♯14 侍女頭のレダさん



 広大な魔王城。

 その下に、更に広がる地下迷宮。

 どんだけ広いんだ魔王さん家は。


 数世代前の話。この地下迷宮に転移して、そこから魔王城に攻め上がった勇者もいたのだとか。

 体力に物言わせて、このだだっぴろい迷宮を踏破し、魔王軍と戦う勇者様。

 筋肉チートぶっちぎりも大概だね。


 地下迷宮は魔王城とは違い、暗くて湿気が多くてジメジメしてる。埃と苔の入り混じった、何とも言えない生臭さがもわわんと立ち込めていた。


 なんだか近所の洞窟を思い出す。


 所々にある光る魔石のおかげで、迷宮内は自然洞窟と違って視界が通る。

 一人でに光る石とか、何とも不気味で不思議な石があるもんだ。


 近衛騎士さん達から聞いた噂では、この地下迷宮の最下層に闇の女神の祭壇があって、初代の魔王が加護を授かったんだとか。

 以来1200年。歴代の魔王様達が迷宮の踏破に挑むも、未だ加護を授かった者はいないのだそうだ。

 都市伝説ならぬ迷宮伝説、と言った所だろうか。

 マユツバにしても程がある。


 ここは魔王城の地下1Fでもあると同時に、女神の迷宮の1Fでもあるらしい。

 さすが別名混沌の女神様。魔王城と迷宮の境界まで混沌としてらっしゃる。


 ……。


 ……。


 ……うーん。


 うら若き可憐な乙女が暴漢に襲われ、安全な所に匿ってくれって縋ってきたと思うんだけど。

 そのうら若き乙女に、案内する場所がこんな地下迷宮だとは。

 レダさんも、相当だよね。


 確かに、ここなら誰も来なさそうだ。

 別の何かは出て来そうだけど。


 頭の中ではごちゃごちゃ文句も垂れてるけど、とりあえずは黙ってついていく。

 どこまで行くのか、ひじょーに気になる所ではあるけど……。


 本当、どこまで行くんだろうか。


 いくらか進んで行くと、小さな部屋があった。

 そこへ入るように促される。

 もちろん、入っていきますともさ。


 警戒もそこそこに部屋の中に入ると、先に入っていたレダさんが背を向けて立っていた。

 部屋の中は閑散としていて、特にこれと言って何かがある訳でも無い。


 準備する暇とか無かっただろうし、適当な部屋に連れ込まれたのかな? これは。


 ……さて、そろそろいいだろうか。


「リーンシェイドも、この近くにいるのかな?」


 さらりとカマをかけてみるも、レダさんは慌てるそぶりもなく振り返る。

 まぁ、バレバレですよね。そりゃ。


「どこか途中で騒ぎ出すかと思ったのですが、ちゃんと最後まで着いてくるなんて。変に度胸のある方ですね」


「おや。開口一番罵られるかと思ってたのに。意外な反応でびっくり」


 何か仕掛けてくるかと身構えてたけど、レダさんは殺気もなく、どこか困ったように微笑んだ。

 本当に意外だ。もっと短絡的かと思ってた。


「期待に添えられなくて申し訳ありません。ここにくるまでに、いくらか落ち着く事もできましたので。……妙な話ですよね。私の方は緊張して、手足の震えを押さえ込むのがやっとだというのに、レフィア様は随分と落ち着いていらっしゃる。これが、格の違いというものなのでしょうか」


「いえ。これ以上なくドキドキしてますけど?」


「お戯れを。貴女はそんな玉ではないでしょう?」


 玉って言われたよ。玉って。

 このどこから見て立派な乙女に。


「それで、何故私だったのですか? 他にもいらっしゃるでしょうに。バルルント卿はよろしいので?」


「簡単な話です。近衛騎士のポンタくん。彼だけなんです、私と目も合わさず避けていくの。何か含んでいる事があるのかなと調べてみたら、叔母である貴女から色々頼まれてたようでしたので、すぐに貴女に辿り着く事が出来ました」


