ACT.80 SIDE-777-
なぁんにも無かった。辛いことも苦しいこともなぁんにも。
なんでも卒なくこなせるのがいけないと思うんだよね。男が望んでるリアクションも、女の子が欲しがってる言葉も、全部分かっちゃう。分かっちゃう人っていうのは私以外にも大勢いるんだろうけど、どれだけ自分を殺して正解を吐き出せるか、それについて私は非常に長けていたと思う。
だってプライドも自我も何もないんだもん。あぁ、こう言われたら嬉しいんだろうなって発言や行動が、何の抵抗もなく出来る。だから私はすっごくモテた。男にも女にも。まぁ元の顔の良さも関係してると思うけど。
両方と付き合って思ったのは、男の方が断然楽、ということ。まぁ元々女とあれそれするように作られてるしね、生物として。女の子は男の気持ちが分からないとか言うけど、欲しい言葉は大体分かるし、そもそもそれ以上に寄り添うつもりの無い私には、この上なく楽な相手だった。飽きたらプライドを傷付けないように疎遠になって、仕切り直せばいいんだから。
一方で女の子は面倒だった。だけどこれが結構楽しかった。バイは結局結婚するなんて言われることが多いけど、このまま行くと私は女の子を選んで落ち着きそうだな、なんて考えていた。
頃もあった。
結論から言うと、どちらも駄目だった。
自分の正体になんて、気付かない方が幸せだったのかもって、今でもたまに考える。だけど、例えば過去の何も知らない自分がそこに居たら、私は自分が何者なのかを告げると思う。
私は多分、人を愛せない。これまでの経験もその結論を出す為の過程だったと思えば無駄じゃないのかも知れないけど、如何せん回り道が過ぎた。
十代が終わる頃、私はやっと自分の性質と折り合いを付けて生きていく事を決めた。別に辛いとも悲しいとも思わない。ただ粛々とそうする感じ。むしろ清々しい気持ちだった。
高二の夏、当時の彼氏とよろしくやって朝帰りしたある日。駅前に置きっぱなしにしていた自転車にチェーンと南京錠が掛かっていた。駐輪場に置いてある自転車が何か違反をやらかした等ということは考えにくい。おそらくはただのイタズラだった。鉄柱にくくりつけられたそれはびくともせず、私はうだるような猛暑の中をとぼとぼと歩いて帰った。
思えばあれが運命の出会いだった。鍵屋、自転車屋、駐輪場を運営している業者、どこに連絡すればいいかと考えた結果、私はどこにも頼らなかった。
ただの好奇心だった。ご丁寧にごっついチェーンをつけてくれたおかげでそれを断ち切るという選択肢は早々に消えた。ネットで南京錠の仕組みを調べて、それを把握するとピッキングの方法を調べる。海外のサイトで動画がいくらでも転がっていたので、然程難しいことは無かった。
理屈が分かると、あとは行動するのみ。駐輪場は夜間は施錠されているので、休みの日、部活やらで人が混み合う時間を避ける為、朝十時頃に現地に向かった。
一週間ぶりに対峙する自分の自転車は撤去されずまだそこに有った。管理人の姿も見えない。平日はおじさんが自転車の整理をしてるから心配していたけど、杞憂だったみたいだ。
とにかく、私はそこで、生まれて初めて鍵というものに真剣に向き合った。道具は見よう見まねで自作した。まさかワイパーをあんな風に使う時がくるなんて思っていなかったけど、開いてくれればなんだっていい。開く時のイメージは出来ている。そして、一時間程作業していると、その瞬間は訪れた。
指に掛けていた自作の工具の感触が変わる。シリンダーの回転方向にぐっと指先が動く。数ミリ程だけど、それまで一ミリにも満たない僅かなピンの感触と、微かな音を頼りに作業していた私にとって、その感触はもはや確信だった。
かしゃんという音が響き、勢い良くシャックルが上がる。要するにロックが外れたってこと。
「……え?」
いや変な意味じゃなくて。頭の中が真っ白になって、心臓がバクバクする。イくより全然気持ちいいの。信じられないだろうね。
それから私は鍵について勉強した。奥が深くて知れば知る程、試してみたいことが出てくる。作ってみたい工具も。この国は職業以外で鍵開けに関わる道具を持つ事を法律で禁じられているから、欲しいものは全て自分で作る必要があった。知ってる? デカいバールとかもダメなんだよ。
