二章『追いつかない進化 - 飽食の町マーシア -』

第16話 奇妙な同乗者

 きちんと整備されている街道。馬車の揺れはほとんどない。

 そして左右どちらを見ても、緑に富んだ活力のある景色が流れていた。


 シドウとティアが乗っている馬車は、六人乗りだった。

 街中を走る乗合馬車のような、三人掛けの席が向かい合うような型ではない。二人掛けの席が、進行方向に向かって三つ並んでいた。


 二人はその真ん中の席に座っている。

 進行方向に向かって、右がシドウ、左側がティアだ。


「シドウ。まだ聞いてなかったけど、次に行くのはどこの町なの?」


 そうティアに言われて、シドウはまだ行き先を言っていなかったことに気付いた。

 すでに出発してから結構な時間が経っているのに、である。


「ごめん、言うの忘れてた……。次はマーシアという町に行くよ」

「それ、どのへんなの?」


 シドウは地図を広げた。

 そして自身の指で示そうと思ったのだが、別の指が後ろから伸びてきた。


「ここですよ、ティアさん」


 白く綺麗な指と、丁寧な発声。

 それは、わずかに癖のある赤毛と濃い碧眼を持つ、美形の青年のものだった。

 彼は二人の後ろ――つまり一番後ろの席――に一人で乗っていた乗客である。黒を基調とした服を着ており、その上には、装飾は控えめだが生地のしっかりした、灰色のマントを着けていた。


 この青年、名はアランという。年齢は二十四歳。

 出発直後、ちょうどシドウとティアの会話が途絶えたタイミングで、勝手に自己紹介をしてきていた。

 その後も頻繁に絡んできていたので、今いきなり彼が会話に入り込んできても、二人とも驚きはしなかった。


「あら、結構遠い」


「はい。しかもマーシア周辺は街道が整備されていません。駅馬車で直接行くことはできないので、一番近くの町から歩いていくことになります。一番近くといっても、丸一日は歩きますがね」

「へえ、よく知ってるのね」


 皮肉めいた響きはなく、本当に感心したようにティアがそう言う。

 シドウとしては、この『丸一日歩く』について、先に同意を得ていなかったのはまずいと思ったのだが、ティアは特にそこを気にする様子はない。

 師匠が武闘家であり、そのもとでずっと修業を積んでいた彼女にとっては、大した距離ではないのだ。


「私も目的地は一緒ですから。それにティアさん、すでに申しましたとおり、私は世界有数の魔法使いです。魔法使いにとって知識は何よりも大切な財産です。どんなことでも、一度覚えたらそう簡単には忘れません」

「……自分で世界有数とか言っちゃうのはどうなの?」

「事実ですからね」


 アランは穏やかに微笑んでそう言うと、シドウの首に腕を回した。後ろから頭を抱え込み、左手で亜麻色の髪をいじり始める。


「ふーん。で、その世界有数の魔法使いはシドウの髪の毛を触るのが趣味なの?」

「俺もそれは疑問です……」


 頭を撫でられているシドウは、ティアの疑問に便乗する。


「このモフモフな亜麻色の髪は、いくら触っても飽きませんよ」

「……」

「そしてセンス最悪な服も、顔や髪の魅力を十二分に引き立てています。狙ってやっているのであれば見事なものです」

「そ、そうですか。別に狙っていませんけど。変身で頻繁に破っているので安物にしているだけで」


 アランは、シドウが変身することを知っていた。そして「おそらくハーフドラゴンであろう」という予想もすでに立てていた。

 いったいなぜ? と聞いたところ、 どうもこの赤毛の青年は冒険者登録もしており、シドウがシーサーペントと戦う現場にも途中から居合わせていたらしい。

 変身するところも目の前で見ていたとのこと。


 アランは首を巻いていた右腕を外すと、今度は両手を使ってシドウの上体を無理矢理後ろにひねり、目を覗きこもうとした。

 逃れようとしたシドウだったが、頬をしっかりと掴まれてしまい、途中で抵抗を諦めた。


「碧い瞳も吸い込まれそうなくらい澄んでいますね。私の目もそこそこ評判でしたが、あなたには負けますよ」


 至近距離で見つめ合う。


 ――この人は怪しすぎて、逆に怪しくない。


 無理矢理合わされた彼の濃い碧眼を見ながら、シドウはあらためてそう思っていた。


 イストポートでの、シーサーペントのアンデッド化。

 その事件が起きた直後に、自称世界有数の魔法使いが街を出発。しかもあの現場にいたという。


 あまりにもぴったりすぎて、まるで「私がシーサーペントのアンデッド化の犯人であると疑ってください」と言っているようなものだ。

 そして、こちらのことを知っていながら同じ馬車に乗ってきたことや、ご丁寧に自己紹介をしてきていることも不自然。犯人の行動としては大胆すぎる――。


 そのような理由から、シドウは彼に容疑者のレッテルを貼る気にはならなかった。


「うわあ、なんか危ない関係に見えちゃう……」

「おお、これは申し訳ありません。妬けてしまいましたか? ティアさん」

「え、ぇえ⁉︎」


 ティアがにわかに慌てた様子を見せる。

 見つめ合いから解放されたシドウは、力の抜けていたアランの手を外すと、少し上体を右方向に動かし、距離を確保した。


「何を言ってるんですか……。でもアランさん、ティアの髪のほうが良くないですか? 黒くて、長くて、サラッとしていて。目も綺麗な黒目ですし」

「ぇええ? な、何? 急に。気持ち悪い」

「いや、前から思っていたけど。急に思ったわけじゃない」

「えっ? え? え?」


 アランが若干呆れたように「シドウくんは色々駄目なようですね……」と言う。


「ティアさんの髪と瞳はもちろん素敵ですが、私はあなたのモノも大好きなのです」

「はあ。まあ、何を好むかは自由かもしれませんね。生物には個体差がありますし」


「なるほど、〝個体差〟ときましたか。面白いですね。きっとあなたは物事に対する見方が普通の人と少し違うんでしょう」

「まだ会ったばかりじゃないですか」

「私は会って話せば、たいていすぐにその人の本質が掴めるのですよ……。なぜなら私は優れているからです」


 この赤毛の青年も、二人と行き先は同じ。三人で町まで行くことになる。


 少ししんどい旅になりそうだ――シドウはそう思った。

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