「目を合わさないって。……それだけで?」


「それだけって言うか、それが彼だけだったので、随分と目立ったんです」


「はい?」


「だから、彼だけなんです、目を合わせてくれなかったの」


 キョトンとするレダさん。

 どした? 何か変な事でも言ったかな、私。


「ポンタだけって、近衛騎士は1組だけでも50人いるんですよ?」


「1組50人の6組300人ですよね。300人いる中でポンタくんだけ目を合わせてくれなかったら、そりゃ目立ちますよ?」


「300人と……って。……300人全員と、目が合ったかどうか覚えていらっしゃるのですか?」


「時間をかけて全員から色々お話を聞きましたから。大変だったんですよ、これでも」


 えへんと胸を張ってみる。

 更にレダさんが狼狽を深めてるけどなんでだ?


「300人全員からって、レフィア様がここに来てからまだ2週間しか経ってませんよね? その間にですか? 300人全員と? レフィア様ご自身で?」


「頑張りました!」


「頑張ったとかそういう問題なのですか!?」


 実際、頑張ったんだよ?

 皆が最初から、気さくに接してくれたのも大きいけどさ。


「……貴女、何者なんですか。一体」


「無理矢理連れてこられた村娘です。簡単な話だったでしょ? それでなんですけど、やっぱり私は殺されてしまうんですか?」


「レフィア様が嫌いな訳ではないんですけどね。むしろ、今はあなたを好ましく思い始めています」


「だったら止めませんか。痛いのは嫌いなので」


 丸く治まるならそれでいい。

 誰も傷つかないならそれがいい。


「申し訳ありませんが。止める事は出来ません」


「何で? そんなに私を殺したい?」


「最初は、そうでした。敬愛する陛下の后に人間の娘を据える事に憤慨し、その娘に侍女頭として仕えなければいけない事に深い憎悪を抱きました」


 自分で言っておいて何だけど……。

 殺したいかどうかを聞いて、素直にそれを肯定されるのも……、複雑だ。


「最初はって事は、今は別の理由で?」


「お笑いになられるかもしれませんが、レフィア様のお世話から外され、そこではじめて気付いてしまったんです。陛下の元で侍女頭として仕える事が、私にとっての全てだったのだと」


 レダさんは自傷気味に微笑んだ。

 笑いませんとも。

 自分にとって何が一番大切なのか。

 私だってそれに、胸を張って答えられるかどうかは、……分かんないもん。


「レフィア様に害意を抱いていたのですから、そのお世話から外されるのは当然の事です。頭では分かっているのですが、陛下の后となられる御方の為に私達は昼夜を問わず、あの白の宮を整えておりました。いつ王后様に仕える事になろうとも恥ずかしくないよう、失礼の無いよう自身らに課したモノも少なくありません。それらが私共の陛下への忠誠の証であり、誇りでした」


 レダさんが言葉をつなぐ。

 独白というか、……懺悔に近い言葉を。


「あの日。白の宮への出入りを禁じられた日。私共は全てを失ったのだと気付きました。先程、貴女を嫌いでは無いと言いましたが、違いますね。心の底から憎らしいと思っていました。何故私達が宮を追い出され人間の娘が我が物顔で住まうのか。今まで誠心誠意、陛下に一心に仕えてきた私達が、何故城内で肩身をせまくして過ごさねばならないのか。頭では分かっているのです。これが逆怨みであると。レフィア様に害意を持っていた。陛下が選ばれた貴女を認められなかった私達が悪いのだと。頭では分かっているのですが、そんなの、そんなのは認めない。認められる訳ないじゃないですか。……許せませんでした。私達から全てを奪った貴女が許せませんでした。私達が全てを失ったのならレフィア様、あなたも全てを失うべきだと、そう、お怨みしておりました」


