝が据わっているにも程がある。
魔王城の最奥で陛下を前にし魔族に囲まれ、あそこまで堂々としている娘が他にいようか。
「演技以上のものも感じられましたが……」
「ともかく、だ。レフィア嬢を連れてくるように指示をしたのが私である以上、今更彼女を殺すような事はせん。そこだけ信じてもらえれば良い」
「お話は分かりましたが……。にわかには……」
未だ思案を続ける彼女を見つめ直す。
この少女なら分かるハズだと私は確信している。
「大切な者が殺される苦しみを、私も貴殿もいやと言う程知っているハズだ」
少女の身体が微かに強張るのが分かる。
それを知っているからこそ、彼女は私の協力者足り得るのだから。
「その苦しみから私を救いだしてくれたのは陛下だ。その陛下が大切に思う者を、私が殺せる訳がない。その位の節度は持っているつもりなのだが」
「申し訳ありませんでした」
どうにか彼女にも伝わったようだ。
深々と頭を下げる姿にはもう敵意は無い。
「焦れば事を仕損じる。少しは冷静になれたようで何よりだ」
「大変な失礼をしてしまったようです」
「約束のモノは近い内に届くハズだ。その時にはまた声をかける。それまではくれぐれも軽はずみに動かぬよう頼みたい。……貴殿が彼女の傍にいる。それだけでこちらとしては助かるのだから」
この少女の協力を得る為にこちらから提示したモノ。そんなものが無くとも、協力は得られたかもしれないが。形のある誠意もまた必要な時がある。
彼女が無視できないモノではあるけれど。
「よろしくお願いいたします」
顔色を青ざめさせながら少女は退室して行った。
約束は果たす。との意味であったのだが、必要以上に強い意味で伝わってしまったようだ。
申し訳ない。
レフィア嬢を害しようとする者の動きが、思ってたよりも大きいようだ。
床に蹲る侍女を見下ろす。
想定外の事が多すぎる。どうしたものか。
実に頭が痛い。
更に想定外な事が続いて起きた。
その日を境に少女との連絡が途絶えた。
リーンシェイドが、姿を消したのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます