ACT.X-2 ※

 ある日、エドは談話スペースを陣取って厚紙と小さなパーツを並べていた。

 隣でその様子のを眺めるのはラッキーとエラーである。二人はエドが広げるそれをなんとも言えない表情で眺めていた。


「……これ、どうしたの?」

「よくわかんねぇけど、ハイドさんがやれってくれた」


 まためんどくさいものを。エラーはここにはいない先輩の悪戯な表情を思い浮かべるとため息をついた。

 今日は棟単位の免業日で、それぞれが思い思いに時間を過ごしていたところである。普段から真面目に仕事をしているとは言い難いエラーだが、少なくとも作業に顔を出さない日は少ない。たまの休みくらい堂々とのんびりしたいと彼女が思うのも無理はなかった。


「懐かしー。人生ゲームなんて、高校生の時以来かなー」

「私は小学生かも」

「あぁ、エラーちゃんって友達いなさそうだもんね」

「ラッキーに言われたくない」

「お前らなんか勘違いしてないか?」


 エドは呆れた顔で二人を見る。

 彼女が何を言おうとしているのか、見当がつかない二人は顔を見合わせた。


「え? どういうこと?」

「ハイドさんはあたしにってくれたんだよ。お前らまでやろうとすんなよ」

「……まさかとは思うけど、エドちゃん、人生ゲームやったことない?」

「あ? ねぇけど?」


 そんなこと有り得る? ラッキーは表情でそう語り、エラーは苦笑した。

 どういう生い立ちかは分からないが、なんと目の前のチビは人生ゲームというものを知らないらしい。


「あのね、エド。人生ゲームって一人じゃできないっていうか、やろうとしてる人がいたらそれ大分ヤバい人だよ」

「あ? 喧嘩売ってんのか?」

「なんでさ。大体、ルール知ってるの?」

「おう。ハイドさんから聞いてっかんな。まずこれを回すだろ」


 エドは勢いよくルーレットを回す。出た目は2。

 人に見立てたピンを掴むと、スタートから2マス進んだところに転がした。


「な?」

「いや、な? じゃないけど!? 人倒れてるじゃん! 車に乗せなよ!?」

「ラッキー、面白いから見てよう」

「無理だよ! 心が痛すぎるし!」

「お前ら何騒いでんだよ」


 エドはため息をついて再びルーレットを回す。要領を得たのか、先ほどよりも更に勢いがいい。じりじりと音を立てて、止まったのは3だった。

 彼女は新たなピンを手に取ると、ピンが転がっているマスから3つ数えたところにそれを転がす。


「1ターンにつき一人転がすのやめよう!?」

「っていうかマスに書かれてるの読みなよ」

「あたしは文字読むの嫌いだからヤダ」

「どんだけ馬鹿なの。読んであげるよ。お腹を壊す、1回休み」

「1回ってなんだ?」

「一人でやってる人なんて見たことないから知らないよ」


 三人が騒いでいると、肆と書かれた扉が開く。サタンが様子を伺うように出てくると、ラッキーは表情を輝かせた。


「ラッキーうざい」

「まだ何も言ってないのに!」

「顔がうざかったから。何を騒いでたの?」

「これだよ。エドがハイドさんから人生ゲームもらったんだってさ」

「そうなんだ。人生の墓場みたいなところでよくそんなゲームできるね」

「辛辣過ぎんだろ」


 そうは言いつつも、サタンも懐かしい玩具に興味がない訳ではないらしい。小さな車の模型を手に取ると、私はこれにしようかなと呟く。


「サタンも一緒にやりたいのか?」

「ううん。やってあげるの。で、どうしてピンが転がってるマスがあるの?」

「あ? 通ったところが分かるようにだろ」

「言いにくいけど、これってそういうゲームじゃないよ」

「なんでだよ、自分がどんな人生を歩んできたのか、振り返りたくなることだってあるだろ」

「アホなことしながら妙に深いこと言うのやめて」


 サタンは呆れながらそう言うと、三人にも車の模型を配った。

 エラーはそれを受け取ると、まぁいいかと呟き、一つピンを挿す。


「おい! それぴったりじゃねぇか……!!」

「偶然そうなったみたいな言い方しないでよ。元々こうやって使うものだし」

「じゃああたしがマスに置いたのはなんだったんだよ」

「こっちが聞きたいよ」


 エラーがエドに”可哀想なものを見る目”を向けていた頃、サタンとラッキーは下らないことで揉めていた。


「これが私でしょー。で、助手席に乗ってるのがサタンね!」

「そうなんだ」


 サタンは相槌を打つと、ラッキーと見立てられたピンを抜いて床に叩きつける。ラッキーは悲鳴を上げながら、談話スペースの隅に転がるそれを慌てて追いかけた。


「何やってんだ、あいつら」

「分かんないけど、サタンってラッキーにだけは妙にキツいよね」

「もー! やめてよ! 一緒に人生歩もうよ!」

「大変申し訳ございませんが気味が悪いので難しいですね」

「絶対申し訳ないと思ってないでしょ!」


 ラッキーは大きな声をあげて抗議するが、同情する者は誰一人としていなかった。

 そして一向に始まらないゲームがやっと始まろうとした頃、最後の一人が格子をくぐってB-4区画に戻ってきた。


「お前ら、何やってんだ?」

「あぁクレ。今からみんなで人生ゲームやるんだよ。クレもやろうよ」

「あぁ……? オレはいいよ」

「負けんのが嫌なんだろ」

「あ?」

「ダッセー奴」

「てめぇ……上等だ、やってやる。っつか、なんでお前の車だけそんなに人乗ってんだよ」

「多い方が強いに決まってんだろ」

「お前馬鹿だろ」


 こうして、B-4の面子は、”ビリが一位の当番を一週間肩代わり”という条件を付けて、ルーレットを回し始めた。

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