ACT.25
談話室でストーブの恩恵に与り、ラッキーは上機嫌で、金髪の小柄な女と向き合っていた。その女、エドはというと、対照的に不機嫌そうな表情で、非の打ち所のない美女を睨みつけている。
「で? 何があったの?」
「なんの話だよ」
「なんの、って。分かるでしょ」
「さぁな」
エドはあくまでラッキーの質問をはぐらかした。あぁそういうパターンねと、彼女の方針を把握したラッキーは、若干残念に感じつつも静かに頷く。軽く問い質せば、何が起こったのか、エドが得意げにべらべらと話し出す可能性を捨てていなかったのだ。
しかしこうなると些か面倒である。ため息をつきたい気持ちを押し殺して、女は切り出した。
「クレちゃん、薬物反応あったって聞いたよ」
「あぁ、らしいな。馬鹿だよな、あんなモンに手を出すなんて」
「それって」
「戻ってきた時にエラーにも訊かれたっつの。っつかてめぇも居ただろ? あたしはカンケーねぇ」
エドは心底うんざりしていた。目の前の変人と一緒にいるだけでも気分が悪いというのに、尋問の真似事までされるとは。この状況にますます嫌気が差した。
誰になんと言われようと、彼女は今のところ、他者に真相を打ち明ける気はないのだ。区画前の廊下、格子の向こうに目配せをすると、そこに職員が通りがかった。
エドは人影を確認すると、一息つく。ここにエラーやサタンが現れると、さらに厄介なことになるのは明白である。
「なんでー? 私とエドちゃんの仲じゃん」
「つまり不仲ってことだろ」
「え!? 超仲良しじゃん!?」
「お前頭湧いてんな」
エドはラッキーという女の掴みどころの無さに辟易していた。へらへらと振る舞ってはいるが、実際はただそれを装っているように思えてならなかったのだ。
ラッキーはラッキーという女を演じている。そんな違和感が見え隠れして、言葉を交わすといつだって居心地の悪さを感じ、それがどんどんと大きくなっていく。苛立ったエドは直球で拒絶した。
「っつーか、何かあったとしても、エラーには言わなかった事をお前が聞き出せると思ってんのかよ」
言い放たれた言葉。ラッキーは数回まばたきをする。そのとぼけた顔を見てエドが怒鳴り出す直前、ラッキーはこれまでエドに見せた事のないような顔で笑った。その表情を見て、エドは目の前にいる変人が、本来とびきりの美女であることを思い出す。
「当たり前じゃん。ねぇ、前にクレちゃんが泣いてる話、したよね?」
「……あ? 覚えてねぇ」
「そっかぁ。私はてっきり、その話を聞いてエドちゃんも自分で試してみたくなったのかと思っちゃった」
「はぁ?」
それはまるで通り魔だった。すれ違い様に突然刃物を突き付けられたような、ひやりとする感覚にエドは全身を硬直させる。そして、凶器はそのまま彼女にずぶりと刀身を埋めた。
「夜、響いてるよ」
「……ちっ」
やり場のない気持ちは、たまたま傍らにあった椅子へと向けられる。靴の裏で強く蹴り飛ばされたそれは大袈裟な音を立て、背もたれを床に付けて倒れた。
「てめぇのそういうところが気に食わねぇんだよ」
「どういうこと?」
「最っ初からそいつを言やいいだろうが。何も知らねぇ顔で聞き出そうとしやがって。バカにしてんのかよ、くたばれ」
「あー、ごめんね」
頬杖をついたまま、軽い調子で謝罪する。ラッキーという女はどこまでも飄々としていた。
エドの言うことに心当たりはあった。しかし、最初から手札を全て明かすような、馬鹿な真似をする訳にはいかない。綻びを指摘されて苛立つのであれば、完璧に計画を遂行すれば良いのだ。
彼女はエドの怒りを、ただの八つ当たりとしか捉えなかった。
「だからそういう言い方が……いいや、てめぇに何言っても無駄だな」
「あはは、私もそう思うよー」
舌打ちをしながら、エドは考えた。クレの住まう参の部屋は、伍と壱の部屋に挟まれている。つまり、”伍”で生活するラッキーに聞こえていた、ということは。
「あー、ないない。大丈夫。多分あれは普通の人には聞こえないよ」
「なっ……!」
