♯12 淑女は度胸と勢い
人通りもなくなる昼下がりの中庭。
私は大理石のベンチに腰掛けている。
思えばここでリーンシェイドに膝枕してもらったのも、もう2週間も前の話になる。
魔王城にきて半月。すっかり馴染んでしまった。
木の葉を揺らす微風が肌に気持ちいい。
すっかり春だね。
去年の今頃は、17歳の春を魔王城で過ごしているだなんて夢にも思っていなかった。
どこにでもいるただの村娘だったんだけどなぁ。
今も村娘以外の何者になったつもりもないけど。
何がどうしてこんな事になっちゃったのやら。
最初は魔王様が悪い。って思ってた。
まぁ、半分は魔王様が悪いんだろうけどさ。
魔王城も沢山人がいれば、色々あるもんだね。
「1人でこんな所にいるとは。自分の置かれた状況というのが、全く分かってないらしいな」
「所詮は人間の娘だ。チヤホヤされてていい気分なんだろう」
茂みの中から黒い全身鎧の騎士が近づいてくる。
今セルアザムさんには傍を外れてもらっている。
そうでなくては出来ない事を、今からしようとしてるから。
姿勢はそのままで視線を騎士達に向ける。
随分と見慣れてしまった近衛騎士の鎧だ。
私の手に武器はない。
二人の近衛騎士は刃の引いてない剣を抜いた。
昼下がりの陽光に照される刀身は中々に迫力がある。ぞくりとする悪寒は訓練には無いものだ。
「遅かったのね。危うく帰りそうだったわよ」
軽くねめつけてやる。
こうして時間を作ったのに中々来ないもんだから、今日はもう帰ろうかと本気で悩んでた所だ。
「さ、時間もあまり無いし。始めましょうか」
ベンチから腰を上げて二人に向き合う。
別に相手を嘗めてかかってる訳ではない。
剣に対してこちらは素手、しかも2対1。
誰が見たって圧倒的に不利だ。
だからこそ、それでいい。
「度胸だけは見上げたもんだが、使い処を間違ってるぞ。今は命乞いをするべきだろ?」
「中々堂に入ってるじゃない。命乞いをすれば助けてくれるのかしら。それなら、考えなくもないけど」
「ないな。お前自身に恨みは無い……事も無いが、陛下の隣に人間がいるなど、許されざるべき事だ」
「その命をもって償いとするがにょい」
「「噛むなよ」」
「うるさいっ」
もっかい言うけど噛むなよ。
思わずもう1人とセリフが被ったじゃないか。
やるならちゃんとやりなさいな。
風が凪いだ。
二人が息を合わせて斬りかかってくる。
横凪ぎの一閃。
剣筋を避ける為に腰を屈めた処へ、死角からのえげつない突きが迫る。突きをかわそうと体制の崩れたのを狙って、もう片方が軸足斬り払ってくる。
おいおいおいおい。
何とか避けきるも攻勢は止まらない。
二人同時に角度をずらして繰り出す突きをギリギリ避けて距離を取る。
「あ、あぶな。やっぱり訓練とは違うね。連携が入るとこんなにえげつなくなるんだ」
「全て避けきって言うセリフじゃないがな」
「あいもかわらずよく動く」
やばいやばいやばい。
斬りかかりをお互いが隠すように動くから、気がつくと目の前に刃がせまっている。そんな感覚。
ギリギリ反射的になんとか避けてはいるけど。
連携が入るだけでこんなに変わるんだね。
連携って怖っ。
お友達は普段から大切にする事にしよう。
さて、このままこれを避け続ける自信はない。
二人から視線を外す事なく息を大きく吸い込む。
「きゃあああああああああ! 変態よーっ!」
「おいっ!?」
「誰か! たすけて! 変っ態だーっ!」
「変態言うな! 変態と!」
一瞬の隙を見逃さず私は駆け出した。
中庭を抜けて近くの廊下にいる人にしがみつく。
「助けてください! 襲われているんです!」
その人は一瞬目を見開くと、直ぐ様私を背にかばった。決断と行動の早い人だなと思う。
すぐ後ろから追い付く二人と向き合う。
「何をしているんですか! あなたたちは!」
さすがに叱り慣れてる侍女頭のレダさん。
張りのある声にこもる迫力が違う。
「ちっ。いくぞ」
レダさんの姿を認めると、剣を納め引き返す。
頼もしい背中の後ろからそっと、引き返す二人組に向かって親指を立てた。
カーライルさん、ボゼさん。ご協力ありがとう。
そのまま残りの件もよろしく。
ボゼさんは、もう噛まないように気を付けてね。
とある条件と引き換えに協力を頼んだ二人。
次の目的の為に足早にこの場を立ち去って行く。
二人を追いかけようとするレダさんを、怖くてすがってるんです、という風体で服を掴んでとどめる。
今はまだ駄目だよ、レダさん。
「あ、ありがとうございました。突然襲われて何が何やら分からなくて。本当に、助かりました」
「大丈夫ですか? レフィア様。まさかこのような所であのような暴挙に出るなど」
レダさんが震える私の肩を支えてくれる。
「バルルント卿もここまでなさらずとも。さぞ胆を冷やされた事でしょう。もう大丈夫ですよ。先程の者達の事はアドルファス様にお伝えし、しかるべき処置をお願いいたしましょう」
ここでもバルルントの名前が出て来たか。
近衛騎士達に話を聞いていても、真っ先に出てくるのがバルルント卿の名前だった。
宰相のバルルント卿が私を殺したがっている。
バルルントって、初日に私を八裂きどうのって叫んでたおっさんだよね。
なるほど。如何にもって感じだけど、これだけ名前がポンポン出てくるのが逆に気に食わない。
黒幕は隠れていてこその黒幕だもの。
誰かがそう思わせたがっていると見た方がいい。
その誰かは、もしかしたら本人かも知れないし、他の誰かかもしれない。
さて、それは一体誰でしょう。
「ごめんなさい。あまりの事で、まだ気が動転してしまっていて。今はセルアザムもリーンシェイドもいないもので」
「お気を確かに。もう大丈夫ですよ」
「またあのような輩がいるかもしれません。どこか落ち着ける人の来ないような所を知りませんか」
食いついてくるかな。
正直に言えば、私はバルルントが黒幕だとは思っていない。だって、あからさまに過ぎるもの。
むしろ、それは、貴女ですよね。
侍女頭のレダさん。
私は貴女をこそ疑っていたりします。
だからこそ、こうして貴女がいるであろう時間と場所を見計らって行動に移したのですよ。
「よろしければご案内いたしましょう。さ、人がこない内にお急ぎください」
少しだけ考えるそぶりを見せたけど、レダさんはやっぱり食いついて来た。
目の前のご馳走はとても美味しそうでしょ。
千載一遇のチャンスなんだから、ちゃんと食いついてこないとね。
「ありがとうございます」
お礼の言葉を口にしてレダさんに着いていく。
空振ったらどうしようかと不安だったのは本当。
ありがとう。食いついてきてくれて。
淑女は度胸と勢いだね。
さて、どこに案内してくれるのか楽しみだ。
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