 レダさんが許せないのは、……本当に私なんだろうか。

 私を憎い、怨んでると言ってる割には、あまり憎悪を向けられている気がしない。


 むしろ、本当に許せないのは……。


「後悔してるなら尚更、止めませんか」


「後悔してるというのなら、そうなのかもしれません。ですが、これは私の意地なのです。事、ここに至った以上もう元には戻れません。ここで止めてしまったら、今までの私が嘘になってしまいます」


 言葉を区切ると、レダさんは息を整える。

 奥に続く扉に向かって合図をすると、扉の向こうから二人の全身鎧の騎士が入ってきた。

 二人の騎士を背後に控え、レダさんが意を決したように私を見つめた。


「貴女を殺して自刃します」


「っ!? あほかっ!」


 自分勝手な帰結に思わず呆れ返る。


 ……なんじゃ、そりゃっ!?


 今、自分の誇りだとか生きる全てだとかって、そういう話をしていたんじゃないの?

 それで辿り着いた所が自刃!?


 ふっざけんな!


 自慢じゃないが私だって、自分勝手だっていう自覚はそれなりにあるさ。

 あるけどもさ。


 真っ先に自分を諦めてどうすんのっ!

 馬っ鹿じゃないの!?

 さすがにっ、あったまきた!


「っこの馬鹿頭! 奪われたなら取り戻せばいい! 失ったならまた作ればいい! 私を殺して自分も死ぬ? 上品ぶって分かりきった顔して、そんなの、思うがままにならない事から逃げてるだけの、ただのロクデナシじゃない!」


「……なっ!?」


「野生の虎でも熊でも猪でも、相手の命を奪うのは自分の命を繋ぐ為だって分かってる!? 自分が死ぬ為に相手を殺すとか、どんだけ上品ぶったってそんなの山ん中の猪以下でしかないじゃない! ふっざけんな! 誰がそんな理由で殺されてなんかやるもんですか! 殺されてもやらないし、絶対に死なせてもやらないからっ!」


「ぶ、武器も持たずに強がって! 貴方達! 苦しめないように一思いに斬り捨てなさい!」


 二人の騎士がレダさんの指示で動き出す。

 息を合わせたような連携で抜刀し、動きを封じた。


 もちろん、レダさんの動きを。


「あ、貴方達!? なんで!?」


「カーライルさん、ボゼさん、ご苦労様です」


「いやぁ、ギリギリ間に合いました。冷汗もんでしたよ実際。あまりに時間がなさすぎました」


「レフィア様も無茶をなさる」


「そ、そんなっ。一体いつから!?」


 狼狽するレダさん。

 してやったりと、私達は顔を見合わせた。


「決まってるじゃないっ。もちろん最初からです。ポンタくんの同僚として貴女に近づいた、その最初から」


「ポンタを始め、貴女の協力者達は上の詰所で、皆さん大人しく待機していますよ」


「同じく陛下に忠誠を捧げる身。悪いようにはしません。大人しく諦めてもらえませんか」


 驚きのあまり口をパクパクさせていたレダさんも、騎士二人に拘束されたとあっては諦めるしかない。

 目を閉じて天を仰いだまま、力を抜いた。


「カーライルさん、ボゼさん。レダさんを上にお願いします。くれぐれも、自刃させないで下さいね」


「承知しております。ですが、レフィア様はどうされるのですか? ご一緒されないので?」


 私は不敵に微笑んだ。


「私は美少女を助けねば」


 二人の騎士は何とも言えない顔を見合わせた。

 どういう意味なのかな。その溜め息は。


「俺が案内しますよ。レフィア様、場所知りませんよね? ボゼ、悪いが頼んだ」


「分かった。レフィア様。カーライルの言う事をちゃんと聞いて、あまり無茶をしないで下さいね」


「いや、ボゼさん。子供じゃないんだから……」


「カーライルの言う事をちゃんと聞いて、あまり無茶をしないで下さいね」


「……はい」


 ボゼさんこえぇぇぇ。

 大根演技の人と同じだと思えない。


 でもまぁこれで、黒幕は押さえた。

 後は囚われのお姫様を助け出すのみ。


 リーンシェイド。待っててね。

 今すぐ助けに行くからさ。





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