自転車がイタズラされた日、朝帰りしたと言ったけど、その男とはそれっきり。なんかどうでもよくなっちゃって。
鍵だけじゃ飽き足らず、セキュリティ全般に目を向けることになったのは最早必然だった。そこから発展して金庫破りやハッキング、色々な技術を自分のものにした。合間に男や女を摘んでいたけど。セキュリティ破りとも言える行為に携わっているときが、一番心が落ち着いた。そして興奮した。性的にってワケじゃないけどね。でもそれに近い何か。そうやって同時進行で試行錯誤を繰り返して、私は自分が求めているものを理解した。
技術を磨くと、それを試したくてたまらなくなった。私は鍵がかけられたまま放置されている廃屋によく忍び込んだ。どうせ取り壊しを待つだけのボロ屋だ。罪の意識なんてこれっぽっちも無かった。見つからないようにしないと後が面倒だ。そう思っただけ。
たまに押し入れの奥に古い金庫が放置されていたりして私を楽しませた。ダイヤルが数字じゃなくてイロハなの、ロマンだよね。私はそれらを勝手に解錠しては、よくわからない古い書類や古銭と対面した。腐りかけたこけしが出てきたときは腹抱えて笑ったっけ。
「佐伯、ちょっといいか」
「んー?」
そうして私に舞い込んだのは、唐突な相談だった。クラスメートの男友達が私を勝手に紹介したらしい。一つ上の先輩で、高校卒業を控えた彼はそれまでと変わらない調子で馬鹿なことをやって周囲に迷惑を掛けているとか。時期を考えれば、健全な学生は就職活動や受験に精を出している頃だ。いや、既に進路が決まっている頃だろう。見た目の通りの、半端者のクズらしい彼は、そんなことどうだって良かったんだろうけど。
彼が私に依頼したのは、彼の父が経営する会社の金庫からの、バイクの鍵の奪還だった。まともな人間なら彼に協力したりしないと思う。そもそもそのバイクだって突き詰めれば誰かの奪還対象になるかもしれないような代物だ。詳しくは聞かなかったけど、鍵屋に駆け込んで作製してもらうという一般的な手順を踏まなかった理由はそれほど多くはないだろう。
私はすぐに了承した。昼間に事務所の周りを遠目に観察して、侵入のルートを立てる。出入口の扉を前を通り、一目見てシリンダーの種類を確認すると、拍子抜けした気持ちになった。
できるだけ早い方がいいと言われていたから、その日の深夜に忍び込んだ。セキュリティシステムがないことは確認済みだったので、のんびり仕事をさせてもらったつもりだったけど、痕跡を残さないようにきっちりとドアを施錠してその場から離れて時計を見ると、三十分しか経っていなかった。
その足で鍵を返しに行くと、ホントに笑えるんだけど、礼もそこそこに彼は私を押し倒した。抵抗しようかと迷ったけど、私も作業の直後でなんとなくそんな気分だったから応じることにした。抱かれるより抱く方が気分に合ってたんだって後悔したのは、まぁ結果論だね。
それから、妙な口コミが広がって、私は後ろ暗い事情がある人達の依頼を請け負い続けた。高校を卒業する頃には顔も利くようになっていて、進路で悩む同級生達を尻目に、半分行き当たりばったりで上京した。ネットで出会った年上のお姉さんの家に転がり込んで、気まぐれに仕事をこなす。一緒に暮らすなら断然男よりも女だね。家事をあんまり押し付けてこないし。
仕事のことはもちろん告げていないから、浮気を疑って放り出されることも多かった。だけど、それは大体、「そろそろこの人飽きたな」と思うタイミングと合致してたから問題なかった。報酬でしばらく遊んでいられるだけの余裕はあったんだけど、だいたい上手い具合に次が見つかるから、マンスリーマンションなんかで寝床を確保することはほとんどなかった。
そして仕事の合間に、様々な施設に侵入する。映画館、大企業、芸能事務所。その頃には、仕事と趣味の境界線がかなり曖昧になってた。
そんなある日、大きな仕事が舞い込んできた。ターゲットはとある国立研究所。最初からキナ臭い仕事だとは思ってたけど、好奇心には勝てなかった。
まるで自分が依頼主のように振る舞うから初めは全く気付けなかったけど、打ち合わせを重ねる度におかしな点が浮き彫りになっていく。まず打ち合わせが何度もあること自体おかしいし。
私の仕事を奪還屋と呼ぶ人がいたり、泥棒屋と言う人がいたりするけど、どちらも「何処かに潜入して何かをしてきて欲しい」という類いの依頼を受け負うことには代わりはない。そしてそういった依頼をしてくる人物というのは、大体が自分では実現できないから、どこかの伝手を頼りに私に声をかける。つまり、取り返してきて、はい分かりました、依頼主と私の会話はこれだけで充分なのだ。
しかし今回、私が依頼主だと思っていた男は警備が手薄らしいタイミングや、内部の地図を渡してきた。さらに数回会ってもその施設に潜入して、何をさせたいのかを伝えて来なかった。そうして私は依頼を断ろうと思った、すごく迷ったけど。
考えにくいけど、相手が私の同業だとしたら。その仮定は僅かに好奇心を上回って私を制御した。例えばありもしないものを延々と探させられたり、逮捕されるよう仕向けられたり。邪魔な同業者を陥れようという、よくないビジョンはいくつも浮かんだ。
断ると連絡を入れた五時間後、私はその男と対面していた。そうしてこれまでの非礼を詫びられた。打ち合わせをしていた男は代理人、しかも専用の交渉人ではなく、ただの翻訳家兼助手だと言う。通訳者だと名乗らないことに違和感を覚えた。
そうして本当の依頼人だと言われた男はその隣でサングラスをかけて立ち尽くしていた。顔は今でも見たことがない。深夜の都内でサングラスを外そうとしないところを見ると、どうやら顔を隠しているつもりらしいことが窺えた。
金髪でガタイが良くて鼻が高い。典型的な白人だった。きっと綺麗な眼の色をしてるのだろう。未だに見たことないけど。彼は助手だと名乗った男に何か耳打ちをする。一瞬、驚いた表情を作ったけど、すぐに淡々とした顔付きになって私に向き直った。
「施設の侵入、それが君へのミッションだ」
「ミッションって、映画の観過ぎじゃない?」
「君が映画のようだと言うならそれでもいいだろう。映画の製作費は二百万。どうだ」
「はっ。面白いこと言うね。でも、侵入? それだけでいいの?」
「簡単に言うな。研究所は通常、堅牢な」
「わかってるよ。前にデータ盗んでこいって言われて入ったことあるし」
そう言って笑うと、彼は顔色を変えてサングラスの男に何かを話した。英語だった。だけど何を言っているのかは分からない。二人の会話が済むまで、私はコンビニ袋を提げたまま立ち尽くした。
「なんて施設だ」
「忘れたよ。なんとかバイオ研究所。埼玉にあった」
二人は一様に息を飲んだ。外人の方も、バイオという単語と、埼玉という単語を聞き取れたようだ。また二、三言葉を交わすと、二人はとんでもないことを口にした。
「わかった。今回の依頼はなかったことにしてくれ」
「はぁ!? せっかくやる気になったのに!」
「その代わりと言っては何だが、別の依頼をしたい」
「なになに、話がコロコロ変わりすぎて分かんないよ。っていうかさ、人がコンビニに出かけてる間に足止めして訳わかんないこと聞いて、何がしたいの?」
「全てはこの仕事の後で話す。他の依頼は受けないでもらいたい」
「無理。高校生でももっとまともな交渉してくるよ」
しかし私はこの言い回しに心当たりがあった。自分達が上であると信じて疑わない、これは国家的な権力に属している人間のやり口だ。依頼さえこなせれば、私にだって損はない。それを確信しているから、こんな一見理不尽なことを宣えるのだろう。
「せめて答えてよ。潜入自体が目的なんて言われても意味わかんないし」
「……何が知りたい」
「そうすることの意味だよ」
「……分かった。しかし、これを聞けば君は後戻りできない」
「じれったいなぁ。もういい、早くしてよ」
そうして彼は語った。たった今、依頼がなかったことになった施設は、所謂小手調べのようなものだったと。しかしそれと同等か、それ以上セキュリティレベルを誇る施設の潜入経験を聞いて、初めから本命の依頼をぶつけようという話になったらしい。
隣にいるのはアメリカのとある組織の人間で、セキュリティの専門家なんだとか。なんでもその辺の技術の脆弱性を確かめたり、時には自身が突破してみせるのが仕事らしい。
じゃあ今回も自分でやればいいのに。それをそのまま伝えると、翻訳家の男は首を横に振った。
「駄目だったんだ」
「え?」
「失敗したんだ。と言っても、所内のセキュリティに引っかかる前に、彼は引いたが。半端ではあれは突破できない。そう判断したからこそ君に声が掛かったんだ」