「だぁって、エドちゃんいま考えたでしょ? エラーちゃんの方にも響いてたのかーとか」
そう言ってラッキーは笑う。図星だったことが気に食わないのか、エドはさらに逆恨みをするように目の前の女を睨んだが、彼女は何も感じていないとでも言うように続けた。
「いやそりゃ普通そう思うって。ごめんね、びっくりさせて。寒いせいかもしれないけど、ここって結構、壁厚いもんね。思ったよりも音漏れないんだもん」
「……どういうことだよ」
「えー? 何かある気がして壁に耳当てたりしてたんだよ」
「気持ち悪ぃな」
「ひど! 心配してたんだよ!?」
軽蔑する視線がラッキーに突き刺さる。エドが詮索される事を嫌うのは分かっていたが、ラッキーにとってこの二人の関係の変化は死活問題と成り得る。見逃すわけにはいかなかったのだ。
「で、それを突き止めて、お前はどうしたいんだよ」
「どうって……二人は、その、なんで?」
「……あ?」
クレが何かしらのトラウマを抱えていることは明白だった。独房で聞かされた話と、身体検査を泣くほど嫌っている事実を総合すると、ラッキーにも大体の察しはつく。
そんな彼女が、同性とはいえ軽々しく体を許すとは思えなかった。
「聞こえてるんじゃねーのかよ」
「断片的にね。喘ぎ声っていうか呻き声っていうか……あと、吐いてるっぽい声」
「そこまで聞こえてるんなら、あとはてめぇで考えろ」
言われなくても考えている。そしてその中で分からない事があるから、こうまでしてエドに聞き縋っているのだ。ラッキーは観念したように切り出した。
「もういいや。私はエドちゃんがクレちゃんを玩具にしてると思ってるんだ? でも、どうしても分からないことがあるの」
真実を言い当てられたエドであったが、彼女は格子の向こうを睨み続け、一切表情を変えない。不貞腐れたその横顔を見つめて、ラッキーは続ける。
「エドちゃんはどうしてあんなフラフラになったの? 薬物検査は陰性だったんだよね?」
彼女の疑問は尤もであった。しかし、エドは正解を教えてやるほど親切ではない。ただ一つ、強く忠告しておかなければならない事を悟り、それを最優先する。
「うるせぇ。あたしがどうなろうとてめぇの知ったこっちゃねーだろ。あと、あたしらの事は」
「分かってるよ、当事者以外には絶対に知られないようにする。黙っとく」
口先だけの約束をエドが信用できる筈もない。相応しい対価を支払わなければならない。彼女はそう考えた。
「金と体、どっちがいい。いらないってのは無し。どっちか選べ」
「二択なの?」
「あたしにどうにかできることっつったらそれくらいだ」
「じゃあ体で」
「……商売女は好きじゃねーんだろ」
「うん。でもお金にはキョーミないんだよ」
どうせ金を選ぶ、エドはそう頭から決めてかかっていた。そして、ラッキーはその思惑に気付いていた。予想が外れる瞬間の表情を拝みたい、その一心でラッキーはエドの体を選んだのだ。どちらにも然程興味はないが、嫌そうなエドの表情には少し惹かれるものがある。
「ちっ……マジかよ」
「はは、嫌そうな顔」
ラッキーは手を伸ばして、テーブルの上に投げ出されていたエドの手を握る。払いのけようと手に力を込めたエドであったが、反応すればするほど喜ばせてしまうと思い至りじっと耐えた。
拳を作り、指を絡ませぬようささやかな抵抗をして見せるが、それで引き下がるラッキーではない。手中にするすると指を滑り込ませ、己の中指をエドに握らせる。不可解な行動に、エドは眉を顰めた。
差し込まれた指の腹が、エドの手の平を撫で回し、押すように曲げられる。軽く手首を返して、さらに奥に進入しようとする。いつの間にか挿入されている指が増えている。
ここまでされて、目の前の女が何を模しているのか、察せないエドではない。呆れたように息をつくと、一言こう言った。
「くたばれ」
「えー? 早く部屋行こうよ」
ラッキーはエドを強引に立たせると、伍の部屋へと消えていった。
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