♯8 白亜の宮殿
追いかけて。
追いかけて。
どこまでも追いかけ続けた。
手が届きそうだった。
手が届くはずだった。
手が届かなかった。
あきらめず。
がむしゃらに。
ひたすらに手を伸ばした。
求めるモノがそこにあった。
指先が触れる。心が揺れる。思いが震える。
あと少しだった。
あと少しで届きそうだった。
あと少しで掴みとる事ができそうだった。
願いは届かないまま、私は目を覚ました。
「夢か……」
ひんやりとした石の感触が心地よい。
気がつくと大理石のベンチで横になっていた。
リーンシェイドの膝枕つきで。
なんて言うか女子力高いなぁ、この娘。
「お目覚めになられたのですね。お身体の具合はいかがでしょうか」
美少女の膝枕つきのお昼寝ですから大丈夫です。
柔らかい太腿の感触が極楽です。
膝枕とか私には絶対無理だ。
自由に動けないし飽きるし痺れる。
前に興味本位で試した時、膝の上で寝始めたマオリにイラっときて顔面に頭突きかましたっけか。
視線を周りに移す。
どうやら中庭にある木陰の下っぽい。
脇にはセルアザムさんまで控えていた。
うがああああああああおおおおおおお!
この状況からすると負けたんだ私。
しかものされて気絶してたに違いない。
恥ずかしい。超絶恥ずかしい!
あれだけ調子こいといて負けて気絶とか無いわ!
確かに久しぶりの対面稽古で少し浮かれてたけど、これは無い。
どうやって負けたんだかも分からないし。
「……最後の方はほとんど覚えてないや」
「あに様の隙を見切って踏み込まれたのですが、そのまま体力の限界を迎えてしまわれ、気を失われておいででした」
まとめてくれてありがとう。うん。
そっか。打ち込まれた訳じゃないんだ。
美少女の太腿の感触を惜しみながら、ゆっくりと身体を起こす。
まだ少しだるいけど痛みは無い。
悔しいな。もう少しいけると思ってたのに。
「……で、そのあに様は? 確かお城を案内してくれてる途中じゃなかったっけ」
「アドルファス殿はご自分の執務へとお戻りになられました。これよりは私めがご案内いたします」
セルアザムさんが控えめに進み出てきた。
ヤツめ、とっと勝ち逃げしくさりおったか。
私もブタゴリラより老紳士の方が良いので、これはこれで有難い。
何て言うか雑なんだよねあの人。何かと。
「ご滞在中に宿泊される宮の用意が整っております。まずはそちらへご案内差し上げたいのですが。よろしいでしょうか」
宮?
「本来であれば王妃となられる御方の為に用意されているものなのですが、陛下よりレフィア様に是非そちらを使われる様にと。白の宮、宮殿でございます」
部屋と聞き間違えたかと思った。
宮って宮殿かい。
個人用の離れみたいなもんかな。
よし。ご案内されましょう。
気持ちを切り替えないとドツボにはまりそうだ。
セルアザムさんが案内してくれるっぽいので、凛とした安心感のある背中に、私もついていく。
セルアザムさんは、やっぱりどこか懐かしさを感じさせる。優しげな雰囲気が誰かを思い出させる。
誰かと聞かれると誰とも言えないけれど、これが老紳士の魅力というものなのだろうか。
城から先に出てもさらに先へと案内される。
馬鹿みたいに広いお城だ。
その馬鹿みたいに広いお城が建つ、阿呆のように広い敷地の一角にそれはあった。
まさに白亜の宮殿。白の宮。
白い。
とにかく白い。
石壁、窓枠、屋根、柱。全部が白い。
黒を基調とした魔王城にあって、ここだけが異様に白く輝いている。眩しくて目がチカチカする。
これだけ白いと夜光りそうだ。
中に入ると、白く輝く大理石のマッチョ像達がずらりと並んで出迎えてくれた。
……。
……。
全裸で。
馬鹿だろ魔王。
私は踵を返した。
落ち着こう。
まずは落ち着こう。
まずはそれからだ。
宮の中に入ったら全裸のマッチョが並んでた。
細いのやら、太いのやら、色んな種類のマッチョがいたような気がする。
「落ち着けるかぁぁぁあああああ!」
つい叫んでしまった。申し訳ない。
「セルアザムさん!? 何あれ! 何か中で変なのがずらぁっと並んでた!」
「どれも一流の技による一級品にございます」
そうじゃないでしょ。
そりゃあ芸術品としては一級品なんだろうけど、そういう事じゃないでしょうが。
確かに芸術なんてさらさら分かりゃしないけど、エントランスホールに全裸のマッチョ並べて『美しいですわねホホホ』なんて喜べる訳がない。
二人に促されて宮に戻る。
……ごめんなさい。
近づきたくないんだけど駄目でしょうか。
再びエントランスホールに突入。
うわぁぁぁ。
マッチョの群れを前にして目のやり場に困る。
建物の中もまっ白だった。
白い天井、白い絨毯、白い壁。
調度品から美術品に至るまで全部が病的に白い。
ずっとここにいると気が狂いそうだ。
全裸のマッチョ達は様々な格好で、自らの肉体美と男らしさを主張している。
さっきも一瞥したけど、いろんなタイプがいる。
共通しているのは全裸で局部を強調している事と、さらにもう1つ。
「顔がみんな一緒だ」
彫りの深い切れ長の鼻と鋭く尖った顎。
男臭さの中に少年のあどけなさの残る目元。
う~ん。これ、もしかして。
「もしかして、これ。全部魔王様?」
「陛下の魅力の千分の一にも届いてはおりませんが、より近付けようという努力をどうしても評価するとするならば。一万歩譲って陛下でございます」
あからさまに不本意そうだね。
マッチョ像の顔をまじまじと見つめてみる。
「魔王には似てないの? これ」
「かけらも似ていません」
即答するリーンシェイドと、それを見て押し黙るセルアザムさん。
誰かと言われれば魔王だけど、似てるかどうかと言えば似てない。そういう事か。
こんなもん何で作った。
「レフィア様。身の回りをお世話させて頂く者達を御用意する事ができませなんだ事。深くお詫び申し上げねばなりません。大変申し訳ありません」
セルアザムさんが頭を深く下げる。
いや、そんな事までしなくていいから。
人が足らないとかよりも、ここに泊まらないといけない事の方が問題だから。
ここを使うのは決定なのだろうか。できれば別の所がいいんだけど。私に拒否権はあるのかな?
「できれば別の……」
「時間になりましたらお食事をお持ちいたします」
ないっぽい。
ガン無視どころか目も合わせてくれない。
美少女と一緒なのはいいけど、こんな広い所に二人っきりだとさすがに心細いかも。
不安感は広さからくるものだけではないよ?
「何か御用がございましたら、こちらの鈴でお申し付け下さいませ」
小さな鈴を渡された。
こんなので聞こえるのか半信半疑でいたら、魔術道具だとかでちゃんと聞こえるのだと説明された。
ちゃんと聞こえるってどういう事かな。
何か嫌な予感がしてきた。
「では、ごゆるりとお寛ぎ下さいませ」
有無を言わせず下がっていく二人。
おい、待て。まさか。
バタンと乾いた音を立てて扉がしまった。
1人でここに泊まれと?
……泣いてもいいだろうか。
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