「私ってそんなに有名?」
「似たような商売を生業にしているものを数名知っているが、少なくとも仕事でもないのに潜入を試みるのは君くらいだ。とんだトリガーハッピーだよ」
どこから聞きつけたんだか。呆れたように笑ってみせて、私は彼らと手を組んでみることにした。
依頼は三日後に達成した。施設の最深部に何があったか、見たものを伝えると、男は電話で高笑いをした。
「そうだ。お前が見たのは新薬の材料となるものだ。あそこにはそれが保管されていた。このことはオーリンズに伝える。約束の金額を振り込んでおく。潜入の方法を教えてくれるなら上乗せされるらしいが、どうする?」
「やめとくよ。十分おいしい仕事だし。それに、そうしたら次がなくなっちゃうんじゃない?」
「かもな……代わりと言ってはなんだが、俺の名前を教えよう。今度からはミカと呼んでくれ」
「そう。正直、連絡先の登録で困ってたんだよね。助かるよ、ミカ」
方法が分かれば何か所も破らせる意味はないだろう。ま、結局セキュリティなんてものはイタチゴッコだから、対策されれば新しい手口が生まれていくだけなんだけど。その手口を考えるのは私みたいに、どんな落とし穴にも気付ける優秀な悪人だ。今回の潜入方法を教えたからといって、私がまだ用済みにならないことくらいくらい、分かっている。それでも自分の閃きを他人に教えるのは憚られた。
私はお金のためにこんな仕事をやってる訳じゃない。お金がないと何もできないのは分かってるけど。それだけだ。必要なものと大切なものっていうのは違う。
それからいくつかの依頼をこなした。私は完全に、オーリンズとミカのお抱えのセキュリティ破りとなっていた。高いセキュリティを誇る施設があると聞けば、飛んでって「大したことないね」と笑う。彼らと組むのは私にとってもメリットが多かった。私は私で、そんな施設の噂を聞きつけて依頼に変えてくれる、彼らの存在が有難かった。振り込まれる報酬も、まぁどちらかと言うとメリットだろうね。眼中にないけど。
ある時、オーリンズは改まって言った。厳密に言えば、彼の指示を耳にしたミカが、だけど。翼、アメリカに来ないか、と。変な意味ではない、私が人を愛せないのは彼も知っている。
彼は正式に私を組織の一員として迎えたいようだった。ふざけ半分に「組織の名前がかっこよかったら考える」と答えると、ミカはそれをオーリンズに伝える。オーリンズは流暢な発音で、三つのアルファベットを口にした。誰もが知るその名前に、私は腹を抱えて、かっこいいと言って笑った。
オーリンズとミカと三人で会ったのは何の変哲もないファミレスだった。そこでドリンクバーだけを注文する。みんな喫煙者だったから、私達の周辺だけやけに煙っぽかったのを覚えてる。
一本吸い終わる頃、先に火を消していたオーリンズが鞄から取り出したものをごとりとテーブルの上に置く。これは何かと問うまでもない。彼の手が離れると、私はそれを持ち上げて呟いた。
「これまた、随分とごっつい南京錠だね」
「それを開けられれば、組織に入るためのテストを言い渡す、だとよ」
ミカが話すよりも早く、私はピック道具をポケットから取り出していた。この場面で差し出される錠前に、多くの意味はないだろう。手に取るよりも先に、開けろということだと理解できた。
「余興にもならないね。すぐに話すことになるから、今の内に飲み物のおかわり持ってきたら?」
「馬鹿言うな。これはイスラエルの錠前メーカーが誇る」
彼の言葉を遮るように、シリンダーが回る。シャックルを持ち上げると、無抵抗にそれは動いた。小気味良いこの音が、私はやっぱり好きだ。高二の夏のことを思い出して、少し笑った。
工具で鍵穴をかちゃりと元に戻す。鍵が差し込まれていないシリンダーは申し訳なさそうにも見える。そして、オーリンズに南京錠を返すと、拍手をしながら彼も笑った。彼が笑ったのを初めて見た気がした。
「お前にはファントムに行ってもらう」
「はい? それ、どこ? アメリカ?」
「いいや、日本だ」
「どこにあるの?」
「それについてはお前が知る必要はない」
「なにそれ」
まるで初めて出会った頃のようだと思った。やけによそよそしいその言い方に、少しむっとする。しかし、彼は慌てて訂正した。
