♯10 消えたリーンシェイド
リーンシェイドが消えた。
これまでも彼女がいなくなる事は多々あったけど、そのまま帰ってこないなんて事はなかった。
確信をもったのはその次の日の朝。
いつもの通り、エントランスホールを全力で駆け抜けると、扉の前にセルアザムさんがいた。
「おはようございます。セルアザムさん。リーンシェイドはどうしたんですか?」
「おはようございますレフィア様。彼女には、他にお願い事をいたしておりますので、今はおりません。暫くは私めにてお許し下さい」
はい。嘘ですね。
淑女の第六感が、嘘を嘘だと見抜きました。
それ位の嘘なら私にだって分かりますとも。
ついでに言えば、人手不足で侍女を用意できないというのも半分嘘ですよね。セルアザムさん。
声には出さずに心の中で指摘する。
「このまま修練場へと向かわれますか?」
「はい。今日もそうしようと思っています」
結果的にその方が都合が良いだろうから。
魔王様への忠誠高い近衛騎士なら、魔王様の意に反してまで私を害そうとはしないだろう。逆にそういった存在に対しての備えにもなる。
侍女を用意できないのは、もちろん人手不足もあるのだろうけど、それ以上に私の側に置ける者が極めて少ないからだ。
私を殺そうとしちゃうんでしょ。
嫌いだもんね、人間。
セルアザムさんやリーンシェイドは他の人達とは扱われ方が全然違う。
この二人のどちらかと二人っきりになる事はあっても、他の誰かがいる時は必ずどちらかがいる。
例外は修練場で近衛騎士と一緒にいる時だけだ。
この二人は魔王様の腹心なんだろう。
それも相当肝入りの。
そう考えると、魔王様から特別に何か指示を受けて別のお仕事をしている。……事もあるか。
即位したてで、まだ落ち着いてるとも言い難いもんね。
ふと考える事がある。
「セルアザムさん」
「はい。何か?」
「私をここに連れて来たのは魔王様の指示?」
「修練場へは、レフィア様のご意向でございましたが、今日はどこか別の場所へご案内を?」
前を行くセルアザムさんが優しく振り返る。
聞くタイミングを間違えたか。
いや。はぐらかした?
「魔王様が直接、今、この時期に、私を魔王城へ連れて来るようにって指示したんですか?」
「レフィア様を望まれたのは間違いなく、陛下ご自身の御意思によられるものでございます」
やっぱり、はぐらかされた。
なるほど。そういう事ですか。
私はニッコリ微笑んだ。
妙に噛み合わないというかスッキリしないというか。なんだかチグハグな感じはずっとしていた。
思考の先回りをされて、念も押されちゃった。
私を選んだのは魔王様自身か……。
でも、それもどうなんだろう。
さて、どれが本当でどれが嘘なのかな。
「本当の所を教えて欲しいってお願いしたら、こっそり教えてくれたりしませんか?」
「至らぬ所ばかりで申し訳ございません」
無理か。
魔王様が私を選んだのかどうかはさて置き、今、この体制の固めきれていない状況で、人間である私を連れて来た事に魔王様の意思は関わっていない。
それは間違いないだろうな、と思う。
あれだけ信望を集める魔王様だ。聞く所によればあまり私利私欲や我儘を押し通してる様子もない。
混乱から立ち直りつつある国の為に一生懸命だ。
なのに、その花嫁として私を連れて来させた。
人間に対する憎悪や不信を無視して。
そんな事を強引にやれば、より混乱するのは目に見えてるのにも関わらず。
やっぱり変だよね。らしくない。
私をここに連れて来たのは、魔王様の意図しない所のモノだったのだろう。
という事はだ。
ここで3つの思惑が透けて見えてくる。
私を殺したい人達と魔王様。
そして、私を連れて来てしまった人達。
私を殺したいなら連れて来る前に殺せばいい。
ただの村娘だもんその方が面倒も少ない。
なのにわざわざ連れて来た。その思惑の裏は兎も角として、すぐに殺したりはしないハズだ。
魔王様にしても同じ事が言える。
命令1つで始末できるであろうにそれをしない。
むしろ守ってくれてさえいる。
まあ、普通に考えても、セルアザムさんとリーンシェイドは魔王様側だろう。
そのリーンシェイドが消えた。
私を残して。
「身動きのとれない所にいる。な」
「……」
確信を持って呟く。
セルアザムさんは聞こえない振りをしているようだ。その沈黙は肯定だね。
胸の奥から何かが沸き上がってくる。
この感覚はずいぶんと久しぶりだ。
消えた美少女、手掛かりは無し。
ついでにここは魔王城。
チマチマと現状を把握するのはもういいだろう。
もう十分に分かった。
直接私に向かってくるのならまだしもそういう搦め手で来たか。守ってくれていたリーンシェイドがいなければ事が容易に運ぶとでも思われたかな。
さぁ。ここから私のターンを始めようか。
セルアザムさんが私に見えないように深い溜め息をついた。
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