「というよりも説明が難しいんだ。場所としては北、かなりいい加減な言い方だが、ロシアと日本の間、とでも言おうか」
「北海道より上ってこと?」
「まぁそう思ってくれて構わない。そこに小さな島がある。ファントムはそこに建てられた施設だ」
「なんでそんなとこに。放射能とかヤバい研究してる施設なの?」
「いいや、囚人達を収容しているのさ」
「……刑務所なの?」
風向きが変わってきた。だけどオーリンズの立場で考えれば、これ以上ないほどの条件だということも理解できた。
「一応聞くけど、それって現在も稼働中?」
「もちろんだ。そこには脱獄囚ばかりが集められている。最終収容施設ってやつだな。これまでの平和ボケした施設の連中とは違う、常に囚人達の動向を気にかけている職員たちが相手だからな。当然だが、研究員の本業は研究だ。しかし、ファントムの職員達は彼らをそこで飼い続けることを生業としている」
「……囚人としてそこに入って、脱獄してこいってこと?」
私がそう言うと、ミカが何かを言う前に、オーリンズが頷いた。脱獄という言葉に反応したらしい。
「と言っても、海から先はお前でも難しいだろう。そこからは」
「できるよ」
「何?」
「刑務所については良く分からないけど、そこで刑務所が運営されているということは、定期便はあるはず」
「駄目だ。テストの内容は脱獄。船が本土に到着するまで潜んでいなければいけないというのは、技術を必要としない。そこまでできたお前を船の中で捕まらせるのは俺達の本意ではない」
「でもさぁ。登山家だって山を下りてくるまでが登山じゃん」
馬鹿にされている、そう思った。確かに、これまでの依頼とは毛色が違う。だけど、それでもやり遂げられるということを証明したかった。オーリンズとミカに見くびられているようで不服だ。私が口先をとがらせていると、二人は何か相談事を始めた。それを眺めていると、ミカが私を向いて言った。
「じゃあこういうのはどうだ」
「何?」
「お前の言うことにも一理ある。だから、重りを付けた登山をするというのは」
「どういう意味かな」
「俺たちはヘリでお前を迎えに行く。お前を入れて五人まで、好きな奴を連れてこい」
「は……?」
「果たして、ハンデを負った状態で果たしてファントムを攻略できるかな」
「なるほどね。面白い」
私達はファントムに手っ取り早く入る手段を考えた。気に入るような人物がいなかった場合、私一人で脱出することを伝えると、オーリンズは悲しそうな顔をした。そして初めて、彼の拙い日本語を耳にすることになる。
「ツバサ、友達いない」
「大きなお世話なんだけど」
「いいじゃないか。友達、見繕ってこいよ。あそこならお前の友達になれるくらいまともじゃない奴もいるだろう」
「それどういう意味?」
「よし、雑談はここまでだ。翼、最低でも一人は連れてこい。見つけ出してみろよ。お前の友達になれるような奴がいるなら、俺もお目にかかりたい」
「うるっさいなぁ」
この会話の二週間後、私は国内有数の警備会社の本社に居た。ばーか。最深部にそう手紙を書き残して。盗ったものなど何もない。配電盤のビス一つすら丁寧に取り付けた。
それから何度か同じことを繰り返したけど、警備会社ばかりを狙ったそれは表沙汰にはならなかった。当然だ、国内の代表的な警備会社が雁首揃えて馬鹿にされたなど、笑えない冗談だろう。
警察の捜査官はどんどん増え、「次は自分達かもしれない」という危機感を持って仕事に当たる警備員からは、並々ならぬものを感じた。それでも私を捕らえられない。犯行を重ねる毎に、私の潜入は困難になっていく。でも不可能じゃない。
そして、あの日で終わりを迎えた。というか終わらせた。
「あーっもう、おっそいよー」
私は都内のとある刑務所の所長室で椅子に座っていた。テーブルに足を乗せて、手をひらひらと振る。私を取り囲む無能共を見つめて鼻で笑ってみせる。私の一挙手一投足にみんなが注目していて、まるで人気アーティストのライブみたいだと思った。だからファンサービスとも言えるような笑みを浮かべて、私は言った。
「で、私を捕まえたらどこに入れる?」
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